第21話:沼へはまる_2
「い、いやそんな……身体を売る、なんて……」
「僕もそう思うんだけどね。先月、その人と一緒に旅行へ行ったんだけど。親戚の集まりみたいな感じで。その時に、一緒に大浴場へ行ったんだけど。……こう、太腿の内側に、バーコードがあったんだよね」
「前は、なかったの?」
「うん。その親戚の集まりって、毎年あるんだよね。毎年同じ旅館に泊まるんだけど。……今どき珍しいでしょ? みんな旅行好きだし、そういう時じゃないと集まらないけど、葬式のときに顔わからないと困るよねとか、そんな感じで行ってるの。あぁ、それでね。その、去年行った時はなかったんだよ、そのバーコード」
「確かなの? ほくろとかシミとか、変な形の痣なんじゃなくて?」
「違うと思うんだよね。まぁ、そんな太腿の内側なんてマジマジ見る場所でもないし、家族じゃないから聞きづらいし。温泉浸かってる時に、洗い場をぼーっとしながら見てたら、歩いてきたその人がちょうど視界に入った……ってくらいだもん」
「それだと判別難しそう。全部丸見え、ってこともなさそうだし」
「そうなんだよね。だからって他の親戚にも確認なんかできないでしょ?」
「それはそう。事故とか病気でセミボディになったかもしれないし、地雷踏みたくもないしなぁ」
「聞けずじまいで、でもあの羽振りの良さは、間違いなく今年に入ってからなんだよね。それまでは普通だと思ったんだけど。……それに、その旅費出したのもその人なんだよね」
「短期間で一気に稼ぐとしたら、賭博ってことね。それも高額の」
「……結構裏求人って言って良いのかな? それで見かけるらしいんだけど、オリジナルとか、入れ替えてない部分の臓器って、実験用に最近特に力を入れて買い取ってるみたいだよ?」
「えぇ!?」
「今って、オリジナル一人につきフルボディ……クローン体一体でしょ? それ以上のスペアはないじゃん? それを増やす研究が、上手くいきそうだとかなんとか」
「はぁ……そりゃ、スペアにして乗り換えてったら延命も容易かもしれないもんな」
「後はやっぱり、脳みそも換えちゃうところだよね。噂だと、記憶は売買されてるんだって」
「……記憶なんかどうするんだ?」
「追体験して楽しんだり、コレクションするみたいだよ? ……性格悪いなって思うけど、死にかけた時の記憶とか。悪趣味だよね?」
「そんなの追体験できるくらいの技術があるんだな、知らなかった」
「もっと趣味が悪いのは、記憶もだけど身体の一部もコレクションするって」
「おいおいそんな話食事中にするなよ」
「あ、ゴメン。ついノリで最後まで話しちゃった」
「趣味悪ぃ……。てか、衣玖詳しくない?」
「隼人も読む? 週刊誌だから与太話かもしれないけど」
「お、ちょっと貸してくれよ」
「いいよ。読み終わったら返してね。家に持ち帰ってもらっても良いよ」
「サンキュ」
衣玖はリュックから一冊の雑誌を取り出すと、隼人へ渡した。まだ買ったばかりなのか、リュックへ入れた拍子に端が折れたくらいの跡しかない。
「そんな話もあるし、何よりギャンブルって負けたら借金凄そうでしょ? だから、さっきの親戚のヒソヒソ話も間違ってないのかなって思っちゃうよね……」
やれやれといった表情で、衣玖はお弁当のご飯を食べ進めていた。一方、隼人のほうは思い当たる節があるためイマイチ食は進まなかった。先週末に手持ちのコインは九千枚へ到達し、今までも額は多くないといえ勝ち負けを繰り返している。自分の身体や家族を売る話も聞いたし、実際にそうした人も見た。しかし、衣玖の親戚ほど稼いでいるとは言えない。正直に言うと羨ましいのが本音だった。そんな話を聞いたところで、怖さよりも欲が勝っているのである。併せて『自分は今大量のコインを持っている』という驕り。
「はぁ、そりゃあ稼げるなら楽に稼ぎたいよね。僕だってそう思う。お金っていくらあってもいいし。理想はローリスクハイリターン」
「ローリスクなら、リターンもローじゃないか?」
「わかってるって。ただの理想だよ」
「わかるけどな。俺もローリスクハイリターン希望」
「仲間!」
ゆっくりとご飯を食べ終え、残った昼休憩の時間で隼人は雑誌をパラパラとめくった。確かに、衣玖の話していた内容が何ページにも渡って特集として書かれている。最近流行っているかもしれない闇賭博に始まり、どんなことを行っているかの予想と元関係者らしき人物へのインタビュー。そこからオリジナルの身体の売買についての憶測や予想と、巷で噂されているクローン体の複製について。こじつけ、噂話の域と言えばそれまでだが、隼人の目で見て少なくとも大枠では闇カジノの部分は間違っていない。多額の現金をコインへ換え、それを基にゲームを行う。スロット、ルーレット、ポーカーにブラックジャック。さすがにレースゲームやババ抜きは書かれていなかった。そして儲けたぶんを現金や景品へ換える。会員制の会場で、一見はまず入れない。その会場へ出入りしている人間に、なんとかして連れて行ってもらうしかない。ここまでは、よくある与太話と言えばそうだった。
気になるのは、その次の部分だ。『また、建物の地下では危ないゲームが行われており、そこでは人の生死も厭わない――』。隼人はまだ、今ゲームをしているフロアのさらに下の階へは行っていない。今週、コインを五千枚払ってようやく入れるようになるはずだ。『人間が賭ける対象』と間違いなく楓は言っていたし、三兼の説明もそうだった。この雑誌の、この元関係者らしき人間の言うことを鵜吞みにするならば、デスゲームでも行われているのかもしれない。二次元では一昔流行ったジャンルだ。それくらいしか、生死を問わず人間が賭けになるゲームが思いつかない。さしづめ、誰が勝つのか、死ぬ順番は、生き残るのは何人……そんなところだろう。隼人は妙に納得していた。
――そんな雑誌を読んで数日。隼人はついに、VIPフロアへのカードキーを手にしていた。
「やったな隼人!」
「あぁ、これで一緒に次のフロアへ行ける」
「おめでとうございます譲原様」
「ありがとうございます三兼さん!」
「登録は済んでおります。コインの表示が変わりますゆえ、くれぐれもお忘れなく」
「はい!」
「よし! 早速入ろうぜ!」
「ご案内いたします」
遠足へ向かう子どものように、隼人は顔を綻ばせて三兼の後をついていく。このフロアの存在を知ってから、気になって仕方がなかった。初めも初めは使われる額の多さとなにが行われるのか得体の知れなさに、多少の恐怖と不安があった。ただ、今はもうそんなものはなくなってしまった。
向かった先はカンキンジョのあるフロアの突き当たり。あの時は気が付かなかったが、突き当たりの壁には機械が取り付けてあった。
「こちらへカードキーをタッチしてください。入る場合はこちらから、出る場合は内側にある機械へ。必ず、自分のカードキーをお使いください。何人かで連れ立って入る場合も、便乗して入らず自身の鍵で開けるように、皆様にお願いしております」
「わかりました。気を付けます」
「じゃあちょっと、先輩風吹かして俺から入ろうかな?」
楓が自分のカードキーをかざした。
ピッ。
機械は緑色の光を放ち、機械音を一つ鳴らした。
「ホラ、お前も」
「あぁ」
隼人も同じようにカードキーをかざすと、緑色に光り音が鳴った。
「それでは、私も」
三人がカードキーを通したが、その時に機械音がなるだけで、後はうんともすんともいわない。
「……? 開かない? ですね」
「少しお待ちください」
しばらくすると、ゴゴゴゴ――という大きな鈍い音とともに、壁だと思っていた部分が上部へ迫り上がっていった。
「おおお」
「こちらでございます。カードキーと申しましても、お客様の証明証、とお思いいただけましたら。実際はそれぞれ反対にいる人間が、別のキーを使用して開ける決まりとなっております。それでも、お客様のカードキーをかざすことでどなたが来るか、ドアを開ける必要があるのかわかるようになっておりますゆえ、鍵と同じ機能でございます」
完全に開かれた扉の向こうに、男がひとり立っていた。三兼の言うことに間違いはないらしい。
「下へは階段で」
扉の先は短い廊下が、そしてそのあとは階段になっている。初めて会場に来たときの階段と、なんら変わらないように見えた。
「こちらでございます」
階段を降りた先は、また廊下になっていた。そして突き当たりに扉があった。
「もう一度、カードキーを」
言われたまま、隼人は先ほどと同じようにカードキーを機械へかざした。
「今度は、こちらのカードキーで開けることが可能です」
すぐに扉が開く。隼人、楓、三兼の順で前へと進む。その先は入り組んだ廊下となっており、その先に光が見えた時、後ろから声が聞こえた。
「譲原様、ようこそ、VIPフロアへ――」




