三十三歳、再挑戦
夕暮れの王都は、門の石に薄い金を貼ったみたいに光っていた。
荷馬車が列をなし、行商人が声を張り上げ、門番の槍の柄がときどき石畳を**こん**と叩く。
俺――リーザス・モートンは、旅の埃を衣の袖で払い、ゆっくりとその門をくぐった。
(久しぶりだな、王都。……一年ぶりか)
胸の奥で懐かしさがふくらむ。
路地を抜ければ、見覚えのあるパン屋の匂い、井戸端の噂話、夕餉の鍋の湯気。
(もう戻らないと決めてたのに。――俺は、またここへ戻ってきた)
年をひとつ重ねた。俺は三十三になっていた。
騎士団の詰所へ向かう足取りは、少しだけ重い。
(みんなに、会いづらいな)
失敗の回数と、空白の一年。それでも足は前へ出た。
詰所の前。木箱を担いでいた大柄な背中が、ふっと目に入る。
「マルコ!」
呼ぶと、男は目を丸くして振り返った。
「……リーザス!? お前、戻ってきたのか!」
箱を放り出す勢いで近づいてくる。
二人は力いっぱい手を握り合った。
マルコの掌は相変わらず厚くて温かい。
「元気そうで何よりだ! 村で木こりをするって聞いてたから、もう会えないかと思ってたぜ」
「まあ、いろいろあってな。――また騎士を目指すことにした」
マルコは白い歯を見せて笑う。
「そうか! 俺もまだ正騎士を目指してる。一緒に頑張ろうぜ!」
(マルコ……お前がいてくれて、本当に良かった)
◇
その夜はマルコの家に世話になった。
扉を開けるなり、灰色の塊が弾丸みたいに飛びついてくる。
「ジョン!」
「ワンワン!」
愛犬ジョンは尻尾を千切れそうに振り、俺の胸に前脚をかけた。
毛の匂い、体温、あの頃と同じ重み。
(この温もり……ここも、確かに俺の居場所だ)
夕食の席で、マルコがふいに思い出したように言った。
「そうだ、お前は知らないだろうけど――今年から試験に『**魔力耐性**』が追加されたぞ」
「魔力耐性……?」
耳慣れない言葉に眉が動く。
「隣国のゾラが侵略を始めてる。魔法を使う兵士や、魔物を操って攻めてくるんだ」
「魔道国家ゾラ……四大魔術師のひとりが興した国、だったな」
「ああ。連中は戦いに魔法を平然と使う。俺たちも対抗策を練らないといけない」
マルコは拳を握った。
「だから、魔力耐性が必要なんだ。呪いに引きずられたり、操られたりしないように」
「……だが、耐性の鍛え方なんて、今まで習ってこなかった」
「正直、不安だ」
「だったら――俺たちで一緒に鍛えよう。諦めなければ、道は開ける」
言葉に、自分でも驚くくらい迷いがなかった。
マルコが目を細めて頷く。
「お前が戻ってきてくれて、本当に良かったよ」
◇
翌日から、訓練が始まった。
訓練場の一角。黒い光を鈍く反射する「特殊な石」が台座に据えられている。近づくだけで、皮膚の裏側がざわざわと騒ぎ始める厭な気配――魔力の**圧**だ。
「この石の側で“耐える”。それが一般的な耐性訓練だってさ」
マルコが汗を拭いながら説明する。
「こんなことで、今さら耐性なんて付くのかよ」
「わからん。だが、今はこれしかない」
石の前に座し、手をかざす。
見えない手が脳の裏側を撫で回すみたいな不快感。心拍が乱れ、浅い記憶が勝手に浮かんでは消える。
逃げたくなる。
(落ち着け。呼吸、背骨、視線)
剣を握るときと同じように、体の中心をひとつに束ねる。
何度目かの休憩で、見慣れた顔が水桶を抱えて現れた。
「お二人とも、休憩しなよ。無理しすぎはダメ!」
「サーシャ……ありがとう。でも、時間がないんだ」
「リーザスの言う通りだ。俺たち、もっと頑張らないと」
「でも、体を壊したら元も子もないよ」
わざと冗談めかして眉を吊り上げるサーシャに、思わず笑みがこぼれる。
(この絆を大切にしなければ。ノミの心臓の俺でも――)
俺とマルコは、互いに目を合わせて頷くと、また石の前に戻った。
(マルコと一緒なら、乗り越えられる)
◇
試験当日。
広場には緊張の匂いが満ちていた。各地から集まった受験者が列を作り、甲冑の金具が**かちゃん**と小さく鳴る。
俺とマルコは拳を合わせた。
「全力を尽くそう」
「おう――必ず合格だ!」
そこへ試験官が現れる。
冷ややかな視線が、まっすぐ俺を刺した。
「リーザス君。まだ受験するとはね。年齢的に、三十三は厳しいんじゃないか?」
周囲の受験者が小さく笑う気配。
昔の俺なら、ここで膝が震えた。喉が塞がり、手が汗で滑った。
「年齢は関係ありません」
はっきりと、言葉が出た。
「騎士としての覚悟は、誰にも負けません」
試験官の眉がわずかに動く。
視線が外れ、号令がかかった。
「剣術試験――始め!」
斬岩用の岩が置かれ、受験者が順に前へ進む。
俺の番。
刃の角度、肩の脱力、腰の“芯”。
呼吸と刃筋が一致した瞬間、腕は勝手に動いた。
**ぱきん**。
手応えは絹を裂くみたいに軽かった。
岩の表面に白い線が走り、左右が**すう**っと分かれて落ちる。
(……よし。――初めてだ。試験で、斬岩剣が**決まった**)
列の外で、マルコが拳を握って見せた。
彼の番でも、岩は綺麗に割れる。
(良かった。マルコも、できた)
続いて、魔力耐性試験。
魔法陣が描かれた台の上に立つと、足元から細い針みたいな感覚が上ってきた。術者が低く呟き、魔法陣が青白く光る。
視界の端が波打ち、耳鳴りがする。
(負けるな……俺は、ここで立ち止まれない)
歯を食いしばるのではない。呼吸で、圧を“受け流す”。
マルコも別の台の上で汗を滴らせ、必死に耐えていた。
◇
翌日。
詰所の一角。机の上に、封蝋のついた手紙が二通置かれている。
俺とマルコは向かい合って立った。
先に、マルコが封に指をかける。
「……先に開けるぞ」
**びり**。
紙をひらく音が、やけに大きく響いた。
「…………不合格、だ。魔力耐性――が足りなかったみたいだ」
「まじかよ。俺は……」
自分の封筒が、急に重くなる。
震える手で封をはがす。指先が汗で湿って、紙がひっついた。
(お願いだ……!)
文面を追う視線が、一行で止まった。
「こ、これは――?」
喉が乾く。
言葉が、出ない。
窓の外で、夕陽が屋根の稜線を赤く染めていた。
――――――
### 作者あとがき(Zoo)
ここまで読んでくださりありがとうございます。
王都編の幕開け。斬岩剣は“本番”でも決まりましたが、新設の魔力耐性が壁に。マルコとリーザス、それぞれの通知の行方は――。次回、第9話では結果の開示と、ゾラ情勢を巡る新任務の影が差してきます。ブックマークや感想・評価、励みになります!




