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ランドルフの腕に絡まっている令嬢は、その腕の主に媚びた眼差しを向けた。
「ランドルフ様!! お会いしたかったです!」
そう叫ぶように告げると、ランドルフに満面の笑みを見せる。
クリフォードは突然の出来事に瞠目しながらも、目の前の令嬢を注視した。
令嬢はランドルフの事しか頭にないように見受けられ、不躾に眺めても意に介さないだろうと判断したのだ。
緩く波打つライトブラウンの髪は手入れが良いのか、額の斜め上に留まる繊細な髪留めに負けないほどに艶めき輝いている。整えられた肌には赤みの強い桃色などが加えられ、強めのアイラインによって濃いブラウンの瞳は垂れ気味のように加工されている。
更に頬紅はふんわりと丸く入れられており、全体的に幼くなるように作られた印象だ。
そしてドレス――桃色の暴力とでもいうのだろうか。レースもフリルもふんだんに使用されており、ダメ押しのようにパニエで大きく膨らませている。恐らく、可愛らしい印象になるだろうからと桃色を好んでいるのだろう。だが、やりすぎではないだろうか。
このドレスを作ったのはどこの工房なのか尋ねたい気持ちを、クリフォードはぐっと抑えた。
令嬢は案の定、クリフォードの視線に全く気づいていない様子で、只々懸命にその幼く作られた顔をランドルフへ向け、その反応を逃すまいとしている。
離れた場所で、この令嬢の取り巻きと見られる令息達が気遣わしげにこちらに意識を向けているのだが、彼らは一体この令嬢のどこが良いのだろうか、とクリフォードは片眉を上げた。
エメラインは美しい顔を歪め、溜息混じりに
「キャスリン、以前からお話しているけど、殿方のお身体に容易に触れてはいけませんわ……それに先ず、ご挨拶が先でしょう?」
と咎めた。するとキャスリンはエメラインを睨みつけた。
「……お姉さまはいつもこうなのです。わたくしが至らない令嬢であるかのように咎めるのですわ。ね、先日お伝えした通りでしょう? ランドルフ様。酷いことをおっしゃるのです……」
と、涙声でランドルフへ訴え始めた。
(「酷いことを」と言うが、そうだろうか……?)と、クリフォードは首を傾げる。
令嬢としての当たり前の忠告であろう。寧ろ『娼館の女のよう』と言われなかっただけ婉曲な表現ではなかろうか。ほぼ初対面に近い男の身体に妄りに触れるなど、貴族令嬢にあるまじき姿であることは間違いない。
だが、この令嬢――キャスリンは、あくまでも意地悪く厳しい姉に咎められた可哀想な自分という立場でいたいようだ。
ランドルフの腕に絡まったまま涙を浮かべ、クリフォードに自身がスタンスフィールド家の次女でありエメラインの妹である事を告げ、以後お見知り置きをと涙声で付け加えた。
――何とも気持ち悪いな
クリフォードは脳内で呟いた。そして、その嫌悪が漏れないよう意識して笑みを強める。
ふと、未だ腕を占領されているランドルフを見ると、表情は平静を保ったままだが思考が停止している様子だ。
こんなに、女性のあしらいに戸惑うような男だっただろうか。
合間合間で、絡まるその腕をそっと外そうとするようなのだが、キャスリンはがっちりと腕を捉えており、緩める気配は微塵もない。
それどころか。キャスリンは畳み掛けるように言い放った。
「ねぇ、ランドルフ様、私と踊ってくださいませ!」
ランドルフは恐る恐る重くなった腕の辺りを流し見、自身の腕に体を押し付けた令嬢が期待に満ちた目で見ている事に気づき、極小さく叫びめいた声をあげた。
その様子を見、眉を寄せたエメラインは声のトーンを落としてキャスリンを諌めた。
「……キャスリン。貴方、お名前を呼ぶ許可は頂いているの?」
「お姉さまには関係ありませんわ。ランドルフ様は許してくださいます!」
(そうなのか?)とクリフォードがランドルフを見ると、ランドルフは口元の笑みは保ったままであったが、極小さく首を左右に震わせた。『否』と言いたいのだろう。気の毒に、身体があり得ないくらい強張り、不自然な動きになっている。
恐らくだが、もう彼にも対処しきれずどうして良いかわからなくなっているのだろう。
このような公式の場では卒なくスマートに行動することを信条としている彼らしからぬ状態だ。無理もない。このような礼儀も作法も承知していない令嬢に目をつけられてしまうとは。
「ご令嬢、申し訳ないのだが、私は彼と共に彼のご親族に挨拶をしに向いたいんだ。ダンスは他の方と楽しんで頂けるかな?――ほら、あちらに貴女とのダンスを望んでいる令息達がいるようだ」
見かねたクリフォードは、キャスリンに離れた一点を指し示した。
少し距離を置いた辺りにいる、取り巻きと思われる令息達が一塊になって令嬢に視線を送り続けていた。どうやら彼らはこちらの会話を聞き取れる距離にはないようだ。
「そうなんですかぁ……じゃあ、次は必ずですよ!」
そして離れていく令嬢の背を安堵しつつ見送っていたところ、キャスリンは『あっ』と声をあげて振り返り、再び彼らに緊張感をもたらした。
「そうそう! 先日の手紙にも書きましたけど、我が家にいらしてくださいね! ゆっくり、お話がしたいです!」
その言葉にランドルフが曖昧な返答で誤魔化していると、キャスリンは姉であるエメラインに向かって「お姉さまはもう帰って良いわ」と言葉を投げ、取り巻きの令息達の方に向かっていった。
「愚妹が大変失礼を致しました。誠に、申し訳ありません」
エメラインは、ランドルフとクリフォードに深々と頭を下げた。
「――エメライン嬢は何も悪くない」
「ああ、本当にそうだ」
エメラインは一度更に深く頭を下げると、漸く俯いた顔を上げ眉を下げたまま弱く微笑んだ。
「それで、令嬢を一人にするのは忍びないのだが……」
「いえっ、元々一人でおりましたから……どうかわたくしのことはご放念ください。キャスリンもあのように申しておりましたし、わたくし本日は邸に戻ろうと思います」
キャスリンは取り巻きの誰かに送られるのが常であるとのこと、ランドルフとクリフォードはエメラインを車寄せまで送り、乗り込んだ馬車が去って行くのを見送った。
ランドルフとクリフォードの二人は言い訳に使ったステュアート家への挨拶に向かうため、夜会会場に戻るべく無言で歩を進めた。
ふとクリフォードが、
「あの子が、例の封書の?」
と尋ねた。
ランドルフは力なく首肯する。その様子はまるで生気を吸い取られたかのようである。
「なかなかびっくりだな……想像以上だ」
「だろ?」
ランドルフは思い出したのか、絡みつかれた方の腕を払うような仕草をした。
無意識に穢れを祓ったのだろう。
クリフォードはその様子を眺めながら、質素なエメラインと着飾った妹のキャスリンの様子の違いを思い返していた。
何故、あのような待遇の差が生じているのだろうか――と。




