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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第一章 ノミの心臓のおっさん
14/40

三十五歳、帰りたくないって言ったら…

ガチャ、と鍵が鳴り、俺とビアンカは小さな部屋に入った。

 灯りに火をともすと、木の床と棚がやわらかく浮かぶ。


「へー、綺麗にしてるじゃないですか〜」

 ビアンカが、きょろきょろと見回して言う。蜂蜜色の瞳が、棚の上の本や、干してあるマントを順に撫でる。


「ま、まあ。今、お茶入れるから。そこに座ってて」

 俺は慌てて炊事場へ。魔法コンロの前で、発熱石を二つ、**カッ**と打ち合わせる。

(な、なんだ? なんで来た? “二人で話したい”って、え、どの方向の話だ?)


 真っ赤になった石を、コンロの窪みに置く。**じゅ**と空気が熱を含み、やかんを載せるとすぐに蒸気が笑いだした。


「すぐ沸くからさ」


 椅子には座らず、ビアンカは背中越しに話しかけてきた。

「私、実はずっとリーザスさんのこと、気になってて……一度、二人でゆっくり話したかったの」


「!」

(“気になる”? ちょっと待て、どういう“気になる”だ。あれか、おっさんがいつまでも騎士受けてるのキモい、とか――)


「ごめんなさいごめんなさいおっさんでごめんなさい」

 心の中で土下座していたら、手が勝手に動いて、やかんの蒸気口の上へ――


 **プシュー**。

「熱っ!」

 反射でのけぞった背中が、後ろの何かにぶつかる――と思ったところで、柔らかい力が肩を受け止めた。


「だ、大丈夫?」

 振り向けば、ビアンカが俺の背を押さえていた。顔が近い。柑橘の香りがふわり。

「ご、ごめん」


「リーザスさんの背中って、大きいんだね」

 はにかむ笑顔。破壊力。

 **ドキン**。心臓が、ひとつ派手に跳ねた。


     ◇


 お茶を置く。湯気の向こう側で、言葉が空回りしそうになる。

「じゃ、じゃあ話を聞こうか」

(いかん。これはいかん。勘違いするな、おっさん。若くて可愛い子が“気になる”って、そういう意味じゃ――)


「リーザスさん」

 まっすぐな目が、こちらを射抜く。

「**どうしたら私は騎士になれますか?**」


「…………」

 予想外の直球に、言葉が空中で止まった。

 ビアンカは、耳の先を少し赤くしながら笑う。

「最近、伸び悩んでて」


(だよね! 一瞬、告白とか期待しそうなシチュエーションだったけど、俺は一切期待してなかった。ノーダメージ。セーフ!)


「な、なんでそんなことを俺に聞くんだ。同じ雑兵だろ、俺」

「それに確か、ビアンカはまだ二年目じゃないか。これから――」


(てか。**十七回連続**で落ちてる俺に、そんなこと聞かないでくれ。こっちは伸び悩むどころか**縮み**始めてるんだぞ!!)


「だってリーザスさんって、**超一流**の剣の使い手じゃないですか」

「は?」

「わかるんです。剣の振り一つで。他の人と全然違います」

 ビアンカは真顔で続けた。

「うちの指南役の人たちを見ても、リーザスさんより優れてる人、いませんよ。あの人たち、元・正騎士ですよね?」


「いやいやいや、そうじゃないんだって」

「知ってるだろ。俺、“ノミの心臓”って言われてて……練習でいくらうまくいっても、本番じゃ緊張して――」

(いやだ〜! こんなこと自分の口から言いたくない〜!)


 変な間が落ちた。

 二人で湯気を見つめる時間。茶葉がゆっくり沈む。


(……実は、こうやって後輩が頼ってくるの、初めてじゃない。男は何人かいた。練習中の俺の剣を見て、尊敬した、とか言って)

(でも“研究熱心な奴”は、たいていすぐ正騎士になって、いつの間にか連絡が途絶える。それが**常**だ)


「もちろん、俺でよければいくらでも相談に乗るよ。ただ、今の俺は、偉そうに指導できる立場じゃ――」


 **すっ**。

 ビアンカの手が、俺の手の甲に重なった。小さくて温かい。


「……なんで、そんなに自信ないんですか」

 苦笑い。けれど目は真剣だ。

「もっと、リーザスさんは**偉そうに**してくださいよ」


「偉そうに、って」

「だって、**もったいない**。あんなに腕が立って、こんなに**カッコいい**のに」

「何言ってんだよ」

 言った瞬間、自分の耳が熱くなるのがわかった。


「――じゃあ、私、帰りますね」

 ビアンカが**タッ**と立ち上がる。

 俺もあわてて戸口へ。

「夜、遅いよ。送ろうか?」

「大丈夫。私だって騎士の端くれです。その辺の男には負けません」

「……だよな」


(ああ、やっちまった。なんか**失望**させた気がする。もう嫌だあああ)

 ドアの取っ手に手をかける。


 ――そのとき、背中に**抱きしめる**衝撃。


「え?」

 腕が、俺の腹の前でぎゅっと結ばれた。

 ビアンカの額が背に触れて、呼吸が服越しに伝わる。


「**帰りたくない**って言ったら、ダメですか?」


 月明かりが床に四角い窓を落としている。

 発熱石のぬくもりがまだ残っていて、部屋は静かに暖かい。


 俺の心臓が、また**ドキン**と跳ねた。

(落ち着け、落ち着け俺。)


 それでも――口の中の言葉は、うまく形になってくれなかった。


(ダメ、なわけ――)


 言えないまま、夜が、少しだけ近づいた。


――――――



まだまだ頑張ります

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