49,盛大にしないでと気遣った結果
この物語は、本編44話と45話の間のお話しです。
そして本編とは違い、ミュシュの一人称にてお送りさせていただきます。
では、どうぞお楽しみくださいませ。
これはマルスミール様に王国での後処理をお任せして、ディーロス帝国へと戻ってきたあとのこと。
結婚式の準備で慌ただしいはずなのに、とあるパーティーが催された。
それは私の――十九歳の誕生日を祝うためのものだった。
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その話を聞かされたのは、帝国へ戻ってきて三日目くらいだったかしら。
「私の……誕生日パーティー……?」
「うん。準備にあとひと月もないから、そっちも急いで用意しないとね。ミュシュは私の婚約者で、ラーンスキー公爵家の令嬢なんだから。それはもう盛大……に……」
そこで言葉が途切れた。スティは、「まさか」と目を見開く。どうやら私の表情を見て察したらしい。
「ミュシュは、誕生日パーティーを開いたことがない……の?」
「え、えぇ。家が貧しかったから、私達のパーティーにお金を使うくらいなら、両親は自分の欲しいものを買うために使ったでしょうし……。それに王宮に入ってからも、そんな機会はなかったから」
貴族なら体裁や見栄のためにパーティーを開きそうなものだけれど。男爵家にはそんな余裕はなかったもの。
そういえば十八歳の誕生日は、丁度各村を巡って春の祈りを捧げていた頃だったけれど。
(もしかして誕生日パーティーを開かせたくなくて、わざわざ遠い地を回らせたのかしら)
私を婚約者として紹介しなければならないような場を避けたかったのか。それとも、自分よりも目立つ歌姫が許せなかったのか……。
どちらの思惑だったのか、それとも両方ともだったのか、今となっては分からない。
私が家を出た後、弟のラディムが誕生日パーティーを開いてもらったのかも知らない。もしかしたら、私を売り払ったお金でパーティーを開いたかもしれないけれど。
誕生日パーティーについて考えていたから、ふと思い出した。
(そういえば、私がドレスを用意出来ないと知っているのに、イルジナ様に招待されたことがあったわね)
侯爵家からの招待を断れるはずもなく、その頃の私は歌姫見習いの式典用の衣装でパーティーに参加した。周囲からくすくすと笑われ、三人の友人には大層気遣われた苦い記憶が残っている。
「誕生日……パーティーを」
「したことが」
「ない……?」
スティだけでなく、ラダとユンまで目を丸くして呟いた。
(えっと……三人とも、どうして前もって連携を取っていたような話し方なの……?)
あまりにも息ぴったりなものだから、つい笑ってしまう。すると、スティが勢いよく立ち上がった。
「ラダ!急いで父上と母上に知らせて来て!」
「かしこまりました」
「ユンは、義姉上のところへ!義姉上にも準備を手伝ってもらおう!」
「承知しました!」
私はハッとして、「待って!」と反射的に叫んでいた。今すぐにでも走り出そうとしていたラダとユンが、ピタリと足を止める。
スティのこの熱の入りよう。それを汲み取って動き出そうとした二人。
(絶対に大事になるわ……!私、そんなの望んでないっ)
ただでさえ結婚式の準備に総出で取り掛かっているというのに、これ以上負担をかけるわけにはいかない。
それに――。
「スティ。その……私のわがままを聞いてほしいの」
「わ、わが……まま……!?」
スティは私の言葉に、ゴクリと喉を鳴らした。そんな大層なことを言うつもりはないのだけれど……。
スティの婚約者として、公爵家の養女として、本当は多くの貴族を呼んで大掛かりに行うべきなのだろう。それは重々理解している。けれど……。
「私、言ったように、家族に誕生日を祝ってもらったことがないの。祝ってくれたのは乳母くらいかしら。両親からは、プレゼントどころか祝いの言葉をもらったかどうかもあやふやなの」
「ミュシュ……」
それを悲しいと思う気持ちも、時間が経つにつれて風化して、今ではただの記憶に過ぎない。
それなのに、スティは酷く悲しそうな表情を浮かべた。ラダは目を伏せ、ユンはぎゅっと唇を噛み締めている。
まるで自分のことのように。
胸を痛めてくれるスティの手を、私は両手で包んだ。
「だから、私……私が家族だと思う人達に、祝ってもらいたいの。大勢のお客様を呼んだ大々的なものじゃなくて、身内だけで落ち着けるような……そんなパーティーがいい」
「……華やかなものじゃなくて?」
「えぇ。そもそも私からすれば、皇族や公爵家の方々が家族になるのだから、それだけで十分華やかだわ」
自分がその一員だなんて、未だに信じられない。けれど、そんな家族に誕生日を祝ってもらえたら。
(それ以上に幸せなことはないわ)
私の気持ちが通じたのか、スティは眉を下げて微笑んだ。
「分かった。それなら、皇族とラーンスキー公爵家だけでのパーティーにしようか。ミュシュの言い方だと、ラダやユンも含めたいのかな?」
「……いいの?」
自分で言っておいて、本当にそんなことが許されるのだろうかと不安を抱く。けれど、スティは私の頭を優しく撫でた。
「ミュシュのわがままなんて、叶えないわけにはいかないよ。……ラダ、ユン。その方向で準備を進めてくれる?」
「かしこまりました」
「承知しました」
前のめりで飛び出そうとしていた様子から一転して、二人は静かに部屋を出ていく。私はホッと胸を撫で下ろした。
(これ以上、段取りや準備を増やしてもらうわけにはいかないわ。それに、家族に祝ってもらいたい気持ちも本当だもの)
身内だけの、和やかな誕生日パーティー。きっとこれで大掛かりにはならないはず。
そう一人で頷いていると、
「ふふっ」
と頭上から笑い声が降ってきた。思わず見上げると、何故かスティは苦笑していた。
「ミュシュ」
「なにかしら?」
「多分、勘違いしている気がするから、先に言っておくね」
「……?」
遠回しな言い方に、不安が過ぎる。私は何か失敗してしまっただろうかと、きゅっと唇を引き結ぶ。
(勘違いって、何が……?どういうこと?)
「ラダとユンが落ち着いたように見えたなら、多分勘違いだよ」
「……えっ?」
「盛大に祝うのが潰えたから、それならどうやって最上級の誕生日パーティーにするかって考えているんじゃないかなぁ。ちなみに私はそうだから。……まったく、ミュシュのわがままには困ったなぁ」
「えっ!?」
私はぎょっとして、ふるふると首を横に振った。決してそんなつもりで言ったのではない。私自身の望みと、みんなの負担にならないようにと、そう考えた要望だったはずなのに。
声も出せず口をはくはくとしていると、スティが私の髪を一房掬い上げてキスを落とした。そして、愉快そうに目を細める。
「楽しみにしててね、ミュシュ」
「〜〜っ!?」
こんなはずでは……。
その言葉さえも声にならず、私は頬に熱が集まっていくのを感じて、顔を覆うのだった。
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そうして迎えた誕生日パーティー当日。
会場の扉が開かれて……私は遠い目をした。
(……身内だけの和やかな誕生日パーティーを願っただけなのに、一体どうして……?)
私にとって、養父母がラーンスキー公爵夫妻で、義父母となるのが皇帝陛下と皇妃殿下なのだけれど……。
(どうして首から、『私がパパ』『私がママ』なんてプラカードをかけていらっしゃるの……っ)
帝国を担う方々に、なんてことをさせているのか。
頬の筋肉がおかしな挙動をしている。笑いそうな、引き攣りそうな、不敬に震えそうな……どの感情を表現すればいいのか分からず痙攣している。
勿論それは、その四人だけではない。
ラーンスキー公爵家のお義兄様二人は、首から『上の義兄』『下の義兄』と下げている。小公爵様――ここで言う“上のお義兄様”の妻である小公爵夫人は『ザスキアお義姉様と呼んで!』と希望が書かれていて、両手で握って上下に振っている。
(本当に何をしていらっしゃるの……?)
カトカリナ様の首には『わたくし達はもう仲良しの姉妹よね?』と最早問いかけが下げられ、有無を言わさぬ笑みでこちらを見つめていた。
お義兄様達との間に火花が散っているように見えるのは……気のせい、よね?
奥では数名の帝宮楽師達がゆったりとした曲を演奏している。その側で学ぶように見学していたエウテは、私に気付いて駆けてきた。
胸元には、『ミュシュお姉ちゃんの最初のお友達は僕!』と可愛らしい主張が。これにはくすっと笑ってしまう。
ラダとユンのプラカードには『ミュシュ様至上主義』『ミュシュ様尊い』と、それはもう達筆で書かれていて。
(それには、その人の立場や役割を書くものではないの?もう用途が分からないわ……)
そして――スティは、『ミュシュの夫!早く“旦那様”って呼ばれたい!“あなた”でもいいよ!』とこちらも要望が綴られていて。
私は「けふん」と噎せた。
しかも、中央の長テーブルが美しく飾られているのは分かる。花瓶には盛り盛りに花が咲き乱れ、更にはお菓子のタワーが見える気がするのだけれど、それはまだ分かるのよ。
けれど、テーブルを取り囲むように、装飾の施された小さなお立ち台が点々と置かれている。……あれは一体何なの?
(どうしよう……。私、誕生日パーティーなんて全然参加してこなかったけれど、これが普通の誕生日パーティーじゃないことだけは分かるわ……)
呆然と立っていた私は、今から魔窟に飛び込むような気持ちで、おそるおそるホールへの一歩を踏み出した。




