砂の街の新入生
砂の海を、一両の列車が唸りを上げて走っていた。
車体の側面を焼く陽光は鋭く、地平の向こうまで揺らぐ蜃気楼が続いている。
俺――リーザス・モートンは窓際に座り、無限に続く砂丘をぼんやり眺めていた。
窓の外に、淡い灰色の影が伸びていく。
やがてそれは、はっきりとした直線――巨大な城壁の輪郭に変わった。
その壁の向こう、空の高みを、数頭の飛竜が旋回している。
(飛竜だ……。竜騎士が訓練しているのか?)
鉄の車輪が軋む音と共に列車が速度を落とす。
轟音が次第にこもった響きに変わり、視界を覆う砂煙の向こうに黒鉄の門が見えた。
城塞都市グランバキア――セイラム王都から南へ列車で二泊三日。
戦場へ最も近い軍事都市であり、騎士団の心臓部。
列車はゆっくりと城門をくぐる。
厚い鉄扉が背後で閉じ、砂漠の風が途絶えた。
蒸気が吐き出され、汽笛が鳴る。
俺は荷物を肩にかけ、ホームに降り立った。
足の裏に熱が伝わる。空気は乾いているのに、どこか甘い香辛料の匂いがした。
(……ここが、グランバキア)
駅舎を出た瞬間、喧騒が押し寄せた。
露店が並び、オアシスの水を売る商人、香辛料を運ぶキャラバン、果実を積んだ荷車。
焼けた石畳の上を軍人が闊歩し、砂漠の旅人とすれ違う。
この街は、オアシス交易で栄えてきた中継都市。
だが今は、街の至る所に見える騎士団の紋章がそれを変えつつある。
近年、駐留地に隣接する形で「グランバキア軍事大学校」が設立された。
軍人と商人、兵と平民が入り混じる独特の空気――
まさに、混沌と繁栄の街だった。
俺は人混みを抜け、大きな通りへ出た。
そこで息をのむ。
前方に、陽光を反射する巨大な建物。
石造りのアーチ門、並び立つ旗。
門扉の上には、剣と翼をかたどった紋章が刻まれている。
「……でけぇ。あれが軍事大学校か」
入学手続きの列に並ぶ若者たちが、ざわざわと声を上げている。
緊張と期待とが入り混じった空気。
その背中を見ながら、俺は胸の中でつぶやく。
(セイラム王国の騎士試験に合格した者は、全員一度この大学校に送られる。
十週間の最終訓練を終えて、各騎士団へ配属――)
「はい、次の方!」
受付嬢の声で、思考が現実に戻る。
俺は書類を差し出した。
「リーザス・モートン。三十五歳です」
女性の眉がぴくりと動く。
手が止まり、俺の顔を見た。
「……三十五歳……?」
思わず二度見される。
それでも、彼女はすぐに表情を整えた。
「どうぞ、先のホールにお進みください」
「ありがとうございます」
礼を言って、俺は奥へ進む。
背中にいくつもの囁きが突き刺さる。
「え、今の教官じゃないの?」
「なんであんなおっさんが……」
(耐えろ。覚悟してたことだろ)
心の中で自分に言い聞かせる。
(俺は他の生徒と違って、第七騎士団の内定をもらってる。
胸を張れ、堂々と行け)
広いホールに入ると、すでに百人近い新入生が集まっていた。
誰もが若く、光る瞳をしている。
自分がその中で浮いているのを、嫌でも感じた。
(本当に……俺が最年長だな)
その時、前方の扉が開いた。
ずしりとした足音。
現れたのは、俺と同じくらいの年頃の男――だが、雰囲気がまるで違う。
鋼のような背筋、額に刻まれた古傷。
周囲を見渡す鋭い目つきに、一瞬で場の空気が変わった。
(あれが……教官か)
男は列の前に立つと、かかとを揃えた。
筋肉が音を立てるほどの緊張感。
そして――
「気をつけええええええええええええ!!」
雷鳴のような怒号が、ホール全体を震わせた。
その声だけで砂漠の熱気が吹き飛んだ気がした。
若者たちが一斉に背筋を伸ばす。
その中心で、俺も反射的に姿勢を正した。
男は突然声のトーンを落として続ける
「貴様ら、 正騎士になったと浮かれてるな?」
「確かに試験には受かった。試験にはな?」
「だが…」
周囲からごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
「騎士として活躍できるのは、生きてこの学校を卒業できたものだけという事を忘れるな」
「最初に教えてやろう。毎年、何割かはここを出る前に死ぬということを」
これは
グランバキア軍事大学校の、初日だった。
第二章開始です。よろしくお願いします。




