#12「入団・吸血!?」
妙に浮遊感のある世界だった。雲のような曖昧な地面の上に、シーラは立っていた。周りには綿菓子のような鮮やかな色の、不思議な景色が広がっている。少なくとも現実世界ではないと理解し、次に"天国ではないか"という考えが脳裏をよぎったが、それは勘弁してほしいとシーラは思うのだった。きっと夢か何かだ。シーラはそう自己暗示をかける。
特にすることもないので、シーラは歩くことにした。歩いても歩いても、同じ景色。抽象的で曖昧な世界。
5分は歩いただろうか。眼前に、青い髪の一人の少女が立っていた。代わり映えのない世界のせいで、普通の人間でしかないはずのその姿はいっそう個性的__というか、輝いて見えた。
背を向けていた彼女がこちらに振り向こうとした瞬間。シーラが彼女に話しかけようとした瞬間。
視界が真っ白に染まった。
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「……ラ。シーラ」
男の声がした。シーラは無意識に、閉じられていたまぶたを開く。
情報が整理しきれない。ここはどこだ?さっきの場所は?自分はどうなった?
とりあえず視覚から情報を得ようと、辺りを見回す。ここは__そう、試験の前に居た、ダイゴの小隊の部屋だ。どうやら、何故か森からここまで気づかぬうちにやってきたらしい。そして、傍の窓の外の黒い景色を見て、すでに夜になっていると理解した。
そしてその後すぐ、自分がダイゴの背中に背負われていると気づいた。
「あ、えと……おはよう、ございます?」
「はは、おはよう。降りれるか?」
シーラは頷き、音を立てて両足を地面につける。彼の隣にはティナもいた。
(いや待って……多分、森からここに戻るまでずっと寝てた。その間、ダイゴさんが背負って運んでくれてた。てことは)
下の酒場にいるであろう、数十人の人々。
全員に見られたのか?ダイゴに背負われていた自分の姿を。
途端にシーラの首から上の体温が急上昇し、獣のような素早さで顔を伏せ両手で覆う。プシュウウウウと湯気が出る音がした。
「ああ、大丈夫。裏口通ってきたから」
シーラの様子を見て察したのか、ティナがすぐに補則した。そういえば、二階の廊下の端にも出入り口があったが、きっとそれのことだ。
シーラは安心して息をつく。よかったー……と思ったが、それでもティナとダイゴが間近にいた事実は揺るがない。それに気づき、また少しだけ顔が赤くなった。
「ご苦労だったな、エンジェイト」
ティナのものでもダイゴのものでもない声が聞こえ、シーラは後ろを振り返る。ドアの横の壁に背中を預け、アレスが立っていた。その隣には、メイドのような服装の、シーラと同い年ぐらいの少女も立っている。会ったことがあるような気もするが、いつ会ったか思い出せない。
「えと……はい、ありがとうございます。そちらの方は……」
「やっほー。ミエラ。よろしく」
ミエラ。恐らく彼女の名前なのだろう。シーラは二人に頭を下げた。まったりした性格__なのだろうが、まるで頭の中で何も考えてないような雰囲気である。いわゆる天然だ。
壁から背を離し、アレスはシーラに一歩近づく。
「それで、試験はどうなった?」
「合格です。二人とも異論なしで」
ダイゴが代わりに答える。アレスが視線を向けると、ティナも頷いた。
「そうか……良いんだな?君も」
アレスは、今度はシーラを見て聞いた。
「命を賭ける世界だ。いつ死ぬかもわからん。それでも行くんだな?」
「はい。迷いはありません」
アレスはしばらく躊躇うように顔を伏せたが、観念したように再び口を開いた。
「分かった。シーラ・エンジェイトのリバースへの入団及び、ミクモ達第7小隊への入隊を認める。よろしくな」
アレスは右手を差し出す。シーラがその手を取り、頭を下げると同時に、彼も頭を下げた。
「では、俺の部屋で手続きを__」
「団長、その前に」
ミエラが団長の前に割り込むように立つ。
「シーラ。腕出して」
「え?はい……わっ!?」
差し出されたシーラの右腕に、ミエラはいきなり噛み付いた。彼女の銀髪が腕をくすぐる感触と、歯が食い込む痛みが同時に襲ってくる。
「いだだだだだっ!!」
そして、何かを吸われるような感覚も。
(血……じゃない、魔力?)
「……ほい、終わり。ヒール」
口を離すと、ミエラは自分が噛み付いた部分にヒールを唱えた。歯型は消え、痛みもすぐに引いていった。
「魔力識別完了。ナンバー、121番」
「ええと……あの……」
「いきなりですまない」
アレスが言い、しつけるようにミエラの頬を強めにつねる。
「これも必要なことでな。さて、じゃあ事務的な手続きを__」
「……おいしい」
「は?」
「シーラの魔力おいしい!絶品!天賦の才!!」
ミエラは目を輝かせながら言い、再びシーラに近づく。
「もっと魔力飲ませて!シーラぁ!!」
「え……えと!?」
シーラの腕めがけて突っ込もうとしたミエラの頭を、アレスが鷲掴みにする。
「さっさと仕事に戻れ!!」
「うぎゃー」
アレスに廊下へ投げ飛ばされると、ミエラは逃げるように下の階に退散するのだった。
「……あ、酒場で働いてた人か」
ようやく思い出して、シーラは呟くのだった。
その後、手続きも夕飯も済んだところで、3人は部屋で一息ついていた。
「……」
シーラは自分の服を見つめる。緑のジャケットには刺繍で"Ⅶ"と縫われ、その下には"Sheela Angeit"__彼女のフルネームが記されている。ズボンは取り敢えずここにあるものを借りることにし、ダイゴに貰ったワンピースは大切にクローゼットにしまった。
「シーラ、いいか?」
「あ、はい。ごめんなさい」
ダイゴに声をかけられ、シーラは慌てて前を向く。
「ジャンニーは……帰ってこないな、これは」
ダイゴは時計を見ながら言った。
「いいわよ、始めちゃって」
「だな」
人望ないのかな……シーラは先ほど会った金髪男を頭に浮かべながら、そう思った。
「さてと、じゃあ……まず、俺たちの"第7小隊"へようこそ。入隊してくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
頭を下げるシーラに、ダイゴは微笑みで返した。
「まず、俺たちの仕事についてだけど……割と色々な仕事を頼まれるけど、戦闘部隊と言っても、流石に毎日毎日戦いに明け暮れるってわけじゃない。むしろ、他の仕事の最中に戦いになってしまうってことも多いな」
とにかく、いつもいつも命懸けというわけではない。それを聞いて、シーラは安心した。
「ただ、一個だけ小隊結成当初から継続してる任務がある。白蛇、って言えばわかるな?」
「はい」
分からないはずがない。つい数時間前に死闘を繰り広げた相手だ。
「そういえばシーラ、白蛇相手によくあそこまでやれたわね……」
「えと……でも、相手もだいぶ手加減してたみたいですし……それで、あの人は何者なんですか?」
「まずはそこからだな」
ダイゴが言う。丁度、彼もその話をしようとしていたのだ。
「白蛇って言うのは通り名だ。本名、年齢、性別、経歴全て不明。これまでの活動から、魔晶王国の暗殺者じゃないかって説がある。俺たちに課せられてる任務は、奴の捜索と確保だ」
暗殺者。死神のようなオーラを間近で感じたばかりのシーラは、その呼ばれ方に至極納得がいった。
「既に騎士や傭兵だけでも推定三十人以上が殺害されてる。俺たちとは別に騎士軍や他の傭兵団も捜索してるが、なかなか見つからなくて手を焼いてる」
「消えるのよ……まるで実在しないかのようにね」
虚空を見つめながらそう口を挟んだのは、ティナだった。
「前回はあと50センチのところで逃げられたんだっけな、お前」
「あーもううるさい!あんたが他の魔物にうつつを抜かしてなければ、あの時捕まえられたのよ!」
「いや、あれ今更言うか!?仕方なかったろあの時は!」
二人の言い合いを見るうち、シーラの口元が緩んだ。
「……ふふっ」
「?」
シンクロしたように、二人は一斉に彼女に目を向ける。
「あっ……ごめんなさい。仲いいんだなあって」
怒らせてしまったかと不安になり、シーラはすぐに言った。だが幸い、二人の顔にそんな雰囲気は見られない。
「まあジャンニーも入れた三人で、もう一年以上やってきてるからな」
「一年……ですか」
一年以上も、肩を並べて戦ってきた。きっと、喧嘩も楽しいこともいっぱいあったのだろう。そんな隊に、突然自分が入ってしまって良いのだろうか。こんな自分が。
そんな気持ちを察したのか、ティナはシーラの頭をそっと撫でる。
「大丈夫。あんたももう仲間でしょ?」
そして、微笑みかけてくれる。
「……はい!」
そのことがただ、シーラは嬉しかった。
「一年以上捜索しても、一回しか会えない……ですか」
「ツチノコ並みにレアだよな」
「あいつに会っても不幸しか呼ばないでしょ……」