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#20「立て」

「やああああっ!」


 剣を構え、我流の構えでシーラは突進する。クロノの心臓めがけたまっすぐな突きを、彼はあっさりと身を引いて交わした。


(次は……防御!)


 どうせ当たらないだろうとは思っていた。シーラはすぐに剣を構え直し、反撃に備える。直後、クロノが右足の回し蹴りを放とうとし__彼女の寸前で止め、さらに一歩身を引いた。


「流石に刃物持ってる奴を蹴りたくはねえな」


 クロノが右手に力を込めると、そこに黒い塊が集まりだし、肥大化していった。


「"黒刃"」


 その塊はだんだんと細くなっていき、そして柄と刃が一体化した剣の形となった。


「適当にこしらえたから見た目ブサイクだな……ま、嬢ちゃんにはこれで十分か」


 クロノは刀身をその肩に乗せ、余裕の表情を浮かべる。いつ襲ってくるかと、冷や汗とともに身構えているシーラとは正反対の態度だ。


 シーラは一瞬、後ろに目を向ける。怯えた様子のメリッサが座り込んでいたが、彼女とクロノの間にはしっかり自分が入り込めている。大丈夫、もしもの時は庇ってやれるはずだ。


 シーラはジャケットの右肩部分の"Ⅶ"の刺繍を左手で強く握った。自分が一小隊の魔導士である証。緊張は少しずつ闘志に変わっていく。


「先に教えといてやるよ。俺が魔力で操ってる"これ"は炎じゃねえ__」


 クロノは語りながら、剣の先端をシーラの顔に向けた。


「闇だ」


「!!」


 瞬間、黒い剣の刀身が一気に伸び、シーラの顔を貫かんと黒光しながら向かってきた。


「ブロッケル!」


 シーラはすぐさま右手を掲げ、防御魔術を唱える。剣の突きに対して斜め向きの壁で、軌道を横に流した。ブロッケルが破砕する音が甲高く響く。


「無駄」


「なっ……きゃああっ!?」


 斜めに流れたはずの、剣の刀身。だがその先端が90度折れ曲がって再度まっすぐに向かってきた。シーラは判断を誤り、左腕で切っ先を受け止めてしまう。腕の中心まで突き刺さった刃が肉を裂く音とともに、赤い鮮血が飛び散り、激痛が彼女の神経を襲った。


「シーラ!!」


 メリッサが叫ぶ。


(あの剣、確かに伸びた……それに、直角に曲がる剣なんて……)


「これが闇って奴だよ。一見何もないように見えて、確かにそこに自由自在に存在している。だけど、あるように見えて実は無い。曖昧なもんだから、払うことは出来ないわけだ」


 あれがただの炎だったら、どれほど良かったか。闇__正体の掴めないその敵に、シーラの焦りはますます加速していく。


(とにかく……避ける。触るだけでも危険だ)


 正しい思考は出来ている。あとは慎重に攻撃をかわして、願わくば反撃もする。倒す必要はないが、第7小隊の面々が応援に来るまでに傷の一つは負わせたい。大丈夫。できる__燃え盛る闇の壁に囲まれながら、彼女は自分に言い聞かせた。


「まだやんの?」


「ええ!」


 シーラは再び剣を握りしめた。


「そっ」


 クロノが呟くと、"黒刃"は再びその身を長く伸ばしてシーラに迫った。正面から向かってくる黒い剣に対し、シーラは敢えてまっすぐに走り始めた。


(最初の伸びはフェイント。本命は……)


 読み通り彼女の真横を通り過ぎた黒い剣の切っ先が二回直角に曲がり、180度身を翻してシーラの背中に襲いかかった。


(ここッ!)


 シーラは一瞬で後ろを向き、剣を顔の前に縦に構えた。またしても予測が当たり、顔めがけて伸びてきた漆黒の刀身を、銀の刃ががっちりと受け止めた。


「ほおー。やるねえ」


 クロノがのんきに言う中、シーラの剣と"黒刃"が激しく火花を散らしてぶつかり合う。だが直後、剣を押し込んでくる力が弱くなったのに違和感を覚えた。


(力を、抜いた……?)


 シーラがそう気づいた刹那。黒い刃は、刀身を柔らかく捻じ曲げて銀の剣の刀身にぐるぐると巻きついた。


「!?」


 包帯、あるいは封印のようにきつく巻きついた"黒刃"が、剣を捕らえて離さない。シーラが必死に剣を抜き取ろうとする時間は、彼女に大きな隙を与えた。


「はい確保ー」


 がしっ。強く肩を掴まれ、シーラは目を見開きながら後ろを振り返った。


「なっ……ぶっ!?」


 クロノが目の前に近づいてきている__振り向いてそう認識した直後、内臓をえぐられるような衝撃が腹に走った。


 彼の右拳が、貫くような勢いで彼女の腹に叩き込まれていた。頭が真っ白になった直後、吐き気とそれ以上の痛みに襲われる。


「よいしょっ…とおッ!」


「っあぁあっ!?」


 続けざまに顔面にまっすぐな蹴りを入れられ、シーラは後方へ吹き飛ばされる。華奢な体が地に打ち付けられ、衝撃の追い討ちを喰らった。


「シーラ!!」


「っ……!」


 シーラは仰向けのまま痛みで動けなくなり、それでもなんとか立ち上がろうと閉じた目を開いた。


「……終わったな」


「あ…れ……?」


 目を開いた。確かに開いた。


 それなのに、空が__いや、何も見えない。真っ暗闇だ。


「シーラ……あなた、目が真っ黒に……!」


 メリッサが悲痛な声色でそう言うが、そんな彼女の姿もシーラの両目には映らない。


「闇で嬢ちゃんの両目を覆った。痛くはねえから心配すんな」


「あ……うああ……!」


 攻撃を受けるたび力の差を実感させられ続けていたシーラの心は、視界を奪われるという極度のストレスで限界に達してしまった。勝てない。一矢報いることすらできやしない。無謀だった。四肢を失ってでもどうにか逃げる方がまだ簡単だった。


「うああああ……あ…」


「クク、ハハハハハッ!いいねェ!やっと俺好みになってきやがった!!もっと怖がれよ、ほら!!」


 怖い。怖い。逃げたい。そうだ、逃げろ。まだ間に合う。どうにかして逃げろ。護衛なんてもうどうでもいい。自分は生きたい。生きろ。逃げろ。逃げろ逃げろ逃げろ





「死ね、下衆ッ!!」


 貫く矢のような叫びだった。


「……メリッサ、さん……?」


 確かにメリッサの声であった。


 闇に覆われたシーラの視界の向こうで、彼女はクロノの眼前に立ち、言い放っていた。


「ああ?」


 クロノは、どう対応すればいいだろうかという顔で聞き返した。


「…ひ、人をいたぶって笑って……汚らしいのよ!ふ……不快だから今すぐし、死になさい!」


(…涙声だ……)


 暗闇の中、声だけでもそう分かった。声を震わせながら、貴族の少女は叫んでいる。


「メリッサ……さん」


「せっかくあなたのお陰で目が覚めたのに……今度はあなたがダメになってどうするのよ?立ちなさい」


「ぼ、ボクは……ボク……」


「立て!そんな闇、祓ってみせなさいよ!」


 強く怒るように、メリッサは言った。


「出会った時、あなた言ったわよね?自分の意思で傭兵団にいるって。だったら立ち上がって戦ってみせなさいよ!寝そべってたら2人とも死ぬ!もう逃げられない……もう戦わなきゃ生き延びれないでしょう!」


 涙交じりのかっこよくもないその叫びは、それでも確かにシーラの心を刺した。


「私は……私は戦う!」


「そっか……じゃ、イラつくからお前から死ね」


 クロノが言う。明らかに声のトーンが下がった。きっと本気で殺しに来る。戦いに無縁なメリッサでも、そこまで分かった。


 そして、シーラは__


(払う……そうか!)


 避けるよりも、防御するよりも簡単な術があった。相殺して消し去ってしまえばいい。


「"ホワイト・ショート"、威力弱め!」


 両手で両目の前を覆い、シーラは唱えた。二つのごく小さな光の玉が、目を閉じたシーラの瞼の辺りで弾けると、小さな閃光に掻き消されて闇が消え去った。闇に対する光。対抗策は実に簡単だった。


 目を開ける。見える。戦える!


(って、やば……!)


 視界の先__クロノの右拳が、メリッサの顔面に迫っている。彼女は足がすくんで動けていない。


「距離があるけど……ブロッケル!」


 シーラは瞬時に両手を掲げ、防御魔術を唱えた。両手が輝き出すとともに、メリッサの顔の前に両手分、二枚の壁が出現した。


 拳が壁に激突する。ガラスが割れるような甲高い音とともに、二枚のブロッケルは砕け散った。


「ちっ……」


「メリッサさん、どいて!」


 シーラは突進しながらメリッサに叫んだ。メリッサはたどたどしい動きで、すぐに横に退いた。


「おう、嬢ちゃん。泣き叫ぶのは終わりか?」


「はい。ボクはもう逃げない!」


 もう迷わない。逃げない。自分は戦う。戦って、全てのものを守り抜いて、そして__ミクモ・ダイゴのようなヒーローになる。


 彼女は再び右手に魔力を込める。今思いついたぶっつけ本番の魔術だが、剣を奪われた今、これを使うしかない。


「……"フォトン・ブレード"!」


 シーラの右手が輝き出す。その先に、光の塊が形成されていく。


「はああああっ!!」


 シーラは、右手のその光を横に振りかざす。


「"黒刃"」


 クロノの手元に再び、黒い剣が現れた。彼はその剣でシーラの右手の光を受け止めた。


 カァン!金属音が響く。


「剣か……!」


 シーラの右手にあったのは、光の剣。闇を相殺し、さらにクロノの闇の鎧をも貫く逆転の一手だった。


「はあああああああっ!!」


 ぶつかり合う二つの剣が消滅すると、シーラはすぐさま左手から二本目の剣を作り出した。


「やべっ……!」


 クロノも慌てて二本目の剣を作り出す。だが、確かにシーラの方が速く、一本目より彼に近い位置で相殺された。続く三本目。シーラが右手で再び作り出した光の剣は、二本目よりもさらに速く、相殺する瞬間にはクロノの顔の寸前にまで迫った。


「クソがっ……なんで俺がこんなゴミに……!」


「ボクたちは……死に物狂いのゴミは、強いんですッ!!」


 左手から四本目の剣が来る。先読みしていたクロノは、すでに自身も四本目を手元に準備していた。


「クズはクズらしく……してろっ!!」


 クロノが叫び、左手で剣を振り下ろした瞬間。


 シーラは相殺せず、横に跳んでかわした。


「なっ!?」


 クロノは驚かされる。シーラは、四本目の剣など握っていなかった。しかし、その左手には上級魔術の証たる白い魔法陣が輝いていた。


(今までのは全部、この隙を作るため!)


 シーラは左手をまっすぐに構え、右手を添える。そして、叫んだ。


「……"煌く希望(ホープ・ドライブ)"!!!」


 傷だらけの左手から、彼女の体をも飲み込むようなレーザーが撃ち出された。爆音を立てながらまっすぐに伸びていき、クロノの体を捉えた。


「クソがあっ……!!」


「いっけええええええええっ!!!」


 巨大なレーザーは黒い闇の壁をも消し去り、森の木々をなぎ倒しながら数十メートル先まで照らし尽くしたのち、少しずつ消滅していった。そしてそのレーザーの後には、焼けた土以外何も残らなかった。


「……し、シーラ!終わったの!?」


「…………」


 シーラは疲れ果て、ぐったりとその場に座り込む。そこへメリッサが駆け寄りながら不安げに尋ねた。


「……分かりません。いくら"煌く希望"の火力でも、この場からちりひとつ残さず消えるなんてあるわけないのに……」


 だが、そこにクロノの死体はない。つまり、彼は逃げたのだ。今もどこかに隠れ、シーラたちを狙っているかもしれない。


「シーラ!!」


 聞き慣れた声。橙の髪。駆け寄ってきたのは、ティナであった。


「ティナさん……目薬を使ってください。敵が隠れてるかもしれません」


「もう使ってるわ。大丈夫、あたしたち以外この辺に魔力の高い反応はないわ」


「そうですか……よかっ……た……」


 シーラはそう呟くと、そのままコテンとこうべを垂れて眠り込んでしまった。心身ともによほど疲れていたのだろう。


「ちょ、シーラ!?」


「寝かせといてあげなさい」


 肩を揺すろうとしたティナの手を、メリッサが止めた。


「全く、あなたたちのせいで散々よ」


「も、申し訳ありません……」


「……でも、いい騎士だったわ。この子」


 メリッサは微笑んで言った。笑顔を見せるのは初めてであった。

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