萩原円居という少女
円居は、納得できないように黒句を睨んだが、溜息を一つ吐き、テーブルに目を落とした。
「紫蘭とは、中学から友人になって、それで今までと友人でいるんです」
子供のような言葉を発したことを恥じているのか、口調を戻し萩原円居は黒句に目を向ける。
「そういえば、あの子、前はもっと笑う子だったのに。前とは別人みたいになってた。そうだ、あの子、前は黒いコーヒーが苦手だって言ってたのに、あの時は」
ブラックのコーヒーを五杯以上飲んでいた。黒句はそんな円居の表情を窺った上で口を出す。
「それで?」
「……今日日、あの子と友人でいられたのは、あの子が我の弱い性格だったからです。自分の主張は強くすることはなく、あくまで人の聞き役に回ることが多かった。それは私にとってすごく安心できる場所だった。あなただって私のことを紫蘭から聞いたんでしょう?」
黒句は、頷く。
「記念に写真くらいなら許しますよ」
「は、よくやる。折角の話だけどやめとくよ。子供の写真を撮る趣味はないし、警察を呼ばれたくはない。それに、そもそもとして撮影できるものを持ってないしね」
「意外ですね。何らかの盗撮に使う道具は持ってると思ってました」
「それ、どういう意味?」失言でした、と円居は言う。黒句は、分からないままだ。
「……あの子は私にとっての希望なんです」円居は、黒句にそう言う。「だから、絶対取り戻さなきゃならないんだ。元のあの子を」
円居の発言に何か違和感を覚えつつも、黒句は述べる。
「確かに伍波、紫蘭ちゃんはもう、きみの知っている人物とは別人になってる。残念ながら俺はきみの言う紫蘭ちゃんとは一度しか喋ったことがないから、よく分からないんだけど。でもまあ、きみは、あの子が俺たちと一緒にいることを良しとは思ってないでしょ?」
「それは――もちろん」
「素直で何より。その感性は正しい。俺を敵だと思うことも、間違っていない」
だからこそ、きみに頼みたいんだけど、と黒句は言う。
「上司の癖に、情けないですね」
「言い返す言葉はないな。生憎、俺は仕事先のメンバーの中でも実力は中の下でね。なにか特権を持っているわけでもなければ、仕事に融通が利くわけでもない。だからきみに頼るんだ」
「――あの」萩原円居は、そこで力を振り絞り、黒句に言う。彼が目の前に現れてから、ずっと喉の奥に忍ばせていたそれを。「あなたは、人殺しなんですか」
沈黙。黒句は少し驚いたように円居を見て、円居自身は黒句を睨みつける。
「一週間以上前――家納さんを殺したのは――あなたですか? 昨日――赤岸君をアリーナで生き埋めにしたのは――あなたですか? 今日――テレビ局で米崎さんの殺害に向かったのは――あなたと――紫蘭なんですか?」
「きみ……」
「私は、米崎一派の萩原円居です」円居は、そこで黒句に対して初めて自分の脆さをさらけ出した。「――立花紫蘭の友人です。父の行動を、米崎さんに教えて、手伝いをしています」
さすがの黒句も、目を見開く、そして次に黒句が感じたのは、若干の苛立ちだった。こんな子供が? 赤岸赤子といい、子供がどうしてそんなものに参加している?
「殺し――ますか?」肩を震わせながら、円居が訊く。「私は、抵抗はできません」
「……いいや。それより、どういうことかな。それ」黒句は、あくまで冷静をさを装いながら、円居に訊く。「きみが、米崎一派の一員? へえ、つまらない冗談じゃ、ないかな」
黒句が家納を殺害したことや、赤岸赤子の名前が出た時点で、それは疑いようもない。
ただ伍波の説得の協力を仰ぎたかった黒句は、目の前にいる萩原円居という少女が、実のところ説得をされなければならない人物であったことを悟った。
「一派には、私の意思で入りました。紫蘭がいなくなって、わたしは――だから――」
「きみのご両親は、このことを知っているのかな」なぜか、その質問には円居は黒句をより強い力で睨みつけた。まるで今にも飛びかかって来そうな形相で、黒句を見ている。
「話しました。けど、どうでもよさそうでした。自分の邪魔にならないかを心配してるみたいだった。でも、どうでもいいんです、そんなことは」
「どうでもよくはねえだろ」そこで、円居は黒句の様子が変わっていることに気が付く。「それ、かなり重要なことだよ。確か、きみは父子家庭だったね。頼るべき唯一の人を、どうしてそんな風に扱うのかな」
萩原円居は、黒句の質問から数秒黙り込んだ後、唐突に口を開いた。
「紫蘭を、返してください」違和感、この少女から感じるその理由と正体を、黒句はようやくつかめて来た。「それで、全部元に戻るんです。私も紫蘭も、それで」
この子は、と黒句は考える。
この子は誰かに依存しなければ、生きられないような子供なのかもしれない。それが、女性特有のものだとか、甘えだとかそういうことではない。年齢と自分が固まっていないまま、その固定化された形を他者に形容する方法で成り立ってきた子供なのだ。




