#14「縦ロールは凛として」
リクタール。傭兵団リバースの駐在地ギルベイスの近隣に位置する、小さな町。その外れには、とある貴族の別荘が厳粛かつ優雅にそびえ立っている。
今回のシーラたちの任務は、その町の別荘に暮らすお姫様__もとい、貴族の令嬢の護衛であった。
「…………」
別荘へ向かう馬車の中、第7小隊の面々、ジャンニー、ダイゴ、シーラ。前方の馬にはティナがまたがっている。
「シーラ」
「はひっ……」
ダイゴが声をかけてみると、固まっていたシーラは珍妙な声をあげた。
「緊張しすぎだ。護衛って言っても、別にとんでもなく危険ってわけじゃないさ」
「そうじゃなくて……ボク、貴族の方と直接会うなんて初めてだから……その、みすぼらしくないでしょうか、ボク」
「全然!お嬢様なんかよりシーラちゃんのがぜってえ可愛いって!」
ジャンニーは笑顔でずれたフォローを繰り出す。
「そういう意味じゃないだろ……大丈夫、寝癖は付いてないよ」
「お前もそういう意味じゃねえだろ」
「あ、ホントですか?良かった……」
「そういう意味だった!?」
一通りコントを終えた時、馬車ががたんと揺れた。
シーラは、テントが張られた馬車の外に顔を出した。数十メートル先に、白く立派な豪邸が見える。
「ほら、無駄話終わり!もう着くわよ」
ついに、"始まる"。そよ風がシーラの頰を撫でた。
別荘に近づくと、一人の男がシーラたちに近づいてきた。四人は馬車を降り、男の前に集まる。
「お待ちしておりました。私どもの依頼を受けていただいたこと、感謝いたします」
そう言い、一礼から始めた好印象な男は、黒いスーツを着込んでいる。ここに住む令嬢に付き従う執事であろうか。
「こちらこそ。傭兵団リバース第7小隊、隊長のミクモです」
ダイゴが一歩前に立ち、緩めの角度で頭を下げる。その後ろで、彼は他の3人がこそこそと話をしているのに気がついた。
「セバスチャンだな」
「絶対名前セバスチャンよね」
「セバスチャンさんですね。本に出てくる執事は大体そうです」
3人の話はダイゴに筒抜けであった。
「私、お嬢様の執事をしております、ジャックと申します」
眼鏡に手を当てながら、男は名乗った。
「「「違ったか〜……」」」
「お前らなあ……」
がっかりする3人に、ダイゴは呆れるしかなかった。
「さ、中へお入りください。皆様の馬車は、後でこちらで片付させて頂きます」
3人の会話には気づいていないのか、ジャックは普通に話を進めるのだった。ダイゴは頷き、後ろのシーラたちを引き連れて彼に付いていく。
シーラたちは別荘のドアの前に立った。改めて見上げると、目の前の豪邸はまさに荘厳。小さめの質素な家でアンジュと暮らしていたシーラの目には、別世界の建物のように映った。
ジャックが3メートルはあろう扉の前に立つと、扉は自動ドアのようにこちら側へと開いた。一瞬自動かと驚かされたシーラだったが、すぐに扉の両側に別の人が待機していたと気付く。扉を開けた若い女性二人も、凛々しく同じ服を着ている。二人もここの召使いだろう。
屋敷の中の大広間は、やはりシーラの想像を超える豪華さであった。天井の大きなシャンデリアが眩しい。奥の壁の巨大な美しい絵画もまた、威圧的かつ神秘的であった。
しばらく歩いていると、奥の階段から誰かが降りてくるのが見えた。
「……これはこれは。わざわざ出迎えにいらっしゃるとは」
金髪を縦ロールにし、優美なドレスを着て階段を降りる、麗しい少女。彼女は凛々しい面持ちでシーラたちを見つめながら、静かな足音とともに歩む。
「お嬢様来たな」
「お嬢様確定ね」
「縦ロールだからお嬢様ですね。本に出てくるお嬢様は大体そうです」
ダイゴ以外の後ろ3人は、どこかで聞いた覚えのあるやりとりを繰り返す。
「皆様。あちらがこの屋敷の持ち主であり、私どもの雇い主、メリッサお嬢様でございます」
「「「やっぱり〜!」」」
今度は推理が当たり、一斉にハイタッチする3人。
「お前らなあ……ていうか、ティナ。お前がボケに回ると、もう止めようがないんだよ」
「いいじゃない、たまにはふざけたって」
クールビューティーのティナ・フレアテイル、今日は楽しそうである。
「シーラも。悪い大人になっちゃうぞ」
「……はっ、ごめんなさい!令嬢さんの前でした」
諭されると、シーラははっとして顔を上げる。幸い、メリッサにはちゃんと聞こえていなかったようだ。
ダイゴは令嬢の鋭い瞳に目を合わせ、口を開く。
「初めまして。傭兵団リバースのミクモです」
ジャックの時よりも深く、頭を下げる。
「……メリッサ・リストンフィール」
ダイゴの方をはっきりと見ないまま、どこか暇そうにメリッサは名乗った。そのまま歩いてダイゴを通り越し、立ったのはシーラの目の前だった。
「あ、あの……」
頭一つ分上にあるメリッサの瞳を、シーラは見上げた。
「こんな子供も働かせてるのね」
威圧感を放つ眼差しを向けながら、メリッサの流水のような声が放たれる。
「えと、いえ、ボクは自分の意思で入隊しました……はい」
「ふーん……」
突然シーラから興味をなくしたように、メリッサは気だるげな声色で呟き、踵を返した。
「とにかく、仕事はしっかり果たしなさいよ」
そう言い残し、階段の上、その先の二階へと戻って行く。
「……では、こちらへ」
再びジャックが口を開き、大広間の奥の部屋へ4人を手招く。
「出発は10時を予定しております。あと1時間で準備のほどをよろしくお願いいたします」
言い残すと、ジャックも立ち去っていくのだった。
「シーラ。これを」
案内された部屋に荷物を置くと、ダイゴはそこから細長い何かを取り出し、シーラに手渡した。
「これは……短剣ですか?」
茶色い持ち手の真っ直ぐな剣。刀身は緑のさやに隠されて見えない。かなり軽めかつ短めで、シーラでも片手で軽々振り回せそうだ。
「戦いになった時のためにな。君の魔術が強いのは分かってるけど、武器も持っていた方がいい」
「はい。ありがとうございます」
「ジャンニー。ほら」
続けて、鞄から金属の何かを2つ取り出してジャンニーに投げた。
「おっ!サンキュー」
「俺が気づいてよかった。忘れるところだったろ」
「ジャンニーさん、それは……?」
尋ねるシーラの目の前で、ジャンニーは2つの何かを両手にはめ、拳を握った。
「こーゆーこと。パンチパンチ」
グローブ……じゃない、ガントレットか。シーラは脳内で名前を思い出した。
「ティナさんは……」
「あたし?手ぶら。魔術だけで十分よ」
「なるほど。武器扱うの下手だから__」
ジャンニーが呟いた刹那。
「なんか言った?」
「いえ。何でもないです」
刺し殺すようなティナの突っ込みに、彼は凍りつきながら視線を逸らした。
「ふーん……あっ、そうそう。シーラの魔導力も確かめとかなきゃね」
「まどうりょく……?」
聞きなれない単語に、シーラは首をかしげる。
「あぁ、知らない?これ、左目に垂らしてみて」
ティナはそう言い、シーラに小瓶を渡す。
緑の液体。魔力を測る目薬だ。
前回は右目に垂らしたそれを、シーラは左目に垂らしてみた。視界が鮮やかな緑に染まり、数値が浮かび上がる。魔力__いや、今回は魔力ではなかった。
「右目で魔力量を、左目で魔導力を測れるのよ。魔導力っていうのは、魔力やその他いろいろな要素を参考に示される大まかな戦闘力ね」
説明を聞き終えると、シーラは左右を見回した。
ジャンニー……魔導力11800。
ティナ……魔導力12500。
そして、ダイゴ……。
「魔導力、14000」
「よし!また俺が一位だな」
シーラが読み上げた数値を聞き、ダイゴは嬉しげな顔で言った。
「くそ、またティナに負けた……」
「頭使って戦わないからでしょうね」
一方、勝ち誇った顔でティナはジャンニーに諭すように語っていた。
シーラは最後に、視界の端に映る数値__自身の魔導力に目を向ける。
「……8990」
それがシーラの数値だった。
「ウソ、9000弱!?子供の数値としては破格じゃない!」
「……でも、ダメです!」
ティナは驚いてそう言ったが、シーラ自身は納得いかなかった。もう少し上げたい。9000の大台に乗りたかった。
「ふんんんんんー!!」
シーラは力を振り絞り、懸命に踏ん張る。だが無情にも、数値が上がることはない。
(ああ……なんか、良い)
必死なシーラのかわいらしい様子を見て、3人は任務直前に癒されるのだった。




