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006

『妾の子……』


 誰かのその一言が頭を過る。

 今のは……母上? そうだ、母上がそう言っていた。

 古く、ゼブルの幼い頃の記憶だが間違いない。

 その言葉を口にした母上は、酷く恐ろしく、そして悲しい顔をしていた。

 母上はサタニアを見るたびに同じ顔をした。

 俺はそんな母上の顔を見るのが嫌で……。だからサタニアを母上と自分から遠ざけた。

 サタニアがいると母上が悲しそうな顔をするから。

 それがサタニアに対する嫌悪感の正体。だが俺自身、それが嫌悪感であることに気付いてすらいなかった。

 それに気付くことが出来たのはあちらの記憶を得たからだろうか。

 しかしサタニアは妾の子だったのか?

 ゲームの中にはそんな情報はなかった。

 そのことはゼブル自身も普段は忘れていたことなのだろう。

 ゼブルにとっては『妾の子』ということはどうでも良かったのだ。ただ母上の嫌なところが見たくなかっただけ。

 それが自分自身も気付かない間に当たり前の様になった。

 サタニアと一緒にいないことが当たり前に。

 だが今は少し状況が変わっている。

 すでに母上はこの世にはいない。

 ゼブルの母親は身体が弱く、ゲームのストーリー上では既に他界していた。

 ここでも二年前に他界している。

 サタニアが母上を悲しませる存在だったとしても、その母上はもういないのだ。

 そのことを理解した今、サタニアと距離を取る理由はなく、それを気にする必要はない。

 そもそもそれはサタニアを意味嫌う理由としては全く理不尽なものだ。


「……すまなかったな」


 読書を続けていたサタニアの頭に手を置き、髪を優しく撫でた。

 例えサタニアが妾の子であろうとそれはサタニアのせいではない。

 それなのに俺も母上も理不尽な感情を向けサタニアを遠ざけていた。

 自分のことながらなんとも情けない。


「い、いきなりなんなのですか。気持ちが悪いですよ!」


 悪態を着きながらも俺の撫でる手を拒みはしない。


「今までのことだ。俺はお前と一緒にいることを拒んでいた。それはお前のせいではないのに……。だから謝りたくなったんだ。今さら遅いかもしれないが、俺はお前ともっと仲良くなりたくなったんだ」


 それは本心だ。ゲームのこと、この先のことを抜きにしても俺は妹であるサタニアと仲良くなりたくなった。そこには何の打算もない。心からそう思った言葉だった。


「なんで急に、そんなこと……」


 どうやら俺の心変わりに困惑している様子だ。

 それも当然だろう。これまでの俺はサタニアのことなど気に掛けたことなんて一度もなかった。

 こうやって何かするのに誘ったことも、言伝てがあっても給仕に任せていた。

 食事の時だってまるで会話らしい会話をした覚えがない。


「そうだな、気が付いたんだ。お前は何も悪いことをしていないのに、俺はお前に辛く当たっていた。本当にすまないと思っている」


「本当に今さらですわ。もう私は、お兄様がいなくたって……」


 そこまで話して口をつぐむ。

 ほんの少しの間を開けて、再び言葉を口にした。


「……私だって、お兄様と仲良くなりたかったのに、それなのにお兄様は冷たくて、私とはお喋りもしてくれなくて……」


 そうだ、サタニアも最初から口が悪かった訳ではない。今では悪態を着くようになってしまったが、それは俺がサタニアを拒み続けた結果だ。

 もしかすると悪態を着くのは話しかけるための口実なのかもしれない。そうだとするなら俺はそうでもしないと話し掛けることすら出来ないほどにサタニアを追い詰めていたのだ。

 そして俺は自分の中の悪感情に気付かず、いつの間にかサタニアに干渉しないことが日常となってしまった。

 そうであることに俺自身、何一つ疑問を持っていなかった。いつの間にかサタニアを『悪態をつく嫌な妹』なのだと認識してしまっていた。自分のやっていることは棚上げにしてだ。

 ゲーム中でサタニアとの兄妹関係が良くなかったのはきっと俺、ゼブルにこそ責任がある。全く酷い兄貴だ。

 だから俺はまず謝罪するべきだ。


「すまない」


「……本当に、仲良くしてくださるのですか?」


「本当だ」


「話し掛けても怒りませんか?」


「怒らない」


「でも屋敷の者達や、お父様は良い顔を致しませんよ……」


 そうだ。良く記憶を手繰って見ると確かに父上も家の者達もサタニアに対する接し方がおかしかった。

 父上がサタニアに話しかけているところなんて記憶にない。

 家の者達も父上や俺に対しては気づかいや礼儀的なもの感じていたが、サタニアに対してはそれらが感じられなかった。

 それはつまり『妾の子』として意味嫌われていたということなのだろう。

 もしそうであるならそれは許されないことだ。


「俺が何とかする」


 その言葉の意味するものは重い。

 何せ家長である父上が黙認していることを俺が覆すことに他ならない。

 それは一歩間違えれば御家騒動にも発展しかねない。


「本当に信じても、宜しいのですか?」


 だがこれほど幼い少女を苦しめて良いはずがない。

 それはなんとしても許してはならない。

 この考えは、もしかするとあちらの世界の価値観を得たからで、この世界の常識とは違うのかもしれない。

 しかしこれだけは間違ってはいないとハッキリと言える。


「ああ、信じろ」


「ーーっ!」


 サタニアはその場で口を固く閉ざし、顔を伏せ、さらに両手で口を塞いだ。

 それでも床にはサタニアの涙が滴り、「うっ……うっ……」と嗚咽が零れ出る。

 ゲームの中ではラスボスだったサタニアも今はまだ10才の女の子だ。

 この小さな身体でずっと堪えていたのだ。

 周囲からの悪意ある視線に晒れながらこの家でずっと生活してきたのだ。


「頑張っていたんだな、すまない。その頑張りに気付いてあげられなくて、ごめんな」


「うっ……お、にい、さまぁ……」


 感情の波で我慢が決壊し、サタニアは大声を上げて涙を流した。

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