スーパーアスリート①
ヘリに乗って向かった場所は、国土全体が城や城下町のようになっている場所。それらを巨大な観客席のある壁が囲んでいた。
「ここは私の生まれ故郷、超アスリート国家クロノス朝顔」
「超アスリート国家、確か年に一度スポーツの祭典が行われる場所でしたっけ」
「ああ、そして強すぎるあまり、大会では常に特別扱いになっている一族が存在する。それが我々宿木一族というわけさ」
代々、宿木一族は名門家である。
先祖は優秀な血族であり、あらゆるスポーツに長けている。
例えば、砲丸投げではこれまでの世界記録を十メートルオーバーし、陸上長距離でも四十秒も記録を塗り替えた。
その他にも、野球やサッカー、ゴルフなど、あらゆるスポーツで記録を塗り替えてきた一族、それが宿木一族。
「ということは、私はここでスポーツで戦うことになるのですか?」
「いいや。君の人格がどうなっているのか、それは誰にも分からない。なぜなら君の中に眠っている人格はひとつや二つではないからだ。
努力家の人格、支配欲に駆られる人格、平凡な人格、仲間思いな人格、無数の君が複雑に絡み合って君ができている。私はまだ本当の君を見ていない。君という者が本当はどういうものか、見せてくれ」
文月は自分の胸を押さえ、自分の内に眠る幾つもの自分を感じていた。それに不安を抱くも、覚悟を決める。
「少し不安ですが、やってみます」
「では早速始めよう。最終試練を」
宿木は謎のボタンを押した。すると、ヘリコプターの床が開き、乗っていた文月、暗黒、霞ヶ崎、冬無の四名は上空から落下する。
宿木は壁にしがみつき、離れない。さすがは宿木一族といったところだろうか。
「それでは楽しめ。その会場から脱出できた時、君たちを学園へ連れていく。だがもしできなければ、私は学園は彼女に支配されたままで構わないと思っているよ」
「宿木先生?」
「ここで試すのはな、お前がもう人を傷つけずにいられるかだ。それではまた会えるといいな」
ヘリコプターの床は閉じ、手の届かない遥か高みに消えていく。
上空から落ちている文月らは命の危機に放り出され、今その命が絶えようとしていた。少なくとも高度千メートルはある高さから地面に直撃すれば、確実に命はないだろう。
何か策を模索するも、上空で何も持っていない状況で生き残れるはずがない。
そんな危機的状況下で、文月の内に眠る何かが騒ぎ始めていた。直後、文月の目は赤色に染まり、上空の中で下を見渡す。
壁の中は相変わらず城下町が広がっている。その中でひとつ、巨大で長い避雷針が目にとまる。
「皆、私に掴まれ」
暗黒らは文月にしがみつく。
文月は自らの服を噛み千切って破り、利き手である右手に巻きつけた。そして避雷針目掛けて飛び込んだ。
「何をするつもりだ」
「心配すんなよ。私は文月京だぜ。そう簡単には死なねーよ」
避雷針を掴んだ文月、しかし掴んだまま避雷針を螺旋状に降りていく。長さ五十メートルの避雷針を握ったまま屋根に降りれば、多少体は負傷しても生存できる。
屋根に足がつく寸前で、力尽きた文月は手を離した。まずい、そう思われた時、吹き飛ぶ方向にはプールが見えた。文月たちは巨大なプールへと落下した。
文月のおかげで無事生存した暗黒たちは、文月を抱えてプールから上がる。
「文月、お前がいなかったら死んでいた。助かったよ」
暗黒の声を聞き、一瞬黒く染まろうとしていた瞳は純白に戻った。
明らかに何かがおかしい。それに文月も、暗黒や霞ヶ崎、冬無も気付いていた。
だが考えさせる間を与えないかのように、身軽な動きで複雑な地形を移動する謎の集団が文月らに襲いかかる。
「捕まったら学園には戻れないだろう。この壁の中から出る方法を見つける。絶対にこの壁の中から出るぞ」
文月は皆を掻き立てる。
「かかってこい」
文月らを襲う集団、だが彼らは相手にするのは全員武闘派、戦い慣れている者ばかり。
冬無は軽い身のこなしで動き回り、重たい一撃を次々と相手を吹き飛ばす。
霞ヶ崎は柔軟な身のこなしで敵の攻撃をかわしつつ、素早い攻撃を何度も与えて相手を行動不能にしていく。
暗黒は持ち前の頭脳を生かし、筋肉の動きや視線、呼吸などから相手の動きを先読みし、最も有効な攻撃を見つけて繰り出す。
「剛傑、そろそろ俺らも行くぞ」
「了解」
明らかに雰囲気の違う二人の男が、文月の前で立ち止まる。
「お前が文月京だな。糧波から全力でぶちのめせって言われてるから、本気で行かせてもらうぜ」
宿木剛傑。得意種目:空手など。
空手では歴戦の相手に1ポイントも与えず、圧倒的な差をつけて勝利したことのある実力者だ。
宿木大斗。得意種目:ボクシングなど。
彼はボクシングでは無敗。一度も倒れたことはなく、ほぼ全ての相手にKO勝ちしている。
「あまり二対一は好みではないが、舐めるなと言われているのでな。それでは行くぞ」
二人は一斉に文月へと拳を振るう。
文月はというと、目は青く染まり、また新たな何かが芽生えつつあった。
今の文月は、周囲を冷静に観察し、見極めている。まるで走馬灯のような極限までゆっくりとした世界。まるで自分以外が全てスロー再生になっているかのよう。
それは二人も例外ではなく、文月は二人の拳を軽々とかわし、おでこにでこぴんをする。
たったそれだけ、たったそれだけで二人は意識を失って倒れた。
文月の戦いを見て、冬無は思った。
「あの技は……まるで全知のように……」
霞ヶ崎と暗黒も訳が分からず、冬無に訊いた。
「なあ冬無、今文月、何をしたんだ」
「あれは全知も使える最強の技。人間の脈拍や鼓動、感情などを完璧に把握した時のみ使える常人には不可能な御業だ」
驚きのあまり、倒れる二人の間に立つ文月の姿に見入っていた。
歴戦の勇者の如くたたずむその姿は、冬無には大きく、そしてかつての全知と重なって見えた。
「これが……文月の力……」
宿木家二人を刹那に葬った文月京。
青く染まる文月はいったい……