第19章 父と娘
あれから数日が過ぎたが
未だにあの出来事は人々の話題から消えることはない。
まあそれもそうだろう。
想力が天を貫くなど、聞いたことが無い。
実は真相はこうなのでは?などという噂もあるが
どれもくだらないものばかり。
街では未だに語られる、そんな噂話だが
学園内では既に、別の話題で盛り上がっている。
所詮彼女達にとっては、その程度ということなのだろう。
ただ・・・今になって思えば
私も彼女達同様に、少し平和に慣れ過ぎてしまい
油断していたということなのだろう。
第19章 父と娘
今日も偽装のための店舗は、賑わっている。
最近では話を聞きつけた貴婦人達が
わざわざ王都から買い付けに来ることもあるほどだ。
「閣下、こちらになります」
「うむ、手間をかけさせたな」
そんな中、部下から水と食べ物の乗ったトレーを受け取ると
そのまま店の奥へと向かう。
そして扉の前に立つと数回ノックをする。
「入りますよ?」
声をかけて中に入る。
入った瞬間に、目当ての人物を見つけるとため息を1つ。
「『寝ていて下さい』と言ったでしょう?」
そう声をかけると彼女は、少しだけ申し訳無さそうに
そして少しだけ愉しそうに
「申し訳ありません。
あまり寝てばかりでは退屈してしまって・・・」
まるでその姿は、悪戯が見つかってしまった子供のようにも見える。
「アナタに万が一があっては、困りますからね・・・エリーゼさん?」
あの事件以来、ずっと眠っていた彼女だったが
最近意識を取り戻していた。
しかし思ったよりも状態が酷く
こうして療養中という訳だ。
「申し訳ありません」
苦笑しながらそう言うと、彼女はベッドに大人しく戻る。
そのベッドの横にある机に持ってきたトレーを置く。
「少しでも構いませんから、食べて下さいね」
「何から何まで、本当にご迷惑をおかけします」
「それは言わない約束だと、言いませんでした?」
「そうでしたね」
そう言って、トレーの上にある果物を手に取るエリーゼ。
彼女が意識を取り戻した時に色々と確認を取ったが
非常に面倒なことに彼女は戦っていたことも含めて全てを記憶していた。
だが結局、あの赤い想力の少女とは面識はないと言い
操られていた際も、街の様々な場所をウロウロしていただけだそうだ。
まあ私の考えている通りなら、面識などある訳もないのだが。
何故、街をウロウロしていたのかという疑問が残るが
今の問題はそこではない。
あれだけ戦ってみせた私が、普通の貴族の娘だとは思うはずがない訳で。
結局は『陛下から事件の解決を命じられた騎士である』という部分だけを説明し
あとの全ては誤魔化すことにした。
かなりの部分を誤魔化したにも関わらず
彼女は深くは追及せず、しかも正体に関しても秘密にしてくれるらしい。
少し肩透かしな感もあるが、アリスの件も含め
今はやることが多くて、そんなことに気を回している余裕もない。
ちなみに彼女は『用事で一時的に本国に帰っている』ということにしてある。
実質的な『人質』を国に帰すなど本来ならあり得ない話ではあるが
それはあくまで政治の世界での話だ。
形式上、彼女は『自主的に』この学園に通っていることになっている以上
一時的に帰国することは何の問題もない。
そして自分が正常ではなかったことを覚えている彼女も
それが一番最善であることを理解したようで
素直にこちらの提案を受け入れた。
「・・・また、何かありましたら呼び鈴を鳴らしてください。
スグにメイドが来ますから」
彼女が元気そうなのを確認すると部屋を出るために出口に向かう。
そして扉を開いた時だった。
「・・・あの」
「あら、何か言いました?」
「・・・いえ、何でもありません」
「・・・そうですか。
では、早く元気になって下さいね。
寮の皆さんも、アナタの帰りを心待ちにしているのですから」
そう言って部屋から出て扉を閉める。
その閉まった扉をジッと見つめるエリーゼ。
「・・・また来られるのをお待ちしておりますわ、騎士さま」
一方、部屋を出たリシアだったが
「・・・どうにもやりにくいな」
思った言葉が、つい口からこぼれる。
意識を取り戻してからの彼女は、以前に比べてどうも子供っぽいというか
遠慮が無くなったというべきか。
出会った頃からずっと感じていた見えない壁。
常に一定以上に踏み込ませないようにしている壁のようなものが
今は感じられないのだ。
「まあ、その内慣れるか」
生じた疑問に蓋をしてみなかったことにすると
店を出て学園へと歩き出す。
・・・・・。
・・・。
次の日。
店の前には『本日休業』と書かれた立て看板。
だが店の周囲には、武装した部下達が様々な状態で待機していた。
それもそのはず。
「うむ、なかなか良い店だな」
「恐れ入ります」
「私の臣下ではないのだ。
そこまで萎縮することはない」
リシアの礼を軽く制止したのは豪華な服装に身を包んだ男。
ガーランド王国 国王のグラザ=ハーベセン=ガーランドだ。
「はっ。
では、さっそくですがこちらになります」
そう言ってリシアは国王を先導する。
エリーゼが事件に巻き込まれて倒れたことは
ガーランド王国には伝えてあった。
もし後々になって伝えなかったという事実がバレれば
かなりの状況悪化を招きかねないためだ。
本来なら陛下にも連絡を入れるべきなのだろうが
どこぞの宰相閣下の耳には入れたくないというのもあり
苦渋の決断ではあったが、こちらで処理することにした。
そして娘が倒れたことを知った国王が
こちらに来ると言い出した。
まあ当然と言えば当然の話である。
だが
『隣国の国王が王都ではなく何故学園都市だけに来るのか?』
という話になりかねない。
そのためお忍びでということで
国王が我が国に来ている事実は伏せることにしたのだ。
だからこそ慎重に事を運んでいるといえる。
そしてエリーゼの居る部屋の扉をいつも通り数回ノックして
王と一緒に部屋に入る。
「あら、いら・・・!?」
中に居たエリーゼは、いつも通り返事をしようとして
後ろにいた国王に気づき、驚いて固まってしまう。
「・・・久しいな、エリーゼ」
「・・・ど、どうして」
「アナタの状態をどうしても知らせる必要があったので。
そうしたら、ぜひ王が会いたいと仰られて・・・」
「・・・そう、ですか」
そして互いに見つめ合ったまま、まるで時が止まったかのように動かない2人。
「では、何かあればお呼び下さい」
リシアはそう言うと、一礼して部屋を出ていく。
「・・・事情は聞いた。
身体は大丈夫なのか?」
「え、ええ。
おかげ様で・・・」
2人きりでしたことなど、数えるほどしかないエリーゼは
まだ距離感を計りかねているのか、少しよそよそしい。
それに気づいたのか、王はゆっくりと彼女に近づくと
ベッドに座ったままの彼女に視線を合わせるために
膝をついて屈んだ。
「!?」
慌ててベッドから降りようとするエリーゼを手で制する。
本来、国王が膝を折るなどあり得ないからだ。
そしてゆっくりとエリーゼの手を取る。
「・・・話を、聞いてくれるか?」
「何の、話でしょう・・・」
「そうだな・・・何もかも順番通りに話そうか」
そう言って王は語り出した。
それは若くして王となった彼が歩んできた道。
一度は別れてしまったエリーゼの母への想い。
王としての苦悩。
そして、娘への気持ち。
いつの間にか空は、すっかり夕焼けに染まっていた。
「・・・そんなこと、今更・・・今更ッ!」
全てを語り終えた王の話を聞き終えた後
しばらく無言だったエリーゼだったが、堪えきれずに涙を流しながら叫ぶ。
「すまない・・・許してくれとは言わない。
全ては私の撒いた種だ」
「・・・謝るぐらいなら、どうしてもっと・・・もっとッ!!」
王の胸に飛び込むと、抱きついたまま胸を何度も叩くエリーゼ。
それを抱き留め、ただ受け続ける王。
「だが、もうこれで終わりだ。
これからは何があってもお前を護ろう。
自分の娘1人護れず、何が王か」
「私は・・・私はッ!!」
「今まで本当によく我慢してくれた。
すまない、そしてありがとう・・・我が娘よ」
「うぅ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
まるで堰を切ったかのように泣き出すエリーゼを抱きしめるグラザ王。
この2人は今、初めて本当の親子になれたのかもしれない。
「うむ、よく来てくれた」
2人が部屋で話している頃。
リシアはグラザ王に同伴してきた自分の部隊に挨拶をしていた。
「お久しぶりです閣下」
まず声をかけてきたのは、シェンナ=テルスタット。
副団長の1人にして我が軍の金庫番。
「・・・久しぶり」
素っ気なく呟くようにそう言ったのは、エイダ=ライラット。
副団長の1人にしてテリアと並ぶ、我が軍の切り込み隊長。
背中まである長い髪に、大き目の胸。
そして綺麗な顔立ちでまるで人形のようにも見えるが
その全てを本人は「邪魔」と言って気にしていない。
だが周囲の女性達から「勿体ない」と言われ
色々と世話を焼かれているらしい。
あまり表に感情を出さず
言葉数も少ないため誤解されやすいが
普段は真面目で良い娘である。
・・・そう『普段』は。
「お久しぶりです、閣下!」
次に元気よく声をかけてきたのは
我が軍の騎士の1人、レッド=リザント。
線の細い小柄な体格。
髪は短いものの、どことなく少女にも見える童顔だが
立派に男である。
こいつも私と同じく『女顔』と言われ馬鹿にされてきた人間だ。
王国軍内で居場所が無く、苦労している所を私が引き抜いた。
まだまだではあるものの、その剣技には才能を感じている。
そして彼らの後ろには護衛として付いてきた兵と
この場に残る増援組の兵を合わせた者達の中でも
部隊長以上の役職者が勢揃いしていた。
「久しぶりに皆の顔を見れて嬉しく思う。
では、さっそくだが現状の報告からだ。
・・・ミーア」
「はい。
では、まずはこちらの報告から―――」
・・・・・・・。
・・・・・。
・・・。
「―――以上で決定とします。
では、次の―――」
「お話し中、失礼します」
ミーアの進行で進んでいた会議の最中
メイドの姿をした部下が割り込んでくる。
「どうした?」
「グラザ王が、閣下をお呼びです」
「よし、わかった。
会議は続けてくれ。
あとで結果の報告があれば問題ない」
そう言って座っていた椅子から立ち上がり
2人が居る部屋へと向かう。
中に入ると、2人は普通に何気ない会話をしていた。
その様子に一安心する。
「呼ばれたと聞きましたが、どうされましたか?」
「いやなに、改めて礼を言おうと思ってな」
「それについてはお気遣い無く。
ガーランドあってのランバルトですので」
「何を言う。
ランバルトにかかれば、我が国など。
それに今回、そちらには多大な迷惑をかけたようだ」
「それこそお気遣い無く。
私どもの仕事ですので」
今回、お忍びで来る国王のために色々と手間をかけた関係で
自分の身分をグラザ王には明かしてある。
まあ明かしたといっても
『貴族の娘として学園に入学し、謎の事件を解決するために来た』
ということだけだ。
流石に性別を含めて素性は隠している。
とはいえ今回、かなり大規模に軍を動かしているため
薄々勘づかれているかもしれないが・・・。
「何はともあれ、ようやく娘と向き合うことが出来た。
感謝している・・・ありがとう」
そう言ってこちらの手を握るグラザ王。
「こちらでお役に立てたのなら幸いです」
「私は、王であることに囚われ過ぎていたのかもしれんな。
娘1人、満足に護れんとは・・・」
「・・・失礼ですが、これからどうなさるおつもりで?」
「無論、戦うさ。
貴族達の反発もあるだろうが・・・なに、問題ない」
そう言って胸を張る王だが、簡単なことではないのは明白だ。
だからこそ、この一手が重要になる。
「・・・では、こういうのはどうでしょうか?」
「これは?」
差し出された1枚の高級な紙を受け取った王が不思議そうな顔をしている。
「どうぞ、ご確認を」
丸めてあった紙を広げて中に書いてある文字を見たグラザ王は
「こ・・・これはッ!?」
驚きの声を上げた。
そこに書かれているのは
レナード元帥名義での書類。
ガーランドから我が領土方面への通行に際しての関税の撤廃や
道の拡張工事に関する援助に技術提供。
何より有事の際における援軍の派遣など
様々なことが書かれていた。
しかもどれもガーランドにとって有利なことばかりである。
「持ち帰って検討するだけの価値が・・・そして何より
帝国派の勢力を納得させるだけの材料となり得るかと思います」
「・・・どうしてここまで?」
「現在、エリーゼ姫をこちらに送ったことを切っ掛けとして
かなり帝国から圧力が、かかっていますよね?」
現在、エリーゼ姫をランバルト王国に送ったガーランドは
『ランバルト重視』の姿勢を見せている。
そのままガーランドに敵に回られると困るリッツダール帝国は
コルスン帝国を利用して囲い込みを行おうとしている。
コルスン方面からの物資の流れを止めさせ
帝国側からの物流を増やしている。
つまり今のガーランドはリッツダールに物流を握られてしまっているのだ。
だからこそ、帝国派と王国派でガーランド国内も揉めている。
そこで我々側の物流の流れを見直し
ガーランドにとって有利な状況を作り出すことで
リッツダールの支配を受けつつあるガーランドの市場を適正な方向へと向ける。
そうしてリッツダールの影響を排除するのが目的だ。
中身をじっくりと確認した後
数秒ほど悩む姿勢を見せたグラザ王だったが
「ふふふ・・・はははっ・・・はっはっはっはっ!!」
盛大な笑い声をあげた。
「いや、なるほど。
実に考えられた良い案だ。
そして何より我が国に何1つ悪い要素が見当たらない。
噂には聞いていたが、なるほどなるほど。
レナード元帥とは、まさにランバルトの英雄に相応しい」
つまり今回の提案は、レナードが元帥の権限を使って
独自に行ったことであり王国として行った訳ではない。
しかもどう考えてもガーランドにとって都合の良いものばかり。
これを受けたからと言って王国と手を結んだわけでもなければ
何か見返りを要求されたわけでもない。
だからこの件を理由にガーランドに文句を言うのは筋違いになるのだ。
もし文句を言うのならリッツダールが
この好条件を全て出してくれるのかという話になってしまう。
全ての状況を鑑みてのギリギリの隙間を狙った
まさに鋭い外交の一手である。
「この件、国に帰ってしっかりと検討させて―――」
「お話し中、失礼します」
扉をノックも無しにミーアが入ってくる。
彼女にしては非常に珍しいことだ。
「無礼ですよ」
「緊急の要件にて申し訳ありません」
そう言ってリシアの傍に立ち、耳打ちをする。
「(街外れの墓地にて、大量の黒い人影が出現。
恐らくは、例の女かと。
現在、街に進入せぬよう副隊長以下、主要な者達にて部隊を展開中とのこと)」
「・・・わかりました。
申し訳ありませんが、少し急用が出来てしまったようで。
代わりの者をつけますので本日は、ごゆっくりどうぞ」
優雅に一礼すると、焦る気持ちを抑えて冷静に部屋を出る。
そしてガーランド側の護衛兵に気づかれぬように動く部下達に指示を出しながら店を出る。
「私も現場に行く。
・・・ミーア、万が一に備えてグラザ王とエリーゼ姫の傍で2人を護れ。
店に残っている連中は、全員王の護衛として使え」
「はっ!
お気をつけて」
「なに、アイツらも居る。
問題ない」
そう言って用意された馬に乗って街外れにある墓地に向かう。
墓地では黒い人影のようなものが次々と現れ
街の中心へと行進しようとしていた。
その影達の中心には、古いデザインだが立派なドレスを来た少女の姿。
「アハハハハハッ!
さあ、時は来たッ!
今日、この日・・・我が王国は、楽園は復活するッ!!」
狂ったように笑い、そして叫ぶ少女と
怨嗟の声を上げる人影の声。
その2つが静寂の夜に響くのだった。
第19章 父と娘 ~完~
まずは、ここまで読んで頂きありがとうございます。
更新の方、かなり遅れまして大変申し訳ありません。
様々な事情などにより大幅に遅れてしまいました。
しかしながら改変せずに終了していた場所も修正が終わり
ようやく次話投稿に専念出来そうです。
なるべく投稿ペースを戻していきたいとは思っています。




