番外編 冒険者タンガ誕生 その8
今回も悪魔ドミネート戦です。
その20
総督府庁の外で、そのような出来事が起こっていたが、【悪魔】以外、そのことに気づいた者は誰もいなかった。
「ちっ!管理者に嗅ぎつかれたか。もうここで遊んでいる暇はねぇな。こいつらをさっさと片付けて、とんずらするとするか」
【ドミネート】は、状況が芳しくないと判断したようだ。それまでのお遊びのような攻撃から一転、周囲を震え上がらせるほどの殺気を放ち、殺意に満ちた戦闘形態へと瞬時に切り替えた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「地を揺るがすような凄まじい咆哮を上げるとともに、爆発的に
悪意に満ちた【悪魔の気】を解き放ち、周囲の者たちを絶望の淵に突き落とすように覆い尽くした。」
その黒い瘴気と【悪魔の気】を浴びた者たちは、バタバタと倒れ、辛うじて立っている者と、まだ戦える者を合わせても、9名という状況に追い込まれてしまった。
まだ戦える者は、タンガ、ロウ爺、レザリア、モニカ、エイゼン、パトリック、アシタガ、グリボール、ファミリア。
戦えないが、かろうじて生きているのは、A級冒険者のバーモンドとA級冒険者のウォーレン。
残りの者たちは、魂に深いダメージを与えられ、ショック死してしまっていた。
ロスコフは元々戦闘能力がないため、レザリアの魔法防御に守られて生きているが、戦力としては数に入らない。
突然、咆哮とともに変身を始めた【ドミネート】は、【上位悪魔】の姿へと変わり、完全体として冒険者たちに襲い掛かり始めた。
「いかん、皆、外へ出て戦うのじゃ!」
ロウ爺さんは精一杯の声を上げ、皆を外へと避難させた。
アシタガは、崩れ始めた建物の中で、横たわったままのチェスの遺体に、
「あばよ、相棒」
そう言い残して、外へと向かった。
「涙を流すモニカは、チェスの死を自分のせいだと責め、恐怖で足がすくんでいた。その時、最後尾から魔法の壁を展開し、味方を守りながら移動していたロウ爺が、彼女を迷わず抱え上げ、肩に担いで崩れかけた建物から脱出した。」
外へ出ると、皆に、
「できるだけ拡散して戦うのじゃ!」
皆に注意を促し、自身も悪魔からできる限り距離を取るため、素早く移動した。
その頃、真っ先にロスコフを連れて外に出ていたレザリアは、すでにかなり遠くまで退避していてロスコフを背後に庇い、数を減らした仲間たちに向かって、
"sigil"
【レプルシオ マジカII】魔法を弾く
攻撃系の魔法を弾き、分散させ、威力を弱める魔法障壁を展開し始めた。
轟音と共に建物を突き破り、破壊しながら外へと姿を現した【上位悪魔】。
その真の姿が、ついに露わになる。
巨大化したその巨体は、8メートルはあろうかというほどの大きさに達していた。先に戦った悪魔イオシスの完全体とは明らかに格が違い、周囲に放つ悪魔の瘴気も、
桁違いに強くなっている。もはやAランク冒険者といえども、
防御魔法がなければ即死するほどの状態に変わっている。
大型化した悪魔は、手当たり次第に攻撃を始めた。
その攻撃がエイゼンたちに向けられると、巨大な拳が上空から振り下ろされると。
先ほど腕を潰されたエイゼンは、パトリックの上級回復魔法『サンティオ プロヴェクタ』で体の回復はしたものの、失った多量の精気は回復しておらず、体の動きが鈍かった。振り下ろされる気配は察知できたが、いつもより二テンポほど遅れて体が反応する。
「ぬぁぁぁ!」
避けようとしたが、避けきれず、足を奪われてしまった。先ほどは腕だけだったが、今度は太ももから下がすべてなくなり、大量の血を流したまま、ショックで気を失ったようだ。
「エイゼン!」
その様子に気づいたパトリックが上級回復呪文を唱え始めると、巨大悪魔は今度はパトリックの方へと向きを変え、攻撃を振り下ろそうと動き出している。
「回復役がやられちゃあおしめぇだ!逃げろ!」グリボールは、それに気づくと同時に、喉が張り裂けんばかりの大声で叫んだ。
しかし、詠唱を始めていたパトリックは、仲間のために、最後まで呪文を唱えようとした。
大悪魔の拳が上空から振り下ろされる。
そんな状況の中、シャーマンのファミリアが祈祷の詠唱を終えていた。
祈祷魔法
【エレメンタリス テッラエ インヴォーコ】大地の精霊召喚
パトリックに振り下ろされる巨大な拳に、大地の精霊ジャイアントが出現し、
その拳を受け止める。
ガシン~~~~~
ミシ…ミシ…ミシ…
大地の精霊ジャイアントが巨大な拳を抑えている間に、パトリックは回復呪文を完成させ、太腿から大量の血を流して倒れているエイゼンに『サンティオ プロヴェクタ』進歩した癒しをかけた。
ジュ…ジュ…ジュ…ジュ…ジュ…
かなりの勢いで足が元に戻っていく。しかし、大量に失われた血のせいで、エイゼンは全く反応せず、動かない。
上級回復魔法の詠唱を終えたパトリックも、慌ててその場から避難。
なんとか巨大悪魔の攻撃を凌いでくれていた大地の精霊ジャイアントも、巨大悪魔の放った蹴りを受けて消え去ってしまった。
「そんな…」
シャーマンのファミリアは、大地の精霊ジャイアントが一蹴りで消滅させられたことに驚愕し、自身も恐怖を覚えたため、さらに距離を取ろうと後方へと下がった。
「桁違いの化け物じゃ。これと比べると、あの悪魔イオシスが小物に見えるわ。
しかしじゃな、ここで諦めたら全滅するしかないんじゃ。皆、全力で行くぞ!」
ロウ爺さんの凄まじい発声で、皆の魂にわずかに活力が戻る。
ロウ爺さんは、もう肉弾戦では太刀打ちできないと判断して、
魔術師としての役割に戻っている。
呪文詠唱
【フラッマ ドラコニス マギカ】魔法のドラゴンフレイム
【防御者】が持つ攻撃魔法の中でも、特に高位の魔法を使用。
この攻撃が通らなければ、他の呪文でもダメージは与えられないだろう。
ロウ爺さんは渾身の魔法を唱えていたのだ。
巨大化した【上位悪魔ドミネート】に、魔法のドラゴンフレイムが降り注いだ。それはただの炎ではなく、強大な魔力を帯びた炎だ。その魔力の炎は、ドミネートの周囲に展開された魔法障壁を破壊し、本体をも焼き始めた。
ジュ…ジュ…ジュ…
肉の焼ける匂いが、周囲に立ち込める。
「やった!効いてるぞ!」
それを確認したグリボールは、追撃を加えるため、手斧を構え、ドラゴンフレイムに包まれた巨大悪魔に投げ入れる。
ヒュン!
手斧は、焼け焦げた箇所に突き刺さった。しかし、あまりにも巨大な体躯に、それは小枝が刺さった程度のダメージしか与えられていない。
だが、【悪魔】の注意を引きつけることには成功、
魔法職の者たちから注意を逸らし、自身にターゲットを向けさせたのだ。
これで、さらに魔法を唱えることができる。
しかし、背後ではまだ呆然と立ち尽くしている者がいた。モニカだ。彼女はまだ立ち直れていなかったのだ。そんなモニカに、アシタガが声をかける。
「モニカ、チェスのことは残念だったが、今は遠距離攻撃ができるモニカの力が必要なんだ。チェスの分もここで頑張ってくれないか?」
涙を流しながら「ごめんなさい、ごめんなさい」とアシタガに抱きつくモニカを、
アシタガは優しく抱きしめた。
「チェスと俺は、長いこと組んでやってきたが、いつかどちらかが死ぬ時が来るだろうと話していたんだ。その時は、酒を飲み女とやって忘れようと。もしこの戦いが終わった時、生きていたら、一緒に酒を飲み、盛大にやろうぜ。そうすればチェスも喜ぶだろう」
すると、モニカは頷き、目に微かな光が灯る。
それは、失いかけていた彼女の闘志の灯火だ、その目を見てアシタガも安堵。
立ち上がったモニカは、巨大化した悪魔ドミネートを見据え、呪文の詠唱を始める。
【グロブス イグニス マギクム】魔法のファイアーボール
長い詠唱を終えると、悪魔ドミネートに向けてファイアーボールが放つ。
その炎のボールは、ロウ爺さんが焼き払った箇所に撃ち込まれ、
爆発を起こして更なるダメージを与えることに成功。
すると、皆がモニカにグッドサインを送ったり、声をかけたりした。
「よくやった、モニカさん!」
その声援を受け、モニカもようやく気力を取り戻し始めた。
そして、かなり遠い位置まで移動していたシャーマンのファミリアも、
祈祷魔法を発動していた。
祈祷魔法
【ラディクス イムメンサ インプリカータ モンストロサ】
怪物のように絡みつく巨大な根
術が成功すると、木の根が地表に現れ、巨大なドミネートの足に絡みつき始め、
地面を覆い尽くしていく。
絡みつく巨木の根が、ドミネートの動きを封じる。
「ナイス、ファミリアさん!」
「今だ!」
ロウ爺さんも、これほど巨大な絡みつく根を見たことがなかった。かなりの術のようだが、
今は好機。ゆっくりと見ている暇はない。
先ほどの魔法のドラゴンフレイムほどの威力はないが、それでも大きな炎を発生させ、
さらに悪魔を焼き尽くす。
【イグニス マグヌスII】大きな炎
その炎が【悪魔ドミネート】へ向け放たれた。
レザリアも、雷光を生成していた。
"sigil"
【コルスカティオ×VI】雷光
レザリアは、自身が一度の詠唱で生成できる最大の数を用意し、雷光を放つシギルを完成させた。そこから放たれる雷光は、十分な威力を有しているだろう。
雷光がシギルから連続てきに放たれると、ドミネートは堪らず、シギル使いのレザリアに狙いを定め、先に叩こうという動きをみせたのだ。
そして、ドミネートはその巨大な目から、全てを焼き尽くすような紅蓮の光線を放つ。すると
その赤色覇光は、レザリアだけでなくロスコフをも瞬時に飲み込み、二人はまるで砂のように、跡形もなく塵と化していた。」
それを見たロウ爺さんは絶句。「...。」
大きな目から放たれた強力な赤色覇光は、土や小石を消し去り、レザリアとロスコフを消滅させたのだ。抉られた地面には、大きく削られた跡が残り、土だけがむき出しになっている。
僅かな間、一瞬にも満たない時間だった。ロウ爺さんは、その短い時間に、守るべき人々を失ったことを悟った。『くっ、何ということじゃ。ロスコフ様まで巻き込んでしまったわ!』
彼は、自責の念と無力感に苛まれながら、そう呟く。
さすがのロウ爺さんもどうすることもできず、今は攻撃を続けるしかなかった。
「完全体の【悪魔】が放った強力な赤色覇光は、レザリアとロスコフを瞬時に分解し、塵も残さず消し去った。だが、その瞬間、ロスコフの周囲の時間だけが奇妙に歪み、ほとんど停止したかのように遅延していたのだ。二人の肉体は、光に溶け込むように蒸発すると、粒子へと還元された。しかし、そこで終わらなかったのだ。粒子化した二人は、まるで星雲のように混ざり合い、溶け合っていった。それは、肉体的な接触を超えた、魂の共鳴。性交など遥かに及ばない、高次元での融合。二人は至福とも言えるエクスタシーに包まれ、ほぼ一つの意識と化していたのだ。それは、ロスコフの中に眠る潜在能力が、極限の危機に呼応して覚醒した結果だった。その能力は、かつて鉱山で用いられた超振動の波動。ロスコフの危機に反応した波動は、彼がかつて取り込んだ大精霊の力を引き出し、融合した二人は、意識の次元から、タンガへと『音調』を響かせた。『ファァァァァァァァァァ♫ ♫ ♬』それは、意識の深淵から響く、魂の旋律だ。」
吹きかけられた『音調』がタンガの内に侵入すると、彼の体が七色の光を放ち始めたのだ。
周囲の者たちは、その異変に気づくと、一斉にタンガへと視線を向け、
何がどうなってんだと言う目で見る。
しかし、その光輝は瞬く間に激しさを増し、タンガの変化を見守っていた者たちも、眩しさに耐えきれず目を逸らさざるを得なくなってしまう。
爆発的なエネルギーの上昇とともに、タンガは巨大化した【上位悪魔】を凌駕するエネルギーの塊へと変貌した。そして、まるで何かに憑依されたかのように、戦い始める。
恐るべき速度で巨大悪魔の頭部へと突進すると、あの硬い防御膜と皮膚を貫き、反対側へと飛び出してみせたのだ。
この事態に、完全体【上位悪魔ドミネート】も堪らず呻き声を上げた。
「ぐぐぅ、このクソガキ!」
怒りに任せ、両手でハエを叩き潰すかのようにタンガを打ち落とそうと振り下ろす!
しかし、その手は地面の蔓を叩き壊しただけで、輝く光源体と化したタンガを捉えることはできずに。タンガがどこへ消えたのかとドミネートが思った瞬間、
「ぐほっ!」
と、今度は腹部に衝撃を受けた。ドミネートは完全にタンガを見失い、その速度に追いつけず、一方的にダメージを受け続けることになっている。
さらに、タンガはドミネートの腹部を突き破ると、再び反対側へと飛び出した。そして、クルリと向きを変え、一気にカタをつけるかのように、ドミネートの体に無数の穴を開けたのだ。
幾度となく風穴を開けられたドミネートは、速度でタンガに圧倒的に劣ることを悟ると、元の大きさへと戻り、タンガに一対一の決闘を申し込む。
「最初に見た時、感じた違和感。やはり、あれは間違いではなかった。」
「…」
「お前からは、他の者たちとは違う違和感を感じた。こいつは違う、何かあると危険を知らせる警報が鳴っていたのだ。やはり、こうなった。だが、負けぬ。俺とサシでやろう。どちらかが死ぬまでだ。この勝負を受けるなら、お前を殺した後も大人しくここを去ろう。他の者たちには手を出さぬと契約を交わしても良い。」
そんなことを言ってくる悪魔に対し、ロウ爺さんは、
「悪魔の契約じゃと?そんなもの誰が信ずる!」
そういい放ったが、今のタンガにはその声は届いていない。
そんな提案を突きつけてきた悪魔に対し、今のタンガは思考できる状態ではなく、
ほとんど無意識に動いているだけだ。
その無意識のタンガは、突然大声を上げたのだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「大きな咆哮を上げた。すると、【ドミネート】は、その咆哮を提案の受理と受け止め、
『決まりだな』と呟いた。次の瞬間、空中には不気味な光を放つ契約書が現れ、
ドミネートは躊躇なく自筆のサインを書き込んだ。
サインが書き込まれると、契約書は黒い炎に包まれ、跡形もなく消え去ってしまった。」
そして戦いが再開された。
最後まで読んで下さりありがとうまた続きを見かけたら宜しく。




