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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第一章 ノミの心臓のおっさん
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27/163

ーーサーシャ外伝――

『私は、あの人が試験に落ちるのを、毎年祈っていた』

 ――「ノミの心臓のおっさん」サーシャ外伝――



【あらすじ】

 私の名はサーシャ。王都の場末の酒場の、看板娘。


 うちの店には、十年以上も昇級試験に落ち続けている、情けない雑兵がいる。

 私は彼のことを「ノミの心臓のおじさん」と呼んで、笑っている。


 ――笑っていれば、気づかれないから。


 これは、待っていた女の話。

 そして、待つのをやめた女の話です。



────────────────────────────

第一話 ノミの心臓のおじさん

────────────────────────────


 白状します。


 私は毎年、あの人が試験に落ちますようにと祈っていました。


                ―――


「おーい、ノミの心臓のおじさーん!」


 城の門に立つ背中に、私は思いきり声を張り上げる。


「誰がおじさんだサーシャ。俺はまだ二十九だっつーの」


 振り返った顔が、情けなく歪む。

 私は笑う。腹の底から、本当に楽しくて笑う。


「聞いたわよ、おじさん。また試験に落ちたんだって?」


「うっ」


 効果てきめん。

 この人は、嘘がつけない。


 嘘がつけないから、十年も落ち続けて、それを隠すこともできずに、王都じゅうに知られている。


「うちの店で残念会開催するそうだからおいでよ。みんな奢ってくれるって」


「ほ、本当か」


「出世払いだそうよ」


「助かる。雑兵は給金が安くてな」


 あっさり奢られる。

 三十手前の男が、16の小娘に憐れまれて、しっぽを振る。


 ――かっこ悪い。


 本当に、どうしようもなく、かっこ悪い人。


                ―――


 私の名前はサーシャ。

 王都の場末の酒場の娘です。


 父はもと雑兵で、だからうちの店は雑兵に甘い。

 安く飲ませて、ツケも溜めさせて、失敗すれば残念会をやってやる。


 リーザス・モートンは、その常連の中でも飛び抜けて、だめな客だった。


 安酒しか頼まない。

 ツケを溜める。

 酔うと「俺は本当は実力があるんだ」と言い出す。


 そして、その日も。


「見てろよ!」


 テーブルに置かれた酒瓶に向かって、剣も抜かずに手刀を振り下ろす。


 スパン、と。


 ――瓶が、真っ二つになった。


 断面は、鏡みたいだった。

 中の酒は、一滴もこぼれていなかった。


「おおおおおおお!」


 店じゅうが沸く。


 私は、その断面を見つめていた。


(……本当に、実力はあるんだ、この人)


「ちょっと! 瓶を無駄にしないでよ!」


 私は怒鳴った。


 怒鳴らないと、たぶん、顔に出るから。


                ―――


 常連たちが囃し立てる。


「なーんで、手でもできる事が、剣を持っても出来ないんでしょうね?」


 私は皿を片付けながら、わざと呆れた声を出す。


 できないのは、私が知っている理由からだ。


 この人は、緊張する。

 人に見られると、緊張する。

 誰かの期待を背負うと、指が固まる。


 ――だから私は、この人に期待しない女でいることにした。


「おじさん」

「万年見習い」

「ノミの心臓」


 そう呼んで、笑って、からかって、

 だから、この人はうちの店では緊張しない。


 この店の中でだけ、この人は、瓶を真っ二つにできる。


                ―――


「じゃあ、万年見習い騎士の二人の来年の正騎士昇格を祈願して……」


「乾杯!」


 私はジョッキを配りながら、祈る。


 ――どうか、来年も落ちますように。


 だって。


 あの人が正騎士になったら、戦場に行ってしまう。

 あの人が正騎士になったら、この店に来なくなる。

 あの人が正騎士になったら、私みたいな酒場の娘なんか、見なくなる。


 だから私は、笑いながら祈っていた。


 最低な女だと思う。


 だけど、あの人が「今年こそは」と言うたびに、

 私の胸は、嬉しさじゃなくて、恐怖でいっぱいになっていた。



────────────────────────────

第二話 一年、猶予をください

────────────────────────────


 あの人が、村に帰ってしまった年がある。


 試験で剣をすっぽ抜けさせて、笑い者になって、それで――消えた。


 置き手紙もなかった。


 私は一年間、扉が開くたびに顔を上げる癖がついた。

 開くたびに、違う男が入ってくる。


 その一年で、私は少しだけ大人になった。


                ―――


 そして、あの人は帰ってきた。


 旅の埃をかぶって、少しだけ痩せて、少しだけ目つきが良くなって。


「また騎士を目指すことにしたんだ」


 カウンターでそう言った時、私は皿を落としそうになった。


(帰ってきた)


 それだけで、その日の酒場は、私にとって世界一の場所になった。


                ―――


 その年から、試験に「魔力耐性」というのが加わったらしい。


 あの人とマルコは、毎日ボロボロになるまで訓練場にいた。

 私は水を持っていった。


「お二人とも休憩しなよ。無理しすぎだよ!」


「ありがとう、サーシャ。でも時間がないんだ」


 汗だくの横顔。

 剣だこだらけの手。

 三十三歳の、雑兵。


 ――私は、この人が好きだ。


 その頃には、もう自分でも誤魔化せなくなっていた。


                ―――


 その年も、二人は落ちた。


 残念会の夜、店の隅で父があの人に話しかけているのを見た。


 私は、皿を運ぶふりをして、近くを通った。

 聞くつもりはなかった。……嘘。聞くつもりだった。


「リーザス、お前にちょっと提案があるんだ」


「提案?」


「騎士を諦めて、うちのサーシャと結婚して、この店を継がないか?」


 ――私は、足を止めた。


 トレイの上でグラスが鳴った。


(お父さん、何言ってるの)

(勝手なこと言わないで)

(……でも)


 心臓が、うるさかった。


「サーシャもお前のことを嫌いじゃないみたいだ。俺が話をつけてやる」


 ――やめて。

 ――やめてよ、恥ずかしい。


 でも私は、その場を動けなかった。


 動けずに、あの人の返事を待った。


                ―――


「俺なんかにもったいないお話です。でも……」


 あの人は、言った。


「……俺に、一年間猶予をくれませんか。もう一度試験を受けたいんです」


                ―――


 私は、笑った。


 その場に立ったまま、顔だけで笑った。

 そうしないと、トレイを落としてしまいそうだったから。


(一年、猶予)


 つまり。


 私は、「一年後まで待たせておくもの」なんだ。

 私は、「試験がだめだったら考える選択肢」なんだ。


 私は、あの人の人生の、第二希望なんだ。


                ―――


 それでも私は、待った。


 馬鹿でしょう。

 でも待った。


 だって、一年後に受かったら、その時は――

 正騎士になったあの人が、胸を張ってこの店に来て、

 「サーシャ」って、私の名前を、おじさん扱いされない声で呼んでくれるかもしれない。


 私はそれを、一年間、毎晩、カウンターを拭きながら想像した。


                ―――


 そして一年後。


 あの人は、試験の三日前に、雨の夜に酔って転んで――


 ぎっくり腰になった。


                ―――


 試験に、落ちた。


 その日、あの人は店に来なかった。


 私はカウンターの端を、何度も何度も拭いた。

 閉店時間を過ぎても、看板を下ろさなかった。


 父が言った。


「もう寝ろ、サーシャ」


「……うん」


                ―――


 そして、次の日も。

 その次の日も。


 あの人は、あの「一年間の猶予」について、私に何ひとつ言わなかった。


 落ちたのに。

 落ちたなら、約束の一年が終わったなら、

 あの人はここに来て、父に頭を下げるはずだった。


 来なかった。


 ……ああ、そういうことか。


 私はカウンターで、ひとりで理解した。


 断られたんじゃない。

 あの人にとって、私は――


 断るほどの選択肢ですら、なかったんだ。



────────────────────────────

第三話 待たせない男

────────────────────────────


 マルコは、待たせない男だった。


 「今度、いい酒を持ってくる」と言えば、翌日に持ってきた。

 「重いだろ」と言って、樽を担いだ。

 「疲れてるだろ」と言って、私を座らせた。


 あの人は、私が笑うのを見てから笑った。

 マルコは、私が笑う前に笑わせた。


                ―――


「ねえマルコ。リーザス、大丈夫かな」


 私は、何度もその話をした。

 我ながらどうかしていると思う。好きになってくれている男に、別の男の心配をする女。


 マルコは、そのたびに黙って、ちょっと笑って、話を変えた。


 ――今なら分かる。


 あの人(マルコ)はあの時、たぶん全部知っていた。

 知っていて、黙っていた。

 知っていて、それでも私の隣にいた。


                ―――


「サーシャは、待つのが上手いな」


 ある夜、マルコがぽつりと言った。


「何それ。褒めてる?」


「褒めてない」


 マルコはグラスを磨きながら言った。


「俺は、女を待たせるのは向いてないんだ」


 ――ずるい。


 その言葉に、私の何かが折れた。


                ―――


 誤解しないでほしいのは。


 私は、あの人に振られたからマルコを選んだんじゃない。


 私は、「待ち続ける女」という自分に、疲れたんです。


 毎年、試験の季節が来るたびに祈って。

 毎年、落ちたと聞くたびに、安心して、そして自分に吐き気がして。

 「今年こそ」と言うあの人の目に、私が一度も映らないことを確認して。


 ――そういう自分に、飽きた。


 三年待った。

 「一年、猶予をくれ」の一年を含めれば、もっとだ。


 私は、二十歳になっていた。


                ―――


 子供ができたと分かった夜、私は泣きました。


 嬉しくて泣いたのか、悲しくて泣いたのか。

 たぶん、両方だった。


 これで、もう戻れない。

 これで、私はもう、あの人が正騎士になって迎えに来る夢を、見なくていい。


 ――解放された、と思った。


 解放されたと思った瞬間に、こんなに泣いてしまうということが、私の答えのすべてだった。



────────────────────────────

第四話 「ずっと家族で仲良くしたいの」

────────────────────────────


 あの日のことを、私は一生忘れない。


 マルコと結婚することが決まって、二人であの人に会いに行った日。


 テーブル席で、あの人はこちらに背を向けて飲んでいた。

 背中で聞いているのが、分かった。


 私は、わざと父に大きな声で話しかけた。


「ねえ、パパ。マルコが仕入れに協力してくれてから、今までうちでは出せなかったものが出せるわね」


 ――聞こえてる?


「お父さんに少しでも楽させたいってのが、俺たちの結婚の目的でもあるんですから」


 ――聞こえてるでしょ?


 カウンターの向こうで、ジョッキがガタン、と鳴った。


「マスターお勘定!」


 ――ほら、逃げるんだ。


                ―――


 私は、追いかけた。


 マルコが「何帰ろうとしてるんだよ!?」と笑って引き止めて、

 「俺たちはまずお前に最初に祝福して欲しいんだ」と言って、

 「わかるだろ? 戦友!」と肩を叩いた。


 私は、その隣で笑いながら、こう言った。


「マルコはいっつも、リーザスこそが一番の親友だって言ってるのよ」


 あの人の目を見た。


「私もリーザスが大好きだし、ずっと家族で仲良くしたいの」


                ―――


 ――私は、その一文を、何日もかけて用意していた。


 「大好き」という言葉を、一番安全な意味で使う。

 「家族」という言葉で、可能性を、自分の手で永久に殺す。


 私は、あの人の目の前で、私たちの未来を殺してみせたんです。


 なぜか。


 試したかったから。


                ―――


 止めてほしかった。


 「待ってくれ」でもいい。

 「サーシャ」でもいい。

 情けない顔でもいい。ノミの心臓でもいい。


 一言でも。

 一言でも、あの人が何か言ってくれたら。


 私は、腹の子ごと、この人生を捨てる覚悟すらあった。


                ―――


「マルコ、サーシャ、オーナー、本当におめでとう!」


 あの人は、歯を食いしばって、笑った。


「今日はみんな飲もう! 俺の奢りだ!」


 ――ああ。


 わあっと店が沸く。

 マルコが「そこまでしなくてもいいよ!」と笑う。


「いいんだ! 奢らせてくれ!」


 ――ツケも払えない人が。

 ――安酒しか頼まない人が。


「二人の未来に乾杯!」


                ―――


 私は、笑って乾杯した。


 この時、私の中で、何かが完全に終わりました。


 あの人は、私を止めなかった。


 止めない理由が「私を好きじゃないから」だったなら、まだ良かった。


 でも私は、知っている。


 あの人は、私が好きだった。

 たぶん、それなりに。


 ――それでも、止めなかった。


 なぜなら、あの人にとって一番大事なのは、

 私でも、幸せでも、居場所でもなく、


 「正騎士でない自分では、誰も幸せにできない」という、

 あの人だけのくだらないプライドだったから。


                ―――


 ねえ、リーザス。


 私は、正騎士のあなたが好きだったわけじゃない。


 瓶を素手で斬って、店じゅうにばか受けして、

 私に怒鳴られてビクッと肩をすくめる、


 あの、どうしようもない三十歳のおじさんが、好きだったんですよ。


 最後まで、一度も、言わなかったけど。



────────────────────────────

第五話 あの子の匂い

────────────────────────────


 娘が生まれました。


 小さくて、赤くて、猿みたいで、それなのに世界一かわいかった。


 私はもう、酒場の看板娘じゃない。

 母親で、店のおかみで、酒屋の女房です。


 マルコは、よく働いた。よく笑った。

 よく――疲れた顔をするようになった。


 私は、時々ヒステリーを起こす。

 帰りが遅い。浮気してるんじゃないか。私ばっかり。


 自分でも分かっている。


 私が本当に怖いのは、浮気じゃない。


 私が怖いのは、

 この人の心の一番いい席に、いつまでも、私じゃない誰かが座っていることだ。


 ――リーザスという名前の、椅子。


                ―――


 あの人は、三十五になっていた。


 若い雑兵たちを連れて、うちの店に来る。

 ガストン。ミルド。それから――女の子が一人。


 ビアンカ、と呼ばれていた。


 可愛かった。

 まっすぐで、若くて、目に力があって、

 そして、あの人を見る目が――


 私は、グラスを拭く手を止めた。


(ああ、この子、この人のことが好きなんだ)


 私は、他人の恋にだけは、鼻が利く。

 自分のときには、あんなに何も分からなかったのに。


                ―――


 その子は、しばらくして店に来なくなった。


 あの人だけが来た。


 ある夜、酔いつぶれたあの人の襟元に、

 黒い石のペンダントが、覗いていた。


「……何それ。おじさん、そんな趣味あったっけ」


 あの人は、慌ててそれを、シャツの中に押し込んだ。


 押し込む手が、あまりに大事そうだったから、

 私は、それ以上、何も聞かなかった。


                ―――


 それから、あの人は変わった。


 鬼みたいに剣を振るようになった。

 酒の量が減った。

 目の奥が、静かになった。


 マルコは「あいつ、ついに吹っ切れたのかもな」と笑っていた。


 ――違う。


 私は、女だから、分かった。


 あの人は、吹っ切れたんじゃない。


 あの人は、誰かのために、生き直そうとしているんだ。


                ―――


 その「誰か」が誰なのか、あの人は、誰にも言わなかった。


 マルコにも。

 父にも。

 私にも。


 ――ねえ、リーザス。


 私は、あなたが誰かを想っていることが、悔しいんじゃない。


 あなたが、それを一人で抱えて、誰にも言わずに、

 「俺なんかが」って顔で笑っているのが、


 ――昔から、ずっと、腹が立って仕方ないんです。



────────────────────────────

第六話 体に気をつけて頑張ってね

────────────────────────────


「それでは我らがリーザスの、正騎士昇格を祝って」


 父がジョッキを掲げた夜。


「かんぱーい!」


 店が割れんばかりの歓声に包まれた。


 ――受かった。


 十八回落ちて。三十五歳で。

 あの、ノミの心臓のおじさんが。


                ―――


 私は、カウンターの中で泣きそうになって、慌ててしゃがみ込んだ。


 誰にも見られたくなかった。


 だってこの涙は、祝福じゃない。

 嬉しいのは本当。でも、それだけじゃない。


(間に合わなかった)


 もし、あと三年早かったら。


 もしあなたが、三十二歳で正騎士になっていたら。


 私は今、あなたの隣にいたかもしれない。


 ――でも、それは違う。


 しゃがみ込んだまま、私は自分に言い聞かせた。


 三十二歳で受かるあなたは、あなたじゃない。


 十八回落ちて、笑われて、村に逃げて、腰をやって、

 それでも十九回目を受けにいく、みっともなくて、しつこくて、目の離せない、


 あの人だから、私は好きになったんだ。


                ―――


 立ち上がると、あの人が泣いていた。


 胴上げされる前、マルコと話しながら、目頭を押さえて。


「お前に、認められたのが嬉しくてさ」


 マルコは、「は?」と笑っていた。


 ――違うよ、マルコ。


 私は、カウンターの中から、それを見ていた。


 あの涙は、嬉しい涙じゃない。


 あの人は今、この店で一番幸せなはずの瞬間に、

 この世でいちばん会いたい人が、ここにいないことを、思い知っているんだ。


 私には、分かる。


 だって私も、この店で何年も、同じ顔をしていたから。


                ―――


 出立の朝。


 あの人は、荷物を背負って、犬の頭を撫でていた。


「マルコ、ジョンを頼む」


「ああ」


 マルコが、娘を抱いたまま頷いた。


 私は――


 私は、その時、たくさんのことを言おうとした。


 「行かないで」も。

 「あの時、待ってた」も。

 「ずっと好きだった」も。


 全部、喉まで来ていた。


                ―――


「体に気をつけて頑張ってね」


 私が言えたのは、それだけだった。


                ―――


 あの人は、「みんな、ありがとう。お幸せに」と笑って、手を振って、歩き出した。


 振り返って、もう一度手を振って。


 そして、前を向いた。


 ――もう、こっちを見なかった。


                ―――


 店に戻ると、マルコがカウンターの端を拭いていた。


 あの人がいつも座っていた、安い酒しか頼まない席。


 マルコは、一番いい酒の栓を抜いて、

 誰もいないその席の前に、なみなみと注いだ。


「……よお、リーザス」


 私は、扉のところで立ち止まった。


「ツケ、まだ残ってるからな」


 夫の背中が、少しだけ震えていた。


「必ず、生きて払いに来い」


                ―――


 私は、そっと店を出て、扉を閉めました。


 ――ああ、そうか。


 この人も、同じなんだ。


 あの、どうしようもない、みっともない、

 十八回落ちて三十五で騎士になった、ノミの心臓のおっさんを、


 私たちは二人とも、それぞれのやり方で、愛してしまったんだ。


                ―――


 娘を抱いて、私は空を見上げました。


 南のほうの空が、少しだけ、赤い。


 戦が、あるらしい。


 私は祈ります。


 毎年、あなたが落ちますようにと祈っていた私が、

 今度は、こう祈ります。


 ――どうか、生きて。


 どうか、あなたが探しているその人に、会えますように。


 どうか、あなたが、あなたを幸せにできる誰かと、幸せになりますように。


                ―――


 ねえ、リーザス。


 私、酒場の娘なんですよ。


 こういう祈りを、笑いながらできるくらいには、

 私だって、大人になったんです。


 ――だから、ツケは、耳を揃えて払いに来なさいよ。

    利子つきで、待ってるから。



(『ノミの心臓のおっさん』サーシャ外伝 完)




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