バリスタさんと雪ウサギ 【小話集02】
【迷子の雪ウサギ】
「靴箱に、フウトウがはいってたんです」
独り言の様に、自分の中で整理する様に、雨垂れみたいにポツポツ話す。
「好きだ、って。ヒトコト」
便箋の真ん中に、たった三文字の気持ち。
「名前もなくて」
少女はへにゃりと眉尻を下げる。
「どうしたらイイのかなって、考えてあるいてて、気付いたらソコのフクロコウジにいたんです」
アップルティーで幾分温まった少女は、スノーボールクッキーを摘みつつ、迷子になった経緯をそう話した。
*
『恋なんて知らない』と迷子の少女は困った様に呟く。
思った事がかおに直ぐ出る素直さが微笑ましい。
木ノ下はホットチョコレートのマグカップを彼女の前に置く。
現金な子供は甘い飲み物に釣られて満面の笑顔。
「差出人の名前が無かったのなら、ただその気持ちだけ、受け取って差し上げては如何ですか?」
子供はカップに口を付けた儘暫く思案し、やがてコクリと頷く。
漸く答えを見付けた彼女は嬉しそうにチョコのカップを傾けた。
*
「木ノ下バイヤー?」
呼ぶ声に回想を打ち破られ、顔を上げる。
数間がやや胡乱げな目で見て来た。
からん、と手の中のグラスが責める様に音を立てる。
人には線を引いて踏み入らせない癖に、絡んで来ては構われないと直ぐ拗ねる困った男。
久し振りにバーを訪れたのは、此処で店員として働いていた頃が、不意に懐かしくなった為だ。
――何で定休日に店を開けたんです?
何でも無い事を妙に面白がる数間がそう訊いて来たので、あの迷子の子供を微笑ましく思い出した。
答えは簡単、迷子の頼りない背中が、見るに忍びなかったからだ。
袋小路に迷い込んでぼんやり立ち尽くす小さな背に、雪が降り出して。
あまりに可哀想だった。
急いで店を温めて、スーツのジャケットを脱いで、バックヤードから予備の制服を借り、何年かぶりに腕を通す。
不思議なもので、久し振りに客を迎えると思うと、自然、心が浮き立った。
だが、その事で数間を面白がらせるつもりは無いので、木ノ下はもう少し別の事を口にする。
「数間くん、知っていますか?」
口癖を奪われた男は寄せていた眉を開いた。
「ウサギは、淋しいと死んでしまうんだそうですよ」
グラスを磨いていた数間は暫し呆気に取られ、次いで常の営業スマイルを貼り付け、そうですか、と頷いた。
メルヘンな言い訳を胡乱に思っているらしかった。
木ノ下の手元を見て、おかわりは、と身内の気安さで催促して来る。
ふと窓に視線を投げると、雪が降り出していた。
「……では、カルーアミルクを」
木ノ下が滅多に頼まぬカクテルに、数間は今度は表情を崩さず、かしこまりました、とシェーカーを振り始める。
伯父に聞かされる話では、彼女は常連になって元気に通って来ていると言う。
あのウサギが元気になったならそれでいい。
連想ゲームの様にもう一人の子供――常連客から店員になった明智も思い出す。
やんちゃな彼も大人になったのだから、自分も年を取る訳だ、と苦笑する。
暗い中、明るく街灯を照り返す雪を見ながら、木ノ下はグラスを傾けた。
【雪ウサギはバイトちゃん】
「イラッシャイマセー」
某ドーナツ店の新作を買いに行き、数間は危うく噴き出しかけた。
表情固っ。棒読み…!
口を片手で覆って肩を震わせると、アレ? と彼女は首を傾げた後、数間さんだー、と平坦に呟く。
テンション低っ。 会計時に要領悪くも懸命に手順を追う彼女を見て、数間はニヤリ。
「後、笑顔一つちょうだい?」
彼女はキョトンとし、「エヘッ」と固い笑顔をくれた。
パシャリ。
驚く彼女を尻目に数間は写メをあちこちに回した。
*
明智は仕事着に着替え、尻ポケットからスマホを出してロッカーに入れる前にメールチェック。
先輩の数間から写メがあるのを見、彼は苦いかおになる。
何でも無い事で写メをして来る男なのだ。
しょっちゅう絡んで来て煩わしいが、無視すると余計しつこいので、仕方なく見る。
何枚か添付された画像の二枚目まで見て閉じた。
甘党の新作ドーナツニュース等興味ない。
やはりあの男とはソリが合わん、と明智はロッカールームを後にした。
*
会計ソフトとの睨めっこに疲れた木ノ下は、ふと新聞の上のチラシに目をとめた。
頭を使うと甘いものが欲しくなる。
おかわり自由の珈琲も魅力的だ。
偶には他人の淹れた珈琲が飲みたい。
バッテリーをチェックしてタブレットを持って出掛け――木ノ下もまた、棒読みの「イラッシャイマセ」に目を丸くする。
「オススメはどれですか?」
木ノ下が微笑み掛けると、少女はホッとした様にふにゃりと笑う。
「いろんなのが入ってるコレがオススメです。冬ゲンテイなんですよ~」
「では、そちらと珈琲を」
「カシコマリマシタ~」
……決まり文句の棒読みが気になる。
小さな一口ドーナツを可愛らしい楊枝でつまみ、珈琲を飲みつつ、木ノ下は持ち込んだ仕事にどうにも身が入らない。
一々マニュアル対応などを頭でさらいながらになるので、彼女はぎこちなく、どうにも見ていて危なっかしいのだ。
娘の初めてのお遣いを見守る父親でもあるまいし、と思いつつ、つい気を揉みながら見守ってしまう。
手元の珈琲は直ぐに空になった。
珈琲のおかわりをするついでで訊くと、どうやらこのバイトは友人の代役らしい。
「ゆっちゃん、風邪引いちゃって」
おまけに嘘の付けない子供は、へにゃりと困り眉で目をそらす。長い耳みたいなツインテールも、ふしゅぅ、と萎れる様に見える。
何て分かり易い……。
「……上がりは何時ですか?」
「ハイ? 五時です」
「後三十分……じゃあ、終わったら一緒にお茶でも如何ですか?」
奢ります、と言うと彼女はぱあっとかおを輝かせた。
それからは棒読みながら実に気持ちのよい笑顔になったのは言うまでもない。
初バイトを労って少女を家までちゃんと送り届け、小動物との憩いでリフレッシュした木ノ下は、気分を新たに仕事に取り掛かった。
*
「ありがとうございましたー」
店員の声を背に、ドーナツの袋を持って明智は溜息。
別に甘いものはそれ程好きではない。
ただ、変わった形をしたドーナツに興味を持っただけだ。
珈琲を飲んで採点しつつ、もう一つ溜息。
まあ、珈琲は悪くない。
ただ。
スマホで画像を呼び出す。
面白がり屋の数間から送られた写メの真偽も、ついでに確かめてやろうと思った。
やっぱり眉唾だった、と明智は溜息を吐いてスマホを尻ポケットに突っ込み家路に着いた。
少女が木ノ下とケーキ屋でお茶をしてた事を、明智は後で知って落ち込んだ。




