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裏切者

 玄関の前にいた警察官は母を見て、わたしを見て、人差し指を口元に持っていった。

 声を出さないでってことか。ウソでしょ。

 お母さん、ほんとうはあなたを疑っていました。姉が母になりすましているって思っていました。だって、怖かったんだもん。


 警察が突入して、室内はぐしゃぐしゃになった。入った警察官は靴のままだった。しばらくして父は警察官に羽交い絞めにされ出てきた。

 わたしと母は毛布を掛けられ、パトカーの中に入れられた。女性警察官に話しかけられたが、何を聞かれたのか分からなかった。理解できなかった。脳が壊れたと思った。音が聞こえなくなった。

 足の裏から血が出ていた。パトカーのシートカバーや床を汚していた。欠けたガラスが刺さっていた。それを見て痛みが波のようにおそってきた。

 パトカーに乗せられて、到着したのは病院だった。

 母も別のパトカーに入れられていた。母はわたしから無理矢理引きはがされ、先にどこかに連れていかれていた。泣き叫ぶ母が車の中に押し込められているのを見た。わたしの方を見て何かを叫んでいた。それを眺めながら、殺したのは両親だったのか、と漠然と思った。

 わたしは一人でこの先、どうやって生きていくんだろう。

 

 わたしの入院している病院は警察病院。大きな総合病院で見た目普通。比較的明るくて新しい。白い壁にスライドするドア。ありふれた廊下。そこをたまに通るストレッチャー。車いすも、点滴も、知っているものとの違いはない。医者も看護師も白衣を着ている。警察の制服は着ていない。そういうものか。

 特別感もない。まわりの職員は優しく接してくれる。大学のこととか、以前働いていた本屋のバイトのこととか、季節のこととか、どうでもいいことばかり。そんな話しかしない。わたしがどんな目にあったのか知っているはずなのに。聞いてくる人は誰もいない。

 院内のカフェでユキと二人、自販機で買ったコーヒーを飲んでいた。

 マスコミ対策なのか、普通の人は入れないみたいだった。退院はまだ言われていない。お父さんは捕まったし、お母さんは記憶障害もあって入院中。同じ病院じゃないから、会えてはいない。症状が重いみたいで、いつ会えるのかわからない。誰もあの家にはいない。

 わたしは傷を診てもらって、心も安定してきて、言葉も聞こえるようになった。一時的なショックによる何とかって言われたけど、覚えていない。大事を取って入院しているだけ。

 昨日、ユキから連絡があった。お見舞いに来てくれた。

 二人で話していたら、ジャリが目の前に現れた。

「もおお。探したよ。病室にいないんだから」

「呼んでないけど」

 わたしは睨みつけた。ジャリはわたしの顔色なんか少しも窺ってはいない。ニコニコして、周りを見渡している。相変わらずだ。

「警察病院ってこんななの、へえ。普通だね」

 鼻歌まで歌っている。

「ねえねえ、ヒカリのお父さんがお母さんに薬飲ませて錯乱状態にしたって本当? 」

「へえ。だから、おかしかったんだ」

 よかったって言ったら、おかしいだろうか。

「やばいよね。君の家族って、愛がないんだね」

「それはどうも」

 反論する気力もない。

 病室にはテレビがない。事件のことは何も知らない。誰も教えてくれない真相を、ジャリが教えてくれるって解釈でいいのかな。それは助かるかも。お母さんは薬漬けだったのか。

「お姉さんって家出した後で自宅に忍び込んだんだよね。大量殺人した、自称芸能事務所社長にお金を請求されて家の五百万盗んだんでしょ。貯金と借金でかき集めたお金を。お父さんは同僚に不倫がばれて、会社に報告するってゆすられていた。必死でかき集めたお金を渡す準備をしていた。それを持ち逃げされて激高。娘を殺してしまった。娘を殺した後、生命保険をかけた。死体が発見された後、保険金が下りるように」

「すごいね。それ、ワイドショーのネタ? 」

 関西の情報には驚かされる。お父さん不倫していたの? もてないと思うけど。どちらかといえば横領とかの方が、しっくりくるって言ったらひどいかな。そうか、姉ちゃん保険かけられてたんだ。だから、警察は動いていたんだ。それ、本当かな。ウソみたい。信じられない。相当ひどいよ、それ。筋金入りの悪人じゃない。

「お父さんのこと、どう思う。ねえねえ」

 関西が肘で突っつく。不思議と腹が立たない。

「お父さんって人殺しなんだよ。どう思うのさ。お姉さんが死んだ後、芸能事務所社長の吉本に会いに行ったんだよ。そのときたまたま、死体遺棄をしている現場を見てしまった。死体を収納ボックスに入れて捨てているところをね。それで、警察に通報することはせず、その一つに娘を紛れ込ませることにした。そして、保険をかけた。自分は疑われないし、お金も手に入る。すごいね、ドラマみたい。みんな知ってるよ、このこと。うちの大学生はみんな知ってる。当事者の清水さんがうちの大学に在籍していることも、理学部とかも全部。大学に戻ってこれる? 生きていけないんじゃない。ウケルでしょ」

「ジャリ」

 ユキが言った。

「アンタ、恥ずかしくないの。お母さんのギックリ腰のときは、優しく看病していたのに。ヒカリはさらし者? 最低だよ」

「ユキ、もういいよ」

 わたしは言った。

「ジャリ。面白いこと聞きたくない? 」

「なに」

「お父さんの不倫相手教えてあげる。ユキの母さん。入学式に知り合ったみたい。コレ、マスコミにもばれていない真実だよ」

「なに、それ」

 ユキがすごい形相で立ち上がった。わたしの方を睨んでいた。怒りで手が震えている。

「サイコーかよ」

 ジャリが奇声を上げた。

「ごめん、疲れた。病室に戻る。頭がガンガンする。じゃあ」

 わたしはその場を離れた。あとのことは知らね。不倫? ガセでしょ。

 入院している間ずっと考えていた。わたしの住所や電話番号をジャリや喜久田に教えた人物を。ずっと考えていたけど、一人しかたどり着けなかった。教えたのはユキ。ユキ以外に誰がいる。

 姉が失踪した後、父は家を売った。わたしたち家族は賃貸の狭い家に引っ越した。まだ、大学にも住所変更届を出していない。今考えると、父はお金を作るために必死だった。姉が帰ることがないって知っていたのは父だけ。だから、ちゅうちょなく引っ越しができた。

 そして、新しい住所、わたしの住んでいる場所を知っていたのはユキだけ。ユキ以外にわたしの住所を教えることはできない。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。感想を言っていただけると、ありがたいです。

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