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ノミの心臓のおっさん、竜の心臓を手に入れる  作者: Zoo
第四章 第七騎士団編
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【外伝】ソランジュの祈り

――ソランジュ視点――



 わたくしは、祈るために生まれました。


 物心ついた頃には、もう神殿におりました。

 両親の顔は、覚えておりません。捨てられたのか、預けられたのか、それも存じません。


 ですから、寂しいと思ったことはないのです。

 最初から無いものを、恋しがることはできませんもの。


 わたくしには、祈りがありました。


 手をかざせば、傷が塞がる。

 言葉を唱えれば、痛みが引く。

 空を、光の翼で飛べる。


 女神様が、わたくしにくださったもの。

 それがあれば、わたくしは、誰かの役に立てるのです。


 役に立てる人間は、捨てられません。


 ……あら。

 少し、意地の悪いことを考えてしまいましたわね。



   ◇



 第七騎士団に配属されて、三年になります。


 聖騎士は、戦場では殿しんがりです。

 前に出ることはありません。空から、皆さんの傷を癒し、闘気を満たし、翼が折れた方を受け止める。


 ラズさんは、わたくしのことを「後ろにいてくれるから安心できる」と言ってくださいました。

 カーラカレット隊長も、「お前がいると死なねえんだよ」と笑ってくださいます。


 それが、わたくしの誇りでした。


 誰も死なせない。

 それだけが、わたくしがここにいる理由です。



   ◇



 新しく来た方は、少し、変わった方でした。


 リーザスさん。十八年、落ち続けた方。

 メルナさん。我が国初の、魔法騎士。


 皆さんは冷たくあしらっていましたけれど、わたくしは、そういうことはいたしません。


 ……立派な心がけだから、ではございません。


 あの方の目が、少し、神殿にいた頃のわたくしに似ていたからです。


 ここにいてもいいのか、と、うかがっている目。


 そういう目をした方には、笑いかけて差し上げるのが、一番よろしいのです。

 わたくしが、そうしてほしかったから。



   ◇



 あの日のことを、書きます。


 書かないと、たぶん、わたくしはずっと、あの日から動けませんから。


 黒い霧が、空を覆いました。


 わたくしは、いつも通り、地上の負傷者の方へ、光を放ちました。


 ……届きませんでした。


 光が、宙で腐りました。

 黒く、汚れて、ぼろぼろと崩れて、消えました。


 わたくしは、もう一度、祈りました。

 届きませんでした。


 もう一度。

 届きません。


 もう一度、もう一度、もう一度。


 女神様。

 どうして。


 わたくしは、何か、間違ったことをいたしましたでしょうか。


 翼が、砕けました。


 落ちていく間、わたくしが考えていたのは、自分のことではありませんでした。


 下で、騎士の方が倒れています。

 癒せば、立ち上がれる方です。あと十秒あれば、わたくしは、あの方を助けられた。


 なのに、わたくしは、落ちていきます。


 助けられないどころか、助けられる側になって。


 ——ああ。


 わたくしは、役に立たない。


 役に立たないわたくしは、

 ここにいても、いいのでしょうか。



   ◇



 ラズさんが、受け止めてくださいました。


 グランスごと滑り込んで、無茶な体勢で。

 あの方も、傷だらけでしたのに。


「……っと。無事か!」


 わたくしは、謝りました。

 すみません、と。何度も。


 ラズさんは、こうおっしゃいました。


「礼はいい! 動ける聖騎士をまとめろ! 治せなくても、戦うことはできるだろ!」


 ……治せなくても。


 その言葉が、わたくしの中に、ずっと残りました。



   ◇



 地上に降りたわたくしは、剣を握りました。


 一応、騎士ではあります。斬岩剣も飛竜剣も、習いました。

 ですが、それは騎士試験を通るため。


 斬岩剣は、それっきり使っておりません。

 飛竜剣は、仲間に力を付与するためにしか使っておりません。


 癒すための刃であり、殺すための刃ではなかったのです。


 それでも、振りました。


 癒せないなら、斬るしかありません。

 助けられないなら、せめて、庇うしかありません。


 わたくしは、聖騎士です。

 でも、その前に、騎士です。


 ……そんな当たり前のことを、三年間、忘れておりました。


 女神アリーア様と契約したとき、わたくしの闘気は、半分を捧げました。


 その代わりに、神聖力を得たのです。


 ですから、剣は重いのです。

 同じ型を振っても、ラズさんの半分にも届きません。それは、努力では埋まりません。捧げたものは、返ってこないのですから。


 そして今、その神聖力は、使えません。


 わたくしの祈りは、届かない。


 わたくしは、祈りがあれば、それでいいと思っていました。

 祈りがあれば、役に立てる。役に立てば、捨てられない。


 祈りを取り上げられた瞬間、わたくしは、何もない人間になりました。


 いいえ。


 最初から、そうだったのです。

 わたくしは、祈りの後ろに隠れていただけでした。



   ◇



 戦いの後、リーザスさんが、わたくしのところへ来ました。


 手当てをしてくださるおつもりだったようです。

 包帯の巻き方が、恐ろしく下手でした。


 わたくしは、思わず笑ってしまいました。


「……悪いな。癒しの魔法は、使えねえんだ」


 あの方は、少し照れくさそうに、そう言いました。


 わたくしは、首を振りました。


 そして、聞きました。


 あなたは、怖くありませんの、と。


 十八年間、何も持たずに、ずっと戦場の隅にいらしたのでしょう。

 力もなく、才能もなく、誰にも認められず。


 それでも、剣を置かなかったのは、なぜですか。


 あの方は、少し考えて、こう言いました。


「怖えよ。今でも、怖い」

「でも、怖えから、必死になれる」


 ……ああ。


 わたくしは、そこで、ようやくわかりました。


 この方は、ずっと、何も持っていなかったのです。


 祈りも、才能も、若さも、翼も。

 何一つ持たないまま、十八年間、戦場に立ち続けた。


 わたくしは、たった一日、翼を失っただけで、崩れました。


 この方は、生まれたときから、翼などなかったのです。



   ◇



 次の朝、わたくしは訓練場へ参りました。


 リーザスさんが、剣を振っておりました。

 シエルさんも、ラズさんも、いらっしゃいました。エミリアさんが、遠くでナイフを研いでおられました。


 わたくしが木剣を持って立ちますと、皆さん、少し驚いた顔をなさいました。


「ソランジュ、剣なんて振るのか?」


「ええ」


 わたくしは、微笑みました。


「治せない日のために」


 ラズさんが、なぜか、ぐっと言葉を詰まらせました。



   ◇



 わたくしの剣は、これから先も、皆さんの半分でしょう。


 捧げた闘気は、戻りません。

 それは、女神様との約束ですもの。悔いてはおりません。


 ですから、わたくしは、二倍振ります。


 半分しかないのなら、二倍振ればよろしいのです。

 単純な話ですわ。


 ……ええ。

 どなたかに、教わった気がいたします。


 諦めなければ、夢は叶う、と。

 十八年、諦めなかった方に。



   ◇



 わたくしは、まだ祈ります。


 女神様が、あの日、なぜ答えてくださらなかったのか。

 それは、今もわかりません。


 でも、こう思うことにいたしました。


 祈りが届かない日にも、立っていられるように。

 女神様は、わたくしに、この足をくださったのだと。


 剣は、重いです。

 半分の闘気では、三十回も振れば、腕が上がりません。


 それでも、振ります。


 誰も、死なせないために。


 ——それが、わたくしの、新しい祈りですから。

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