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(あの焦った表情――)


 と、クリフォードは笑みを溢す。


 そしてふと、先日エメラインの妹から寄越されたという封書を見、『寧ろ姉の方に興味が湧く』とふと呟いた時にランドルフが舌打ちしていたことを思い出す。


 クリフォードは愉悦の気持ちが湧き上がるのを感じた。


(これは面白い)


 ニヤリと口の端を上げると、何かを察したのかランドルフからの強い視線を感じ、胸の奥で狂喜する。



 そうか、この令嬢に彼はそんなに価値を感じているのか。

 では、この令嬢が僕のものになったら――彼は、どんな表情をするのだろう?



 ちょっとした悪戯心も含んではいたのだが、ランドルフのエメラインに対する想像以上の執心を察し、クリフォードの心はエメラインへと寄せられた。

 価値あるその「獲物」を自分が先に得たいと思い、心が躍ったのだ。

 “白銀の貴公子”“漆黒の貴公子”と持て囃される自分たちの心をいずれも騒つかせる魅力的な獲物(エメライン)を。


 この瞬間、二人はエメラインに対しての仄かな所有欲を共有し、同時に彼女を巡っての戦いが幕を上げたのである。当人同士が明確にそれ気づいていたのか定かではないが。


 その一方で――クリフォードがエメラインの様子を確認すると、当のエメラインは変わらず興味を菓子にのみ向けている。

 彼女が些かもランドルフに興味を示していない様子であることに、クリフォードは安堵の吐息をついた。

 すぐに、つい先程恐らく自身への感情も薄いのだろうと察したことを思い出し、自嘲したのだが。




「どうかしたのか? ランドルフ」


 したり顔のクリフォードの表情に思うところがあったのであろう、到着したランドルフは一瞬ぐっと押し黙るが、すぐに平静な表情を取り戻した。そしてエメラインと目を合わせると、


「友人が美しい女性と会話を楽しんでいる様子が見えたのでね。私も話に加えてもらえないかと思ったのだ」


 そしてエメラインにクリフォードの友人であることを含め自身を名乗ると、

「差し支えなければ、ご挨拶として一礼をお許しいただけるだろうか?」と微笑みを向けた。


 何のことか一瞬戸惑った様子を見せたエメラインだったが、意味合いを理解したのか控えめながらもランドルフに手を差し出す。

 すかさずその指先は捉えられ、胸の高さに引き上げられた後、解放された。

 ランドルフはエメラインの指先を解いた後、クリフォードに挑戦的な視線を送り、クリフォードもそれを素知らぬ顔で受け止めた。胸の奥のチリリとした小さな嫉妬に気づかれ、悦ばせることのないように。


 その一連の様子を見ていたのであろう。羨ましげな令嬢の溜息が薄らと聞こえてきた。

 ランドルフ、そしてクリフォードから挨拶を請われることに憧れを感じる令嬢は勿論少なくない。

 羨望の視線でも感じるのか、あるいは高位貴族に対する緊張なのか、エメラインは若干顔が引き攣っているようだ。周囲の羨望に対して自慢げであってもおかしくないと言うのに、彼女に取ってはただの落ち着かないイベントだったようだ。


 エメラインとしてはただ菓子を堪能したかっただけだと言うのに、図らずも令嬢たちが騒めく貴公子二名を侍らせているというあり得ない状況を引き寄せてしまったわけで、目の回るような思いであることだろう。

 どこかで『何故、あのような方が?』という密かな呟きも聞こえて来るほどだ。


 エメラインの装いはこの華やかな夜会には相応しいと言い切れないものであった。兎に角、古めかしい流行遅れのドレスは頂けない。

 目立たず菓子を啄んでいるくらいならまだしも、自分やランドルフのように人目を引く者が脇を固めているこの状況だ。悪目立ちしてしまうのも仕方がない。

 クリフォードは状況を鑑み、自責の念に駆られていた。


 エメラインは実際のところ非常に美しい女性であった。

 明らかに新しく誂えたとは思えない燻んだ色のドレス、飾りも何もない簡素な髪型であろうとも、それはエメラインの元々の魅力を活かしきれていないというだけのことで、ポテンシャルの高さは紛れもない事実であった。

 金糸のような髪は丹念に香油で整えれば輝きを放つであろうし、翠とも青とも取れる不思議な色合いの瞳も、美しく彩ればこの場の令嬢達の頂点に立てるのではないかとさえ思われた。


 宝飾品や優美なドレスを纏わせ、優秀なハノーヴァー家の侍女たちに任せたら――さぞかし人目を引くであろう。自身と並んでも、決して見劣りはしないと断言できる。

 と、自身の隣に並ぶ美しく飾ったエメラインを想像し、クリフォードは胸を高鳴らせた。


 そして、今までに感じたことのないその高揚感に、クリフォードは自分自身へ驚きを投げる。

 これは一体何なのか、と。



 それにしても、スタンスフィールド子爵家は、一体どのような考えでこの美しいエメライン嬢を地味で飾り気のない状態でこの場に送り出したのであろうか――



 クリフォードがそのような考えを巡らせていたその時、ランドルフの小さな叫びが聞こえた。


 声が発せられた方を見ると、ランドルフの腕にピンク色で身を飾りつけた女が蛇のように絡みついていた。


 先程、エメラインの視線を辿った先のダンスフロアで視線の合った、エメラインの妹と思われる令嬢であった。

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