第9話 爆増する税収
異世界は、“ホーリーソード”の世界だからか、朝夜、日にち、月、一年、四季が全て日本基準になっている。
ただ、一月は30日までしかなくて、一年は360日だ。
電車とか飛行機があるわけではないから移動にはそれなりの時間がかかる。が、思っていたよりは馬車や馬での移動はかなり速く、シェイル商会が州都に戻ってきたのは出発してから一月経った頃だった。
「お父様。お母様。お願いがございます」
ここ一月、久しぶりに真剣に料理を始めた母は、ふくよかだった体型が少し痩せた気がするし、父もだ。あと二人とも顔色が非常にいいし、表情も穏やかだ。
どうやら最近は下々に対する態度も普通に接してくれるようになったそうだ。
「セシルちゃん? どうしたのかしら?」
「僕が行政を仕切って一月が経過しました。ですがまだまだ始まったばかり……資金の運用もこれからますます増えるので……デリオン商会との取引は全て僕一人に任せてもらいたいです。宝石や高級食材の買い込みはしばらく停止させようと考えています」
二人は困った表情でお互いを見つめた。
貴族としての見栄は非常に重要だからな。しかもうちは王国でもわりと由緒ある家で、子爵家の中でもだいぶ上位である。
宝石や高級食材を買い込んでいるのは、貴族社会ではすぐに噂になる。
今回見送ったらすぐに母は……お茶会に呼ばれることになるだろう。そう。馬鹿にするためにだ。
「そこで僕から一つ提案がございます」
「提案……?」
「おそらくですが……すぐに周辺の貴族からお茶会の誘いがあるでしょう。そこで……敢えてうちで皆さんを招待しませんか? 事前にお母様と料理長で美味しいお菓子をたくさん作っておけば、皆さんもきっと見直すと思うんです!」
「そ、そうかしら……」
「シェイル商会も戻ってきたので食材の買い込みとか全て僕の方でやっておきますから! お父様とお母様は近隣に招待状を送ってください!」
二人を顔を合わせて頷いた。
◆
「セシル様。今月の税収になります」
目の前には大銀貨が無数に積み上がっているし、金貨も10枚程見える。
「多くないか?」
「シェイル商会に巨額の儲けが出たので納税額がかなり増えました」
「それは素晴らしい」
狙った通りである。
そもそも俺が投資した大銀貨20枚だが、正直……商売においてはそこまで大きな額ではない。だって、通常税収で毎月金貨10枚とかだからね。
問題は俺の名前を貸すことでドルゲマイン州ではほぼ全ての手続きが必要なくなり、いらないお金はかからないわ、スピーディーに物事は進むわで商売しやすくなるのがメインだ。
そうなると、あのヒスリルならシェイル商会の運命を懸けると思った。それが狙い通りに進んだというわけだ。
「この後すぐに、ヒスリル様が訪れる予定となっております」
「奴は?」
「おそらく、いらっしゃるかと」
「アポもなく来るのか。とりあえず、奴が先に来たら待たせておけ」
「はっ」
さて、問題はこれから税をどう使うか……。
ざっと見た感じ、金貨10枚、大銀貨が2000枚はある。つまり……合計金貨30枚……日本円換算で30億円という巨額が目の前にあるのだ。
貴族というか、利権がこんなにも儲かるとはな。そりゃ下々の庶民はああいうみすぼらしい生活を余儀なくされるのは容易に想像できる。
タイミングよくヒスリルがやってきた。
「セシル様。お久しぶりでございます」
「ヒスリル。待っていた。今回は素晴らしい成果を出したみたいだな」
「……ふふっ。セシル様は面白いことをおっしゃいますね……それも全てを見越しておられたのでしょう?」
「買い被りだよ。俺はまだ十歳のただの子供だ」
「今はそういうことにしておきましょう。こちらは投資の償還金になります。
「大銀貨20枚が……180枚か。ずいぶんと稼いでくれたな」
「当然です。セシル様の名にはそれだけの価値がございますから。それを存分に利用させていただきました」
ちゃんと利用と言ってくれるだけで、信用できるというものだ。
「シェイル商会はちゃんと儲かったのか?」
「ふふっ。納税と償還金を引いても……手数料にしてはずいぶんと大きな額を稼がせていただきました」
「そうか。ならば――――今回の取引を定期便にしたい。頼めるか?」
「断る理由があるわけございません。むしろ……我らシェイル商会にそこまで投資していただけるということで?」
「大銀貨1000枚を投資しよう」
するとヒスリルが少し驚いた表情を浮かべる。
「うちにはあまりにも優秀な執事がいるからな」
「なるほど。セバス様でしたか。これは油断なりませんな」
「そうだぞ。うちの執事は優秀だからな。今後ともよろしく頼む」
大銀貨1000枚。つまり金貨10枚で約10億円相当の額を投資するのには理由がある。それは今のシェイル商会ができるドルゲマイン州での全てのルートを活かした最大額が金貨10枚なのだ。
まあ、それを調べてくれたのも全てセバスなんだけど。
うちの執事……実に仕事が出来過ぎくんである。
チートスキルなんてなくても、チート執事がいるから今後の異世界ライフも十二分にラクできそうである。
これで死亡フラグさえ何とかなればな。
「投資の件は以上だ。次はうちの家の全ての日常品から食材まで全て任せる。とくにお母様の料理に関する食材は値段関係なく良い品を取り寄せてもらいたい」
「かしこまりました」
「近々お母様の料理を振る舞うために、近隣貴族にお茶会招待を送る予定となっている。そのお茶会も全てシェイル商会に任せる」
「大役、必ずや成功させてみせましょう」
と、タイミングよくセバスが小さく会釈した。
「来たか。通せ。ヒスリルはそこにいてくれ」
「かしこまりました」
すぐに案内されたのは、他でもなく――――デリオン商会長ドンテキだ。
相変わらずふてぶてしい態度がかなりムカつく。
入って早々に不満そうな顔で俺を見つめる。
「ドルゲマイン様はいらっしゃらないのですか?」
挨拶もない。なんて失礼な奴なんだ。
「お父様は他の仕事をされている。今は俺が州の行政全てを担当している」
「ん? セシル様が?」
まるで値踏みするかのような視線。それと部屋にいるヒスリルをチラッと見つめる。
「まあいいでしょう。今日は――――」
「必要ない」
「……?」
「これからお前のところと取引はしない」
「なんですと? 我がデリオン商会がどれだけ――――」
「もう高級食材も宝石もいらない。今後はこちらのシェイル商会に任せることにした。以上だ。帰っていいぞ」
そう言われた奴は顔を真っ赤に染めた。
「後悔することになりますよ?」
「残念ながらこちらのシェイル商会に任せたら税収は二倍になったからな。デリオン商会とは雲泥の差だな」
「……っ! こんな田舎に価値のある品を運んでくる我々を無視するとは! 貴族社会でどれだけ大きな損失になるのか覚悟してください!」
「ああ。覚悟するとしよう」
「ちっ!」
盛大に舌打ちをして出ていく奴の後ろ姿に、クスッと笑みがこぼれてしまった。
にしても……あの馬鹿は、傭兵団に先に寄ることもなく、余裕ぶって真っすぐこちらに来たみたいだな。
さて……これからどうしてやろうか。
偽物の宝石を長年売りつけてきた罰は絶対に受けさせてやる。
◆
デリオン商会長がドルゲマイン屋敷を出ていく。
怒りに顔を真っ赤に染めた彼は、真っすぐ自身の御用達傭兵団へと向かった。
だがそこに広がっていたのは――――ほとんどが疲弊した顔の傭兵達であった。
「おい! これはどういうことだ!」
怒りながらリーダーのところに向かったドンテキ。
傭兵団リーダーの部屋では、ぐったりとするゲリスがいた。
「ドンテキ様……」
「何があった!」
「助けてください……実は先日……」
それからゲリスはここ一月間あったことを全てドンテキに伝えた。
急に現れたセシルと契約の件、これからも護衛の任に就かなければならない件を聞いたドンテキは、ますます顔が真っ赤に染まった。
「あのクソガキがああああああ! 俺様をコケにしやがって……!」
「ドンテキ様……俺達はどうすれば……」
「バカヤロウ! その宝石を受け取ったらもう後戻りはできねぇんだよ!」
「そ、そんな……」
「どいつもこいつも使えない奴ばかりだな! ちっ!」
そう言い残したドンテキは、自分が高く売りつけた偽物の宝石を奪うように受け取っては、傭兵団を後にした。




