スーパーアスリート③終
四方を囲まれ、その上百人以上の敵が文月たちを捕らえるために一斉に襲いかかった。
必死に戦って抗っていたが、もう一台のバスの上に立っている男は二丁の拳銃を構えて狙撃する。
宿木丸丸。得意種目:射撃。
早打ちが得意で、その上大会では一発も外したことがない。
その弾丸の一つを文月は頬にかすらせた。実弾であれそうでなかったとしても、当たれば危険だということは分かる。しかし逃げようにも、バスに囲まれて逃げ場はない。
この場を打開する策を考えるため思考を巡らせながら、銃弾をかわし、襲いかかってくる敵にも柔軟に対応する。
どれほど相手の動きを予測できるからといって、相手がこちらの動きに対応できないという保証はない。
文月は今極限まで追い込まれていた。そんな中で、彼女の中に眠っている黒色がうずき始めていた。
「丸丸、そろそろ仕留めろ。私たちだっていつ倒されるか分からない」
「ああ……」
丸丸は手に汗を握っていた。
それは文月の印象が、最初とはかなり変わったからだ。まるで別人のような。
彼女は相手の頭を上を走り、楽々と丸丸のいるバスの上へと飛んだ。
「この脚力……」
「あと1メートル高かったら無理だった。私を侮ってしまったな」
「このバスは高さは六メートルだぞ。たとえ人を踏み台に使ったとしても五メートル以上はある。それを越えた!?」
「おいおい。お前ら宿木家は優秀じゃなかったのか。それともあくまでも一般人よりは優秀ってだけか。それじゃただの一般人以上超人以下の存在なのだろうな。生憎、私はその上にいる存在だ」
文月は素早い動きで丸丸の持つ拳銃を二丁とも蹴り飛ばした。そのまま押し倒し、首もとに手を当てる。
「お前たちに良いことを教えてやる。どれだけ数が多かろうと、どれだけ優秀な血に恵まれようと、勝つのは結局強い奴だ。そして勝った者が世界を支配する。たとえその者が善であれ悪であれ、だ」
今の文月の目は、真っ黒に染まっている。
まるで一度学園を支配しかけた時のように、支配欲に満ち満ち溢れている。
「私の三大欲求は知識欲、支配欲、そして女王欲。私は王になる。私が絶対であり、絶対的であり、絶対的な王である。故に、私に逆らう者はーー」
この時点で、宿木糧波は思っていた。
やはり文月京は、自分自身に打ち勝つことができないのだと。自分自身を保つことなどままならないのだと。
だが、
「ーーそれでも私は見てきたから。これまで多くの者に出会ってきたから、だから私は知っている。人がどれほど優しい存在であり、どれほどに美しい心を持っているのか。私もそうありたいと、思った」
黒色に染まっていたはずの文月京は、何色でもない、無数の色に染まっていた。
赤や青、黄や黄緑、白や黒、無数の色に染まっていた。
「ようやく分かったんだ。私は私の中にいる別の人格を否定しようとしていた。だから必死に抑えつけていた。でもそれは間違っていたんだ。私の中にいるのは皆私だから、だから私は受け止めるよ。私の中にいる全ての私を」
これまで自分自身に恐れていた文月は、今自分と向き合って気付いた。
「そうだ。私は私を受け止める。だから私は私を拒まなくて良い。全てを受け入れよう」
今の文月は優しさに溢れていた。
生まれ変わった、そう言われても不思議ではない。
長い間向き合ってきたもう何人もの自分との戦いは終わった。
宿木糧波の乗るヘリが文月らの上空に現れる。そこから身を乗り出す糧波は文月に言う。
「文月、帰ろうか。私たちの学園に」
「はい」
文月は過去に向き合った。
だからもう、外伝は終わる。
そしてこれから文月の最終章が始まる。