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52,辿り着いた幸福を噛み締めて


「ミュシュ。ようやくここまで来たね」


 スティは私をお立ち台に上らせ、全員の贈り物が詰まった籠と鞄を私の足元に置いた。突然増えた新しい宝物達が、とても眩しい。


 

 

 毒を飲まされて王宮を追放され、私は帝国へとやって来た。土地勘もなく、街に溢れる音さえも苦しくて、逃げるように彷徨っていた。


 唯一出来そうな採譜の仕事も、身分証がなくて叶わない。


(どうやって生きていけばいいの?そもそも、歌の歌えない私に、生きている意味なんてあるの……?)


 そんな考えが頭を過ぎるほど、心は傷だらけだった。


 けれど――。


「ミュシュは、あの時の曲をずっと気に入ってくれているからね」


 そう言いながら、出会った時に使っていた楽器――ブラギーニャを手に取る。途端に帝宮楽師達の演奏が止み、スティはあの日の曲を弾き始めた。

 

 あの頃の音は、何かを探しているのに見付からない。季節の終わりのような寂しさと、新しい始まりに期待を抱いている――そんな曲だった。


 でも、今は違う。


 春の訪れに胸を踊らせているような、陽の光の下で開き始めた花が揺れているような、優しく戯れる、柔らかな音色。


 私は息を吸った。もう苦しくも恐ろしくもなくなった呼吸。胸いっぱいに空気を取り込んで、溢れ出すように歌う。


 あの頃は出なかった高音も、繊細な声も、思いのままに操って。


(一年……たった一年の間に、色々あったわね)


 ――私は歌いながら、この一年を振り返った。


 

 誕生日を迎えて成人になっても、何ら扱いは変わらなかった。それどころか、周囲の態度は酷くなる一方で。結局、半年も経たずに毒を飲まされてしまった。


(それなのに、その数日後には離宮での生活を始めていたのだもの。目まぐるしいにも程があるわ)


 そうして、スティとの生活が始まって。スティの演奏に合わせて歌う、穏やかな毎日を過ごした。少しずつ喉が癒え、声を取り始めて。話せる喜びを、思いを伝えられる尊さを実感した。


 でも……臆病な私は、聞けなかった。「貴方は一体何者なの?」って。


 令嬢達が押し入ってきて、スティが皇子様だと知った。傷つけられた私を気にして、皇子であることを隠していたと聞いて。スティは、どこまでも私を気遣ってくれていたのよね。


 それからは、一層甘やかされて翻弄されて。スティが遠い存在だと知って、勘違いしないようにって自分に何度も言い聞かせていたのに。まさか、婚約者に決まっていたなんて。


 驚いた。それに……とても嬉しかった。


 祝賀パーティーに裁判、聖杯の調査。二度目の毒殺未遂、発熱。スティとのデート。そして――王族の糾弾。


 自分のことなのに、笑ってしまう。どうしてこうなったのかしら?と今でも不思議に感じるもの。


 ――それでも私は、もう一度歌えるようになっていた。


 そう。ここに居る、みんなのおかげで。


 

 歌い終え、静かに息を吐く。目を開くと、全員が拍手をしてくれていた。


(これは夢ではないのよね……?目が覚めたら王宮の病室に居るなんて、そんなこと……ないわよね?)


 胸の前で、祈るようにきつく手を組んでしまう。すると、楽器を置いたスティがそんな私の手を解いていく。


「ミュシュ、これは夢じゃないよ。ミュシュはもう帝国の公爵令嬢で、私の婚約者だからね」

「……どうして、分かってしまうの?」

「ふふっ。ミュシュの顔を見たら分かるよ」


 いつだってそう。スティには、表情だけで胸の内を知られてしまう。


「だって私に、こんな沢山……」

「言ったでしょう?本来、ミュシュが受け取るべきもので、与えられて当然だったんだから」


 そう言いながら手を離したスティは、着ていた上着の内側から縦長の箱を取り出した。


「ミュシュ。私からはこれを。十九歳の君へのプレゼントなんだから、私の独占欲が混じっていても構わないよね?」


 瞼を震わせて目を細める私に、おどけたようにスティは笑う。


 それをそっと受け取り、開けてもいい?と目で問いかける。頷くスティを見て、私は箱の蓋を持ち上げた。


 金色に煌めく宝石の付いたパールネックレスが収められていた。スティと同じ瞳の色をしたそれに、思わず息を呑む。


 「ミュシュ、十九歳の誕生日、おめでとう。私は、これまでのミュシュの人生全てを愛しているよ」

「…………っ」

「辛い過去だったと思う。……明るいだけのパーティーも考えたんだけれどね。でも、ミュシュの過去を聞くたびに、知るたびに、この頃のミュシュに手を差し伸べたくて仕方なかったんだ」


 スティの言葉に同意を示すように、みんな首を縦に振る。十分伝わっていると、私も何度も頷いた。


「私も、ここに居るみんなも、ミュシュを大切に思っているから。ここまで歩いてきてくれて、私達のところに来てくれて、ありがとう」

「そん……な、私の……ほうが……っ」

「ずっと君の側に居る。もう一人にしないから」


 スティが両手を広げる。


「おいで」

 

 あまりにも優しい眼差しに、私は堰を切ったように涙が溢れてしまう。


 籠にネックレスの箱をそっと置き、スティの胸へ飛び込んだ。しっかりと受け止められ、首に腕を絡める。


「ありがとう……っ!」


 これまで涙を堪えて言えなかったその言葉を、スティに、そして全員に向けて叫んだ。たった五文字の言葉では、心の全てを伝えられないのがもどかしいくらい、幸福で胸が詰まるようだった。


「ねぇ、ミュシュ。実はね、テーブルに飾ってあるアレ、作り物なんだよ」


 スティはそう口にしながら、お菓子のタワーを指さした。唐突な告白に、私はぱちぱちと目を瞬き、それを見つめる。

 

「……作り物?」

「だって、絶対に時間がかかるって思ってさ。一つの誕生日にかける時間を五分で想定しても、十二箇所も巡るんだよ?せっかくのお菓子がカピカピになっちゃうからね」


 スティがくすくす笑うと、周りから「五分なんかで足りるわけないもの!」「全くだ。伝えたい言葉を、これでもかと短くさせられたのだからな」と不満が飛んだ。


(私、一人ずつにあれ以上言われていたら、そのたびに涙を流していたでしょうね……)


 スティはそれを見越して五分と決めたのかしら。けれど、年表を説明するスティやラダ、ユンの熱量は凄まじく、それだけで五分は超えていた気がするのだけれど……と、思わず苦笑が漏れた。

 

 スティに抱き上げられながら、中央のテーブルへ運ばれる。積み上げられた色とりどりのマカロンタワーは、まるで本物のよう。


 しかしよく見ると、その一つ一つに文字が書かれていた。スティに下ろしてもらい、それに近付く。


「誕生日に参加出来ない貴族達からの祝いの言葉や、ここに来られない者達……ラディムやズジェイ、ロドにも書いてもらっているよ。あとは、ラダやユン以外の影達も書いていたかな」

「……あやつら」

「ふふふ……っ!」


 皇帝陛下の呻くような声が聞こえて、私はぽろりと最後の涙を零しながら声に出して笑ってしまう。


 メッセージに目を通していると、その中におかしな内容を見付けた。


『結婚式で泣く時のために、ハンカチを五枚は用意するわね』

『お色直しは何回したいかしら?貴女のために、何枚でもドレスを選ばせてほしいわ』

『ミュシュ様!警備のために、結婚式を天井で覗いていてもいいですか!?』

『誓いの言葉だけは噛むなよ。一生弄られるからな』


 最後に見つけたマカロンで、私は「ぶふっ」と吹き出してしまった。


(これ、お養父様かお義父様、もしくはヘルムートお義兄様でしょう……!?噛んだの?噛んだのね?)


 ぱっと見ただけで、あちこちに仕掛け人の顔が浮かんだ。きっと他にもあるはず。これはまた今度、ゆっくり読ませてもらいたいわ。


「ミュシュ、料理もお菓子も沢山用意してもらったんだ。ミュシュに喜んでもらえるといいな」

「……今でも十分、胸がいっぱいなのに?」

「ふふっ。今度はお腹いっぱいになってもらわなくちゃ」


 再び帝宮楽師達の演奏が響き始める。けれどそれは、先程までのしっとりとしたものと違い、華やかな祝いの音色で。


 扉が開き、本物の料理が運び込まれてきた。帝宮料理長自ら運んでくる料理は美しく、とても良い香りが漂い始める。


「〜〜♪」

「あっ、珍しい!ミュシュが鼻歌なんて!」


 ついメロディーが溢れる。スティの顔がぱっと明るくなった。

 

「街や村へと向かう馬車では、よく口ずさんでいたのよ」

「そうなの?もっと聞かせてほしいな。また一緒にお出かけしようね」

「えぇ」

 

 スティに手を引かれ、席に着く。それぞれのグラスに飲み物が注がれ、皇帝陛下が手に取った。乾杯だけはエウテも参加してくれるようで、大切そうに子供用のグラスを持っている。


「今日は無礼講だ。皇族や公爵家、影や友人という肩書きではなく、家族として、ミュシュの誕生日を祝おう」


 視線が集まる。明るく眩しい世界に、私は目を細めた。


 隣でスティがグラスを持ち上げる。


「ミュシュ、お誕生日おめでとう!」


 スティの声のあと、祝福の声が幾重にも重なり、グラスの触れ合う音がホールに弾けた。


 スティと微笑み合って、乾杯する。グラスを傾けると、果実酒が喉を滑っていく。


「ね?夢じゃないでしょう?」

 

 スティは幸せそうに目を細めて囁いた。その一言が、魔法みたいに心を潤していく。


 手にしているそれはただのグラスで、その中身も果実酒。決して神秘的なものでも何でもないけれど。


「えぇ。……夢じゃ、ないのね」


 私は頷き、もう一度だけ小さく笑う。それはまるで祝福に満ちた聖水のように、心が洗われ満たされていく。


「本当に、幸せだわ」


 そう口にして、もう一口飲み込む。――これが夢じゃないと、確かめるように。


 



と、いうことで!


\\ ミュシュ、お誕生日おめでとうー!! //


設定上、ミュシュのお誕生日は本日4/16でございまして、このSSだけは何としてもこの日に……!と思い、準備しておりました。

まさか、誕生日SSで4話(約1.5万文字)使おうとは……(苦笑)


SSまでご覧くださった方々へ、本当にありがとうございます。

他にもSS企画はあるので、余力諸々と要相談で載せたいと思います!


いいね、ブクマ、感想やレビュー、評価など

とても励みになります……!

是非とも応援宜しくお願いいたします( .ˬ.)"



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