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#22「救ったものを」

「……殺したのは、ボクだ」


『!?』『あの子が……!?』『いや、そんなわけないだろ……』『でも自分で言ったぞ!?』


 周囲の人々が、一斉にどよめき始める。


「違う……違うの!死因がこの子の攻撃だったとしても、この子は__」


 メリッサの必死の弁明は聞こえた。だけど、シーラには彼女の話す言葉を理解する余裕が無かった。殺した。殺した。殺した。その言葉だけが彼女の頭を支配していた。


「違う……ボクは……ボクは……」


「人殺し」


 どうしてか、その言葉だけはすんなりとシーラの耳に、心に入ってきた。最も入ってはいけなかった、その言葉は。


「……人殺し!!パパを返せよ!!」


 違う。守りたかった。殺すつもりなんてなかった。違う。違う。


「血まみれで、痛そうにしてたんだ……パパを返してよぉ!!」


「!!」


 血まみれの父親の姿が、シーラの脳裏に映る。青ざめた骸骨のような顔で、彼女をぐっと睨んでいる。殺意さえ感じるほどの恨めしげな顔が、シーラの心から離れない。


 殺した。アンジュと同じ。


 違う、殺してない。事故だ。


 事故でも殺した。人殺しだ。殺した。罪を犯した。やってはいけないことをした。


 違う。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う




「……ぅあああああああああああ!!!!」


 血まみれの父親の亡霊をかき消すように、シーラは拳を振るった。


 ふと閉じた目を開くと、男の子が倒れていた。そして、右の拳に何かを叩いたような手応えを感じた。


「……いたい……」


 男の子が、左の頬を抑えながら呻くように言った。固く握り締められた自分の拳を見て、シーラはようやく自分が何をしたのか理解した。


「……あれ……なんで……」


『な……殴ったぞ!?』『何なのよこの子!』『やっぱり本当に……!?」


「シーラ!」


 周囲の人々がどよめく中、メリッサはしゃがみ込んでシーラの肩を揺すった。


「違うんです!!」


「きゃっ!?」


 そんなメリッサにシーラは突然飛びかかり、彼女の両肩を掴んで地面に張り倒した。


「いや……違う、違うんです、殺してません!!違わない殺した……殺してない!!殺したけど殺してなくて、ボクは殺して、ボクはぁ……!!」


 半狂乱で叫ぶシーラの涙と涎が、メリッサの顔に落ちてきた。


「……シーラ……」


 シーラを案じながら、彼女は確かに心に恐怖を抱いていた。発狂した彼女を、少なからず不気味がっていた。


 周囲の人々も最早彼女を気味の悪いものとして目に映し、父を殺された男の子さえも、今や怒りではなく怖れを抱いていた。


「……ボク……は…………っ……」


 蔑む人々に囲まれながら、英雄まがいの人殺しはただ独り泣きじゃくり続けた。






 -三日後-


「…………」


 傭兵団リバース本部の酒場。目の前のパスタの皿と目合わせながら、ダイゴは1人ぼーっとしていた。周りが昼から酒を飲んで騒ぐ中、彼だけは静かに__寂しげに、テーブルの前に座っていた。


「おーい。生きてるかー」


「あっ……戻ってきたか。お疲れ」


 外からやって来たジャンニーが目の前で手を振ってみると、彼はようやくこっちの世界に戻ってきた。隣にはティナも立っている。二人ともテーブルを挟んでダイゴの前に座った。


 あの後、発狂したシーラは戻ってきたダイゴたちによって拘束するような形でなだめられた。町の人々との話はなんとか穏便に終わり、ジャンニーとティナはメリッサを故郷へ無事送り、ダイゴは先にシーラを連れてギルベイスに戻ってきた。


「それで?シーラは大丈夫……じゃないわよね、きっと」


「ああ。大人しくはなってくれたけど……」


 シーラは今、誰も使っていない一人用の空き部屋に寝泊まりしている。誰にも会いたくない、と本人が言ったからだ。そして、戻ってきてからダイゴが彼女と交わしたまともな会話はそれだけだ。以来、彼女はずっと閉じこもっている。


「……俺のせいだ、全部」


 ダイゴは呟いた。


「いくら彼女が志願してるからって、戦う可能性の高いこの小隊に招き入れるべきじゃなかった。脅してでも止めさせるのが、大人としてやるべきことだったのに」


 彼女は優しい。優しすぎる。人を殺める戦闘部隊になど、決して入れてはいけなかった。事故で殺めたことでさえもあんな風に嘆くのなら、戦場での殺し合いなどできやしない。彼女がそういう少女だと少しは分かっていた。


 それなのに彼女が望むのならと、間違った思いやりで許した自分のせいで、こんな事態になった。悪いのは自分だ。ミクモ・ダイゴは、彼女の才能に期待してしまっていた。純粋に年頃の女の子として見ず、戦力として、少なからず彼女を見てしまった。


「あんたの責任はあたしたちの責任。部隊ってそういうもんでしょ?」


 普段通りの冷静な口調で語るティナだが、彼女も現場に心を痛めているのは確かだった。シーラを合格にしたのは彼女であったから。


「そーゆーこった。凹んでる暇があんなら、シーラちゃんが元気になる方法考えようぜ?」


 ジャンニーも明るく振る舞い、そう言った。あまり直接関わってはいないが、妹のようにシーラを可愛がっていた彼もまた、心を痛めていた。


「……分かってる。切り替えるさ」


 切り替えよう。自分は切り替えて進めば良い。


 だけど、彼女は__そんな後ろ髪を引かれるような後悔は、ダイゴの心から消えることはないのだった。






 夜の月が、暗い部屋を照らしている。シーラは一人用のベッドの上に寝そべっていた。傭兵団のジャケットを脱いだ、薄いシャツとズボンだけの姿だ。


 ついさっきまで眠っていた。眠っていれば、心は夢の中に消えるから。嫌な気持ちも何もかも、思い出さずに済むから。だけど寝すぎたのか、もう瞼を閉じても眠くならない。だからといって何かをする気にもなれず、ただぼーっと天井を見上げていた。


『人殺し!』


 男の子の声が、シーラの脳裏にふと蘇る。殺す。殺した。人殺し。そんな言葉ばかりが、この三日間、シーラの頭に浮かび続けていた。


 誰かのために戦い、他人の幸せばかりを願う優しすぎる少女にとって、人を、それも自国の力無き人を殺した事実はあまりにも重すぎたのだ。


「……ちがう……!」


 呻くようにシーラはそうこぼした。視界が滲んで、暗くて見にくい天井がさらに見えにくくなった。


「…………」


 もう、悲しむのも嘆くのも疲れた。自分はどうなるのか__そんなことを考えるのも、面倒になっていた。


(……アンジュさんの時と似てるなあ)


 あの日、彼女の人生の時間は止まった。あの時のように、このまま時も心も消えてなくなってくれたら__


 コンコン。再びシーラが目を閉じようとした時、ドアをノックする音がした。


「シーラ。ごはん」


 ドアの外から聞こえた、ゆっくりで抑揚のない声色。酒場のウエイトレス、ミエラの声だ。


「置いとく。残すと虫が沸くから、ちゃんと全部食べて」


「…………すみません」


 消えそうな声で、それだけ返事した。


「シーラ、辛そう」


 ドア越しにミエラが言う。


「シーラの腕に噛み付いたでしょ?あの時、魔力をちょっと吸った。それからずっと、ミエラの体にはシーラの魔力が記憶されてる。それを通じて、シーラの気持ちもちょっとだけ分かる。でも、ちょっとしか分からない」


 そう言った直後、ドアの向こうで壁に寄りかかるような音がした。


「……ちょっとしか分からないのに、すごく胸が痛い。シーラはもっともっと痛い」


 相変わらず声に抑揚は無い。だけど何故かそれは、適当な棒読みには聞こえなかった。


「シーラの気持ち、全部分かってあげられるとは言わない。助けてあげることも、できるか分かんない。でも、これだけ伝えさせて」


 ミエラはその言葉の後、深い呼吸を挟んで言った。


「……団長がいつも言ってる言葉。『奪ったものの数より、救ったものの数を胸に刻め。その数が強さの証だ』」


「………!!」


 斜めの月明かりに、シーラの顔が照らされる。


 頰を涙が伝っていた。


「……おやすみ。添い寝して欲しかったら言って」


 最後まで抑揚のない声のまま、ミエラは歩き去って行った。


「……救ったものの数を、胸に刻め」


 涙声で、そう繰り返した。ふと、金髪の素直じゃないお嬢様が脳裏に蘇った。奪ったものと同じぐらい大切な、守り抜いたものが、確かにシーラにある。


 救ったことを誇っていいのだろうか。守り抜いた人に胸を張っていいのだろうか。


 誰かの命を奪った自分が、それでもまだ『救いたい』と戦い続けてもいいのだろうか。


 何度罪を重ねても、『彼』に憧れて誰かを救おうとしていいのだろうか。


『英雄』を目指したいと、そう思っていいのだろうか。


 それは我儘か。違う。それは願いだ。


「……ダイゴさん!」


 シーラは涙がこぼれ続けるままの顔で飛び起き、部屋のドアめがけて走り出した。


(ボクは……ボクは、まだ……!)


 ドアを乱暴にこじ開け廊下に出て、第7小隊の部屋めがけて走ろうとした、その瞬間。


 ドゴオオオオオオオオオンッ!!!


「!?」


 大噴火のような激しい音が、外から轟いた。シーラは廊下の窓にダッシュで飛びつき、窓を開けて食いつくように首を出した。


「あれは……!?」


 遠くに広がる、赤い世界。ここまで焚き付いてくる焦げた臭い。目を覆いたくなる地獄。


 ギルベイスの街の中心が、業火に包まれて燃え盛っていた。

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