27 デザートの味
リナリアは気まずそうに目を伏せた。
フリージアと絶交した直後は、カーネリアンにばれないように、口止めしておけばよかったと思っていたのだ。
あの日したことは反省しているが、カーネリアンの口から説明されると、罪を突きつけられているように感じてしまう。
他にも加護持ちが居るという事実を聞いて、オーキッドは驚いていた。
街で、リナリア以外に加護の噂は聞かなかったのだろう。
フリージアは確かに加護持ちだが、リナリアのように人を引き付ける歌や容姿は持っていない。カーネリアンのように頭がいいわけでもない。可もなく不可もなく。加護を受けた直後は多少持てはやされはしたが、彼女はあまり人々の話題には上らないのだ。
フリージアは別段それを不満には思っていなかった。彼女は目立ちたがりでもなく、リナリアと距離を置いていることを除けば、現状に不満はないのだ。
カーネリアンの話で得心がいったオーキッドは、ひとつ気になったことを尋ねた。
「他にも加護持ちがいるのかい? 喧嘩したということは、よく知っている人?」
他の誰かに聞けば分かることだからか、あえて隠す様子もなく、カーネリアンはフリージアを見た。
ランスはカーネリアンにつられたように、リナリアは控えめに、フリージアへと視線を移す。
フリージアは一斉に見られて少し居心地が悪そうにしている。
分かりやすい答えに、オーキッドの口から間抜けな声が出た。
「もしかして、フリージアさんが?」
まさか先ほど自分に絡んできた少女が加護持ちとは思わず、本当に都合よく人が集まったなと、思わず笑ってしまう。今自分は、相当気の抜け顔をしているだろうと、オーキッドは思った。
「じゃあ、今は仲直りしたんだね」
気が緩んだまま余計な一言を告げ、場の雰囲気が若干気まずくなる。
すぐに彼は、おかしなことを言ったと気付いた。リナリアは現状、呪われたままなのだ。
ということは、二人は仲が悪いのだろうか。
フリージアとの会話を思い出す。そういえば、「君はリナリアさんとは、仲がいいのかい?」と聞いたとき、フリージアは落ち込んだ様子を見せていた。
フリージアが元気をなくしたのは、このためだったのだ。
「あ、あの……」
リアリアにこれ以上嫌われたくないと思ったフリージアは、自分から口を挟み、説明を付け加えた。
「呪いは、私の意志ではないんです、あの、解いてあげたくても、その……どうにもできなくて……」
フリージアは申し訳なさそうに言うと、それきり口を噤んだ。
自分でも、早くリナリアと仲直りしたいのだ。
今もいい機会なのかもしれないが、出来れば話すなら、二人きりが良いと思っていた。
「いや、色々聞いて申し訳ない。デザートを食べ終わったら出ようか。リナリアさん、この街に居る間にまた会えないかな。誰か一緒でもかまわない。カーネリアン君とか」
リナリアは複雑な表情をしたまま、食事をご馳走になった手前断りづらいと思って、曖昧に頷いた。
それから彼らはまた幾つか話をしたが、ほとんどオーキッドとランスしか口を開かなかった。
ランスが明るい性格なので、別れ際はそんなに気まずくはならなかったが、リナリアはいまだ、頭の整理が出来ずにいる。
店の前から居住区までは同じ道のりなので、帰りは一緒になった。ただオーキッドだけは、宿を探しに行くため早々にいなくなっている。
帰り道、ランスが気をきかせて、フリージアの手を取った。
「フリージア、ちょっと付き合ってよ」
「はい? どこに?」
「いいからいいから。カーネリアン、リナリアのことちゃんと送ってやれよ!」
「言われなくてもそうするよ」
カーネリアンは軽く請け負うと、ひらりと手を振った。きっとランスは、疲れているリナリアに気をつかったのだろう、そう思って、友人たちに見せる気さくな笑顔で見送る。
ランスとしては、想い合う男女を二人きりにしてやろうという心遣いだった。
「じゃあな!」
「あ、ちょ、ランス! あ、ば、ばいばい! 二人とも!」
フリージアの返事も聞かずに、ランスは彼女を引っ張っていく。
カーネリアンは踵を返すと無言で歩き出し、リナリアはその隣に並んだ。
リナリアは考えていた。父親のこと。フリージアのこと。
正直、父には会いたくない。こんな自分が会ったとしても、また面倒ごとしか起きない気がする、とリナリアは思う。
オーキッドには悪いが、何とかして断る方向で進めたい。
フリージアが、「自分の意思ではどうにもできない」と言ったことは、リナリアに不安を与えた。
リナリアの思い込みだったのかも知れない。
いつかまた、話せるようになるということは。
(フリージアにきちんと謝罪も出来ていないくせに、期待だけは大きいのね、私)
和解したとしても、フリージアが許してくれたとしても、神様が許してくれないかもしれない。
時間を戻せるなら、やり直したい。フリージアと絶交しないで、今でもカーネリアンを入れた三人で、笑って過ごしていたかも知れない。
誰に負い目を感じることなく、カーネリアンのことが好きだと打ち明け、そして……
……
リナリアには、自分がカーネリアンと恋人になれる想像が、少しも浮かばなかった。想像の中で、カーネリアンに笑顔を向けられているのは、フリージアだ。
三人でいたとして、今より幸福だと言えるのだろうか。
少なくとも今は、カーネリアンと二人でいることは多い。
フリージアの姿が見えなければ、以前ほど嫉妬で気分が荒れることも無い。
リナリアは、昔からカーネリアンのことばかり見てきた。
フリージアと友人でいられた未来があったとして、カーネリアンを取られるくらいなら、むしろ。
(取られるって……カーネリアンは、私のものではないのに)
うじうじと考えこんでしまう自分が嫌だった。カーネリアンと二人で歩いているのに、暗いことばかり考えてしまう事も。
本当は、「料理美味しかったね」と話しかけたいところだったが、声を出せないと、気軽に話題も振れないため、不便だった。
静かに並んでいる時間も好きだが、こういうときは、喋りたいと思う。黙っていると、余計なことばかり考えてしまうからだ。
最後に食べたデザートは、確かに美味しかったはずなのに、味はよく覚えていない。




