『アンヘイム・クロニクル』
窓の外は真昼だというのに、空全体が赤黒い闇に覆われていた。アンヘイム――この都市は今、文字通りの「黄昏」を迎えている。
ワーレン家の仮邸宅の一室。芳醇な紅茶の香りと共に、重く絶望的な沈黙が支配していた。北から迫るノクレインの儀式は最終段階を迎え、黒い霧が一点に収束し、巨大なエネルギーの塊――『闇の星』として形を取りつつあった。
「猶予は、あと半刻も持たないでしょう。遅くとも陽が完全に落ちる前には、あの『黒い星』は完成し、この街へ墜落します」
ノベルが指差す地図は、絶望的な配置図を広げている。
誰もが知っていた。儀式を破壊するか、南のラガン軍の圧殺から身を守るか。それが二つの選択肢であり、そのどちらも全滅に繋がる可能性を孕んでいた。
「……しかし、『止めるだけ』でも我々は滅ぶ。その一撃は回復不能で、未来を奪う打撃となる」
ロスコフは静かに首を横に振った。彼の眼差しには、戦慄すべき冷静な計算が宿っている。
彼らが直面しているのは単なる攻城戦ではない。それは――**『絶望』という名のゲームの、最終局面だった。
その200
アンヘイム、ワーレン家仮邸宅。
窓の外は真昼だというのに、空は薄暗い闇に覆われ、世界から色彩が奪い去られていた。
だが、厚いカーテンが引かれた談話室の中だけは、芳醇な紅茶の香りと、不気味なほどの静謐な空気が漂っている。
「……どうぞ、皆様」
ワーレン家の侍女長モーレイヌとトレビアが、淀みなく客人たちの前へカップを配り、続いて紅茶を注いで回る。
だが、上座に座すロスコフのもとへ歩み寄ったのは、妻アンナ自身であった。
「……どうぞ、ロスコフ様」
彼女は愛しい夫のために、自然な優雅さでカップを置き、紅茶を注ぐ。
ロスコフは一瞬だけその仕草に感謝を込めて視線を送り、すぐに地図へと意識を戻した。
そこには、北のノクレイン軍と、南のラガン軍、そして挟み撃ちにされたアンヘイムの絶望的な配置図が描かれている。
「……状況を整理しましょう」
ロスコフの参謀を任されているノベルが、重苦しい口調で口を開いた。
「北の儀式は最終段階に入りつつあります。観測した者たちからの話によれば、上空の黒霧が一点に収束し、巨大なエネルギーの塊を形成し始めているとのこと。……あれが完成し、天より堕ちれば、アンヘイムの結界は内側から裂け落ちます。
空を黒く染めるほどの闇の星──脈打ち、蠢く呪詛の塊が降りてくるのです。
都市がどうなるか……考えるだけで背筋が凍ります。」
「猶予は、あと一日……いや、半日といったところか」
腕を組んだエクレアが、不愉快そうに鼻を鳴らす。
「あの釜を叩き壊すなら、今しかあるまい。マルティーナ殿の光で道をこじ開け、ジルとリバックで釜を粉砕する。……それしか、この都市を救う道はないぞ」
その場にいた全員が頷いた。
儀式の破壊。それが唯一にして絶対の正解であると、誰もが思っていた。
だが。
「……いいえ」
ロスコフが、静かに、しかし断固として首を横に振る。
「……釜は、壊しません。儀式も、止めません」
「なっ……!?」
レザリアが目を見開く。
「ロスコフ様、何を仰っているのですか!? あれを止めなければ、街が……!」
「はい、止めなければ街は滅びます。……しかし、『止めるだけ』でも我々は滅ぶ。その一撃は回復不能で、未来を奪う打撃となる」
ノベルが続けた。
「残念ながら、生き延びても次には何も為せなくなる」
ロスコフは静かに頷いた。そして地図の南側――ラガン王国軍の駒を指差した。
「忘れてはいけません。南には未だ13万を超えるラガン軍が張り付いている。……今、ラージン先生と応援に間に合ったゲーリックたちが必死に支えていますが、あれはも限界ギリギリの均衡です」
ロスコフの瞳に、冷徹な計算の光が宿る。
「仮に、我々が北へ打って出て、釜を破壊したとしましょう。黒い霧は晴れ、儀式の脅威は去る。……ですが、その直後、我々はどうなるでしょうか」
沈黙が落ちた。誰もが、その先を言えずにいた。
儀式の脅威が去れば、ラガン軍は「背後の憂い」を失い、今以上の全戦力を南門へ叩きつけてくる。
疲弊しきったアンヘイムの兵に、魔導アーマー五百体。
そしてリバンティンの通常兵五万だけで──
十三万の大軍を相手に勝ち切れる保証は、どこにもないのです。
「……ジリ貧、か」
リバックが呻く。「北を消しても、南に飲み込まれる。……もう手がないってのか」
「だからこそ」
ロスコフは顔を上げた。その表情は、慈悲深い領主のものではなく、毒をもって毒を制す**錬金術師**のそれだった。
「利用するのです。……ノクレイン司祭が練り上げた、その**『絶望のエネルギー』**を」
「……利用する?」
ジルが怪訝な顔をする。
「はい。敵が都市を滅ぼすために集めた膨大な呪いを、そのままもう一つの敵へとぶつけるのです。……南に展開する、ラガン王国軍13万の頭上へと」
「――ッ!!」
全員が息を呑んだ。あまりにも大胆で、そして恐ろしい発想だった。
「……無茶じゃ」
エクレアが、深く息を吐きながら言った。眉間に皺を寄せ、呆れと怒りが入り混じった表情だ。
「完成間近の儀式に介入し、その照準だけをずらすじゃと? ……そんな芸当、真正面からぶっ壊すより格段に難度が高くなる。……それに、肝心の『何をどうぶつけるか』が分からねば、手の打ちようもないぞ」
「ええ。ですから、まずは敵の術式の正体を見極める必要があります」
ロスコフは立ち上がり、テラスの方を指し示した。
「行きましょう。……我々には、敵の正体を知るための『材料』がすぐ外に揃っているのだから。」
◇
鋼鉄の遠征 ~絶望の解析~
場所を屋敷のテラスへと移し、一行は異変の元凶である北の空を見上げていた。
「……妙ですね」
ロスコフが、仮設邸宅の屋根へと上がり、暗い空を見上げながら呟く。
「儀式が始まって数日。都市を覆う黒い霧は、濃度を増すばかりです。……ですが、『広がって』はいません」
「うむ。そこじゃ」
隣で腕を組むエクレアが、闇に沈む空を鋭く見据える。
「通常、都市を腐らせる瘴気ならば、水のように低きへ流れ、拡散しようとするはず。だが、あの霧は逆じゃ。……見ろ。中心へ、中心へと『収束』しておる」
「……つまり、あの空の渦は霧を撒き散らしているのではなく、一点に集めて『何か』を練り上げていると?」
ノベルが問う。
ロスコフは静かに頷き、オクターブの体から摘出された《黒き血》の入った小瓶を取り出した。
「この血の正体が鍵です。……レザリアさん。この血に、微弱な雷気を流してみてください」
「え? はい……」
レザリアが指先から紫電を流すと、小瓶の中の液体がジュッと音を立て、一瞬にして硬質化した。黒いガラスのような、小さな結晶片に変わる。
「……やはり」
ロスコフは確信を込めて言う。
「この《黒き血》は、一定以上に“濃く”なると、液体ではいられなくなる。呪詛そのものが形を持ち始め、結晶へと変質する性質を持っているのです」
「……つまり、どういうことじゃ?」
「あの空の渦は、アンヘイムの上空で、都市全体を押し潰せるほどの巨大な**『闇の結晶』**を練り上げている可能性が高いんです」
ロスコフは空の渦の中心を指差した。
「儀式の最終段階は、広範囲の汚染などという生温いものではない。完成した巨大な質量爆弾――**『闇の星』**を、この都市の脳天に物理的に叩きつける。……それが、ノクレインの狙いです」
「……質量爆弾!」
ゲーリックが青ざめる。「そんなものが落ちてくれば、何も出来ずに、アンヘイムは消し飛んでしまう」
「そうです。受け止めれば死ぬ。壊せば呪いが撒き散らされて死ぬ。……打つ手なし、に見えますね」
だが、ロスコフは地図上の南側――ラガン王国軍の駒へと視線を移した。
「……ですが、もし。この“落ちてくる絶望”の軌道を変え、南の敵軍に落とすことができれば……」
「……理屈の上では、これ以上ない逆転の一手となりうる...ですが...」
ノベルが首を横に振る。
「実際には不可能です。あれほどの呪詛の塊の進路を、どう曲げるというおつもりか? 触れれば汚染され、押しても引いても呪いに呑まれる。風で流せる霧でもなく、磁力で操れる金属でもない、それよりなによりあんな途方もなく巨大なモノをどう?……あれは“落ちる”以外の選択肢を持たぬ災厄ですぞ!」
ロスコフは困ったように笑い、そして隣に立つ大秘術師へと向き直った。
言葉はない。ただ、幼い頃から変わらぬ、全幅の信頼を寄せた瞳で、彼女を見つめただけだった。
そんな無言の、しかし絶対的な期待を含んだ視線を受け、エクレアはふう、と深いため息をついた。
「……やれやれ。また大それた無茶を言い出しよってからに」
彼女は呆れたように肩をすくめたが、その瞳の奥には既に、高速で演算を開始した術師の光が宿っていた。
「……ちと考えさせておくれ。策がないわけではない……が、緻密な計算が必要じゃ。ジル、レザリア! こっちへきな!」
「へいっ!」
「はい、師匠!」
呼ばれた二人の弟子が駆け寄る。
エクレアは懐から水晶を取り出し、手すりにコツコツと打ち付けながら、弟子たちと小声で、しかし熱を帯びた議論を始めた。
「……闇の質量係数が想定以上じゃ。光で弾くにしても、角度が少しでもズレれば、どこへ落ちるか分からん」
「なら、俺が結界の流れをいじって、落下の“向き”だけでも誘導できませんかね?」
「無理じゃ。あれは地上の結界に反応せん。……空に浮かぶ呪詛の塊じゃぞ。触れもせんし、押しもできん」
「じゃあ、私が雷で儀式の制御式に介入して……落下の“瞬間”を少し遅らせられれば、合わせられるかも……」
ブツブツと専門用語が飛び交う。周りの者は手が出せない。そこは、大陸最高峰の秘術師たちだけが共有する知の世界だった。
しばらくの時が経ち――。
エクレアが顔を上げた。
その表情は厳しく、覚悟を決めた者の、鋭く研ぎ澄まされた目をしていた。
「……よし。見えたぞ。
……これなら、あのクソでかい闇の星も、ピンボールの玉のように弾き飛ばせるじゃろう。」
エクレアは、傍らに控えていたマルティーナを手招きする。
「マルティーナ様。すまんが、ちと近くへ。……策の要は、あなた様の『光』と、儂の『氷』の融合になるからのぉ」
「融合、ですか?」
「そうですじゃ。あの闇の星は、結晶化して落ちてくるはず、凄まじい物理的質量を持って落ちてくるのです。そうなると、単なる『光の壁』や『鏡』として展開しただけでは、受け止めた瞬間に砕け散ってしまうじゃろう。……そこでじゃ」
エクレアは水晶の先端で、空中に図面を描くように指を動かした。
「まず、儂が空中に、極低温で凝固させた巨大な『氷の鏡』を展開する。
ただの氷ではない。物理の運動すら凍りつかせる、儂の奥義『氷門』の応用じゃ」
「……氷の、鏡……?」
「そうじゃ。そしてマルティーナ様。あなた様には、その鏡の内部に女神の『光』を封じていただく。
氷が持つ“硬度と平滑”。
光が持つ“闇を拒む力”。
この二つが重なれば、どうなると思う?」
ロスコフが息を呑んだ。
「……! 物理反射と属性反射、両方を備えた……『聖なる氷鏡』が生まれる!」
「ご明答じゃ。これならば、万人の絶望を詰め込んだ質量の塊でも、砕けず、溶けず、完璧な角度で跳ね返せる」
エクレアは二人の弟子へ向き直る。
「ジル、レザリア。お主らの役目も重大ぞ。……ただ弾くだけでは、狙いが逸れる可能性があるからの」
「分かっておる。俺は“台座”を作るんだな?」
ジルが察して言う。
「その通りじゃ。お主は地脈ではなく、“空間の重み”を調整し、アンヘイム上空に見えぬ『重力の傾斜』を作れ。
氷鏡を完璧な角度で固定するための“架台”じゃ。……髪の毛一本のズレも許さんぞ」
「……燃えてきた。任せろ、ババァ。狂わせはせん」
「そしてレザリア。お主は『照準と導線』じゃ」
エクレアは南の空――ラガン軍の方角を指差した。
「弾き返した闇の星が途中で散らばらぬよう、お主の雷で大気に“導雷の道”を刻め。
光と雷で編んだ一本の“道”を、敵軍のど真ん中まで通すのじゃ」
「……! なるほど……“雷脈誘導”ですね。やってみせます!」
エクレアは静かに頷き、全員を見渡した。
ジル(地)が、鏡を支える「架台」を作る。
エクレア(氷)とマルティーナ(光)が、最強の「反射鏡」を生み出す。
レザリア(雷)が、敵軍へ続く「導線」を敷く。
それは、四人の大魔道士の力が噛み合って初めて成立する、
都市防衛のための“即席・超長距離反射砲台”の構築計画だった。
「……これなら、いけます」
ロスコフが震える声で言った。「確率の低い博打ではありません。……これは、論理に裏打ちされた**『必殺の一撃』**です」
「うむ。……だが、タイミングがシビアなのは変わらん。一瞬でも呼吸が合わねば、鏡が割れて我々が消し飛ぶ。……覚悟はよいか?」
「はい」
マルティーナが、力強く頷いた。「この都市を、そして貴方たちが守ろうとしている未来を、絶望の星になど潰させはしません」
作戦名は**《聖氷の反射鏡》**。
「……準備を急ぎましょう。空の渦を見る限り、時間はもう残されていません」
彼らはテラスを後にし、それぞれの配置へと急行した。北の空では、黒い渦の中心で、禍々しい「黒い星」が、今まさに産声を上げようとしていた。
◇
アンヘイム南門、最前線。
ラガン王国軍、攻城部隊を指揮する隊長は、卑劣な笑みを浮かべていた。彼は盗賊上がりの男で、正面突破など端から信じていない。
「……堅ぇな。だが、どんなにお堅くても、中身はただの人間だ。……あれを喰らわせてやれ」
隊長は部下たちに合図を送った。「**『特製』**を持ってこい。……風向きは北だ。絶好のプレゼント日和じゃねえか」
運ばれてきたのは、禍々しい髑髏のマークが描かれた素焼きの壺。ラガン王国の闇市で取引される極悪非道な兵器、**《腐敗毒の煙玉》**だ。
「球込めぇ」 「球を置け」
順送りに命令が飛び、その不気味な球が投石機の椀に据えられた。隊長は卑劣な号令を下した。
「中身を燻り出せ! ……放てッ!!」
瞬間、唸りを上げて跳ね上がったアームから、壺が空を裂き放たれた。
バチィッ! バチィッ!
V2(フォルティス)の自動反射回路は正確に作動した。壺が装甲に触れる直前、雷光が弾け、物理的な衝撃を無効化して壺を砕く。同時に発生した衝撃波が、爆発的に広がろうとした紫色の毒煙を、一瞬にして周囲へと吹き飛ばした。
「へっ! 無駄だ! 俺たちの鎧は風だって起こせるんだよ!」
マルコが叫ぶ。だが――毒は、炎とは違った。
V2の防御システムは、魔力効率を極限まで高めるため、着弾の「一瞬」のみ雷光の膜を展開する仕組みだ。爆発の衝撃波で周囲の空気を一時的に吹き飛ばすことはできても、風に乗り、海のように広がる毒煙を完全に防ぎ切ることは不可能だった。
堅牢無比な鋼鉄の鎧が、突如として**『息の詰まる鉄の棺桶』**へと変わる。
「……ッ、ゲホッ! 息が、肺が焼ける……!」
数秒後、マルコの背後にいた部下が激しく咳き込んだ。換気口のわずかな隙間から侵入した紫の瘴気が、搭乗者たちの気道を容赦なく焼き焦がす。目を血走らせ、涎と涙を垂らしながら、パイロットたちは後方へ下がり、ハッチを乱暴に開けて貪るように外気を吸い込んだ。
だが、吸い込んだ外気すらも薄く毒を帯びている。
強力な盾である魔導アーマーを維持するためには、中の生身の人間が息継ぎをしなければならない。この**『換気という名の致命的な隙』**が、防衛線に無数の穴を開けていく。
「……総員、無理をするな! 息が苦しくなったら一度下がれ! 新鮮な空気に入れ替えてから戻るんだ!」
レオンハルトが指示を飛ばすが、魔導アーマー自体は無傷であっても、中の人間が持たない。
彼らは毒の濃度が高まるたびに、後方へ下がり深呼吸をしてから再び突撃するという「換気のためのローテーション」を余儀なくされた。これが戦況を決定的に悪化させた。
500体で鉄壁の壁を作っていたはずが、常に数十体もの魔導アーマーが列を離れなければならない。その穴へ、ラガン軍の波は腐肉に群がる蛆のように雪崩れ込んできたのだ。
「穴が空いたぞ! あそこを突け!」
「交代の隙を与えるな! 押し込め!」
「くそっ、戻るぞ! 息なんて止めてりゃいいんだよ!」
マルコが涙目で叫び、まだ換気が不十分なまま前線へ戻ろうとする。
「馬鹿野郎! 酸欠で倒れたらただの棺桶だ! ……くそっ、数さえ揃っていれば……!」
魔導アーマーは負けていない。だが、「換気による稼働率の低下」が圧倒的な物量の前では致命的な隙となり、前線を維持できる機体数は確実に減り始めていた。
「ぐぅ……ッ、目が……!」
「引け! 無理をするな! 煙のない場所まで下がるんだ!」
紫色の毒煙に巻かれ、膝をつく鋼鉄の巨人たち。無敵を誇った《セントリス・フォルティス》が、呼吸という生物の弱点を突かれ、次々と機能不全に陥っていく。ラガン兵たちはその隙を見逃さず、鉤縄をかけて巨人を引き倒そうと群がっていた。
万事休すかと思われた、その時。
ヒュルルルルル……ドスドスドスッ!!
無数の矢の雨が、魔導アーマーに群がるラガン兵たちを正確に射抜いた。
「―――怯むなッ! 友軍を死なせるな!!」
凛とした叫び声が戦場に響く。東部軍と入れ替わり、再び前線に立った西部方面軍団長、リズボン・アンドリュー公爵だ。彼女は泥と煤にまみれたドレスアーマーを纏い、自ら弓を引いていた。
「弓矢隊、放てぇぇぇ――ッ! 魔導アーマーが倒れれば終わりぞ! 全力で援護に回れぇ!」
「「「おぉぉぉぉぉッ!!」」」
リズボンの檄に応え、西部の兵たちが決死の形相で矢を放つ。その弾幕の壁に守られ、動けなくなった魔導アーマーたちが、仲間や整備班の手によってズルズルと城門内へと引きずり込まれていく。
だが、元凶を断たねばジリ貧だ。奥からは、次なる毒壺を装填しようとする投石機の影が見える。
リズボンは剣を抜き放ち、愛馬の腹を蹴った。
「騎馬隊、私に続け! あの忌々しい投石機を叩き潰すぞ!」
「「「西部の魂を見せてやれぇぇ!!」」」
リズボン率いる騎馬軍団が、毒煙の薄い風上を読み切り、迂回しながら敵陣深くへと突撃を開始した。生身の体で、毒と暴威のただ中へ飛び込む自殺行為。だが、彼女は引かなかった。これ以上、弟同然のロスコフが作った魔導アーマー隊を、卑劣な毒で汚させはしないという執念が彼女を駆り立てていた。
その無謀な突撃を、後方で再装填を終えたゲーリックとクーガーが視認した。
「……ッ! あの旗印、リズボン公爵か!?」
クーガーが叫ぶ。
「馬鹿な、生身で突っ込む気か!? ……行くぞクーガー! あの方を死なせるわけにはいかん!」
「おうよ!」
二体の《セントリス・フォルティス》が、爆発的な加速で走り出す。彼らの狙いもまた、敵の毒撒き投石機だった。だが、リズボンの足はあまりに速く、そして敵陣深くに食い込みすぎている。
「リズボン公爵!! 危険です、お下がりくださいッ!!」
ゲーリックの怒鳴り声も戦場の喧騒にかき消される。リズボンの騎馬隊は既にラガン軍の槍衾を突破し、投石機の目前まで迫っていた。
「燃やせ! 毒ごと焼き払え!」
リズボンが火炎瓶を投擲し、一台の投石機が炎に包まれる。
だが、敵もさるもの。護衛の重装歩兵たちが、リズボンの退路を断つように包囲を狭めてきた。
「女だ! しかも将校だぞ、捕らえろ!」
下卑た笑いを浮かべるラガン兵の槍が、リズボンの愛馬を狙う。一撃を優雅に交わした先からも攻撃が、しかしこれも何とか飛び越える!!
敵の数は膨大で、幾らでも現れて攻撃してくる。天才的な馬の扱いで何度も攻撃を躱すが、流石のリズボンも、「ええい、無尽蔵に湧きおって……!」と声を漏らし、とうとうラガン軍の兵士たちに挟まれてしまった!
「よ~し、このまま馬を狙え。将校は殺すなよ、豚共に嬲らせる極上の生贄だ」
「くっ……ぬかった!」
リズボンが覚悟を決めた、その刹那。
ズガァァァァァンッ!!
横合いから滑り込んできた鋼鉄の巨体が、包囲する兵士たちをまとめて吹き飛ばした。ゲーリックのV2セントリスだ。彼はリズボンの前に立ちはだかり、背中の自動反射回路をフル稼働させて、降り注ぐ矢と槍の雨を全て雷光で弾き返した。
「……ゲーリック、か!?」
「お下がりを! ……ここは、我々の仕事場です!」
続いてクーガーのV2セントリスが、巨大なハルバードを旋回させながら投石機群の中へと踊り込む。
「毒なんざ撒いてんじゃねえ! このガラクタどもがァッ!」
ガシャァァァンッ!!一閃。毒壺を装填していた投石機のアームが、木端微塵に粉砕される。壺がその場で砕け散り、周囲にいたラガン兵たちが自らの毒を浴びてのたうち回る。
「……ふん。随分と待たせてくれたものね、騎士様」
リズボンは馬上で不敵に笑い、剣についた血を払った。
「礼は後よ。……このまま敵の攻城陣地を食い荒らすわよ!」
「……ハッ! 御供仕る!」
V2魔導アーマーの圧倒的な突進力と、リズボン騎馬隊の機動力。二つの力が合わさり、ラガン軍の前線基地は、毒と炎の混乱に包まれていった。
◇
「―――そこだッ! 燃えろぉぉぉ!!」
リズボン公爵の駆る愛馬が、ラガン兵の突き出す槍の森を軽やかに跳躍する。空中で彼女が投げた火炎瓶が、毒を装填しようとしていた投石機に直撃し、赤黒い炎が巻き上がった。
「次よ! 休む暇などないわ!」
「くっ、とんでもねえじゃじゃ馬だぜ……!」
その背後を、ゲーリックとクーガーの《セントリス・フォルティス》が追走する。彼らはその剛腕で迫りくる兵士を薙ぎ払い、時にはその身を盾にして、公爵への攻撃を防ぎ続けていた。
だが、敵は無尽蔵だ。倒しても倒しても、恐怖に駆られたラガン兵が次々と湧いてくる。
ふと、ゲーリックが後方の城門へ視線を向けた時、背筋が凍った。
「……まずい。リズボン公爵! これ以上は危険です!」
「なんですって! まだ敵の兵器は残っているわ!」
「門を見てください! 守りが……あのままでは門が持ちません!」
リズボンが振り返ると、そこには地獄があった。毒煙と敵兵の波に飲まれ、城壁前に展開していた魔導甲冑の列が、虫食いのように崩れ始めていたのだ。
「……ッ! 馬鹿な、あれほど強固だった守りが……」
「我々も戻りましょう! ここで貴女を失うわけにはいかない!」
ゲーリックの必死の説得に、リズボンは唇を噛み締め、悔しげに手綱を引いた。
「……承知した! 全軍、反転! 城門へ戻りなさい!」
「クーガー! 公爵の血路を開け! V2の力、目一杯引き出し見せつけろ!」
「合点だ! どけぇぇぇッ!!」
二機の魔導アーマーが先頭に立ち、装甲表面に激しい雷光を纏わせながら突進する。その圧倒的な質量と衝撃拡散能力で、密集するラガン兵をボウリングのピンのように弾き飛ばし、強引に道を作り出す。
だが、その道を通って城門前まで戻った時、リズボンは言葉を失った。
「……なんてこと……」
地面には、夥しい数のリバンティン兵が折り重なるように倒れていた。魔導アーマーの姿も、明らかに減っている。いや、破壊されたのではない。毒煙を吸い込んだパイロットたちが、呼吸をするために後方へ下がり、頭部面を開けて苦しげに喘いでいたのだ。
V2の衝撃波で直撃は防げているため即死こそ免れているが、戦線を維持できる状態ではない。結果として、鉄壁だったはずの防衛線は穴だらけになっていた。
「閣下……! お戻りですか……!」
代わって指揮を執っていたカール将軍が駆け寄ってくるが、その鎧は血と泥で汚れ、顔色は死人のように青い。彼が率いる西部の兵たちも、毒と疲労で目に見えて数を減らしていた。
「……すまない、カール。私が前へ出過ぎた」
「いえ……。ですが、敵の勢いが止まりません。奴ら、死ぬことを恐れていない……いや、後ろ(北)を恐れるあまり、前へ進むしかないのです」
眼前のラガン軍は、まさに津波だった。仲間が死んでも止まらない。死体を踏み台にして、次から次へと城壁に取り付いてくる。
本来なら城内へ一時撤退すべき状況だ。だが、門前のスペースは狭く、殺到する敵と味方でごった返している上に、西部の兵士たちが持つ**「退くことを恥とする誇り(西部の魂)」**が、彼らの足を止めていた。
逃げれば助かるかもしれない。だが、彼らは踏みとどまり、そして毒と暴力の波に飲み込まれていく。交代要員など、もう間に合わない。このままでは、全員がすり潰されるのみ。
◇
アンヘイム、政務院作戦司令室。
次々と運び込まれる悲報に、司令室の空気は凍りついていた。
「南門前衛、崩壊寸前! 魔導アーマー、半数近くが沈黙!」
「敵の勢い、衰えません! このままでは城内に雪崩れ込まれます!」
上座で目を閉じていたルクトベルグ公爵が、小さく呟いた。
「……とうとう、来るべき時が来たのか。」
その時、ガタリと椅子が鳴った。全身に包帯を巻き、椅子に座っているのもやっとだったはずの東部軍団長、バンクシー公爵が、よろめきながら立ち上がっていた。
「……バンクシー殿? 何を……」
「……私たちも出よう、ルクトベルグ公。もう、休んでいる間もないようだ」
バンクシー公爵は震える手で剣帯を締め直した。
「東部の誇りにかけて、南門を枕に討ち死にするも一興。……参るぞ」
「……待たれよ! 貴殿の体では……!」
制止を聞かず、バンクシー公爵とハーベスター侯爵は司令室を出て行った。それが、最後の予備戦力の投入だった。
◇
一方、政務院から少し南にある魔導アーマー整備工場。
ここもまた、限界を迎えていた。
「報告します! 前線の稼働数が半数を割り込んでいます!」
伝令兵の悲痛な叫びが、工場の騒音を切り裂く。
「毒による攻撃で、多くの搭乗者が後方へ下がる事を余儀なくされております、呼吸困難で戦闘不能に陥っている様子! 鎧は無事でも、中の人間が持ちません!」
ロスコフは、作業の手を止めた。悔しさに、握りしめた魔導神経網の配線図が破れてしまった。
(……分かっていた。V2への改修は、あくまで装甲と動力の強化。パイロットが生身である以上、呼吸のための通気孔が最大の弱点になることは……!)
だが、今から密閉型の生命維持装置を開発する時間など作れるはずもない。
ロスコフは顔を上げた。完璧主義者である彼にとって、欠陥を抱えた機体を戦場に出すなど、本来ならば腹を切るほどの屈辱だ。しかし、彼が血を吐くような思いで下した決断は、技術者としての誇りなどとうに捨て去ったものだった。
「……分かりました」
静かな、しかし工場全体に響く声で、彼は命じた。「今は、今まで通り修理して出す。……それだけです」
「し、しかしロスコフ様! パイロットの安全が……!」
「構いません! 皆さん、聞いてください!」 彼の声が、油と鉄の匂いが充満する工場に響き渡る。
「錆びついていようが、装甲がへこんでいようが構わない! 完璧など求めるな! 手足が動き、前に進めるのなら、それでいい……出してしまってください! 私たちが今作るべきは、芸術品ではない。一分でも長く敵の牙を食い止めるための、『盾』なのです!」
それは実質、不完全な鎧を纏わせて兵士を死地に放り込むという死の宣告に等しかった。作業員たちは皆、脂汗にまみれた顔で一瞬動きを止め、言葉にならない嗚咽を呑み込んだ。そして、絶望的な熱意とともに、再び仮邸宅へと急ぎ戻る。
「……ッ、了解!!」
「クソッ、やるぞ! 動けばいいんだろ、動けば!」
だが、誰もが感じていた。喉の奥が渇くような、焦燥感を。唾を飲み込み、顔を見合わせる。
(……いよいよ、死神の足音が真裏まで迫ってきたな)
(……ああ。とうとう、来ちまったか)
◇
工場の外からは、絶え間ない爆発音と悲鳴が近づいてくる。終わりが近づいてきているという緊迫感が、油の匂いと共に工場全体に充満していた。
その時、アンヘイムの防衛を一手に担う総司令官、ルクトベルグ公爵が動いた。彼は南門の崩壊を防ぐため、最後の、そして最も危険な決断を下したのだ。
「―――街の防衛をしている者たち、全軍に伝えよ、【南門へ向かえ】と。都市防衛隊、警備兵、動ける者はすべてだ! 南門へ向かえ、魔導アーマー部隊を支援する様に!」
それは、なりふり構わぬ総力戦の合図だった。陣形など組めない。外に出ての集団戦は想定していない都市の守備兵たちが、槍と剣を手に南門へと殺到する。ぞくぞくと集まってくる、その数1万を超えていた。
だが、今の混雑している南門付近に、その数はあまりにも多すぎた。
「押すな! 前がつかえてるんだ!」
「早く出ろ! 敵が入ってくるぞ!」
狭い城門に、外へ出ようとする味方と、傷ついて戻ろうとする味方、そして雪崩れ込もうとするラガン軍が殺到し、南門周辺は人の壁で完全にマヒしてしまった。
戦況は最悪の臨界点に達しようとしていた。このままでは、増援が出る前に圧死するか、門ごと敵に押し破られてしまう。
◇
一方、ワーレン家仮邸宅。
ロスコフは、工場での指揮を一時的に部下に任せ、ノベル、そして前線から戻り休息を取っていたラージン翁と共に、最後の作戦会議を開いていた。テーブルには、北の空を監視していた観測班からの羊皮紙が山と積まれている。
「……ロスコフ様。……出ました」
ノベルが、羽ペンを置き、長時間計算し続けていたメモをロスコフに見せた。そこには、黒霧の収束速度と、マナの濃度変化のグラフがびっしりと書き込まれていた。
「先ほどエクレア殿が仰っていた『闇の結晶化』の理論。……あれを元に、現在の霧の収束スピードを逆算しました」
ノベルは文字を大きくして読むために目に取り付けていた水晶レンズを外し、疲労した目をこすりながら、重苦しく告げた。
「……あくまで推測の域を出ませんが、この加速度的な収束を見るに、臨界点は間近です」
「……つまり、あとどれくらいですか?」
「未知の儀式ゆえ、正確な時刻までは断定できません。……ですが、恐らく**あと半刻**も持たないでしょう。遅くとも陽が完全に落ちる前には、あの『黒い星』は完成し、この街へ落下するでしょう。」
「半刻……」
ラージンは疲労の滲む顔で首を振った。
「短いのう。……南門の死守はすでに限界に近い。公爵が全軍を出したが、あれでは混乱に拍車をかけるだけじゃ。兵のローテーションも崩れ、今頃慌てて兵を引かせておるじゃろうが、混乱した兵を動かすのは至難の業じゃ。こうなってしまっては、長くは持たん。……その短くもあり長くもある間、どうすればあの修羅場を支えられるじゃろうか?」
その時、扉が荒々しく開かれた。入ってきたのは、タンガ、リバック、そしてロゼッタの三人だ。
「ロスコフ様、おいらたちも戦う!」
タンガが叫んだ。「外の様子を見てきたが、ありゃ酷ぇ。街の防衛隊を出したはいいが……役に立つどころか通路を塞いで、味方の退き際を邪魔してやがる。」
「だからこそだ。俺たち遊撃隊は、西門から出て南のラガン兵を叩くべきだ!」
「そうだ。この盾で、あと数時間は持たせてやるさ!」
リバックは自らのプレートアーマーを拳で叩き、響きを仲間に示した。
だが、ロスコフは首を縦に振らなかった。
「君たちの気持ちは有り難い、けど、あの大軍にたったの3名が加わったからと言って、現状を変えれるだけの力を出せるとはとても思えません、それに危険度を考えると、とても許可をだす事はできない.....」
「……そうです、いけません。貴方たちは、儀式を乗っ取るための『最後の切り札』その守護者なのです。ここで消耗させるわけにもいきません……」
ノベルも反対の意見をいい、興奮するタンガに、あなた達には別の仕事があると思い出させる。
ロスコフは言葉を切り、苦悩の表情で考え込んだ。生身で突っ込ませれば、彼らとて無事では済まない。だが、魔導アーマー部隊は既に限界だ。このままでは陽の目を見る前にアンヘイムが落ちる。
何か、手は……。
不意に、ロスコフの脳裏に閃きが走った。彼は弾かれたように立ち上がると、隣室へと走って行った。
「ロスコフ様!」
ロスコフは、そんな声を無視して行ってしまった。
タンガたち3名も訳が分からないまま後を追って行く...。
コンコン。 バタン。
「――レザリアさん! ちょっと!」
レザリアの部屋へとやって来ていた、そこでは、レザリアが瞑想し、来たるべき儀式介入の術式を脳内で何度もシミュレーションしていた。
「……きゃっ! な、なんですのロスコフ様。今、いいところでしたのに!」
「頼みがあります! ……彼らに、魔導アーマーを使ってほしいのです!」
ロスコフの提案に、追ってきた三人とレザリアが目を丸くした。
「……はあ? 俺たちが、あの大きな鉄の甲冑を?」
リバックが怪訝な顔をする。「う~ん、俺はこのままでも十分強いと思うんだが……」
「いいえ! 生身では限界があります!」
ロスコフは熱弁を振るう。「貴方たちの卓越した技量と、魔導アーマーの出力が合わされば、それは千の兵にも勝る力となる。……もっと丈夫で、より多くの者を救えるかもしれません!」
「……本当ですか、ロスコフ様の夢の結晶に俺が!」
タンガが目を輝かせた。「そいつはすげぇ。一度でいいから“乗って”みたかったんだ!」
「ごめんなさい、私は遠慮します」
ロゼッタが即座に手を振った。「あれは……私の戦い方には合わないわ。あんな巨体の“装甲機”に入ったら、身のこなしが死ぬもの」
「それなら、高機動型が合いますよ!」
ロスコフが食い気味に言う。「あれは軽量化された“魔導装甲機”。貴女の速度を殺さず、むしろ加速させられます。乗れば分かります!」
ロスコフの必死の説得に、ロゼッタも少し興味を示しかけた。だが、ロスコフはそこで言い淀んだ。
「……ただ。魔導アーマーを、手足のように動かすためには……条件があるんです。」
「条件?」
「はい、背中に、**『マスターシギル』**を直接、シギルで焼き付ける必要があります」
ロスコフは申し訳無さそうに告げた。魔導神経網との完全な同期を行うには、衣服の上からでは感度が足りない。操縦者の背中に、魔力回路への接続端子となる紋章を、シギルで彫り込まなければならない。
「……背中に、焼き印?」
ロゼッタの顔が引きつった。「……お断りします。私の背中に一生消えない紋様なんて、冗談じゃありませんわ」
彼女はきっぱりと断った。美学とプライドの問題だ。ロスコフも無理強いはしない。「……分かりました。それではロゼッタさんは、今回は、儀式側の者たちの方へ集中すると言う事でお願いします。」
そして、リバックに向き直る。
「リバックさんは……どうされますか?」
リバックは腕を組み、隣で「やる気満々」の顔をしているタンガを見た。この無鉄砲な相棒を、慣れない装甲機の中に一人で放り込むわけにはいかない。
「……仕方ねえな。タンガ一人じゃ危なっかしくて見てられんし」
リバックは溜息をつき、覚悟を決めた。「付き合ってやるよ。……俺の『壁』が、鉄の体越しにどこまで通じるか、試してみるのも悪くねえ」
「すまねえ、リバックさん!」
「感謝します、お二人とも!」
許可が降りるや否や、ロスコフはレザリアに指示を出した。
「レザリアさん、お願いします! 彼らの背中に、最適なシギルを!」
「……もう、ほんと、人使いが荒いですわね」
「……じゃあ、そこに一人づつ座って。」
タンガがから先に上半身裸になり、示された椅子に腰かけた、背中をレザリアに向ける。
「……痛みますわよ」
レザリアは小さく深呼吸をすると、紫電を纏わせた右手の指先を、鋭い刃のように二人の背骨へと突き立てた。
「―――ぐぅぅッ!!」
ジュウゥゥゥという、肉の焼ける嫌な音と、鼻をつく焦げた臭いがレザリアの部屋に広がる。巨大な魔導アーマーの神経網と、生身の神経を直結させるための『マスターシギル』。それは皮膚の上に絵を描くのではない。生きた肉を焼き切り、魔力回路を背骨の神経束に直接繋ぎ合わせる、魔導と技術の融合から生まれた鍵となる技術だった。
大量の冷や汗を流し、血が滲むほど唇を噛み締めながら、二人の屈強な戦士は微動だにしない。やがてレザリアの指が離れると、彼らの背中には、脈動するように赤黒く光る、禍々しくも美しい幾何学模様の烙印が刻み込まれていた。
「……ハァ、ハァ……。これで、あの鉄人形の『臓腑』に繋がったってわけか」
リバックが肩で息をしながら、獰猛に笑う。
「最高じゃねえか。これでラガンの豚共を、心置きなくミンチにしてやれる」
長い文章をここまで読んで下さりありがとう、引き続き続きを見かけたらまたよんでみてください。




