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霧の牙、毒の海

ブラインライト造船所からの脱出を果たし、海に出たファングたちだったが、やはり甘くはなかった、追って来た海賊船は、どれもセラたちの知らない未知の兵器を使用してきた。    

               その184




――鈍き鯨と、牙剥く百足



だが、ブラインライト造船所第五ドックの戦況は、もはや「戦闘」の域を超え、一方的な「狩り」の様相を呈していた。


「今だ! 繋留索けいりゅうさくを切れ!」

ファングが叫ぶ。その声は、鉄と血の匂いが充満するドックの轟音にかき消されまいと、喉が裂けんばかりに張り上げられた。


しかし、潮の契約者の包囲網はあまりに分厚い。

頭上の起重機クレーンの軌道上から、海賊たちが無慈悲な矢の雨を降らせてきたのだ。

ヒュンッ、ヒュンッ!

空気を切り裂く鋭利な音が、技術者たちの鼓膜を震わせる。


「危ない!」

ファングの身体が思考より速く動く。

見習いの少年技術者を突き飛ばした、まさにその刹那。

ドスッ!

彼がいたはずの甲板に、太い矢が突き刺さり、羽根を不吉に震わせた。


だが、その僅かな慈悲が、別の場所での残酷な運命を呼び込んだ。

ファングの視界の隅で、別の場所で索を解いていた中年の技術者の背中が、ビクッ、と不自然に跳ねた。


ドスッ。

鈍い肉の音。

背中から胸へと、やじりが深々と貫通している。

男は目を見開き、口から血の泡を吐き出しながら、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。


「ぐ……ぁ……っ!」


「ハックさん!」 クランクが崩れ落ちたハックの元へ慌てて駆け寄るが、

中年技術者のハックは既に事切れていた。


「ハックさん!」   


しかしそれを視認していたもののファングは現在の状況に重きを置いていた。


「――怯むな! 止まれば全員死ぬ! 急げ、クランク急げ、皆まで死んでしまうぞ!」


だが、混乱はドミノのように連鎖し、更なる悲劇を生んだ。

側面から現れた海賊の一団が、斧を振り回しながら甲板へと雪崩れ込んできたのだ!


「うわあああああっ!」

パニックに陥り逃げ惑う技術者たち。

そのうちの二人が逃げ遅れ、背後から振り下ろされた凶刃の餌食となった。

鮮血が、真新しい甲板の白木を赤黒く染め上げる。


――三人。


(……くそっ)


ファングの瞳孔が極限まで細まり、悔恨が腹の底で熱となって渦を巻く。

その熱に呼応して胸の奥で獣の影がうごめき、

怒りが燃え上がるたびに、内側の何かがゆっくりと牙を剥き始めた。



ゴゴゴゴゴゴゴ……!

その時、船体が地鳴りのような音を立てて震え始めた。

死を賭した作業の末、ついに全ての繋留索が断ち切られたのだ!


「総員、退避ィッ!!」


技師長・ゴランの絶叫と共に、巨大な質量が重力に引かれて動き出す。

全長六十メートルを超える、鉄と木で出来た機帆走新造船『バラエナ(仮称)』号。

本来ならば魔導蒸気機関の咆哮を上げるはずの心臓部は、石炭(燃料)が無く沈黙している。

頼れるのは、重力と風のみ。


だが、閉ざされたドック内に風はない。

この巨体を動かすのは、自重と、脂を塗られた巨大な滑りスリップウェイの傾斜のみだ!


「―――隣も動くぞ!!」


――隣の第四ドックからも!


「遅れるなよ! ついてきな!」

セラ率いる高速ガレー船『ハル・ブレイク』号が、勝利の雄叫びと共にその俊敏な船体を闇の中へと現したのだ!

その背後では、ラモンが機転でぶちまけた溶鉱炉の火災が延焼し、第四ドック全体を紅蓮の炎で包み込もうとしていた。



「――メロディ!」

ラバァルが短く叫ぶ。


「戦闘員はガレーへ乗り移れ! この船は護衛に徹する!」


その声が鼓膜を叩いた瞬間――

メロディの胸の奥で、何かが“弾けた”。


次の刹那、世界から音がすっと遠のく。

海賊の怒号も、剣が風を裂く音も、まるで水底に沈んだように鈍くなる。


襲い来る海賊の剣閃。

それが泥の中を泳ぐような、信じられない遅さで見えた。


(……あ、遅い)


思考より速く、身体が勝手に動く。

紙一重の回避ではない。

剣が通り過ぎる“軌道そのもの”を、肌に触れる風圧だけで読み切っていた。


踏み込もうとした瞬間――

床を蹴った感覚が、ない。


足元の影が凝縮し、

黒いバネのように“実体を持って”彼女を弾き上げたのだ。


「――っ!?」


海賊の瞳には、メロディの姿が“消えた”ようにしか映らない。

彼女は肩を一点として蹴り抜け、重力の鎖を断ち切ったかのように宙へ舞い上がる。


夜空を一回転。

その軌跡に、黒い残像が陽炎のように揺らめいた。


既に動き出しているガレーに並走しながら、

メロディはその勢いのまま跳躍する。

二度目の跳躍の瞬間、影が足裏に吸い付くように盛り上がり、

まるで生き物のように彼女を押し上げた。


タンッ。


ガレー船の甲板へ、猫のように音もなく着地する。


着地と同時に、メロディは自分の掌を見つめた。

指先が微かに震えている。恐怖ではない。

内側から溢れ出す、得体の知れない熱が震えを生んでいた。


今の跳躍――

自分の筋力だけじゃない。

影が、確かに“彼女を押し上げた”。


「……今の、何?」


彼女は小さく呟いた。

その問いかけは、隣にいるセラへ向けたものではなく、

自分自身の奥底で蠢き始めた「新しい力」への困惑だった。


心臓が、早鐘のように熱く脈打つ。

全身を巡る血液が沸騰し、皮膚の下で何かが目を覚ますような高揚が収まらない。


――その余韻の中。


ラバァルもまた、混乱の極みにある造船所へ最後の一瞥を送った。

次の瞬間、彼の輪郭が陽炎のように揺らぎ――


フッ、と空気が歪む。


気づけば、ガレー船の船首で仁王立ちするセラの隣に立っていた。

瞬き一つの間に完了する、常識を超えた神速の移動。

周囲の空気が遅れて震え、セラの髪がわずかに揺れる。


突然現れたラバァルに、セラは一瞬だけ肩を震わせた。

だが、その瞳の奥に宿る光は、恐怖ではない。



極限状況の中で、セラの瞳の奥に、わずかな光が宿った。

それは本人すら自覚しない、ごく微かな変化――

嵐の前に海が静まるような、張りつめた気迫だった。


セラは息を一つだけ整え、船長の顔に戻って吼える。


「野郎どもォ! 今こそ腕の見せ所だよッ! この船の“足”はお前たちだッ!」


「うぉぉぉ!!」



――鋼鉄の鯨、海へ


第五ドック。

完成間近だった大型新造船『バラエナ』号の甲板では、

80名近い技術者たちが、降り注ぐ矢と火の粉を払い除けながら叫んでいた。


支柱しちゅう、固定解除ッ!」

盤木ばんぎ、外せェッ!!」


技師長の裂帛の気合いが響く。

ファングは甲板の手すりを、指が白くなるほど強く握りしめた。


彼らが立つのは、地上数メートルの高さにある船台の上。

ここから海へ滑り落ちる瞬間は、船にとっての「産声」であり、

同時に最も危険な儀式でもある。


ガゴンッ!!

安全装置が外れる鈍い音が、船体ほねを震わせた。


「―――総員、衝撃に備えろッ!! 進水しんすいだァ!!」


「進水するぞォッ!!」

「何かに掴まれェッ!!」


ズズ……ズズズ……!

船底と船台が擦れ合い、摩擦熱で木材が焦げる匂いと白煙が立ち上る。


「うおおおおおおおおっ!!」


技術者たちの咆哮と共に、数千トンの巨体が一気に加速した。


ゴオオオオオオオオオッ!!!


鼓膜を圧迫する轟音。

ファングの内臓が押し潰されるような強烈なG。

視界の端が白く明滅し、竜骨キールが悲鳴を上げる。


景色が後方へ飛び去り、闇色の海面が岩壁のように迫る。


「行けぇぇぇぇぇッ!!」


ドッッッッパーーーーーーーンッ!!!


巨大な質量が海面を叩き割った。

衝撃波が船体を貫き、水飛沫しぶきがドックの屋根を越える高さまで吹き上がる。

数トンの海水がファングの身体を押し流そうとする。


ギシシシシッ……!!

船体が大きく傾き、木材が悲鳴を上げながら左右に揺れる。


転覆か、安定か。

運命が決まる数拍の心臓。


ザァァァ……。

船体は勢いのまま海面を滑り、ゆっくりと水平を取り戻した。


「……浮いた……!」


だが、歓喜は一瞬で凍りつく。


重い。

あまりに重い。


新造艦特有の厚い装甲と未調整の内部構造が、

海水の抵抗を受けて進水の勢いを完全に殺していた。


風のないドック内では、帆はただの布きれ。

巨大艦は海面に浮かぶだけの“止まった城”と化す。


「このままでは止まっちまう!?」

「海賊どもが来る! 狙い撃ちにされるぞ!」


ドックの縁には、憤怒の形相で弓を構える海賊たちが殺到していた。


「くそっ……! 帆を張れ! 外の風を捕まえるんだ!」

ゴランが叫ぶが、風だけで動かすには時間が足りない。


その絶望を切り裂いたのは――


「漕げぇぇッ! 海面をぶっ叩くんじゃない、掴んで後ろへブン投げろォッ!」


第四ドックから飛び出した、セラ率いる高速ガレー『ハル・ブレイク』号だった。


ドスゥゥゥゥンッ!!

軽い船体が水面を切り裂き、着水と同時に震える。

側面から突き出した数十本のオールが、

巨大な百足の足のように一斉に海面へ突き刺さる。


「ソーレッ! 漕げッ!」


元・奴隷漕ぎ手たちの呼吸が完全に一つになる。

筋肉が唸り、汗が飛び散り、海水が爆ぜる。


ズバァァァァァァァッ!!


風など不要。

純粋な筋力と呼吸が生む爆発的な加速バースト

停止状態からトップスピードまで、わずか数回の漕ぎ。


それは船ではなく、水面を走る矢だった。


「ひぃぃぃッ! 速すぎるでやんすぅぅぅッ! 首がもげるぅぅぅ!」

マストにしがみつくラモンの悲鳴が、風に置き去りにされる。


ガレー船は旋回しながら大型艦の側面へ滑り込み、

矢の盾となる位置にピタリと着いた。


「風を捕まえるまでこの船が前を走る! 盾になるから帆を広げな!」

セラが吼える。


こうして二隻の船は、炎上するブラインライト造船所を背に、

まだ薄暗い海へとその巨体を踊らせた。


風を待つ重厚なる「城」と、

自らの力で波を喰らう俊敏なる「百足」。


対照的な二つの波紋が重なり合い、

大海原への航跡を描き始める。


二隻の解放された船は、ゆっくりと、しかし確実に闇の海へ処女航海を始めた。


背後では造船所の松明と、

ラモンとウィローが放った溶鉱炉の炎が混ざり合い、

届かない怒りのように赤々と燃え盛っている。


だが、船首を切るラバァルたちの顔には、

夜明け前の蒼白い光がわずかに差し始めていた。


技術者たちの未来を乗せた新造艦。

その未来を守るための牙となる『バラエナ』号。


大型艦の甲板には、77名の解放された魂とファングの姿があった。

足元には、二度と動かない三人の仲間の鮮血が、まだ乾かずに染み込んでいる。


ファングはその赤黒い染みを見つめ、拳を握りしめた。

爪が皮膚に食い込む痛み。


(……この血の重さを、俺は一生忘れない。あんたたちの分まで、必ず新しい国を……)


その時、海風とは違う“何か”が、彼の背中をそっと押した気がした。


ファングは顔を上げる。

その瞳には、かつてないほど強い――獣王の光が宿っていた。



――霧のカーテン、毒の牙


二隻の解放された船は、ゆっくりと、しかし確実に闇の大海原へと処女航海を始めた。

後方で燃え盛るブラインライト造船所の断末魔が、潮風に溶けて遠ざかっていく。


だが、安堵は一瞬だった。

この海域特有の“白い悪魔”が、静かに彼らを呑み込んでいく。


濃霧だ。

乳白色の分厚いヴェールが月明かりを奪い、数メートル先すら霞む。

湿気が肌にまとわりつき、音が吸い込まれるような閉塞感が甲板を支配した。


『バラエナ』号の甲板。

「……濃霧か。逃げる側には好都合だが……」

ファングは湿った手すりを握りしめ、霧の向こうへ鋭い視線を向ける。


「逆に言えば、敵が肉薄するまで気づけない。索敵が死んだこの白い闇で包囲されたら……終わりだ」


その懸念は、最悪の形で現実となる。


「――来たぞ!」

マストの見張り台から、裏返った悲鳴が落ちてきた。


ファングが船尾へ駆け寄る。

霧の白が、じわりと不気味なオレンジ色に染まり始めていた。


まるで地獄の番犬の群れだ。

無数の松明の光が霧を透かし、こちらへ殺到してくる。

ボウッ……ボウッ……。

霧に拡散した光は距離感を狂わせ、どれほど近いのか判然としない。


ブォォォォォォォ……!

角笛の咆哮が湿った空気に反響し、方向すら掴めない。


「……まずい! この速度の出ない巨体じゃ、もう距離を詰められている!」

ファングの背中を冷汗が伝う。

「見える光は三つ……いや、霧の濃さからしてもっといる……!」


このままでは、霧の中で鈍重な鯨のように狩られてしまう。


その時だった。

隣を並走していた高速ガレー『ハル・ブレイク』号から、松明が一斉に振られた。


光による信号サイン

『先に行け。ここは俺たちが引き受ける』


ファングは唇を噛み締め、技師長に叫ぶ。

「ガレー船のことは気にするな! 帆を張れ! この船は前だけを見ろ!」


――高速ガレー『ハル・ブレイク』号。


大型艦を逃がすため反転した船の船首に、全員の視線が集まっていた。

そこにはラバァルの姿もあったが、彼はただ静かに霧の向こうを見つめているだけだった。

霧の壁の向こうから伝わる“気配”を読むように、微動だにしない。


(……八隻。囲い込むつもりか)

彼は小さく息を吐き、視線をセラへと預けた。


――判断は若者に任せる。

その沈黙がそう語っていた。


セラはその背中を一瞥し、ニヤリと笑う。

(任せるってわけだね。……上等じゃないか)


「野郎どもォ! この霧、あつらえたような最高の舞台だよ!」

セラは舵輪を握る部下へ雷のような号令を飛ばす。


「――進路反転! 左翼のオールを目一杯突き出しな! 面舵一杯ィ!」


「なっ……!?」

甲板にへばりついていたラモンが目を剥く。


「この一隻で、どれだけいるかも分からねぇ海賊船に突撃するでやんすか!?

しかもこの視界ゼロの中で! それは戦術じゃなくて自殺でやんすぅぅぅ!」


だが、セラの部下たち――つい最近まで潮の契約者の下で雑に使われていた末端海賊たちは、微塵も揺らがなかった。


霧の匂いに本能を呼び覚まされたかのように、彼らの眼は“海の獣”のように鋭く光っていた。

握る櫂に自然と力がこもり、肩がわずかに震え、呼吸が荒くなる。



「アイ、アイ、キャプテン!」

雄叫びとも歓声ともつかぬ声が上がり、数十本の櫂が一斉に突き出された。


ザッパァッ!!


海水を掴む音が霧を裂く。

帆に頼らない、純粋な筋肉による急旋回。


霧の中では、止まった者から死ぬ。

海賊の常識だ。


高速ガレーは海を切り裂く巨獣のように鋭く旋回し、

巨大な『新造船』を守る壁となるように後方へと躍り出た。


そして――ただ一隻。


霧の向こうから迫り来る八隻の敵艦隊の真っ只中へと、

その舳先を向けたのだった。



「頼むぞ、みんな……! ……!?」

遠ざかる『バラエナ』号の船尾で、ファングが呟いた。

白い闇へと消えていく小さな船影は、彼の目には――

荒れ狂う海へ自ら飛び込む、小さな獣のように見えた。


だが、セラとその部下たちの目に宿る光は違う。

恐怖でも絶望でもない。

自分たちの庭であるこの海で、霧さえ味方につけて始まる“最高の仕事”への歓喜の光だった。


「来たぞォ! 霧の中からだ!」

敵艦隊の先頭を行く中型の海賊船が、ぼんやりとした影となって目前に現れる。


だが、高速ガレーは真正面からぶつかる直前――

霧に溶けるようにフワリと進路を変えた。


オール、左舷逆漕! 右舷全速ッ!」

セラの指示に、左右のオールが異なる回転を描く。

その場でコマのように回転する、海賊船ではあり得ない超信地旋回。


敵船のすぐ脇、視界の限界ギリギリをすり抜ける!


「今だァ! ぶちかませ!」


セラの号令一下、高速艦の側面に取り付けられた連弩砲バリスタが火を噴いた。

ダダダダダッ!

太い矢が至近距離から敵船の甲板をなぎ払い、帆をズタズタに引き裂く。


「な、何処だ!? どこから撃ってきやがった!」

「右舷だ! ……いや、消えたぞ!?」

霧に紛れた奇襲に、敵船から混乱の叫びが上がる。


風を失い動きが鈍った敵船を尻目に、高速ガレーは再び白い闇へと姿を消し、次の獲物へ向かった。


彼らは風と霧の流れを完全に読み切っていた。

敵にとって霧は恐怖の壁だが、セラたちにとっては身を隠す最高のカーテン。

そしてガレー船のオールは、無風の霧中でも自在に動ける最強の脚となる。


まさしく、霧の狩人。

一隻の俊敏な狼が、目隠しされた熊を手玉に取るような見事な舞だ。


その間に、大型の『新造船』は着実に安全な海域へ距離を稼いでいく。

「……すごいでやんす。視界不良とオール機動を組み合わせた遊撃戦……!

 これなら勝てるかもしれねぇでやんす!」


ラモンは戦慄と共に、新たな戦術の可能性を目に焼き付けていた。

だが、敵もただの海賊ではなかった。


「――ええい! 姿が見えんのなら、あの辺り一帯ごと吹き飛ばしてやれ!

 “西海から流れ着いた玩具おもちゃ”を使えェ!」


霧の奥、敵艦隊の旗艦と思われる方角から怒号が響く。


ゴオオオオオッ!

これまで聞いてきた大砲の乾いた音とは違う、腹の底に響く粘着質な発射音。

火薬の爆発ではない。

何かが無理やり空間を押し広げて吐き出されるような、生理的嫌悪を催す音。


次の瞬間――


ヒュオオオオオオオッ!!

濃密な白い霧が、見えない巨大な力によって円形に抉じ開けられた。

白いトンネルを穿ちながら、黒い死の塊が飛来する。


ドォォォン!!


鼓膜が内側に張り付くような重圧と共に、ガレー船の船尾付近に着弾!

メロディの全身の骨が共振し、覚醒した彼女ですら膝が折れそうなほどの衝撃が走る。


ズガアアアアアアアアアアアンッ!!

船全体が軋み、巨大な木材がささくれのように宙を舞う。

操舵輪を握っていた部下たちが数名、衝撃で甲板に叩きつけられた。


「――今のなに!?」

メロディが体勢を立て直しながら叫ぶ。


着弾地点には、人の頭ほどもある黒石の球体がめり込み、

そこから不気味な紫色の煙がシューシューと上がっていた。


鼻を突くのは火薬の硝煙ではない。

腐った魚と、痺れる金属臭が混ざり合った、この世ならざる匂い。


煙に触れた甲板の木材がジュウジュウと音を立てて変色し、瞬く間に朽ちていく。


(……なんだ、あの石は。ただの砲弾じゃない……)

セラは海賊船長としての経験から異常性を分析しようとするが――

即座に「理解不能」という結論に至る。


(……こんな砲弾、聞いたこともねぇ……!)


ラガン王国のお粗末な船など比較にならない、隔絶した異質さ。

それは技術というより、どこか遠い場所から流れ着いた“毒”そのものだった。


「……ちくしょうめ……!」

セラが忌々しげに吐き捨てる。


「あのクソったれども……!

 姿が見えないからって、霧ごとあてずっぽうに撃ってきやがった……!

 あたしらが気づかないうちに、こんな厄介な代物まで手に入れてやがって……!」


彼女の瞳には、未知の兵器への恐怖よりも、

海賊としての矜持を踏みにじられた怒りが燃え盛っていた。


風を読み、霧に隠れ、技量で命を奪い合う――それがこの海の掟。

だがこれは違う。

ただ金と技術で買った、卑劣で無粋な殺戮。


その石球がカッと不気味な光を放ち、内側から脈打つように膨張した。


「――全員、伏せろッ!! 毒だッ!!」


セラの野生の勘に裏打ちされた絶叫が甲板に響き渡る。


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、

石球は限界を迎え――音のない閃光と共に炸裂した。






最後までよんでくださりありがとう、ひきつづき次も見かけたら読んでみてください。

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