3歳 昔話
ダイニングルームに行くと、メイドさん達が後片付け中やった。
お母様もランチ食べ終わったみたいやな。
1人のメイドさんを捕まえて、お風呂に入ったから洗濯物が発生したことを報告しておいた。
続いて、リビングへ行くと、お母様とモモ爺がお茶を飲みながら仕事の話をしてた。
まだ休憩タイムのはずやのに、子供がいいひんとすぐ仕事するんやから、もぉ。
「あら、あなた達、今日はピクニックじゃなかったの?」
私達に気付いたお母様が少しビックリして訊いてきた。
「うん。ピクニックしてたんだけど、少し早く帰ってきたんだ」
兄様が言うと、
「そう、だったらお昼寝の時間まで一緒にお茶を飲みましょう。こっちへいらっしゃい。ヤーサお願いね」
にっこり微笑んで、私達を呼んでくれた。
「では、私は先に執務室へ」
と言って立ち上がったモモ爺を、
「モモ爺も一緒にいてよ。訊きたいことがあるんだ」
兄様が引き留めた。
「ほぉ、それは嬉しいですね。お2人は本で調べたりして、なかなか頼りにしてくれないので少し寂しく思ってたんですよ」
仕事で忙しい中、子供の話 聞かなアカンのに、イライラせんと訊きやすい雰囲気にしてくれはった。ホンマできた人やで。
私がお母様の隣、兄様がモモ爺の隣りに座るとモモ爺も座った。
「それで、何をお知りになりたいのですか?」
兄様の頭を撫でながら、モモ爺が優しく話しかけた。
……あっちに座れば良かった。
「え~とね、魔獣のこと。本の中に魔獣が出てきたんだけど、よくわからないんだよね。モモ爺は本物の魔獣にあったことある?」
兄様、演技派やな。
「今度の本は魔獣の討伐ものですか? また渋いものを読んでおられますね」
言いながら、モモ爺が少し笑った。
地球やったらファンタジーものやけど、ここでは猟師の話って感じなんやろか。
「魔獣……。私は……魔獣を討ったことがありますよ」
さっきまでの笑顔を消し、真剣な顔になるモモ爺。
釣られて居住まいを正した。
ヤーサが持って来てくれたフレッシュ苺ジュースを飲みながら、若かりし頃のモモ爺の話を聞いた。
モモ爺が18歳の時 ―― お隣の国といざこざ勃発。
既に【影】だったモモ爺には赤紙は届かなかった(何度も死んだことになってるらしい)が、戦場が山を挟んでいるとはいえ、キーモン領と直線距離で近かった為、様子見に行ったらしい。
国境付近で沢山の人が亡くなって……その血の匂いで山からたくさんの魔獣が押し寄せてきたそうな。魔力が干潮の時期やったら、そこまでたくさんの魔獣が下りてくることはなかったらしいんやけど……その時は大潮やったらしい。
いまいち分からんから、詳しく訊いた。
どうやら魔力は上空にいくほど多くなり平地にはほとんど無いらしい。
言われたら、私も山ではあんなに感じた魔力を今はあまり感じひんな。
それから、魔力の潮汐はレッドムーンが関係してて、レッドムーンが見えない昼間は魔力の干潮。
そして夜、レッドムーンが見えて満潮になると平地にも少し魔力が満ち、更にアヴァウト(この星の名前)との距離が近づき、レッドムーンが大きく真っ赤になると、魔力はさらに濃くなり大潮となって平地でも魔獣が活動できるほどの魔力量になる。……らしい。
魔獣のことも詳しく訊く。
魔獣は、普通の動物や虫が多量の魔力に長時間 晒されると肉食で強靭な肉体をもつ魔獣になるらしい。
そんなわけで魔獣は山の上の方にいる。動力源に魔力も使っているらしく、魔力の少ない所ではほとんど見かけないらしい。そして、一番の好物は魔力をいっぱい持ってる魔法を使える人間。次に同じ魔獣。後は、普通の人間や動物……らしい。
そんなワケで、人同士の戦いに夢中で大潮のことが念頭から無くなっていた戦場は、夜、突として “ 人vs魔獣 ” の戦いの場に。
対人用の武器しか準備していなかった両国の兵士の多くは死体すら残さず亡くなっていったらしい。
そして、様子見に行ったモモ爺と他の4人の【影】もそれに巻き込まれ……数匹の魔獣であれば倒せたが数が多すぎたらしく……モモ爺だけが生き残った。とのこと。
先輩達と親友……婚約者を失った……と、普段は目を見て話すモモ爺が俯いて言った。
ちなみに人同士の戦争は痛み分け。今は友好国となってるとのこと。
これは……タラちゃんのことは言わへん方がええな。
「悲しいことを思い出させて、ごめんなさい」
兄様がモモ爺に謝った。
「いえ、坊ちゃま達に魔獣の恐ろしさを知っていただく良い機会になりました。坊ちゃまもお嬢様も山を登らないようにして、他の領へ行った時には近くに山がある場合、血を流さないように気を付けてください」
フッと肩の力を抜いて少し微笑んだモモ爺が、兄様の頭を撫でながら言った。
……登ってしもたがな。ほんで血ぃ流して魔獣に遭遇したがな。
あれ? ちゃうな。遭遇したから血ぃ流したんやった。
うわ~、もしかして、あそこで直ぐに治してへんかったら、タラちゃん以外の魔獣が寄ってきたんやろか……。
いやいや、ウサギとかリス、鳥もダンゴムシも、普通サイズでいたよな。タラちゃんが場違いなんかな? う~ん……わからん。
ん? あれ?
「今、他の領へ行った時は、って言った? そう言えば、里って山にあって修行中に怪我をすることもあるし、私達以外のみんなは山の中へ修行に行ってるみたいだけど……うちの領は大丈夫なの?」
そもそも我が家も結構 高台にあるような……。
「ここ……オーエ山のキーモン領側は聖女様の結界で守られているから大丈夫なのよ」
お母様が教えてくれる。
「……結界……」
あれかな? 緑とか、ぼよんぼよんのやつかな?
「昔話として語られているのは ―― 今から千年以上前、マリア様という名の聖女様が王都からキーモンへいらっしゃったのですが、この領を気に入られたらしく、王都へは帰らずにお住まいになり、山に結界を張って魔獣がキーモン領の平地や里へ侵入しないようにされたそうです。
また、魔獣だけでなく人についても考え……侵略者からこの領を守るために聖女マリア様が最初の【影】を誕生させたと言われております。
話の真偽のほどは不明ですが、山に緑色の結界が張ってあり、現在も効いているのは確かです。
そう言えば、裏口の聖女様の通り道の草もそろそろ刈らないといけませんね」
「あとでリヨンにお願いしてみますわ」
話の途中でモモ爺が仕事を思い出した。
どうやら、掃除担当のメイドではなく、料理・買い出し担当の男性使用人リヨンにお願いという形で、草刈りさせるみたいやな。
って、それどころちゃうわ!
あれやな、聖女マリア様ってマリちゃんのことなんちゃうん!
ほんで、あの緑のセロハン壁が結界か。タラちゃんがあそこまでしか草刈りしてへんかったんは、見つかったらヤバいからやなくて、あそこから出られへんってことやな。
それから、里! あそこが日本ぽいの、マリちゃんの仕業か!
って、あれ? でも、よ~考えたら、千年前に終電とかタクシーないよなぁ~。
ってことは、ここと地球 “ 時間の進み方 ” 違うんかな?
例えば、ここでの100年が地球の1年とかやったら……地球では10年前。終電もタクシーもあるな……。
「あら、もうこんな時間。それじゃあ、母様は仕事に戻るわね。あなた達は、お昼寝のあとはどうするの?」
あ、お母様の貴重な休憩時間を奪ってしまった……。
「私は読書する~」
魔法関係の本、探そ。
「じゃあ、僕も」
よし! 兄様にも探すの手伝ってもらお。
子供部屋に戻って、お揃いのネグリジェに着替えてお布団に入ると、
『さっきのモモ爺の昔話、マリちゃんと、あの緑の壁の話やんな』
って兄様が言うてきた。
『うん。そうやと思う』
やっぱり兄様もそう思ったよね~。ってボーっとしながら思てたら、
『なぁ、メアリー。メアリーは何で、千年前のマリちゃんと同じ言葉を生み出せたん?』
兄様が訊いてきた。
はあー! しまった! 私が日本語、生み出したことにしてたんやった!
『な、なんでやろ? もしかしたら、ここの領は聖地で、知らん間に神さんが聖女マリちゃんの言葉を授けてくれたんかもしれん』
苦しい時の神頼みや。……ちょっと違うけど。
『ふ~ん、ニホンゴってそんなもんなんや。あ~ぁ、メアリーは魔法も使えるし、凄いよな~』
あれ? 兄様の声のトーンがいつもと違う。投げやりっぽい。
『お兄ちゃん、どうしたん? しんどいん?』
兄様の方に体ごと顔を向ける。
『うん。ちょっとメアリーのお兄ちゃんでいんの、しんどいかも……』
ガーン! 嫌われた……。
そ~やんな……。私、結構、好き放題してるもんな。
日本語、ホンマはやりたくなかったんかもしれん。
魔法も自分だけ使えるようになって1人でわくわくしてた。
それに、今日も……私が行くって言うて行ったけど、ホンマは別のことしたかったり、別のとこに行きたかったんかもしれん。
しかも昼寝の後、本 探すの手伝ってもらお~とかまで思ってたし。そりゃ嫌われるわ……。
「わかった。私、お母様の部屋で寝てくるね」
起き上がって、ベッドから降りようとしたら、
『えっ、ちょっとメアリー! 急にどうしたん? 何で泣いてんの?』
兄様も起き上がって腕を掴んできた。
「私と一緒にいると疲れさせるし……ニホンゴも無理に使わなくていいから、今まで付き合わせてごめんね」
って言うて、兄様の手を解こうとしたら、更に手に力を込めてきた。
『疲れるんやなくて……僕の方が年上やのにメアリーの方が色々できるから、ちょっと情けなくなっただけやから。
それに、僕、ニホンゴ好きやで。ただ、僕とメアリーだけの言葉やと思ってて嬉しかったから、ニホンゴが嫌なんやなくて他の人も話せるんが嫌やってん。だから、どこにも行かんとここで一緒に寝て』
兄様、ちょっと決まりが悪そうに目を逸らして言うた。
『私のこと嫌いになったんとちゃうん?』
一応、確認する。
『はぁ? 何言うてんねん! 嫌いになるわけないやろ!』
って言うて、私を抱きしめる兄様。更に、
『そんなこと考えて泣いたんか? アホやな』
言うて、私のほっぺや瞼にキスしながら、涙を拭っていった。
『私、お兄ちゃんのこと無茶苦茶 凄いって思ってるし、もっと情けなくなってくれた方がいいと思ってんで』
お布団被って体ごと兄様の方を向いて言う。
『その言葉を鵜呑みにするほど子供ちゃうしな』
って、兄様も体ごとこっちを向いて言う。
……いや、マジで4歳やと思えへんし……って言いたい。
『もっと情けなくなってくれたら、私もお兄ちゃんのこと抱きしめてキスすんのに~』
笑って言う。
『嘘やん! ホンマに?!』
『ホンマ、ホンマ~』
『そ~か~。ほんなら安心して心置きなくメアリーのお兄ちゃんできるわ~』
兄様も笑って言うた。
『あっ! それ情けない発言!』
言うて、兄様のほっぺにキスして
『おやすみ~』
と仰向けになると、
『抱きしめられてへんし、キスもただのおやすみのキスやん! メアリーの嘘つき!』
って、ちょっと怒りながら言うて、『おやすみ』のキスをした兄様も仰向けになった。
で、たぶん、3分も経たへんうちに寝付いた。
―― ふふっ。2人とも可愛い顔して寝てるな。眼福、眼福。生意気だけど普通にお礼を言ってくるから可愛いよな。人を見下すガキしかいねぇあんな所、ホント辞めて正解だったわ。花、ここに置いておくからな。おやすみ ――




