二話
「さすがイザベラ様。大胆だよねえ」
「そんな……今すぐにやめてください!」
私は怒り心頭で、声を荒げる。男性は困ったように頬をかく。
「いくらアリアさんでもそれはできないよ……イザベラ様に頼まれてるからね」
「……では私が言ってきます」
男性の制止を振り切り、私は走った。
どれだけがんばっても、イザベラ様はわかってくれない。
もちろん、ここがゲームである以上、仕方のないことかもしれないが、今回は違うと思っていたのだ。
なぜなら、イザベラ様は悪行を行うどころか、善意というものを理解しようとしていた。
一緒に街のゴミ拾いをしたし、ご飯を食べられない人たちに食事を配ったりもした。
だからこそ、悔しくて、悲しかった。
そして、街で一番大きな屋敷、イザベラ様の家を訊ねてみたが、留守だと言われてしまった。
どこにいるのかも知らないの一点張りだ。
今までそんなことを言われたことはないし、執事が場所を把握していないなんてありえない。
おそらく、私に言わないように命令されているのだ。
そういえば、最近別荘を建てたと聞いていた。
もしかすると、そこに飾る予定なのかもしれない。
この話がルーカス公爵の耳に入れば終わりだ。
ツリーが運ばれる場所がわかれば会えるかもしれないと戻ってみたが、すでに運びだされていた。
代わりに偽物のツリーが飾られていたが、これもイザベラ様の指示なのだろう。
「…………」
途端にすべてがどうでも良くなり、項垂れながら家に帰る。
帰宅するとベッドに潜り込み、今までのことを思い出しながら、悲しみのあまり目を瞑った。
――――
――
―
「夜……」
目を覚まして窓を見ると、外は真っ暗になっていた。色々と寝不足だったこともあり、疲れていたのだろう。
机の上には、私が用意していた大きな白い袋が置いてある。
とにかくイザベラ様が好きなものを集めておこうと、たくさんのプレゼントを入れておいたのだ。
「……はあ」
今朝のツリーの出来事を思い出し、私はタメ息をついた。
少し気持ちが切り替わったこともあり、私はパジャマのように気だるくサンタの格好に着替える。
この服もボロボロになってきているな……。
というか、サンタの恰好する意味もあるのか? と、今ごろになって気づく。
トナカイはいないので、もちろん徒歩だ。
家はそこまで離れてないが、バレないようにコソコソと隅っこを歩く。
この時期にサンタがいても咎められないが、身長が低いこともあってジロジロと見られたりする。
そんなこんやでイザベラ様の屋敷に再び到着。裏庭からいつもの合鍵を使ってこっそりと侵入。
もはや泥棒並みの手際で、自分でもおそろしい。
「おもっ……」
するすると屋根に上がって、大きな煙突に入り込み、下に降りる。
ここはイザベラ様の部屋に直接繋がっているのだ。
ちなみに何度か執事に見つかったことがある。
不法侵入したとして投獄されたこともあるし、言葉では言えないような出来事になったこともある。
あの時ばかりはループに感謝したなあ……。
暖炉は普段使っていないので、無事に侵入。
部屋は見慣れた大きな天蓋付きベッドがあり、壁には有名な絵画が飾られている。
イザベラ様は寝るのが早い。なおかつ多少の物音でも起きないので、私は落ち着いていた。
机の上には、大量のミルクと山盛りのクッキーが置いてある。
イザベラ様の言う通り、三リットルはあるだろう。
「…………」
もちろん無理に食べる必要はない。そもそも、寝起きでこの量はきつい。
けれども、やっぱり用意してくれたからには完食してあげたい。
「むう……」
私は覚悟を決めて、静かに、それでいてガツガツと食べはじめた。
そして、一時間後。胃袋がパンパンになった頃、ようやく食べ終わる。
「ミルク、クッキー、怖い。ミルク、クッキー、怖い……」
夢遊病のように呟き、白い袋からプレゼントを取り出して並べる。
できる限りイザベラ様が欲しいであろうものを集めておいた。
当たればラッキーだなあ……。
そういえば、イザベラ様の寝息が聞こえない。
「……手紙?」
すると、小さなツリーの横に置かれている白い封筒が目に入った。
どうやら手紙のようだ。
表紙には、サンタさんへ。と書かれている。
こんなこと初めてだ。もしかして、欲しいプレセントが書いてあるのかもと期待して開けてみると、とんでもないことが書いてあった。
「イザベラ様……」
読み終わると同時に、私はすべてのプレゼントを回収し、煙突をよじのぼり外へ出た。
◇
「こんなところに……」
街から少し外れた場所、白くて清潔感のある大きな建物があった。
その庭には、広場の大きなもみの木が植えられている。
とても綺麗で、魔法がかけられているのか、とても明るい。
ここは、イザベラ様が作った別荘らしい。
表札には、太陽の家と書かれていた。
裏庭から入って来てくださいと手紙に書いていたので、私は裏に回ってドアを開く。
そして、声が聞こえた。大勢の――子供たちの声だ。
「うわああ、すごい綺麗!」
「でっかい! ねえ、イザベラ様! これって本物の木なの」
「ええ、本物よ。綺麗でしょ?」
そこには、嬉しそうなイザベラ様の姿もあった。
そして、子供の一人が私の姿を見つけ、叫んだ。
「あ! サンタさんがいる!!」
「ほんとだあ!」
目の前のことが信じられず、唖然としていた。
しかし、イザベラ様はとても嬉しそうな笑顔で、私に近づいてきて挨拶をしてきた。
私も覚悟を決め、声色を変えて口を開いた。
「こ、こんばんわ。良い子のみんなにプレゼントを持ってきたよ」
そして、大歓声が上がった。
私はイザベラ様のために用意していたプレゼントを配って、すぐその場からさろうとした。しかし、イザベラ様が私の手を握る。
「いつもありがとうございます。――サンタさん、手紙を読んでくれたんですね」
私は嬉しくて、涙を流しそうになる。
「あ、ああ。でも、どうしてこんなことを……?」
できるだけ男っぽく、バレないように訊ねた。
「私……実はぜんぜん良い子じゃないんです。けれど、私の大切な人……アリアという女性が色々と教えてくれました。だから、変わりたいなって本気で思ってるんです……。だから、一人でも頑張りたくて、アリアには内緒で……これって悪いことでしょうか?」
イザベラ様は、とても申し訳なさそうに言った。
その表情はとても不安そうだが、私は涙をこらえながら満面の笑みで答える。
「とても良い事です。きっとその大切な人も、喜んでくれますよ」
イザベラ様に私の気持ちは伝わっていたのだ。
手紙にはこう書いていた。
『サンタさんへ。私のプレゼントはいらないので、外に出られない病気の子供たちに、サンタさんの姿を見せてあげて欲しいです。住所は――』
◇
そして、迎えたイザベラ様とルーカス公爵の結婚パーティ当日。
私は晴れやかな気分だった。
今日は最高の日になるだろう。
会場の控え室の扉を開けると、イザベラ様の純白なドレス姿が目に飛び込んできた。
美しすぎて……よだれが出てしまう。
「お綺麗です、イザベラ様!」
「ありがとう、でも、アリアも綺麗よ」
「そんなことないですよ! でも、私も白でいいんですか?」
「ううん、嬉しいわ」
なぜだかどうして、私も白いドレスに身を包んでいた。
イザベラ様のたっての願いで、おそろいにしたかったのだという。
あのクリスマスのあと、イザベラ様はもみの木を植え変えたと私に謝罪した。
街外れの別荘は、外に出ることができない貧しい子供たちのためにイザベラ様が用意したのだという。
私の気持ちはイザベラ様に伝わっていたのだ。
もちろん、これはゲームのシナリオに存在していない。
イザベラ様は本当に変わったのだ。
「そろそろ式がはじまります」
そして、ついにその時がやって来た。
時間計算すると、いや、年数で計算すると数百年? いや……考える必要はない。
これでようやく前に進むことができる。
ゲームでは確か、結婚してすぐに子供ができるはずだ。
私はその隣で、二人を見守っていこう。
しかし、イザベラ様は立ち上がると強引に私の腕を掴んだ。
「え?」
「アリア、来てください」
私はされるがまま、引っ張られる。
「ど、どこへ行くんですか!?」
気づいたら大きな扉をイザベラ様は開いていた。
私の視界に飛び込んできたのは、式を楽しみに待っていた大勢の人たちと、タキシードに身を包んだルーカス公爵だった。
突然の私たちの登場で、誰もがきょとんとしている。
いや、私が一番わけがわからない。
なにこれ、なにこれ?。
そして、イザベラ様は胸を張ってルーカス公爵に顔を向けた。
ちなみに、私の腕をがっちりと掴んでいる。
「ルーカス公爵、あなたとは結婚できません。――なぜなら、私はこの女性、アリア・プロンツェを愛してしまいました」
「へ……?」
衝撃的なことを、イザベラ様は言い放った。
周囲は騒然とし、何事かとざわめきはじめる。
いやいや、なにこれなにこれ。こんなのシナリオにないどころか、ありえないよね?。
バグ? バグだよね? バグにしてもオリジナルすぎない?。
そもそもイザベラ様、爵位は相手の方が上ですよ!?。
当然のように、ルーカス公爵は私に視線を向ける。
ああ、そうだよね。私がたぶらかしたみたいに見えるよね……これで嫌われて巻き戻りか……。
「まさかそんなことが……イザベラ嬢、なら僕も本音を言おう。まっすぐで純粋な心を持っているアリア・プロンツェのことが昔から好きだった。君には――渡さない」
視界がぐるぐると渦巻き、私の頭は驚きで真っ白になっていく。
ああ、こんなパターンもあるのか……。
諦めて目を瞑り、ため息を吐く。
「……ん?」
しかし、再び目を開けても、世界はループしていなかった。
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