第8話「終わりの先で」―邂逅―
「……それ、本物だ」
低く、呟く。
その声には、わずかな興味と――
理解が混じっていた。
だが。
次の瞬間、空気が変わる。
「……なぜ、だ」
握る力が強くなる。
首の肉が軋む。
骨が悲鳴を上げる。
「……なぜ、抗う」
呼吸が潰れる。
それでも、目だけは逸らさない。
「……分からないのか」
男の顔が歪む。
怒り。
それは初めての、明確な感情だった。
「……この世界は、残酷だ」
言葉が、押し潰すように落ちる。
「産まれた時点で、終わっている」
力が、さらに込められる。
腕が動く。
掴まれた腕を引き剥がそうとする。
「苦しむだけだ」
骨が軋む音が大きくなる。
指に力を込める。
爪が食い込み、血が滲む。
だが――動かない。
びくともしない。
「……だから」
一瞬だけ、声が柔らかくなる。
歪んだ慈悲。
「終わらせてやる」
足が暴れる。
蹴る。
届かない。
呼吸が奪われる。
視界が滲む。
剣を見る。
まだ光が残っている。
「……そんなものに」
吐き捨てるように。
首の形が歪む。
手から剣が滑り落ちる。
「……だから、俺が終わらせてやる」
ぐしゃり、と音がした。
カイルが最後に聞いた声は、ひどく優しかった。
◆
少女は走っていた。
リィナの手を強く引きながら。
息が切れる。
肺の奥が焼けるように痛い。
視界が滲み、足元が何度も揺らぐ。
それでも、止まれない。
やがて、崩れかけた空き家が見えた。
「……ここに隠れて」
リィナを中へ押し込む。
肩を掴み、目を合わせる。
「絶対に出ないで」
「やだ……」
小さな手が服に縋りつく。
「……お願い」
その手を、無理やり振りほどく。
――行かなきゃ、間に合わなくなる。
カイルがまだ生きているうちに。
◆
息が乱れている。
呼吸が浅い。
血の匂いが、さっきよりも濃くなっている。
胸の奥が、嫌な音を立てる。
そして――
いた。
カイルが倒れている。
不自然なほど静かに。
「……」
その奥に、怪物が立っていた。
こちらを見ている。
目が合う。
すべての毛穴が粟立つ。
身体が、動かない。
逃げなきゃいけないのに。
わかっているのに。
終わる。
そう思った、その瞬間――
閃光が走った。
空気が裂け、衝撃が遅れて押し寄せる。
「下がれ!!」
知らない声。
黒い影が割り込む。
大剣が振り下ろされ、肉が弾ける。
怪物の身体がぐらりとよろめいた。
だが、倒れない。
黒い戦闘服の女性は着地と同時に構え直す。
銀の長い髪が揺れ、マントが翻る。
呼吸を整えながら、間合いを測る。
視線が、男の肩へ向く。
傷が――塞がっていない。
「……お前、『戦士』だな」
怪物が、先に口を開く。
確信している声音だった。
「……まあ、いいか」
「戦士」は動けない。
深入りすれば、自分が死ぬとわかっている。
「……美味い食事もできたし、見逃してやるよ」
そう言葉を残して、【エリミネア】は闇へと姿を消した。
◆
静寂が落ちる。
「戦士」は小さく息を吐いた。
胸の奥に溜まっていた緊張が、わずかにほどける。
「……なんとか生き残ったな」
少女を見る。
返事はない。
頷くこともできない。
少女は、何もかもを奪われた。
――違う。
「……リィナ」
かすれた声が漏れる。
すぐに身体が動いた。
「……リィナ!!」
叫び声とともに走り出す。
しかし、下半身に力が入らない。
「来い」
「戦士」はそう告げると、少女を背負う。
そして、二人は急いで空き家に向かった。
◆
扉を押し開ける。
内部は暗く、埃が舞う。
「リィナ!!」
声を張り上げる。
床に残る足跡。
まだ新しい。
「リィナ!!」
もう一度。
返事はない。
さらに奥を探す。
いない。
そこにいるはずの小さな影は、どこにもない。
「……」
汗がどっと溢れ出る。
何かあるはずだと。
何か残っているはずだと。
外へ出る。
「……リィナ」
声が虚しく風の中を通り抜けた。




