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バリスタさんと雪ウサギ【小話】

 

「明智さんはそういえばスマートフォンですよね」

 すまーとほん、と聞こえる少女の台詞に明智は視線を上げる。

 カフェの焦げ茶色のカウンターにぺたりと伏した少女が顔だけ起こして明智を見上げていた。

 いつもながら唐突によくわからない角度から話題を投げて来る少女だ、と明智は思う。彼女はいつだってびっくり箱の様なものだ。投げかけて来る話題も、話題の転換も唐突で脈絡がなく、返して来る応えも斜め上のものが多い。

 カウンターを挟んだ対面で夜の為に軽食の仕込みをしていた明智は再び視線を手元に戻し、キャベツを千切りしながらそうだなと無愛想に相づちを打った。

「お前はガラケーだけど、スマホにしないのか?」

 明智の記憶によれば、女子高校生とは新しいもの好きな生き物だった気がする。が、そう思うと少女はそのくくりから随分と外れた生き物の様だ。

 染めも巻きもしていないツインテールがくたりと乗ったカウンターには、彼女のガラケーが置かれている。彼女はそれを手繰(たぐ)り寄せ、スマホは難しそうですもん、と口を尖らせた。

「難しくなんてない」

 明智は呆れながら切ったキャベツを洗い、水を切る。

「寧ろ、お前には合ってるんじゃないか?」

 スマホはタッチパネルを操作する直感的なツールである。子供やお年寄りにも操作が易しいという謳い文句があった筈。

 ラーメン屋さんみたい、と明智の手元を見て少女はズレた感想を感心した様に呟いたが、幸い明智には聞こえなかった様だ。少女は思った事の半分くらいが直ぐ口を突く。口に出さぬ分もかおに出る。判り易い子供だ。

「うーん、そうですかねえ~」

「ほら」

 キャベツを片付けた明智は布巾で手を拭って己のポケットからスマホを取り出し、少女の前にポンと置く。

 かおにハテナマークを浮かべた彼女に、触ってみるか、と問うた。

「エー? 男の携帯をいじるのはオススメしないよ? うさちゃん」

 にーっと笑って口を挟んだのは数間幸平(かづまこうへい)だ。完全に面白がっている時のかおで、帰る客を見送って引き下げて来たカップや皿を洗い出す。

「「は?」」

 絡まれて不機嫌な明智の低い声と、少女のきょとんとした声が期せずしてハモる。

「何でですか?」

「だって、何かの拍子に秘密のフォルダ開いちゃったら大変じゃない」

「「秘密?」」

 少女と明智の声が再びハモる。

 アレ? と幸平は首を傾げた。

「明智くん、ムッツリじゃなくオープンなの? 隠しなさいよ。うさちゃんは純朴な女の子だよ? 幼稚園児レベルの無垢(むく)な女の子に見せる様なものじゃないと思うよ?」

 幸平は滅多にない真面目なかおで明智を諭し出した。明智もまた珍しく面食らったかおをする。

「は? 何の話……」

「幼稚園児レベルって何の話ですか」

 むうっと少女が膨れる横で、明智が物凄いかおで黙り込み、問題児な先輩を睨み出す。

 (ようや)く幸平の言いたい事を察したそのかおには、あんた最低だな、と書いてある。

「子供みたいにピュアだよね、うさちゃん」

 可愛いなあと笑う幸平にイラッとした明智はその足を思い切り踏んだ。

「よくわかりませんが、数間さんの携帯には隠しフォルダがあるんですか?」

 痛みにかおをやや引き攣らせつつ、幸平はううんと首を振る。

「無いよ? 見られて困るものなんて……あ。」

 お客様だ、と幸平は入り口に向かう。この店のドアは洒落たデザインだが、非常に重い。その為、店員は客に気付いたらドアマンよろしくドアを開ける様にしていた。

 それが偶発的な逃げる口実であったのかどうかは判らないが、限り無く黒に近いグレーだ、と明智は幸平を睨む。

「行っちゃいましたね。結局何だったんだろ?」

 首を捻って不思議がる少女に、金輪際(こんりんざい)あいつとは口を利くな、と明智は低く言った。

「はい?」

 少女はきょとんと首を傾げた。その向こうで聞きつけた幸平が口元を押さえて肩を震わせている。

「あいつは不純過ぎる。耳が汚れる」

 渋面の明智の台詞に、ちょ、どこの乙女、と注文を受けた幸平が笑いながら帰って来る。

「ヒドいな~、明智くんてば。ねえねえうさちゃん、コレ知ってる?」

 薬缶を火に掛けた笑い上戸はターゲットを少女に変えた。

「何ですか?」

 目先のものに釣られる少女は策をろうさずとも容易く釣られる。明智が苦いかおで忠告した事は既に右から左に抜けてでもいるのか。

 珈琲豆を挽きながら幸平はにやにやと口角を上げる。

「まあ、見られて困るものじゃないけど、明智くんのスマホには可愛い女の子が笑って写ってる写真があるんだよ」

 割って入ろうとした明智は、思わぬ方向からの攻撃に固まった。

「そうなんですか」

 きょとりと少女は瞬く。およそ、そういうものとは無縁で、彼女から見れば寧ろ珈琲が恋人、くらいのイメージがある男である。意外と言えば意外だった。

「うん、そうなんだよね。二枚……いや、三枚かな?」

 ギクリとした明智は、ハッとして幸平を睨んだ。

「何で三枚って……!」

 一枚目と二枚目は幸平からの写メだ。だが三枚目の存在を何故知っているのか。

「僕も彼女から写メ貰ったもの」

 豆を挽き終わった幸平はスマホを操作してメール画面を呼び出す。

 桃色クリームが塗られホワイトチョコで目鼻が描かれたウサギのケーキとのツーショット。

 ――木ノ下さんにケーキおごってもらっちゃいました!

 という文面からも喜びが伝わって来るが、この写真に写る彼女の笑顔の可愛い事と言ったら。

「このケーキ、食べるのが勿体無いくらい可愛かったんですよ~」

 でも美味しかったなあ、と彼女はふにゃりと笑う。

 彼女は果たして自分の写真が携帯にある事を知られて慌て、そして全く意に介さない少女に微妙な面持ちになっている明智をどう思っているのか。

 後輩の気持ちが全く伝わっていないのを見て、多分恋と一番縁遠いのは彼女なんだろうなあ、と幸平は苦笑してコンロの火を止めた。

 落ち込んでもしばらく少女の相手をすれば明智は直ぐ元気になるので、幸平は黙って珈琲をドリップし始めた。

 幸平がドリップしている間に何がどうしたのか、二人はスノーボールクッキーで仲良く遊んでいた。

 何あれ混ぜてほしい。と思ったが、あんまり仲が良いので思い付いてスマホを取り出す。

 つまようじで刺したまんまるのクッキーを、雪だるまだのスノーマンだの、串に刺したのだからどこかの三兄弟だのとわいわいやっている二人をパシャリとやる。

 振り返った二人にひらひらと手を振って幸平は客に珈琲を出しにカウンターを離れた。

 後で二人に送った写メには、取り敢えずとても仲良しなツーショットが添付されている。

 見ようによっては仲のいい友達のようだし、見ようによっては恋人の様にも見えた。

 休憩時間にそれを見たのか、仏頂面のくせに妙に機嫌のいい明智の耳が赤かったのは、多分当人と少女だけが知らない、公然の秘密である。


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