第三十七話 四月二十四日(水)少女は約束をした
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自身の筋力に合わせた動きを模索した翌日。ユウはレイナからのアドバイスを聞いて少しずつ動きを矯正していた。
いつも通り合流したリヒトととの登校中、彼が不審げに尋ねた。
「ユウ?その動きはどうした?凄い変だぞ」
「昨日言ってた負担の少ない動きを実践中。そんなに変?」
「それでか……。なんていうか、悪い癖付きそうだからやめとけ」
「ならやめる。どうすればいい?」
「日常的な動きは十分女性的な形になってるから、運動するときに周囲の女子の動きを観察しな」
「分かった」
リヒトの助言を聞き、ユウは素直に従う。
「それと、今のユウは関節の可動域が違うからそっちを意識してみれば?」
「そんなに違う?」
「そうだな……動画で見せるよ」
リヒトは自分のスマホを取り出し、とある動画を見せる。そこには男女の投球フォームが映っていた。
「こんな感じだ」
「うん、全然違った。何これ」
「これが骨格の違いで、腰とか股関節周りは時に違うと思うぞ」
リヒトは解説しながら動画を見せていく。
「なるほど。これは参考になる」
ユウは興味深く動画を見ており、その姿を見たリヒトは思わず笑ってしまう。
「なに?」
「いや、やっぱりユウは女の子なったんだなって思っただけ」
「どういう意味?」
「無意識の体勢がまんま女性のそれだからさ。まあどんなユウも可愛いな」
「……バカ」
ユウは照れ隠しにそっぽを向いてしまう。リヒトはユウの頭を撫でると、ユウは嬉しそうに微笑んだ。
程なくして教室に着くと、珍しく藤堂カリンとリサが話していた。
「おはようございます」
ユウは挨拶すると、二人は振り向いて笑顔を見せた。
「おはよう、ユウ!」
「ユウ、おはようございます」
「珍しいね、二人が一緒にいるのは」
「ちょっと用事があってね。ねえ、カリン」
「ええ、その件でリサさんと相談してました」
「いつの間にか仲良くなってる……」
ユウは二人が知らぬうちに名前で呼び合っていることに驚いていると、カリンが慌てたように弁解した。
「ユウの友達だからこそ名前で呼ぶべきだと思ったんです!別に深い意味はないですよ!?」
「私が頼んだのよ。ユウが気に入ってる子なら長い付き合いになると思ってね。駄目だった?」
「ふーん……そうなんだ。へー」
「ユ、ユウ?」
じっとりと見てくるユウの視線にたじろぐリサ。初めての顔に余裕を無くしたリサを見てユウの表情が緩んだ。
「冗談だよ。ちょっと寂しかっただけ」
「良かった……もう、脅かさないでよ」
「ごめんなさい。ところで二人は何を話してたの?」
ユウは話を切り替えるために尋ねる。ほっとしたカリンが少し恥ずかしそうに語り始めた。
「その、私事なのですが、料理が苦手でして……リサさんがスイーツ部とお聞きしたのでご教授をお願いしてたのです」
「僕だって料理出来るのに……」
「ユウ、拗ねないの。カリンが困ってるでしょう」
「むう……」
ユウが不満げにしていると、リヒトが呆れた様子で口を開いた。
「ユウは家事全般得意なのをまだ藤堂が知らないからだろ」
「だから私はユウにも聞いたらって言ったのよ」
「……カリン、ホント?」
「え、ええ!ユウが来たら頼もうとしてましたよ!」
「そっか。じゃあ今度作ろう!」
ユウは機嫌を直し、上目遣いで見つめながら提案する。そんなユウにカリンとリサは顔を赤くしてしまう。
「お、お願いします……」
「ユウ、それはズルいわよ。女になってもたらしなのね」
「そ、そう?すみません……」
「いいのよ。それで、ユウの予定はいつなら空いてるかしら」
「来週末までバスケ部に付きっきりだから、今週だと日曜くらいかな」
「私は平気ね。カリンは日曜でもいいかしら?」
「だ、大丈夫です」
カリンは頬を赤らめたまま承諾した。その様子を見ていたリヒトはニヤリと笑う。
「ユウのファンがまた一人。相変わらずモテてるな」
「リヒトは日曜日どうするの?」
「ユウがいないとなると何するかな……。家でゴロゴロしてるかな」
「分かった。……土曜の夜に甘やかしてもらおうっと」
「えっ?」
「カリンどうかした?」
突然声を上げたカリンにユウは首を傾げる。そんな彼女にリサは小声で告げた。
「ユウ、声が漏れてたわよ」
「えっ……」
ユウが慌ててリヒトを見れば、彼は気まずそうに頷いた。瞬間、ユウは顔から火が出るほど恥ずかしくなって自分の席に逃げた。
「ユ、ユウ!?」
「忘れてください……!!」
真っ赤になった顔を隠すように机に突っ伏すユウ。リヒトは苦笑しながら彼女の頭を撫で、カリンは心配して駆け寄る。
「あの、大丈夫ですか?」
「カリン、そっとしておいてあげて。ユウなら恥ずかしくて悶えてるだけだから」
「そうなんですか?」
「ユウは意外とシャイなところがあるんだよ。そこも可愛いけどさ」
「そ、そうですね……」
リサの言葉にカリンは納得するが、リヒトの一言で顔を赤く染めてうっとりとユウを見た。
(ああ、耳まで赤くして……可愛い!!)
カリンは思わず微笑んで彼女の頭に手を伸ばした。リヒトが気付いて手をどかせば、カリンは我慢できずにユウの頭を撫で始めた。
「え、あの、カリン?」
「ごめんなさい!つい可愛らしくて」
「あぅ……」
撫でてくる感触が変わって恐る恐る顔を上げたユウは、優しい顔で撫でてくるカリンの姿が見えた。ユウが戸惑いを露わに問いかければ、彼女は嬉しそうな声色で謝りつつも手は止めなかった。
羞恥に負けて再び机に突っ伏したユウは、予鈴がなるまで解放されることはなかった。
***
放課後、バスケ部にやってきたユウは部長に頼んで練習風景を見学させてもらった。
一時間ほどじっくりと観察を終えたユウがコート端でフォームの矯正をしていると、レイナがやってきた。
「今日はどうしたの?見学してたと思ったら動きが変わってるし、何かしたの?」
「ちょっと男女間の動きの違いを観察してただけ。公開試合までには直しておくから楽しみにしてて」
「わかった。……そっか。あの時の違和感は男子の動きをしてたからだったんだ」
納得して呟きながら去っていくレイナを見送ってからユウは練習を再開した。
それから一時間後、部内練習試合が始まった。時間の都合上一試合のみとなったが、ユウにとっては都合が良かった。
「佐倉さん。大丈夫なの?その体力とか……」
部長が心配そうに尋ねるが、ユウは全く問題ないと首を振る。
「はい。今なら多分フルでもいけますよ」
「へぇー……。それなら良いんだけどね」
部長は半信半疑だが、ユウの顔色は悪くないどころか好調に見える。そのまま試合が始まり、後半で遂にユウの出番となった。
「ユウ、いざ勝負!」
「いや、これチーム戦だからね?」
相手チームとなったレイナが開幕に勝負を仕掛けてきたが、がら空きのコースにパスを出しながらユウは呆れた声を出す。
ユウのマークについているのであろうレイナが立ちふさがるが、意表を突くようにしてボールが前に送られる。レイナは驚きながらもボールの行く先を目で追うと、シュートを決めるユウのチームメイトの姿がその目に映った。
その後もユウは相手の裏をかいてはボールを回し、時たまシュートを放つプレーを繰り返した。
後半だけで10点差をひっくり返して勝利した。これには部員達も驚いた様子だったが、ユウは気にせず休憩に入った。
「ふぃ~。やっぱり疲れるね」
「お疲れ様。……ねぇ、あの動きは何?今までと全然違うよね?」
タオルで汗を拭いているとレイナが話しかけてきた。ユウは少し考えてから口を開いた。
「男の時と比べて筋力がないからどうしても今までの動きだとスタミナが尽きちゃうから、プレイスタイルを一転させてみた」
「……今日のあの時間で?」
「うん。まだ男のフォームが染みついてるから治るまではパス回しに特化しようかなって」
「そんな気軽にプレイスタイル変えられるものなの!?」
「一応昔リヒトと組んだ時にやってたスタイルだし。性に合ってるからこっち主体にしようかな」
「そ、そう……」
あっさりと答えたユウに対してレイナは言葉を失う。するとそこに部長が現れてユウに声をかけた。
「佐倉さん、凄かったね。……特に終盤のプレー、あれは意図的にやったの?」
「そうですよ。あれはリヒトがよくやってたので真似してみました」
「そっかぁ……。真似で出来るような技じゃないと思うけど?」
「一応一昨年に練習して覚えましたから」
「そ、そうなの?それで出来るものかしら……」
本当に不思議そうに呟いて去っていく部長を見て、ユウは首を傾げた。
片づけを終えて着替え終えたユウが更衣室を出ると、男子バスケ部はついさっき終わりの挨拶をしていた。
リヒトが片づけをして更衣室に向かう最中に制服姿のユウと会う。
「ユウ、すまん。すぐ着替える」
「ゆっくりでいいよ。時間もそんな急いでないし。入り口で待ってるね」
「了解」
更衣室に入っていくリヒトを見届けてからユウは体育館の入り口で待っていると、女バスの部員に声を掛けられた。
「あの、佐倉さん?」
「はい?どうしました?」
「顔、赤いけど大丈夫?熱中症?」
「えっ!?あー、違います。少し熱にあてられただけなのでここで涼んでれば治ります」
ユウは慌てて否定したが、頬に手を当てれば確かに熱い気がする。
(……汗をかいたリヒトの姿にドキドキしたなんて言えない)
顔を逸らしながら答えるユウの態度が不審だったらしく、レイナが通り際に鋭い言葉を投げた。
「海原君にお熱なんだよ。ユウの熱にあてられる前に帰りましょ」
「ああ、そっか……」
「それじゃあまたね、佐倉さん」
「……お疲れさまです」
手を振って見送るとユウは壁に寄りかかりながらため息をつく。
(レイナってば余計なこと言って……!)
心の中で文句を言いつつ、ユウは火照った頬を両手で押さえた。
リヒトが来た頃にユウの頬が元に戻ることは無く、彼はそれに触れずに彼女の手を取って帰路についた。
そろそろ現実での暑さが本格的になってきました。
皆さんも熱中症にご注意ください。私は部屋でなりかけました。




