第一巻『始動』
第一章「雨の再会」
屋上に吹く風は冷たかった。
遠くで救急車のサイレンが鳴っている。
東京は眠らない。
いや、
眠れなくなったのだ。
玲司は封筒の中身を一枚ずつ眺めた。
そこに並ぶ名前は、
日本という国家の中枢そのものだった。
与党幹事長。
財務省事務次官。
警視監。
大手メディア会長。
巨大派遣企業創業者。
そして――
「天城隆一か」
玲司が呟く。
その場の空気がわずかに変わった。
黒崎が煙を吐く。
「あのジジイはもう怪物だ。政界も財界も警察も全部あいつに繋がってる」
白石が続ける。
「戦後最大のフィクサー。歴代総理を七人潰してる」
凪は黙っていた。
玲司は写真を見る。
老人だった。
穏やかな笑み。
柔和な目。
どこにでもいそうな好々爺。
だが、
その男の一言で、
数千億が動き、
人が死に、
法が変わる。
「こいつが日本を腐らせた元凶か」
白石は首を横に振る。
「違う」
「?」
「“元凶の一人”だ」
沈黙。
東京の夜景が濡れて揺れていた。
黒崎が低く言う。
「この国はな、もう一人二人殺した程度じゃ変わらねえ」
玲司は笑う。
「だからお前らがいる」
その瞬間。
凪が初めて口を開いた。
「玲司」
声は静かだった。
「確認する」
玲司は視線を向ける。
凪の目には感情がなかった。
「お前は、本当に日本を変えたいのか」
「……」
「それとも、頂点に立ちたいだけか」
空気が凍る。
黒崎が眉をひそめた。
白石も黙る。
玲司は数秒間、
何も答えなかった。
やがて、
彼は東京の街を見下ろしながら言った。
「両方だ」
風が吹いた。
凪の長い前髪が揺れる。
玲司は続けた。
「綺麗事だけで国は変わらない」
「民主主義?」
「法治国家?」
「平等?」
「そんなもの、この国ではとっくに壊れてる」
玲司の声には熱がなかった。
それが逆に恐ろしかった。
「なら、新しい秩序を作るしかない」
黒崎が笑った。
「相変わらずデカいこと言うな」
玲司は封筒を閉じる。
「まずは天城だ」
その瞬間。
白石の携帯が震えた。
画面を見る。
表情が変わる。
「……もう動いたか」
「どうした」
「天城のSPが一人消えた」
黒崎の笑みが消える。
「早すぎるだろ」
白石はさらにメッセージを読む。
そして低く言った。
「警察内部に“別勢力”がいる」
玲司の目が細くなる。
「俺たち以外に、この国を壊そうとしてる奴がいるってことか」
凪が煙草を踏み潰した。
「面倒になる」
その時だった。
パンッ――!!
乾いた音。
白石の肩から血が吹き飛んだ。
銃声。
全員が反応する。
凪が即座に玲司を突き飛ばす。
二発目。
コンクリートが砕ける。
「狙撃!」
黒崎が拳銃を抜く。
白石は膝をつきながら叫ぶ。
「南西ビル上!」
凪はもう走っていた。
雨の屋上を、
人間とは思えない速度で駆ける。
三メートルのフェンスを飛び越え、
隣のビルへ跳躍する。
玲司が呟く。
「相変わらず化け物だな」
黒崎は笑わない。
「……プロだ」
遠くのビル影。
黒いレインコートの狙撃手が、
静かに銃を分解していた。
凪は止まらない。
雨の中を一直線に走る。
狙撃手が振り返る。
二人の目が合う。
その瞬間、
狙撃手は笑った。
まるで、
再会を喜ぶように。
凪の表情が初めて揺れた。
「……お前、生きてたのか」
次の瞬間。
閃光。
爆発。
ビルの窓ガラスが吹き飛んだ。
東京の夜に、
悲鳴が響き渡る――。




