継ぎし者
「継承」から続く、ライトの物語。
誰にも評価されない日々を送る彼のもとに、一本の修理依頼が舞い込む。
それは、少年ルイズの父親が愛用していた古い剣だった。
炉の火を前に、ライトは語る——剣の強さと弱さ、魔法鍛冶の来歴、工房の百年、そして剣そのものの歴史。
やがて修理が終わり、剣が父から子へと手渡される時、ライトは静かに問う。
……俺、大人になれたかな。
朝四時、まだ外は暗い。
炉に火を入れる。炭の選び方一つで、鉄の反応が変わる。
扱う材の性質や、熱の保有量や時間の長さなど。……きめ細かいが、こういった事前の手入れの有り無しが、理想の状態を作る大事な糧となる。
これが剣の強さと弱さの分かれ目だ。
鉄が熱を持ち始め、槌を握る。この打ち方、このリズムは、師匠が教えてくれた。いや、そのまた師匠が——
魔法鍛冶師としての歴史が、この一打ちに込められている。
「今日は空気が重いな……」
鉄の反応が少し鈍い。今日は湿度が高いのか、それとも——
ライトは打つ拍子を緩め、炉の温度を微調整する。そしてまた、同じリズムに戻す。
汗が滴り、ほんのりと、少しずつ、鉄が延びる。この工房の床は、数百年分の火花が焼き付いている。この工房で、いったい何人の剣士が剣を受け取り、何人の鍛冶師が槌を振るってきたのか——
この工房の歴史が、壁に染み込んでいる。
そして、焼き入れの瞬間。水蒸気が立ち込め、刃の奥に眠っていた持ち主の情熱や哀しみ、そして覚悟が、焼き入れによって浮かび上がる。
剣は時代と共に形を変えてきた。直剣から湾曲剣へ、両手剣から片手剣へ。剣の歴史が、この一枚の刃に凝縮されている。
……今日も、また新たな一本の剣が生まれる。いや、それぞれの「歴史」を糧に、元の姿と遜色なく、蘇る。
最後の一振りを終えた時、窓の外はすっかり明るくなっていた。
「……こんなもんか」
剣を鞘に収め、汗を拭う。今日は朝が早かった分、もう少しで日も完全に昇りきるだろう。
街へ出れば、依頼主のルイズの父親が、剣を受け取りに来ているはずだ。
「それにしても、ここまで柄の巻き革が煤けてるなんて……お前、愛されてるな」
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昼下がり、骨付き肉を貪った後、いつものように大通りで剣を握る。
「おじさーん!」
馴染みのある声が遠くから聞こえる。ルイズだ。
「お父さんはどうした?」
「宿屋で安静にしてるから、代わりに行ってこいってさ」
「あの牙なら、そこらの鉄は軽く貫くだろうしな……骨までいかなくて良かった」
「そこまではなかったらしいよ!」
「ならよかった」
背中に掛けた修理品を、彼に納める。
すると、ぐるぐるとライトの周りを回り、じろじろと品定めするように見渡す。
「あの剣は付けてないの?」
「……今日は営業は休みだから」
平静を装うも、目は右往左往している。見え見えだ。
「へぇー? そうなんだぁー? あ、そうそう。僕からのお願いもあるんだけど」
そう言うと、ルイズは一枚の紙を差し出す。
簡単に言うと——さっき渡した父さんの剣を振らせてほしいという依頼文だった。
「お父さんが回復したら、一緒にここへ来なさい。その時に、また。」
工房への地図を渡す。
『君が十分に剣を振るえるなら、君のものにしても構わない。』
その言葉と共に。
握手を交わす。
振り返る際、一瞬だけ。少年の両眼に、闘志が宿ったかのような鋭さが走った。
――その日から、一週間が過ぎた。
ライトは工房にこもり、日はもうとっくに沈み始めているというのに、ひたすら槌を振るっていた。依頼の剣はもう渡した。あとはルイズが来るのを待つだけだ。
だが——打つ数に連れて、何かが胸の奥で燃え上がる。
鉄を叩き、叩き、また叩く。特に意味のない、ただの練習だ。それでも、汗が滴るたびに、何かが胸の奥でくすぶっているのを感じた。
(あの少年の目……)
ルイズの瞳に宿っていた闘志。あれは、ただの好奇心じゃなかった。
「おや、珍しいな。こんな時間に仕事をしているとは」
声の方に振り返ると、入り口に立つのは——見覚えのある中年の男だった。ルイズの父親だ。包帯を巻いた右脚を引きずりながら、しかし笑みを浮かべている。
「……無理しなくていいのに」
「ああ、息子がな。『早く行こうよ!ライトが僕を待ってるんだよ、早く早く』って、朝からうるさくてな」
父親の後ろから、ぴょんと飛び出してくる小さな影。
「おじさーん! 来たよ!」
ルイズだ。両手には、あの修理した父親の剣の鞘を抱えている。
「おじさん、これ——振ってもいい?」
ライトは一瞬、躊躇した。持ち主に目を合わせる。……彼は目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「……ああ。ただし、外でやれ。工房の中は狭いからな」
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三人は工房の裏手にある空き地に出た。
風が吹き抜ける。草が揺れる。ルイズは剣を抜き、両手で構えた。呼吸も一定で、落ち着いている。そこで、ライトは問う。
「……重くないか?」
「ううん、ちょうどいい!」
ルイズが剣を振るう。
一閃。
風を切る音が、澄んだ響きを立てた。刃先が夕焼けの光を受けて、一瞬だけ——かすかに、綺麗な橙色の光をなぞった。
ライトは息を呑んだ。
(あの光……)
それは、師匠が言っていた「本当に剣と心が通じ合った時にだけ現れる」という、あの光だった。
ルイズは何度も何度も振るった。素人同然のフォームだったが、その目は真剣そのものだった。数を経るごとに、音は鋭くなり、振り抜くたびに剣の重みが増していく。
「……どう思う?」
父親がライトに問う。
「…………」
ライトは答えなかった。代わりに、ゆっくりと口を開いた。
「……その剣、やるよ」
ルイズが振り返る。目を丸くして。
「え?」
「お前なら、その剣を……」ライトは言葉を選んだ。「……殺さないと思う」
ルイズはきょとんとした顔で、次に——満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、おじさん!」
そう言って、ライトに飛びついた。ライトはたたらを踏み、よろめく。
「お、重い……!」
父親が笑い声を漏らす。ルイズは笑いながら、剣を抱きしめていた。
その光景を見て、ライトは思った。
……爺ちゃん。俺、大人になれたかな。




