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アフター12 一軒家を買うに至るまでにあったこと⑪ 『必要なものと、ほしいもの。ちゃんと分けて考えればいいだけ』

大変お待たせしました。アフターストーリー最新話の更新となります。なるべく投稿頻度を上げられるよう努力します。

 俺はこのとき思った。『必要なものとほしいものは別々に考えるべきだ』と。


 ◇


 お互いの休日の日。俺と響子は、家から少し離れたショッピングモールに来ていた。休日であるからか、多くの人が押しかけているようだ。俺は、響子の隣を歩きながらも、人の多さにげんなりしていた。


「当麻くんは、まだ人が多いところは苦手なの?」

「まだというのは語弊があるな。俺は、人が多いところが苦手なんじゃない。そもそも、こういうショッピングモールが気に食わないんだ」

「誘っておいて、それはどうなの……」


 響子は、ため息をこぼした。いつものことだと呆れているのだろう。俺は、横目にそんな響子を見ながら、目的の場所を目指して歩く。


 人はそう簡単には変わらない。苦手なものは何年経っても苦手なままであることが普通だ。克服すると言えば、聞こえはいいが、実際は克服したのではなく、ただ慣れただけであることが往々にしてあるように思う。


「それで、服はどこで買うんだ?ユニクロか?」

「……それだったら、ここまで遠出する意味ないじゃん。当麻くんはやる気あるの?」

「やる気はあるぞ。このショッピングモールにある店をすべて情報収集済みだ」


 俺は、昨日のうちに集めた資料を響子の前に出す。計300ページに及ぶ資料に響子は体を震わせ始めた。


「感動で涙が出そうか?」

「いや、そうじゃなくてなんか率直に言って、()()()()()

「………」


 俺は資料を地面に叩きつけてやりたくなった。こんなもの、クソの役にも立たねぇじゃねぇか。


「そんな顔しなくてもいいよ。せっ、せっかく作ってくれたんだし」

「いいよ、ゴミ箱に突っ込んでくる」

「待って待って」


 俺はいつもこうだ。準備したのに、準備の方向性がズレて相手の求めているものを上手く汲み取ることができない。


「当麻くんが落ち込むことって、珍しいからからかったちゃっただけで、そこまで自分を責める必要はないよ」

「……俺だって、落ち込むことはあるぞ」

「知ってる」


 そう言って、響子は小さく笑った。


 ……何を知ってるっていうんだ。


 俺は視線を逸らす。こういう時、真正面から見られるのはどうにも居心地が悪い。


「当麻くんってさ、ちゃんと考えてるよね」

「それ、褒めてるのか?」

「うーん……半分くらい?」


 曖昧な返答に、思わず眉をひそめる。


「でもさ、それってちょっと‶やりすぎ〟なんだと思う」


 やりすぎ、か。


 その言葉は、妙に胸に引っかかった。


「……準備するのは悪いことじゃないだろ」

「悪くはないよ。でも、‶相手が何をしたいか〟より、‶自分がどうすれば失敗しないか〟を優先してる感じがする」


 図星だった。


 言い返そうとして、言葉が出てこない。


 俺は失敗が嫌いだ。いや、嫌いなんて生ぬるいものじゃない。できることなら最初から避けたいと思っている。


 だから調べる。徹底的に。抜けがないように。


 ――その結果が、あの300ページだ。


「服を買いに来たんだからさ、そんなに難しく考えなくていいんだよ」

「難しく考えてるつもりはない」

「あるよ」


 即答だった。


 響子は、少しだけ歩く速度を落とす。


 人混みの流れからほんの少し外れるようにして、俺たちは立ち止まった。


「ねえ当麻くん。‶必要なもの〟と‶ほしいもの〟ってさ、どっちが大事だと思う?」


 冒頭で自分が考えていたことを、そのまま投げ返された気がした。


「……場合によるだろ」

「じゃあ今は?」

「今?」


 ショッピングモール。休日。隣には響子。


 状況を整理する。


「……服は必要だな」

「そうじゃなくて」


 響子は苦笑した。


「今、この瞬間。当麻くんは何がほしいの?」


 何が、ほしいか。


 俺は少し考える。


 服の情報でも、効率のいい買い物でもない。


 そんなものは、今この瞬間にはどうでもいい気がした。


「……失敗しないこと、かな」

「それ、‶必要なもの〟だよね」


 言われて、気づく。


 確かにそうだ。


 俺は‶ほしいもの〟じゃなくて、‶失わないためのもの〟ばかり選んでいる。


「ほしいものってさ、もっと適当でいいと思うんだよね」

「適当って……」

「直感とか、ノリとか。‶なんかいいな〟ってやつ」


 そんな曖昧なもので、いいのか。


 そう思う一方で、少しだけ羨ましいとも思った。


「じゃあさ」


 響子は、くるりと踵を返す。


 指さした先には、一軒の店。


「ここ入ろうよ。理由は――なんとなく」


 あまりにも雑な理由だった。


 俺なら絶対に選ばない基準だ。


 けれど。


「……わかった」


 気づけば、そう答えていた。


 完璧じゃなくてもいい。


 正解じゃなくてもいい。


 そういう選択を、たまにはしてみてもいいのかもしれない。


「お、珍しい。素直」

「うるさい」


 俺はため息をつきながら、響子の後ろを歩く。


 ――どうせまた、後悔するかもしれない。


 でも。


 それでもいいと、少しだけ思えた。


 たぶんそれは、必要なものじゃなくて、ほしいものに近い感覚だった。


 ◇


 店の中は、外の喧騒が嘘みたいに静かだった。


 照明は少し落とされていて、服がやたらと綺麗に見えるように計算されている。俺はそういう“演出”があまり好きじゃない。現実を都合よく見せている感じがして、信用できないからだ。


「ねえ、これどう思う?」


 響子は、入って早々に一着のワンピースを手に取った。


 早いな、と思う。


 俺なら、店の傾向を把握してから――


「当麻くん?」

「ああ……悪くないんじゃないか」


 曖昧な返答になる。


 正直、よくわからない。


 似合うかどうかも含めて、判断材料が足りない。普段来ている服から響子自身の好みを把握してはいるが、今日は何がほしいのかを俺は知らない。


「悪くないって、さっきからそればっかだね」

「便利な言葉だからな」

「便利すぎて何も伝わってこないけど」


 ぐうの音も出ない。


「じゃあこれは?」


 次に差し出されたのは、さっきよりも少し落ち着いた色のものだった。


「……さっきよりはいいと思う」

「“よりは”ねぇ」


 響子は、少しだけ不満そうに唇を尖らせる。


「当麻くんってさ、ちゃんと見てるようで見てないよね」

「見てるだろ。一応は」

「ううん。“間違えないように見てる”だけ」


 まただ。


 図星を突かれる。


「似合うかどうかじゃなくて、“外さないかどうか”で判断してるでしょ」

「……否定はしない」


 できない。


 それが一番、確実だからだ。間違えると高校生だったときと違い、大人は責任が伴うから。


「それだとさ」


 響子は服をラックに戻しながら言う。


「一番いいやつ、選べないよ」


 一番いいやつ。


 そんなもの、最初から狙う必要があるのか。


「別に、外さなければなんでもいいだろ」

「それ、“必要なもの”の考え方だよね」


 ぴたりと言い当てられる。


「でもさ、服って“ほしいもの”じゃない?」


 そう言って、別の服を手に取る。


 今度は、さっきまでより少しだけ目を引くデザインだった。


 俺ならまず候補から外すやつだ。


「これ、ちょっと気になってるんだよね」

「……響子にしては、珍しいな」

「そう?」


 響子は軽く首を傾げる。


「でも、“なんかいいな”って思ったんだよね」


 その言い方は、さっきと同じだった。


 理由はない。


 理屈もない。


 ただの感覚。


「試着してくる」


 そう言って、響子は試着室に入っていった。


 ◇


 待っている間、俺は何もすることがなかった。


 いつもならスマホでも見るところだが、なぜかそんな気になれない。


 さっきの言葉が、頭に残っていた。


 ――一番いいやつ、選べないよ。


 俺のやり方は、“間違えない”ためのものだ。


 でもそれは同時に、“踏み込まない”ためのものでもある。


「お待たせ」


 カーテンが開く。


 響子が出てくる。


「どう?」


 一瞬、言葉に詰まる。


 さっきまでの“無難な候補”より、明らかに目に入る。


 似合っているかどうか。


 そんな分析より先に、


「……いいんじゃないか」


 と、口から出ていた。


「ほんと?」

「ああ」


 少なくとも、“悪くない”ではなかった。


 それだけははっきりしている。


「そっか」


 響子は、少しだけ嬉しそうに笑った。


「なんか今の、“ちゃんと見てくれた感”があった」


 そんな違い、自分ではよくわからない。


 けれど。


「……そうかもな」


 さっきよりも、ちゃんと見ていた気がする。


 外さないかどうかじゃなくて。


“いいかどうか”で。


「これにしようかな」

「決まりか?」

「うん。なんか気に入ったし」


 なんか、で決めるのか。


 そう思う一方で、それが妙にしっくりきている自分もいた。


 ◇


 会計を済ませて、店を出る。


 相変わらず人は多い。


 けれど、さっきよりは気にならなかった。


「いい買い物だった」

「満足か?」

「うん、結構」


 迷いのない返答だった。


 それが少し、羨ましいと思った。俺は、変に考え込んでしまうから。


「当麻くんは?」

「俺は……」


 少し考える。


 俺は何も買っていない。見ていただけだ。


 でも。


「悪くなかった」


 そう答えていた。


「でしょ?」


 響子は、得意げに笑う。


「ほしいもので選ぶのも、たまにはいいよ」

「毎回は無理だな」

「全部それでいいって言ってるわけじゃないよ」


 少しだけ真面目な顔になる。


「必要なものと、ほしいもの。ちゃんと分けて考えればいいだけ」


 冒頭で考えていたことと、同じ結論だった。


 ただ。


 さっきまでは、それが“理屈”だったのに対して。


 今は少しだけ、“実感”に近い。


「……そうだな」


 俺はいつでも後悔する。


 それはたぶん、これからも変わらない。


 でも。


 何を選ぶかくらいは、自分で決めてもいい。


 後悔しないためじゃなくて。


 後悔してもいいと思えるものを。


 ――それがきっと、“ほしいもの”なんだと思う。


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次話以降もよろしくおねがいします!

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