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19 同じ瞳

 

 商店街から抜けて、さざめきから離れると、途端に静かになった。広い公園や、病院が見える。

 病院の向かいにあるのは、騎士の屯所だろうか。

 街並みは整っていて、基本的には長い一本道だ。迷うことは無さそうである。

 荒れた様子もなく、治安は良さそうに見えた。

 街の外観を見ながら歩いていると、時間は穏やかに過ぎていくように感じる。

 住宅街が近づく。

 もうすぐ、街の住民が教えてくれた図書館が見えてくるはずだ。

 そこの通りを挟んで向かい側に広がる、林の奥を進むと、この街の教会がある。

 図書館らしき建物が見えたあたりで、数人の子供たちが目の前を横切った。

 会話が聞こえてくる。


「早く! 今日はリナリアが歌う日だよ!」


「わかってるよ! 急がないと良い場所とられちゃう」


 子供たちは急いでいたようで、駆けていってしまう。

 他にも、大人が何人か、老人も、同じ方向へ歩いていく。

 目指す場所は、オーキッドと同じらしい。

 人々の後ろをついていくと、やがて教会にたどり着いた。

 結構な人数が集まっていたため、入るまで並ぶことになる。

 皆一様に笑顔で、楽しみにしていることが伝わってくる。


(本当に人気らしい)


 街の人に慕われる歌姫とは、どんな人物だろう。

 俄然気になってきた。

 列が進み、教会のなかに入る。

 思ったより広く、オーキッドは空いていた椅子に腰かけた。

 皆まばらに座ったので、最前列に座ることができた。

 後からも続々と人が入ってきて、席が埋まったあとも、まだ入ってくる。


(おいおい、結構来るな。ちょっとしたイベントじゃないか)


 オーキッドはかなり早く来たようで、歌が始まるまで暫く待つことになった。

 人々の話し声を拾う。

 歌姫の話題ばかりだ。

 彼女の名前は、リナリア。

 毎日歌うわけではないこと。

 金銭を取るわけではなく、ただ時々歌うだけ。

 教会以外にはあまり出歩かないこと。

 喋らないが、控えめで礼儀正しい娘であること。

 彼女の態度には、負い目があるような、人に怯えているようなところが見受けられるらしい。

 人嫌いなのだろうか。それにしては、人前で歌うのは平気というのも、不思議な気がする。


「昔のことなんて、気にすることないのにねぇ」


「それは俺達が言えることじゃないよ。母親も亡くなって、ショックも大きかっただろうし」


「おい、その話はもういいだろう」


 一人が会話を打ち切るように促し、言葉を濁した。

 話をする人の声にも、どこか後ろめたいような、あまり大きな声で話さない方がいいといった雰囲気がある。

 彼女の良い噂しか耳にしていないが、住人が口を閉ざした理由が、他にあるのかもしれない。

 歌姫の過去にも、色々ありそうだ。

 自分には関係ない話だと、オーキッドはこのイベントが始まるまで、思考を打ち切ることにした。


 話し声が止んで、教会内が静まり返った。

 微かな靴音だけが、まるで神聖な儀式のように響く。

 並んだ椅子の中央を、通り過ぎる音がする。

 最前列にいたオーキッドの横で、亜麻色の髪が揺れた。

 簡素な、街の女性たちと変わらない服装だった。

 腰でしぼって、裾が広がった服が、足首まで隠している。

 薄い水色の服は、清潔感があったが、特別な衣装には見えなかった。

 多くの人が注目しているので、もっと大仰な格好をするのかと思ったが、普段着のようだ。

 少女が祭壇に上がる。

 ステンドグラスから降り注ぐ光が、彼女の髪を彩った。

 様々な色が映りこみ、宝石のように輝いている。

 その姿は、神々しくさえあった。

 後ろ姿だけでも、十分引きつけられる容姿である。

 少女が振り返る瞬間は、実際の動作よりもやけに遅く感じた。

 深い海や、晴れた空を連想させる瞳は、ここではない何処かを見ているようだった。

 厳かに唇を開く。


 彼女から目が離せない。

 教会は一瞬で、神様の国となった。

 本当に天使がいたら、こんな感じか、と思った。


 リナリアから目が離せなかったのは、彼女が人並外れて美しかったから、だけではない。

 歌声に聞き惚れながら、オーキッドは考えずにはいられなかった。

 例えば同じ黄色でも、赤みがかっていたり、暗い色だったり、よく見ると違うものだ。人の髪も、全く同じ色というのは、あまり見ない。

 横を通り過ぎた時に、目に入った亜麻色。

 宝石と見紛う美しい青。

 リナリアの髪色も、瞳も、同じだと思った。


 オーキッドの兄、グラジオラスに、彼女は余りにも似ていたのだ。




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