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第1章:【本能寺編PART1】

【全読者の皆様へ】



本作は、「驚愕のストーリー展開」と「熱き友情のドラマ」を正面突破でお届けする歴史ミステリーです。



私は未熟者ゆえ、文芸の細かな記号のルールや行間の作法などを守りきれずにお読み苦しい箇所が多々あるかと思います。



画面の見た目の拙さにつきましては、あらかじめ深くお詫び申し上げます。



ですが本作は、10万文字以上をもって、歴史の裏に隠されたすべてのパンドラの箱が開き、令和の現代へと繋がる「完全完結型」のワンストップ・ミステリーとなっております。



途中の出来レースの檻の中で、男たちがどう『現場の意地』を見せるのか。



そして450年の螺旋が現代の皇室へとどう逆流していくのか。



文字の隙間から溢れ出る、漢たちの不純なき義心の熱量と、令和へと逆流する螺旋の真実を、どうか最後の1文字までその目で「答え合わせ」をしていただければ幸いです。


どうぞ最後まで一気に見届けてやってくださいませ。

【プロローグ】



:決断是非と結果是非



「敵は、本能寺にありぃ!」



──漆黒に染まる夜空の下。


 馬上から抜き身の太刀を片手に構え、ビュシッ! と空間に裂け目を入れ、天高く一直線に突き上げる明智十兵衛。


 一万三千の兵が、周りをぐるりと隙間なく取り囲み、毅然とした眼差しで、一斉に十兵衛の迷い無き顔へ視線を向けている。



 激しい嵐の予感を匂わす静寂が、辺り一帯を埋め尽くしていく。


 異様なまでの無音に包まれる明智軍を、圧倒的な威圧感(オーラ)で支配してみせる明智の大将。


 煌びやかながらも、鈍い光を放つ甲冑の隙間からは、溢れんばかりの陽炎(かげろう)が滲み出ている。


 その、濁りのない透明な闘気を制した十兵衛は、眼前の本能寺をただ真っ直ぐに見据えている。


 異世界から降臨してきた、魔人の如き形相で自らを奮い立たせると、突き上げた剣先を、その標的に向けて正確に傾けた。



「……進め」


 十兵衛は低くそう言い、一瞥(いちべつ)して顎を向ける。


 傍らにじっと控えていた使番が音もなく一礼し、闇に紛れて先頭部隊へと姿を消して行く。



(ナガさん……なぜ、こうなっちまったのかな……?)



 その呟きは、誰の耳に届くこともなく夜の風に消えていく。



 十兵衛の脳裏に、わずか数日前、安土城で繰り広げられた「あの折檻」の記憶が鮮烈に蘇る。




『このたわけ者が! 貴様のような無能にタヌキの接待を任せた私が間違いであったわ!』



 諸大名の目の前で、ナガから理不尽に容赦なく殴り飛ばされ、畳に血を流して平伏した十兵衛。周囲の冷ややかな嘲笑と憐れみの視線。


──だが、あれはすべて、十兵衛がこの夜に「謀反」を起こす、という偽りの大義名分を世間に信じ込ませるべく、十兵衛自身が命がけで仕組んだ自作自演の『茶番劇』──



 ナガを本気でキレさせ、自らを激しい憎悪を抱いた被害者に仕立て上げねば、この一万三千の大軍を「義戦」のために動かすことはできないのだ。


 下手をすればその場で自らの首が飛んでいたであろう死線を、決死の覚悟でくぐり抜けてきた。


 張り裂けそうな胸の痛みをぐっと堪え、十兵衛はただ黙って歯を食いしばり、火の手が上がり始めた本能寺を見つめている。


 これは謀反などという、生易しい憎悪の戦ではない。


 千年の美しき嘘が所狭しと並べられた「あの闇陵」──そのパンドラの箱を永久に封印するための、謀反とは名ばかりの儀式なのだ。



 十兵衛は、そっと目を閉じた。


(……全てはあの日から始まったんだ!)




――ほぼ同時刻。



 真っ赤な炎に包まれ始めた本能寺の本堂。


 地を震わせるような大軍の足音を、地鳴りのように激しく響かせながら猛然と押し寄せる明智軍勢。


 大地を揺るがす地響きを立てて崩れ落ちる太き梁(うつばり)の凄まじい音が響き渡る中、ナガはただ静かに気配を殺して座している。



 万事休すの報告を伝える小姓たちの、悲鳴とも、奇声ともつかない騒音を背中で聞きながら、ナガの口元がゆっくりと不敵に歪む。

 

 その目は絶望ではなく、すべてを予測し、己の運命すらも歓迎している者の冷徹な光を宿していた。



(是非に及ばず……とはよく言ったもんだ……)


(十兵衛くん……まさか君がね……いや、君だからこその結果(コレ)か……そうか、及ばずなんだね)



 背後の影には、常に主君のすべてを見届けてきた漆黒の男──弥助。


 だが、その佇まいは、後に歴史の裏側を震撼させる


 最強の超人的肉体(フィジカルモンスター)


 にはまだ程遠い、肉体も精神も未だ甘き発展途上である。


 その未熟な男が、音もなくただ立ち尽くし、その哀しくも、たまらなく愛おしい背中を見つめている。



 ナガは、容赦なく燃え盛る炎の中、紅く照らされた顔でゆっくりと振り返る。


 穏やかな、全てを諭したような、迷いを断ち切った清々しい顔のまま、わずかに潤んで揺れている弥助に向かって、合図を交わすかのように、そっと頷いてみせた。




 そして、ナガもそっと目を閉じた。


(……すべては、あの日から始まっていたのかね?)




 次の瞬間、ナガと十兵衛、二人の脳裏に、一瞬の閃光がピキィィーンと同時に突き刺して駆け抜けた。



 二人の脳内に、松明の微かな明かりが照らし出す、巨大な地下空間の景色がフラッシュバックした。


 そこは、土と緑に覆われた、世間にはただの古き森と見せかけられた、巨大な前方後円墳の「底」であった。



 そこでかつて二人が目撃したのは──



(パシャッ!)

 在るはずの無い未知の渡来品。



(パシャッ!)

 怪しく発光する皿。



(パシャッ!)

 あるいは、現在の晩廷(ばんてい)が『神の末裔たる絶対の象徴』などではない、という絶対的証拠が記された、改変される前の血塗られた古事記と日の本書紀の真実の姿。



 さらに次の瞬間、一際大きな爆炎が激しく本堂を包み込み、視界のすべてを光り輝かせ真っ白に反射しながら染め上げていく。



 熱風と光が音もなく消え去り、視界が現代の夜の闇へと戻ったとき、そこはもうすでに本能寺のその瞬間ではなかった。



 静まり返った不気味なほど奥深い巨大な森。


 現代の世においても、国家の最高権威の圧力によって厳重に閉ざされ、一般の立ち入りが絶対に許されない日本最大の禁足地──サカイ社(仁徳象徴陵)



 物語の針は、ここから一気に四百数十年の時間を巻き戻す。


 すべては、ナガさん、十兵衛くんが、この禁忌の森の地下深くで、「日の本の真実」を目撃してしまったあの日に繋がっていくのであった。



──ナレーション──



 今この瞬間、この場所に立ち合ったあなた。「晩廷」の隠し通そうとした千年の嘘が、彼らが使い捨てた敗者たちの血によって内側から完全に支配され逆流していく


「絶対的完全勝利」


 この物語を――あなたは一気に読破する覚悟を決め、高鳴る鼓動のままに、この禁忌の扉を開く準備ができているだろうか?




【CAST】


 ナガ(真実の破壊者 / 第1章の主人公):織田信長


 十兵衛(十字架族の掃除人):明智光秀


 サル(嘘の継承者):羽柴秀吉



【友情出演】


 官兵衛(闇の導き手):黒田官兵衛


 タマ(真実への亡命者):細川ガラシャ


 未完成のプチモンスター:弥助


 クラスに一人はいる生意気優等生:蘭丸


 どこかでなんか間違ってしまったサイコパスな最低野郎:細川忠興


 タヌキ(近い将来の初代将軍):徳川家康



【特別出演】


 ナガマサ(悲劇の英雄で、実は一番の勝ち組):浅井長政


 お市(その美貌は唯一無二、セリフは不要):お市の方



【闇出演】


 晩廷一族(永遠の演出家):???



【LOCATION】


 安土城、比叡山、本能寺、備中高松、その他各所各地



 そして――闇陵サカイ社(現在も立ち入り禁止)



【プロローグ・完】





:知の侵略と覚悟



──天正九年、七月──



 安土城の奥深く、陽光を遮った広間に、ただならぬ緊張感が満ちていた。


 ナガの斜め後ろに控えるのは、漆黒の巨躯──まるで削り出された黒檀の如き威容を誇る男、まだ若いがポテンシャルを秘めている弥助である。


 そしてナガの対面には、南蛮の巡察師ヴァリニャーノと、長きにわたりこの国を見つめてきた宣教師ルイス・フロイスが、息を潜めて平伏していた。



「弥助よ、申しなさい。お前の故郷から日出ずるこの地、日の本まで、海はどこまで続いておる。この地球儀の如く、真に丸きか!」


 ナガの声が、高く広い天井に反響する。


 問われた弥助は、深い地鳴りのような声で応じた。


「……ナガ様、海は果てなしデス。多くの国……多くの王……日の本は、そのなかの一つデス。小さな島に過ぎまセン」



 その言葉を聞いたナガは、不敵な笑みを唇の端に刻み、じっと座したままの十兵衛を顧みた。


(バテレンの連中が最近連れてきたこの黒き男は、なぜか十数年前、あのサカイ社を暴いた夜から、ずっと我らの影に張り付いている驚(・)異(・)の(・)存(・)在(・)感(・)だ。


 やはり弥助にアレを拝ませて正しかったようだな。)


 脳裏をよぎった疑念を振り払うように、ナガは鋭い眼光を再び眼前の南蛮人たちへと突き刺した。その鋭さは、相手の魂まで見透かすかのようであった。



「天の下には、無数の王がおるのだな。してフロイスよ……其の方らバテレンの国では、王の墓はどうなっておったか?」


「天主の国では、王は石の棺に眠り、その功績を永久に刻みます。エジプトという国には、山のような石の墓があるとか……」



 フロイスの答えを確認したナガの眼光が、一段と鋭さを増した。


「山のような墓、であったな。堺の南にあったあの巨大な森……あれも、ただの盛り土ではなかった。


 しかもだ、そこに秘匿され続けた、闇陵の真実もしかりっ!」


 ナガの瞳の奥で、昏(くら)い炎が揺らめいた。


「もうじきだな……十兵衛よ。余は、あれを晩廷どもに突きつけてやるぞ!


 日の本の『神の種』が、どこから流れてきたものか、この耳で奴等に真意を確かめねば収まりがつかぬわ! もうよかろうぞ!」



 その苛烈な決意に、十兵衛の顔から血の気が引いた。青ざめたまま、狂ったように畳に額を擦りつける。


「ナガ様、なりませぬ! あそこは王城鎮護の禁地とご承知のはず。


 怒りにまかせた責め立ては、何卒お控えくださりませ! 神罰のみならず、晩廷との絆が完全に断たれまするぞ!」


「神罰だと? 糞を喰らえ!!」


 ナガは傲然と吐き捨てた。


「真実を知り、その身に宿す! それを恐れるのは、己が嘘の中に生きておる証拠だ!


 すでに余が日の本の支配者であることは証明済みであろう。


 先の馬祭り、晩廷どもも多くの民衆も大騒ぎであったではないか。  

 

 クク……仕上げは武田の滅亡じゃ!」



 その部屋の隅で、蘭丸はただ、じっと拳を握りしめていた。


 頭の良すぎる蘭丸には、ナガが口にした「堺の巨大な森」「闇陵の真実」という言葉の意味が、恐ろしいほどの劇薬として脳髄を突き刺していた。


 だが、ナガは蘭丸に一度も視線を向けない。


 真実の共有者として見つめているのは、十兵衛、そして言葉もおぼつかないはずの弥助だけであった。



(なぜだ……? なぜ、私ではなく、その疲れ果てた無能な十兵衛に、その木偶の坊(でくのぼう)な黒き男ばかりに…… ナガ様は、なぜそんな目で彼らを見つめるのだ……?)


 温室の天才児の胸の奥で、のけ者にされた疎外感と、どす黒い嫉妬の炎がバチバチと音を立てて燃え広がっていくのを、誰も気づく者はいなかった。



 不敵に笑うナガの背中は、もはや敵なしの王そのものであった。


 武田を執り潰し、晩廷をも手中に収める──その確信が、彼にはあった。



 それは、日の本の千年も続く血族の歴史を、その根幹から無慈悲に覆すような、衝撃の発見があったからに他ならない。



 そしてさらに時計の針は、ここから十数年ほど過去へと遡る──




:闇の調査と元祖表裏卑怯



──永禄十二年──



 大坂、堺の南。


 鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々の奥に、その「聖域」はひっそりと佇んでいた。



 ナガの身体は、微かに震えていた。


 だがそれは、恐怖によるものではない。


 抗いがたい未知の強敵を前にした時の、滾(たぎ)るような武者の震えであった。



 周囲は妖しく、うっすらとした白い霧に覆われている。


 まるで、世界の理(ことわり)からその存在を隠蔽するかのように、不自然なほどの土が、巨大な山となって盛られていた。



 ナガは、眼前に突きつけられたその『何か』を前にし、一瞬ののち、凍りついたように黙り込んだ。


 脳裏に去来するのは、以前、あの南蛮人から伝え聞いたわずかな言葉の残響であった。




──それは、しばらく前のこと。


 ナガ軍勢が堺を制圧し、平定を進める最中、ナガは自ら京へ戻り、二条城の建設の総指揮を執っていた。


 その喧騒の中で現れたのが、宣教師ルイス・フロイスであった。



 彼の語る言葉は片言ではあったが、そこに秘められた内容の異常なスケールに、ナガは強烈な興味を示し、彼を何度も身近に呼び寄せた。


 フロイスの口から語られる、世界の圧倒的な壮大さや、日の本へ至るまでの長い航路。


 ヨーロッパ諸国の強大な軍事力、そして神への信仰の違い。



 ナガはまるで童心に戻ったかのように、その未知の知略に食い入るように耳を傾けた。


 現実主義者である二人の思考は、驚くほどの速さで重なり合っていく。



「うむ、そうであろう。神は唯一なりと…… デウスの理で万物を統べると申すか」


 ナガの唇が、冷たく歪む。


「ならば、日の本の神話は下らぬ。……神の子孫だと!?」


 フン、と鼻で笑い、ナガは続けた。


「ならば何ゆえに、日の本の神はこれほどまでに貧弱なのか。


 この乱世すら統べれぬと申すか」



 晩廷──神でありながら、京の片隅で戦に怯え、その暮らしは困窮を極めている。 


 ナガはかねてより、仏や神を疑っていた。


 とりわけ、僧という名ばかりの醜悪な生臭坊主たちを。



 修行と称して、毎夜のように宴会を開き、肉を喰らい、女を囲っては大酒を飲む。


 関所の設置や高利貸しで民から富を貪り、そうして得た莫大な金で武装し、兵を競わせる。



「なるほど、堺の南……か。神の子孫の墓と。……よし、余が暴いてやろうぞ!」



──しばらく前の記憶から意識を引き戻し、ナガは深く頷いた。


「ふむ、そうであったな……」



 隣で、十兵衛が不安げな眼差しでナガを見つめている。


「ナガ様……如何されました? ここは禁地、ゆえに、今すぐ引き返されるべきかと」



 ナガは我に返ると、暗闇の奥を見据えて傲然と言い放った。


「バテレンよ……日の本の神、拝んでやろうぞ。十兵衛、余に続け」



 ナガと十兵衛は、わずかな息のかかった従者だけを連れ、堺の巨大なサカイ社へ小舟で渡った。


 不気味に生い茂る原生林の闇を突き進んだその最深部。


 古代の石室へと続く重い石扉を開けたナガの目に、飛び込んできたのは──



 いくつかの巻物、改変前の古事記や日の本書紀などがズラリと揃えられている。


 その奥には見たこともない、何より、その時代(中世の日の本)に在るはずのない渡来品──精緻(せいち)な形状をした青銅器、甲冑、剣などが並んでいる。


 あるいは、明らかに異国の、大陸の意匠が施された目も眩むような金細工であった。



 ナガはその金細工を強引に掲げ、激しい怒りを孕んだ声で、冷たく笑った。


「クク……見よ、十兵衛。これが日の本の『八百万の神』の正体だ。


 かつて海を渡り、この地を切り取り、物語を捏造した異邦の残滓(ざんし)よ! 


 晩廷が必死に守っておるのは神の血族ではない。隠蔽された、嘘の歴史そのものだ!」



 ナガの眼光が、狂気をも孕んだ鋭さを帯びる。


「申したであろう。比叡山の阿呆どもは民を欺き、貪り食うておるに過ぎぬと。


 おそらくは、この嘘を永遠の飯の種にしておるわ!」



 十兵衛はあまりの衝撃に動揺を隠せず、声を震わせた。


「……ナガ様、しかし、これは……」


(まさか、こんな事が……私も、うすうすは……だが想像以上だ!)



「十兵衛! 余はな、この偽りの神話に命を弄ばれる人間が我慢ならぬのだ!


 嘘の神、嘘の血筋を守るために、これまでどれほどの民が、兵が、無駄な血を流して死んでいったと思っているのだ!!」



 石室の冷気をも焼き尽くさんばかりの、凄まじい熱量がナガの全身から立ち上っていた。


「神の御心などという、実体のない幻に縋(すが)らねば生きられぬほど、人間は脆弱(ぜいじゃく)ではないわ!」



 ナガはさらに語気を強め、暗黒の空間を引き裂くように吼えた。


「余がすべての嘘を焼き払い、人間が己の足で立つ新しい理(ことわり)を打ち立てる。


 神を殺し、余がその汚名をすべて背負うて座に就く。


 それが、この国を呪縛から解き放つ一番手っ取り早い道よ!」



──それは、男が『第六天魔王』へと化していく、決定的な瞬間であった。



 十兵衛の身体は、刻むような震えが止まらなかった。


 神罰を恐れるのではない。


 ナガの瞳の奥に燃え盛る、人間へのあまりに狂おしく、端的な深すぎる愛に、魂を圧倒されていたのだ。


 十兵衛はガタガタと歯を鳴らしながら、自らの心を繋ぎ止めるように呟いた。



「……ナガ様、これは、知ってはならぬこと。知れば、もはや人として生きられませぬ……」


(ナガさんは、こう! と、決めたら引かんからな。しかし、コレはヤバいぞ……何か手をうたねば……)



「案ずるな、十兵衛。ついて参れ。


 余の覚悟を、特等席で見届けさせてやろうぞ」



 そう言うと、ナガは闇に眠る異国の青銅器に背を向け、迷いのない足取りで歩き出した。


「クク……まずは、朝倉じゃな」


 サカイ社の地下に眠る「真実」に触れたのち、ナガは迅速に堺の街を平定した。


 南蛮由来の最新鋭の武器、膨大な物資の調達、実の物流ルートの確保が、冷徹な手際で進められていく。



「フフフ……見事な街へと変わりおったわ」


 漆黒の重厚な甲冑を纏い、フル装備を完了したナガ一行は、確かな手応えと共に堺を後にした。


 しかし、魔王として歩み始めたナガの行く末に、どれほど過酷な運命が待ち受けているか、この時の彼は知る由もなかった。



「いざ、出陣ぞ! 邪魔する愚将ども……覚悟せよ。


 クク……ナガマサ、退屈させるでないぞ」




 ナガの軍勢が朝倉を討つべく進軍を開始したその夜、小谷城の本陣で、ナガマサは一人、吐血せんばかりの苦悩の淵に立たされていた。



「ナガマサ様! 何を迷っておられるのですか!


 朝倉家を見捨てるなど、ナガマサ家の『義』がすたりますぞ!」


 宿老たちが、ナガマサを取り囲んで激しく机を叩く。



「……しかし、私はナガ兄さんに、ナガ家の血に、生涯の忠誠を誓ったのだ……


 今さら背後から牙を剥くなど、それこそ男の義理に反するではないか!」


 ナガマサの声は、引き裂かれるような悲痛さに震えていた。



「お忘れですか! かつて我がナガマサ家が、六角の軍勢に踏みにじられ、滅びかけたあの日……


 損得抜きで大軍を動かし、我らを救い出してくれたのは朝倉家でございますぞ!


 ナガ家との同盟の際にも『朝倉への不戦』を条件に交わしたはず! それを破ったのはナガの側です!」


「そうだ! 朝倉家への恩義は、血よりも重い! ここでナガにつけば、ナガマサ家は恩を仇で返す『表裏卑怯の悪党』として末代まで謗(そし)られますぞ!」



 ナガマサはきつく目を閉じた。


 頭を抱え、泥を噛むような絶望が襲う



 朝倉家への、過去の絶対的な恩義。


 ナガ兄さんへの、未来を誓った熱き信頼。



 人が良すぎるナガマサには、どちらか一方を選んで、もう一方を冷酷に切り捨てることなど、どうしても出来なかったのだ。



「……ナガ兄さん。なぜ、朝倉を討つなどと言い出したんだ……


 あのサカイ社の地下で、あなたは何を見て、何に狂っちまったんだ……!?」


 ナガマサの瞳から、ポロポロと悔し涙が溢れ、床を濡らす。



 だが、戦国の現実は、ナガマサのその「美しき甘さ」を待ってはくれない。



「チッ……。ナガマサ様は人が良すぎて話にならんわ」


「朝倉家への恩と、ナガ家への情、どちらも取ろうとするからこうなるのだ」



 本陣の裏で、ナガマサの甘さに愛想を尽かした現実主義の家臣たちが、冷ややかに囁き合っていた。


「もはやナガマサ家は終わりだ。我らは裏でナガ軍へ内通し、今のうちに次の椅子の手配をしておくぞ」



 一人、また一人と、ナガマサを慕っていたはずの家臣たちが、無言のまま静かに小谷城を去っていく。


 誠実すぎる城主の周りには、冷酷な乱世の風だけが吹き抜け、彼は急速に孤独の闇へと追い詰められていった。



 それでもナガマサは、最後の最後まで苦しみ抜いた末に、涙を拭って刀を抜いた。



「……朝倉を見捨てれば、ナガマサ家の魂が死ぬ。ナガ兄さん……ごめん。


 私は、ナガマサ家の『旧き義』と共に、あなたという名の太陽に焼かれて死ぬ道を選ぶ……!」




 京を拠点とし、ナガ軍の鋭鋒は朝倉領へと向かっている。


 その勢いのまま、敵の要衝である金ヶ崎城を瞬く間に攻め落とし、いざ領内の深部へ進軍せんとしたその時。



 本陣に、一騎の急使が飛び込んできた。


 もたらされたのは、身の毛もよだつ最悪の凶報──信じて疑わなかった義弟、ナガマサが背後から牙を剥き、攻め入ってくるという「裏切り」の報せであった。



「ナガ様。……市様より、このような『物』が届きましてござる」


 近習が差し出したのは、両端を紐で固く縛られた、一つの小豆の袋であった。



「……!? 豆とな……」


 その歪な形状を見つめた瞬間、ナガの鋭い脳髄に電撃が走る。


 袋の中に閉じ込められた小豆……


 それは、前後に敵を迎えた己の現状そのものであった。



「こ、これは市からの……警告か。ん……左様か、余は挟まれたネズミと申すか。


 市め、ナガマサの妻でありながら、我がナガ家の血を忘れてはおらぬな」


 破滅の危機にありながらも、ナガは不敵に口元を緩めてあの日を思い出していた。




──時は少し遡る。


 ナガマサが、ナガを裏切る数年前。


 まだ誰もが、明日訪れる破滅の未来など知らずに、眩い若さと希望の中にいた頃の記憶だ。



「おい、ナガマサ。お前に余の妹をやる」


 安土城の庭先で、不敵に笑うナガからそう告げられた時、若きナガマサはあまりの美しさに息を呑んだ。


 ナガの隣に並ぶお市は、日の本一の美女の名に恥じぬ、凛とした気高さを纏っていた。



「ナガ様……! 本当に、私のような若輩者に市様を……?」


「フン、お前のような馬鹿正直で誠実な男なら、余の大切な妹を任せられると思ったまでよ。


 この乱世、裏切り裏切られるのが常だが……うぬのその曇りなき目だけは、嘘を吐(つ)かぬと信じられるからな」



 ナガはそう言って、ナガマサの肩をガシッと力強く叩いた。



「はい! ナガ兄様!


 この命に代えても、一生をかけて市様を幸せにしてみせまする!」


 ナガマサは濁りのない目で、太陽のようなナガの顔を見つめ、心からの忠誠と愛を誓った。


 それは、暗黒の晩廷に立ち向かうナガにとっても、唯一心を許せる家族の誕生だった。



──だが今、運命の歯車は、そんな美しい人間の情を嘲笑うかのように残酷に狂い始める。


「市、ふふ……だがな、無用な情けなり、これで終いよ。


 うぬは、愛した男と共にあれ。余は、もはや兄ではないぞ」


 実の妹への情を断ち切るように、ナガの瞳に冷徹な光が戻る。



「しかし、ナガマサのヤツめ……お前のバカ正直には敵わんな。


 クク、やりおるわ。もはや貴様は愚弟も同然よの。……見ておれよ。


 ここへ参れ、十兵衛、藤吉(サル)! お前たち二人に『殿(しんがり)』を命ずる。余のために死力を尽くせ!」



 ナガは即座に決断し、わずかな供回りだけを連れて、九死に一生の覚悟で朽木越えを敢行し、京へと退却した。


 だが、魔王はただでは転ばない。


 京に這い戻るや否や、ナガは吼えた。



「すぐに兵を集めよ! タヌキを呼べ!」



 わずか二月(ふたつき)後。


 ナガの軍勢は、報復の業火を纏ってナガマサの居城・小谷城へと押し寄せた。


 すぐさま周辺の城下を焼き尽くし、タヌキの軍勢も加勢して激しい銃撃戦が繰り広げられる。


 しかし、敵もさるもの、勝敗の行方は表裏(ひょうり)を返すような一進一退の攻防の様相を呈していた。



 膠着した戦況を狂わせたのは、ナガの「血」の怒りであった。


 ナガ軍の重臣であり心の支えであった森可成、さらには実弟の信治が討ち取られたという報が届いた瞬間、ナガの怒髪(どはつ)は天を衝いた。


 その猛悪な進撃が、ナガマサと朝倉の連合軍を極限まで窮地に追い詰める。



 絶体絶命となった敵軍が逃げ込んだのは、なんと神聖不可侵を謳う聖域、比叡山延暦寺であった。


 ナガはすぐさま延暦寺に対し、「二人を引き渡せ! さもなくば中立であれ!」と激しい要求を突きつけた。


 しかし、山の上からの返答は、不気味な沈黙のみであった。



「僧どもめ、卑怯なるか。どこまでも腐っておるわ。……だがな、みておれ、卑怯には卑怯……ぞ。ククク……」



 各地で巻き起こる一向一揆、そして愛する身内を失った喪失感。


 包囲網のド真ん中という極限状態にあっても、ナガの目が死んではいなかった。



「……芝居がいるな」



 ナガの脳裏に、冷徹な秘策が閃く。


 サカイ社の闇歴史を握る「晩廷」の権威を、逆に利用してやるのだ。


 ナガは自らが据えた将軍・義昭の権力を道具とし、敵に対して「和睦」を公式に持ちかけた。



「軍備の立て直しが急務ぞ。ナガマサらも兵糧が尽きかけておろう……この和睦の合意は免れまい」


狙い通り、罠とも知らずにナガマサと朝倉らは安堵し、合意の書状を交わしてそれぞれの本国へと撤退していった。



──だが、これが魔王の仕掛けた、比叡山を根切りにするための「血の舞台劇」の序章であることを、誰一人見抜いてはいなかった。




:業火の洗礼と十字架族への覚悟



──比叡山延暦寺、焼き討ち──



 山麓を包む不気味な静寂の中、ナガはすべてを察していた。


「クク……僧どもめ。不穏の動きはとうに承知のうえよ。余という男を、いまだ解っておらぬな。


 神仏の唱える戯れ言など、余はとうの昔に捨て果てておるわ!」



 ナガの瞳に、凄絶な覇気が宿る。


「余が、その欺瞞(ぎまん)のすべてをこの地から焼き払ってくれようぞ。──十兵衛……よいな」



 ナガはあえて、十兵衛に全軍の総指揮を命じた。


 それは、かつてサカイ社の地底で共に「真実」を目撃した唯一の男に対する、冷徹な忠誠の試験であった。



──十兵衛は、事前の検分と称して、密かに延暦寺の者たちと接触を持っていた。


(ナガさんは、おそらく私を試している。


 これはマズい……せめてもの、救いの手を……)



 その胸中には、引き裂かれるような迷いがあった。



 そして──運命の瞬間が訪れる。




「……放て」



 十兵衛の乾いた号令と共に、無数の火矢が虚空を裂いた。


 ナガの気迫溢れる闘気が風に舞うかのように、比叡山延暦寺は瞬く間に地獄の業火に包まれていった。


 僧侶たちの狂おしい悲鳴も、千年の経典が爆ぜる音も、すべてを無慈悲に呑み込む炎の咆哮にかき消されていく。



 本陣で、ナガと共に炎を眺めていたはずの十兵衛は、いつの間にか馬を激しく走らせ、黒煙が立ち込める裏参道の深い茂みへと身を潜めていた。



 その目の前には、泥にまみれ、息を切らした数人の老僧と、高貴な衣を隠すように襤褸(ぼろ)を纏った一人の若者が、恐怖に身を震わせながら立っていた。



「……急がれよ。これ以上は、ナガ様の目を誤魔化しきれぬ」


 十兵衛の声は、喉を焼く煙のせいか、あるいは自責の念のせいか、ひどく掠れていた。



──かつて、あのサカイ社の奥底で見てしまった、渡来のオーパーツという剥き出しの真実。


 たとえ、この国の根幹が「捏造された嘘」であったとしても……


 そして、嘘を焼き払おうとするナガの「人間への愛」が真実であったとしても……


 十兵衛には、それまでの千年の歴史をすべて灰にする勇気などなかった──



「十兵衛殿、なぜ……


 あなたはナガ様の忠実な犬ではなかったのか……」


 老僧が、信じられないものを見る目で十兵衛を問い詰める。



 十兵衛は真っ赤に染まる虚空を見つめたまま、力なく首を振った。


「私は……ただの犬ではありませぬ。


 真実を知りながら、それでもなお、この国が千年も守り続けてきた『美しき嘘』を捨てる勇気がない……


 偽りの正義を掲げる、ただの臆病な男に過ぎませぬ……」



 十兵衛は、奥歯が火を噴くほどに噛み締め、影たちに告げた。


「……さあ、行かれよ。


 この道は京の晩廷へと繋がっております。そこで息を潜めて生き延び、いつか再び、この嘘の種を日の本に芽吹かせてくだされ」



 襤褸を纏った若者が、十兵衛の瞳をじっと見つめ返した。


 その瞳には、感謝などではなく、すべてを悟ったような冷たい怜悧(れいり)さが宿っていた。



「左様か。……お主も、今日から我らと同じ秘密を背負う十字架族の一員となったわけだ。


 十兵衛殿、お主のこの情け、晩廷は決して忘れぬぞ」



 若者の言葉を残し、影たちは吸い込まれるように夜の闇へと消え去った。



 十兵衛はその場に崩れるように立ち尽くし、火の粉に照らされた己の両手を見つめた。


 山を焼いた大逆の罪と、嘘を守ってしまった歴史の業。


 その二つの重い十字架が、彼の両肩にずしりと、終生消えない重みとなってのしかかった。


(私は迷っている。一体どうすれば……これからどうなっていく?)



 一方、全山が紅く染まる比叡山を遥か高みから見下ろし、ナガは傲然(ごうぜん)と呟いた。


「余を卑怯と申すか。──構わん!


 卑怯とは、勝者のみが語れる事実なり……! 表裏を制する者こそが歴史となろうぞ。


 戦わずして、卑怯などという言葉は存在せぬ」



「嘘から人間を解き放つ」という絶対的な狂気が、彼を孤独な魔王として、誰も止められぬ破滅の道へと突き進ませる。



 魔王としての覚悟を決めたナガは、まるで天下という巨大な空をも味方につけたかのようであった。


 それを証明するかのような出来事があった。


 三方ヶ原の戦いにおいて、最強と謳われた武田の赤備えの前に、ナガの同盟軍は一時、絶望的な窮地に陥る。




──天の差配か、それとも魔王の強運か。


 武田の大将・信玄の急逝という衝撃の凶報により、最悪の危機は寸前で回避された。


 戦況は一気にナガへの追い風へと変わり、それはまさに、時代が彼を選んだ合図に他ならなかった。



「クク……やはり信玄の死は誠であったか。武田の唐突な下向、その謎がようやく解けたぞ」


 不敵な笑みを浮かべたナガのギラつく視線は、すぐさま次なる標的へと向けられた。




「義昭の阿呆は、いまだ己の置かれた立場を知らんと申すか。あやつには、そろそろ引導を渡さねばならん! 


 将軍という古びた御輿から、引きずり落としてくれようぞ」



 ナガは電光石火の勢いで義昭の軍勢を圧倒し、京の都から完全に追放した。


「泥にまみれ、我が元へ泣きついてきた阿呆をわざわざ担いでやった恩を、とうに忘れおって……」


 吐き捨てる言葉と共に、室町幕府は事実上の終焉を迎えた。


 日の本の旧き秩序が、また一つ、ナガの足元で瓦解していく。



「ナガマサ(愚弟)よ……長らく待たせたな。」



 ナガの標的は、因縁の義弟・ナガマサ、朝倉へと絞られた。


 しかし、天然の要塞と称される小谷城の攻略は一筋縄ではいかず、ナガの軍勢も攻めあぐねていた。


 ナガマサと朝倉はお互いの背後を預け合い、強固に援護し合っている。


 まさに一心同体の強敵であった。


 だが、ナガの戦略はその絆すらも逆手にとる、冷徹極まりないものであった。



 ナガの軍勢は、まず、小谷城を強固に包囲し、ナガマサを完全に孤立させる道を選んだ。


 狙うは、義弟の救援に必ず本国から進軍してくるであろう、朝倉の軍勢である。


 ナガは網を張り、獲物が誘い出されるのをじっと待ち伏せた。



 朝倉の兵が前線に到着したその夜、天は激しい暴風雨に見舞われていた。


 凄まじい雷鳴と漆黒の闇──誰もが身を縮めるその最悪の天候こそが、魔王の望んだ舞台でもあった。



「……者ども、余に続け!」



 誰もが予期せぬ、暴風雨の中での夜襲。


 ナガ自らが漆黒の闇の中で先陣を切り、叩きつける嵐を切り裂いて愛馬を疾走させる。


 暴風雨の闇に紛れたナガ軍の猛襲は、朝倉の陣営を一気に混乱の渦へと誘い込み、容赦なく攻め落とした。


 総崩れとなった砦の中で戦意を完全に喪失した朝倉は、這う這う(ほうほう)の体(てい)で撤退を余儀なくされる。



 だが、ナガは決して生きては返さない。


「一兵たりとも逃すな! 根切りにせよ!」



 凄まじき闘志を剥き出しにしたナガは、退却する朝倉一行を、完膚なきまでに叩き潰すべく猛追撃を開始した。


 その進撃の勢いは衰えることなく、朝倉の本拠地である一乗谷の奥深くまで攻め込み、瞬く間に一族を自害へと追い込んだ。


 誇り高き名門が、一晩の業火で消滅した。



 一国を灰燼(かいじん)に帰すや否や、ナガは息を吐く間もなく小谷城へと引き返した。


 その神速の行軍と苛烈な執念に、味方の将兵すらも恐怖を覚えるほどであった。


──完全に取り囲まれ、逃げ場を失った小谷城。



「ナガ様、このサルめにお任せくだされ。


 必ずや、この要塞を切り崩してみせまする」


 ここで、かつて十兵衛と共に殿を務めた男、サルの奇策が牙を剥いた。



 山肌に沿って縦に三つの陣地を連ねる、小谷城独特の構造。


 サルはあえて正面から大軍を突き動かし、激しい攻防戦を展開して、敵の目を前方に釘付けにした。


 夜闇が深まった頃、サル率いる一隊は本隊の喧騒から離れ、息を潜めて険しい谷を下った。


 更に目指すは、道なき道──剥き出しの断崖絶壁であった。


 兵たちは指の爪を剥がし、泥を噛み締めながら、垂直に近い斜面を音もなく登りつめていった。


(──ハァ、フゥ、ハァハァ……


 ……ケケケ、ワイは必ずや、ナガはん(様)に認めてもらうんや! 武功上げたらな、この城はワイのモンや! いくで……)



──狙うは、要塞の心臓。



 崖を登りきったサルの軍勢は、手薄になっていた中央の陣地へ突如として踊り出た。


 夜闇を引き裂く咆哮と共に、奇襲によって瞬く間にその拠点を占領してみせたのだ。



 これにより、前方の久政が率いる陣地と、後方のナガマサが率いる本陣は真っ二つに分断され、互いの状況を知る術さえ完全に遮断された。



 サルの奇策によって心臓部を分断された要塞は、もはや死に体に等しかった。


 サルの軍勢はまず前方の陣地へと怒濤の如く猛攻を仕掛け、逃げ場を失った久政を容赦なく自害へと追い込んだ。


 そして、ナガが待つ本陣と合流するや否や、息をも吐かせぬ速さで最奥地へ突撃し、ナガマサ率いる拠点を幾重もの兵の壁で、完全に包囲したのである。



──ナガは、本当のところ、誰よりもナガマサという男を深く信頼していた。


 彼以上に誠実な武将を、ナガは他に一人として知らなかったのだ。


 仮にあの金ヶ崎の夜、ナガマサが背を向けず、己の側に立ち続けていたならば──


 間違いなく彼は、ナガの天下における、不動の最側近の座に就いていたであろう。



 その歪な愛憎ゆえにか、魔王たるナガは、この土壇場に至ってもなお、使者を送り、何度も義弟に降伏を促した。


 しかし、誇り高きナガマサはその誘いを拒否し続ける。



 ついに城壁が崩れ去る寸前、ナガマサは最後の決断を下した。


 己の最愛の妻であるお市、そしてまだ幼き三人の娘たちの身柄を、激しい炎の迫る中、敵将であるナガの元へと託したのである。



 家族が脱出する背中を、じっと目に焼き付け、最愛の者たちの無事を確認したナガマサは、煙の立ち込める奥の間へと一人静かに消え、無念の自害を遂げて去っていった。



(市……そして娘達よ、どうか無事に健やかに私の代わりに生き抜いてくれ。


 ずっと、いつまでも愛しているぞ。


 ナガ兄さん……どうか、どうか私の意を、願いを……)



 そんな、ナガマサの心の祈りが風に乗り、ナガの目の前を静かにすり抜けていく。



(ナガマサよ……最後まで、哀れな愚弟に成り下がりおって……)


 黒煙を上げて焼け落ちる小谷城を見上げながら、ナガは心の中で、誰にも聞こえぬ呟きを漏らしていた。


(……しかし、うぬは最後の最後まで、己の『義』だけを真っ直ぐに貫き通したよの。案ずるな。市と幼子たちは、この余の手で、どこよりも手厚く迎えてやるぞ……)



 ナガは、救出されたお市たちとはあえて一度も対面することなく、ただ影から護衛をつけ、母娘四人の身柄を静かに尾張の地へと送り出した。



 このナガマサの魂の祈りとナガの慈悲が、

残された三人の娘たちを──のちに歴史を揺るがす『三姉妹』として大躍進させる事となるとは、ナガマサは当然知る由もなかった。




──その後のナガの進撃は、まさに天を衝く神速のそれであった。


 宿敵であった武田軍を完膚なきまでに壊滅させ、そしてナガ家の家督を嫡男の信忠へと託すと、ナガは水面下で「晩廷」の内部調査を冷徹に開始した。


 最終的には右大臣にまで上り詰めるが、すぐさま意味深な官職の辞任を突きつける。



 と、同時に自らを地上に降り立った現人神として祀り上げるような安土城を築城し、のちに移り住むようになる。




:天才遺児の台頭と亀裂の予感



──天正五年、安土城、ある日──



 広間に集められたナガ家の筆頭重臣たちの前に、ナガは一人の美しい少年を連れて現れた。


 元亀の激動期にナガの身代わりとなって散った、最愛の亡き戦友・森可成の遺児──森蘭丸であった。



「可成、お前の息子は余が責任を持って、完璧に育て上げてみせる」



 あれから十三歳になった蘭丸であった。


「これより、この蘭丸を余の側近(秘書官)のトップとして育てる。皆の者、見知りおけ」



 ナガのその言葉に、最前列に並ぶ重臣たちの間に、一瞬、目に見えぬ冷たい緊張が走った。



 北陸の豪雪の中で血を流し続ける柴田勝家。


 中国攻めの泥沼の最前線から駆けつけた成り上がりのサル。


 翌年に最悪の謀反を秘めた荒木村重。


 そして、近江と丹波の攻略で寝る間もなく働き、顔を酷使して疲れ果てていた十兵衛。



 命を削ってナガ家を支えてきた修羅たちの前で、蘭丸は泥の匂いなど欠片もしない。


 お上品な白絹の小袖を纏い、人形のように完璧な優等生の礼をとってみせた。



(チッ……俺たちが十何年も命を削ってようやく手に入れた席の真ん中に、死んだ親父の七光りと、上司の寵愛だけで、汗一つかかずに滑り込んできやがった。


 この日の本の闇も、何も知らない、反吐が出るほどのクソガキめが……)



 平伏する十兵衛の胸の奥底に、この教養溢れる温室の天才児に対する、ドス黒い殺意の種が静かに、しかし深く植え付けられた瞬間であった。



 ナガは蘭丸を誰よりも近くに置いて寵愛した。


 それゆえか、蘭丸はどのクラスにも一人はいる、お上品で鼻に付く「優等生」のような口調で、年上の家臣たちを平然と見下す少年に育っていた。



「静かにしたまえ、君たち! ナガ様の前であるぞ。作法も知らんのかね」



 常に正しい正論だけを吐(つ)き、ナガの身の回りを完璧に管理する蘭丸。


 何をするにもどんな些細な報告であろうと、蘭丸を一度介さなければナガへのお目通りに届かなかった。


 十兵衛は、そんな蘭丸の澄ました顔を見るたびに、胸の奥で(クソガキめが)と毒を吐いていた。



 だがそんな十兵衛の感情を尻目に、ナガは千年の嘘にまみれた晩廷を「内側から完全に崩壊させる」ための、最後にして最大の準備を着実に遂行していくのである。




:硝子人形の檻と最低野郎のサイコパス



──天正六年──



 十兵衛の娘・タマが、忠興の元へと輿(こし)入れした、あの佳き日の記憶である。



 婚礼の宴の席。


 並び立つ美しい若夫婦を見つめながら、主君であるナガは、手にした南蛮のワインを一口煽り、歪な笑みを浮かべて忠興に声をかけた。



「おい、忠興。お前、タマをまるで自分だけの『硝子人形』のように扱っているな。気持ちの悪い男よ」



 ナガの鋭すぎる眼光が、忠興の心の奥底にある、歪んだ独占欲を正確に射抜いていた。



「……滅相もございません、ナガ様。


 私はただ、この至高の美を、誰の目にも触れさせぬよう大切に護りたいだけでございます」



 忠興は拝跪(はいき)しながら、貼り付けたような薄気味悪い笑顔を返した。


 だが、その瞳の奥には、愛情ではなく「所有物」を値踏みするような冷徹な狂気がギラギラと蠢いていた。


 ナガはフンと鼻で笑い、タマの哀しげな横顔を一瞥して吐き捨てた。



「籠の中の鳥は、いずれ歌を忘れるぞ。まあ、せいぜいその硝子が割れぬよう、大事に撫で回すが良い」


 ナガのその不吉な予言は、やがて、最悪の形で現実のものとなっていく。



──その予感は、十兵衛にとっても、心中穏やかではなかった──


(周りは『これ以上ない縁談だ』と大はしゃぎしている。


 親友の藤孝殿も喜んでいるし、何より玉も、不思議と忠興の奴に頬を染めている。


 だが……なぜだ? なぜ私の心臓は、この輿入れの夜にこれほど不気味に脈打つのか……)


(玉よ、何もできない父を許してくれ……


 今は良い! だが、忠興に、何をされても耐え抜いてくれ! この父は、いつもお前を想ってるぞ)


──十兵衛と、タマの父娘愛は、ずっと、ずっとこの先に、救われる未来が待っているのである──




:ガラスの天才と黒き原石



──天正九年、二月──



 京の街は、ナガが、日の本の絶対の覇王であることを、晩廷や諸大名、世間に見せつけるための、空前絶後の大イベント『京都御馬揃え』の熱気と喧騒に包まれていた。



 南蛮の宣教師から譲り受けたばかりの、純粋なる漆黒の大男──弥助を傍に従えるナガ。


 まさに……異質の巨人。


 未知の、物珍しい姿を想像する人々の好奇心を煽り、噂が噂を呼び、一目見ようと群衆で溢れかえる。


 弥助から発する脅(・)威(・)の(・)存(・)在(・)感(・)。そんな効果も相まって、京の歴史に名を刻むほどの大盛況となる。


 晩廷を始め、多くの民衆の熱心なアンコール要望に応えて、二回に渡って大歓声を浴びるほどの大成功を収めた。



 そんな華やかな狂騒の数ヶ月後、ナガは誰も知らない極秘の影を動かそうとする。



 ある夜、ナガは再び、堺の「仁徳象徴陵」へと小舟を出そうとしていた。


 その傍らにナガが引き寄せたのは、蘭丸ではなく、言葉もまだおぼつかない巨漢の弥助であった。



「ナガ様、私もお供いたします! この蘭丸が警護せねば!」



 慌てて前に出た蘭丸を、ナガは冷徹に睨みつけ制する。



「蘭丸、お前は留守番だ。……うぬは頭が良すぎる。あの地下の闇は、あまりに劇薬。


 まだ若いお前の脳髄には、刺激が強すぎて悪影響を及ぼすわ! 綺麗な優等生のままでいろ」



 ナガの『特別な親心』こそが、哀しきすれ違いを生む。



 ナガのその言葉は、最愛の戦友の息子だからこそ「この世界の血塗られた嘘で心を汚したくない」という究極の優しさであった。


 だが、プライドの高い蘭丸にはそれが分からない。



 対する弥助は、日の本のあらゆる利権や千年の嘘に一切染まっていない。


「ナガ様、私は、アナタの影」


 ただ静かに、主君のすべてを受け入れる覚悟を持った弥助だけが、ナガと共に暗黒の石室へと消えていく。



 残された蘭丸は、自分だけがのけ者にされた嫉妬と疎外感に、拳を強く握りしめて立ち尽くしていた。



 大坂堺の広大な禁足地、仁徳象徴陵(サカイ社)の地下深くへと、音もなく潜入したナガと弥助。



 松明の微かな明かりが、土と石に覆われた巨大な地底空間の景色を照らし出す。



 在るはずの無い未知の渡来品。


 怪しく発光する皿。


 そして、現在の「晩廷」が絶対の神の末裔などではないという証拠が刻まれた、血塗られた古事記の真実の姿──



 ナガは、驚きに目を見開く漆黒の巨漢を見上げ、不敵に、しかしどこか寂しげに微笑んだ。



「どうだ、弥助。これがこの日の本を支配する『美しき嘘(システム)』の檻の底だ。


 誰もがこの玩具を神と崇め、晩廷の老人たちに金を絞り取られている。


 余はな、この千年の茶番劇をこの手で自在に操りブチ壊してやりたいのだ。


 海の向こうの世界を知るお前になら、この余の狂気が理解できるであろう?」



 弥助はハッと息を呑み、主君の孤独な魔王の光をその目に焼き付け、深く頭を垂れた。


 十兵衛を除く日の本の家臣には決して見せることのできなかった、世界の剥き出しの真実。



 この馬揃えの後に行われた地底の密会こそが、のちに弥助の運命を大きく変えることになる。

すぐに続きをどうぞm(_ _)m

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