間章:やっぱなしで
生きることは選択の連続である……が、本当にそれは選んでいるのだろうか。 複数の選択肢から選ぶのではなく、俺達こそが選択肢で、そこから選ばれるのを待つ存在なのではないだろうか。
……誰に、だ。 面接官や試験官と言えばそうなのかもしれないが、そうとも思えない。 けれど、自分が何かの選択をするのではなく、なされるがままに生きている感覚は深く根深い。
それを運命と呼ぶのは少し大仰だ。 多分きっと、人は芽吹く以前のそれを才と呼び、芽吹いたそれを能と名付けたのだろう。
自分で選ぶわけではなく、誰かに選ばれるのを待つでもなく、才能によって選ばされる。 操っていると思っている心が、身体に操られている。
「俺はテニスをしていて、それが好きだが……多分、知っている競技で一番才能があったからだと思う」
「……何の話?」
土曜に幼馴染の少女である安穂の家に赴き、おばさんに驚かれて通報されかけた後に、部屋に上がっておばさんに出して貰った味の濃い乳酸菌飲料を飲みながら話をする。
大して広い家でもないけれど、廊下の温度も空調が効いていて涼しい。 空調に不馴れなために妙に思いながら、彼女の姿を見る。
「……どうしたの?」
首を傾げる少女の服装は、キャミソールに半ズボンととてもラフな物で、明らかに部屋着然としたものだ。
来る前に連絡した方が良かったかと考えるが、彼女の性格を思えば、わざわざ着替えるようなことはないだろうからいいか。 白い肌は自分の物と違いすぎて別の生き物のようだなどと考え、その考えたことを誤魔化すように続ける。
「進路の話だ。 生きることは選択ばかりだが、その選択をしているのは、才能の問題だろうかと思ってな」
「……判別のしようがないから、ボクにはそうとも違うとも言えないけど」
「どちらにせよ、多くの人は才能がある方に行くことが多いだろう」
「……それは、そうかも。 ……朝に来られても、眠いから寝ていい?」
「11時は昼だ」
ベッドの横に不貞腐れるように寝転んだ彼女は、珍しく溜息を吐き出した。 出された飲み物を飲むと、彼女は吐き出すように口を開いて声を出す。
悩み抜いた末の言葉だ。
「……11時は朝だ」
「……昼だ」
「……もしかして、この違いは経度差?」
「同じ市内で分かりやすく時差が出るわけないだろ。 アホを時差のせいにするな」
「……神林の方が背が高いから、日の出も神林の方が早いとか」
「俺は何百メートルもある巨人か」
「……ぱっと見はそうだよ」
どうぱっと見たらそうなる。 見誤るにもほどがあるだろう。
俺が呆れながら見れば、安穂はつまらなさそうに目を閉じる。 本気で寝るつもりなのだろうか。
「……神林は、ゴリラだけど運動も出来て、ゴリラだけど勉強も出来るし、ゴリラだけど友達もいる」
「ゴリラじゃねえよ」
「……神は人に二物は与えないけど、ゴリラには三物も与える」
「神がゴリラ贔屓してるみたいに言うな」
「……ボクは、神林と違ってアホだから……どうしたらいいのか、分かんない」
寝転がりながら、彼女はそういう。
「……勝手に決めて、別のところに行くとか。 聞いてない」
「安穂に言うことでもないだろ」
「……言うことだよ」
「なんでだよ」
「……なんでも。 ……やっぱり、ネズミの中の人は、やめておこうかな」
「まぁ、好きにしろよ」
好きにした方がいい。 とまでは言えなかった。
久しぶりに来たこの部屋はあまり変わっていなくて、小学生の時と同じような内装だ。 古いゲーム機を安穂と取り出して、久しぶりに遊んでみた。
「……ずっと続くのが当たり前だと思ってた」
ゲーム中、不意に呟いた彼女の声が、嫌によく響いた。