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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第二章 軍事大学校編
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学園生活の始まり

 石畳の広場に、雷鳴のような声が響いた。


「今すぐ故郷に帰れっ!」


 副校長ダミアン=ローベルの怒声に、空気が一瞬で張りつめる。新入生たちは息を呑み、視線だけが老け顔の新入り――リーザス・モートンに吸い寄せられた。


 喉がひゅっと鳴る。(落ち着け)と自分に言い聞かせ、リーザスは一歩踏み出した。


「わ、私は……」


「あん?」


 ダミアンが顔を近づけ、覗き込む。木剣の先で地面をとん、と突いた。リーザスの表情は影に隠れて見えない。


「確かに私には、騎士に合格するまで十八年かかりました」


 ざわ、と左右が揺れる。誰かが小声で「十八年……?」とつぶやいた。


 リーザスはぐっと顔を上げ、視線を真っ直ぐ返す。


「でも、その経験こそが私を強くしたのです」


 ダミアンは一拍、無言で見つめ、それからふっと肩をすくめた。ぽん、とリーザスの肩を軽く叩く。


「そうかそうか。苦労して第七騎士団に内定もらえるほどの結果で、合格できたんだな?」


 安堵の息が周囲から漏れかけた、その刹那。


 ダミアンの顔がぬっと近づく。目が笑っていない。


「どうせズルなんだろうけどよ?」


「……!」


この世の悪意を煮詰めたような顔。


シンプルにムカつく。


もし、寿命を1年失う限りに、この顔を全力で殴れるなら1年喜んで捧げるだろう。


2年は嫌だが。そんな感じの怒りの胸に火がつきかけるのを、リーザスは押しとどめた。


「ズルなどしていません。私は――」


「いいかっ!」


 被せる怒声が石壁に反響し、広場の鳥が飛び立った。ダミアンは木剣を肩に担ぎ、真正面から言い放つ。


「訓練場での経験なんて、ここや戦場での経験の一万分の一にも満たねえ」


 周囲の新人たちが、無意識に姿勢を正した。ダミアンの足音が砂を踏むたび緊張が増す。


「だからお前は、ここにいるヒヨッコどもと変わらねえ。いや――」


 指先がビシッと突きつけられる。まるで刃のように鋭い指摘が続いた。


「この俺に口答えしてイラつかせ、むしろ自分を不利なポジションに追いやった」


 静寂。次の瞬間、容赦ない烙印が落ちる。


「アホなオヤジだ」


 くすくす笑いが列の端から波のように広がった。それを確認するとダミアンは満足そうに鼻で笑い、木剣の切っ先で門の方を示す。


「以上。各自、指定された部屋に入り、明日からの訓練に備えろ。解散!」


 号令が轟き、新入生たちは蜘蛛の子を散らすように動き始めた。リーザスは数歩遅れて踵を返す。(耐えろ。ここで噛みついても何も得られない)


          ◇


 砂漠の城塞都市グランバキア。その一角を丸ごと飲み込むように、重厚な石造の学舎群がそびえ立つ。セイラム王立軍事大学校――王国唯一の騎士育成専門高等機関である。


 正門から本校舎へ一直線の並木道。左右には男子寮・女子寮、さらに奥には闘技訓練場、騎竜舎、魔法実験棟、戦術演習塔。城塞の四分の一を占める巨大な敷地は、まさに戦士の総合養成所だった。


 中央に構える本校舎は、百年前の戦争遺構を改装した堂々たる佇まい。尖塔の影が砂に落ち、石壁の紋章が光る。規律、知識、戦術――騎士として必要な全てを叩き込む場所。


 生活の場である寮棟は校舎から徒歩圏。学生は寮生活を基本とし、規律に縛られた十週間をここで過ごす。長い廊下に並ぶ扉のひとつに、リーザスの名札が貼られた。


 扉を開けると、荷解きしている小柄な美少年が顔を上げた。


「こんにちは! ルーカ・ミルヴァンです」


「リーザス・モートン。歳食ってるけど、よろしくな」


「年齢なんて関係ありませんよ!」


(いいやつ決定)


 室内は二人部屋。机が二つ、ベッドが二つ、衣装棚が半分ずつ。(二人部屋なんてラッキーだな)


「ラッキーじゃないですよ」


 ルーカが苦笑する。


「リーザスさん、第七騎士団に内定出てますよね?」


「おう」


「僕も第十二騎士団に内定、出てるんです」


「なるほど、そういうことか!」


 騎士国家資格に合格しても、配属先がなければ“騎士”にはなれない。受け入れ先が見つからず浪人する者もいる。逆に騎士団からの内定持ちは在学中も若干の優遇がある――例えば二人部屋だ。


(さっきダミアンにへし折られた自尊心が、ちょっと回復するなあ)


「腹も減ったし、食堂いくか」


「はい!」


          ◇


 食堂は活気に満ちていた。湯気を上げる大鍋、焼き場の炎、長机にびっしり並んだプレート。さまざまな地方訛りが飛び交い、笑い声が天井近くで渦になる。


「へえ、君はあの天才・セルエル団長と幼馴染みなのか?」


「はい。地元の剣術道場で一緒でした。アイツは本当にもう天才で、僕なんかあっという間に置いていかれて」


「そんな、君だってまだ若いじゃないか」


「えー、もう十八ですよ」


「若っ」


(とほほ、俺の半分)胸の奥で乾いた笑いが鳴る。


「僕の神聖力に目をつけたセルエルが言ってくれたんです。“聖騎士として第十二騎士団に来てくれ”って」


「なるほど、聖騎士志望か」


「はい! リーザスさんは何志望ですか?」


「うーん、まだ決めてないけど……」


 パンをちぎり、少し考える。


「竜爪剣ができるから、竜騎士希望、かなぁ」


「えっ、すごいじゃないですか!」


 ルーカの目が輝いた。隣の席の見知らぬ学生まで「竜爪ってマジ?」と耳をそばだてる。皿のスープがふつふつと湧く音の向こうで、リーザスは肩を竦めた。


(騎士は大まかに三種類。地上を制圧する騎兵、天馬に跨がり味方の支援と回復を担う聖騎士、そして飛竜と契約し空を支配する竜騎士)


「竜は賢い上に凶暴で、一定以上の闘気がないと人間は食われてしまうって聞きます。でも、竜爪剣ができるくらいの闘気があるなら、可能性ありますよね」


「うーん、まあね。生まれつき闘気は強いんだけど」


「けど?」


「…………」


 スプーンが皿の縁を叩き、小さな音を立てた。(俺、高所恐怖症なんだよなあ……)


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