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26 事情③

 

 透き通ったグラスには、赤く半透明な果実水が注いであった。

 一口飲み込むと、爽やかな香りが鼻を抜け、喉を通り過ぎる。

 ほう、と息をつく。思ったより喉が渇いていたようで、少し落ち着いた。

 季節の野菜を数種類煮込んだスープは、口に含むと程よい温かさで、やわらかい食材がすぐにとけてなくなる。食感が優しく、舌の上に暫く残る後味がなんとも言えない。

 薄く焼いた芋を添えた厚切りの肉は、濃いソースを少量かけてある。厚みのわりに、ナイフを入れると、ほろりと崩れた。

 ソースの付いていない部分を切り取り、口に入れると、肉本来の旨みが広がり、噛むほど肉汁が出てくる。調味料で味付けをしてあるようだが、絶妙に混ざり合っていて、どれ、と言い当てることはできない。

 続いて、ソースをつけてみる。少し味が濃くなり、添えてある芋を一緒に食べたくなった。なるほど、このための芋なのか、と感心する。

 どれも絶品である。

 店で出す料理はこんなに美味しいものなのか……と、感動していたリナリアだが、会話が聞こえなくなったので不思議に思い、食事から目線をあげた。

 オーキッドと目が合う。

 ランスとフリージアも食事の手を止め、リナリアをじっと見ていた。

 何というか、温かい眼差しで。


「……!?」


 もしかして食べてはいけなかっただろうか? それとも、食べ汚くてみっともなかったのか?

 不安に思ってどぎまぎしていると、ふ、と微かに笑う声が隣から聞こえた。

 横を見ると、カーネリアンが微笑んでいる。心臓が大きく跳ねた。

 笑ったのがカーネリアンだと分かり、何か可笑しかったかと見ていると、彼が皆の気持ちを代弁してくれる。


「リナリア、顔ゆるんでいた。美味しそうに食べるよね」


 それだけ言うと、カーネリアンは食事を再開する。

 リナリアが直前に食べていたものと同じ料理を食べ、「うん、美味い」と妙に感心したように呟く。

 呆然としたあと、リナリアは真っ赤になった。

 別に怒られたわけでも、悪いことをしたわけでもないのだが、ひたすら気恥ずかしい。

 のろのろと食事の手が遅くなったリナリアを見て、カーネリアンは補足した。


「一応、褒めたんだよ。いいことだよね、って」


 リナリア仕様の抑揚のない声だったが、カーネリアンに肯定されることは、どんな事でも嬉しいものだ。

 リナリアは照れながら、料理に舌鼓を打った。



 そんな可愛らしいリナリアを、オーキッド、ランス、フリージアの三者とも、眼福と見ていた。


 特にフリージアは、普段顔を合わせられないリナリアを、目に焼き付けるように見つめている。


(リナリア可愛い……一緒に食事出来るなんて幸せ……お菓子屋さんとか、いつか連れて行きたいな……)


 フリージアは、一人では決して、リナリアを食事に誘えない。切ない事実には目を瞑って、フリージアは今を楽しむ事にする。

 この機会を作ってくれたオーキッドに、心の底から感謝したくなった。


(疑って申し訳なかったな……)


 大して怒りもせず、許してくれた上、リナリアを誘って食事の場まで設けてくれた。

 フリージアのなかで、オーキッドはすでにいい人認定されていた。



 密かにフリージアからの好感度が上がっているオーキッドは、食事をしながら、リナリアの綴った文章のことを考える。


(呪いって……神様なら、天罰って言いそうだけど)


 リナリアが、呪いを受けるほどの悪事を働くとは思えなかった。


(いい子そうなんだけどなあ)


 リナリアとは会ったばかりで、ほとんど噂でしか彼女のことを知らない。

 美しい容姿の裏で、その実とんでもない悪女であるリナリアを想像してみたが、どうやっても悪ぶっているだけのいい人にしかならなかった。

 それはまさに、兄のグラジオラスの印象だ。

 兄の面影を持つリナリア。

 想像した彼女の性格は、その容姿に引きずられて、グラジオラスを模倣してしまう。

 考えるだけ無駄だと思った。

 結局、オーキッドはもう、思い込みからは抜け出せそうにないのだ。


 小さな手帳は、今はリナリアの膝の上に置かれている。

 料理が運ばれてきたため、彼女は書くのを中断してしまったが、オーキッドはその内容が気になって仕方が無い。

 リナリアのことを知りたいと思うのは、兄が語らなかった過去を知りたいからだ。

 兄とは仲がいいと思っているが、彼が本当に願うことや、望むものは、いまだ理解出来ていない。

 オーキッドは、本当の兄の姿を探している。


 その気持ちは、リナリアをひたすらに慕い続けるフリージアと、よく似ていた。


 料理を食べ終えると、店員が皿を下げていった。

 まだデザートがあると言うので、席についたまま待つ。

 テーブルの上が片付いた所で、待ちきれないオーキッドが言う。


「あー、リナリアさん、さっきの続きを聞いてもいい?」



 リナリアは頷くと、ペンを持ち、手帳に続きから書き始めた。内容は、リナリアが話せなくなった経緯だ。

 この場に居る人間で、オーキッド以外に事情を知らない者はいない。

 そこでふと、思い立ち、リナリアは手を止めた。

 呪いにはフリージアも関係している。大いに関わっている。

 勝手に教えるのはいけないと思い、フリージアに許可を……そう考えて、過去フリージアに言った言葉を思い出した。


 ――フリージア、あなたとは一生、友人になりたくないわ


 リナリアは手を止めたまま、暫く動かせずにいた。

 フリージアが今、リナリアのことをどう思っているかは分からない。だが、あんなことを言われて、リナリアを嫌いにならない訳が無いだろう。


(うん……フリージアに聞くのは、やめよう)


 なんとかフリージアの部分はぼかして、事実を書き記す。

 そして自然と、今までの人生を振り返っていた。


 リナリアは生まれたときから、神様の加護を受けていた。

 加護によって、リナリアが特殊な能力を扱えるようになるわけではない。ただ、加護持ちというだけで特別だった。一人神様に愛された人間がいるだけで、この街は活気付くのだ。

 この世界にもたらされる、ほんの少しの魔法と恩恵。それは昔から続く、人々の支えだ。神様から守られていると感じ、安心感を持てる。

 だから、呪いという事象は、受け入れ難い。まして神様の怒りを買ったなど。

 恩恵を受ける街のはずが、神様に見放されるのではと、不安に思う者もいただろう。

 リナリアは悲しくなった。

 加護とか呪いとか、そんなこととは関係なしに生きていけたらいいのにと思う。


≪生まれたときから加護を受けていた私は、数年前、声が出なくなりました。教会で、神仕え様に呪いが原因だと教えてもらい、少し後に、歌うことはできるとわかったのです≫


 リナリアの文字の上を、何度か言葉が行き来した。オーキッドが質問して、リナリアが書いて答える、というように。


 大体の事情を理解はしても、まだ納得しきれないらしいオーキッドは、重ねて尋ねる。


「リナリアさんが、以前はもっと他人を気遣わない振る舞いをしていたのは、わかったよ。でも……呪いを受けるほど、悪いことだとは思わないな。そのぐらいで呪われてしまうなら、王都なんて皆声が出なくなってしまうよ」


 オーキッドの疑問はもっともだ。

 リナリアが怒りを買った神様は、フリージアを特別扱いしていたから、このようなことになったのである。

 フリージアのことは話さないつもりだったので、どうやって納得してもらえばいいかと、リナリアは頭を悩ませた。



 困った様子のリナリアを見て、何を考えているか理解したカーネリアンは、フリージアに目配せする。

 フリージアはきょとんとしていたが、彼とリナリアとを交互に見つめると、何となく自分のことを話そうとしていると察したようだ。ただしリナリアに話かける勇気はさすがに無いらしく、カーネリアンに「まかせた」と言うように二回頷いて見せる。

 カーネリアンは、リナリアとのほうが付き合いは長いが、フリージアとも伊達に幼馴染をしていない。意思の疎通ができたところで、彼はオーキッドに説明した。


「リナリアと喧嘩した相手が、加護持ちだったんですよ。その子に加護を与えている神様が、呪いをかけたんです。別に、リナリアの普段の行いを咎めたのではなく、特別扱いしている人間を傷つけたから、その神様は怒ったんでしょう」





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