文月を救い出せ、紅たちの恩返し④
十器聖、結城小袖VS生徒会補佐員、暁幹太
そのフィールドは梓沼の部屋のように、四方八方がとある素材で覆われていた。それはマット、柔らかいようで硬いようで、とにかく吹き飛ばされても痛みが半減されるあのマットだ。
「なんでマット?」
ポカーンとする暁の前に、浴衣を着た結城小袖が現れた。
「それになんで浴衣!?」
「私はあらゆる武芸に優れている。剣術、柔術、槍術、砲術、数えればキリがない」
「……うん」
「君との決闘は武芸十本勝負。君が一勝以上できれば君の勝ち。だが負ければもし私が鍵を持っていた場合、手に入れられずに部屋から出ていってもらうよ」
「それは分かったけど……なんで浴衣?動きづらくね」
「この方がテンションが上がる。それだけだ」
小袖はまずは槍を手にした。
槍といってもただの木の棒だ。先端は三日月型になっており、刃を連想させる。
「さて、お前にも渡そう」
小袖から投げ渡された槍を握り、暁は素人の手つきで構えた。
「お前、素人か?」
「俺の家はね、代々不良一家なんすよ。父親は暴走族の総長を務めていたことがあり、母親も同じく暴走族の総長で、武術なんて拝める家じゃなかったんすよ」
「それは災難だな」
「でも、両親は俺には優しくしてくれた。愛情を注いで育ててくれた。だからあの家に生まれたことは後悔してないんすよ」
「そっか。じゃあ始めようか。暁幹太、決闘を始めよう」
ーー武芸十本勝負一本目、槍術
暁は不慣れな手つきで槍を振り回す。小袖はその振りを全てかわし、暁の槍へ重たい一撃をくらわせた。槍越しに伝わる振動に暁は槍を落とした。
槍を拾おうとした暁の喉元へ、小袖は槍を当てる。
「一本目、私の勝ちだ」
ーー武芸十本勝負二本目、剣術
「もう少し私を楽しませてくれ。相手がただのド素人など、勝ったところで嬉しくないからな」
暁は木製の剣を握り、小袖へ斬りかかる。
「相変わらず素人だ。剣の握り方、振り方、全てに無駄がある。君、よくこの学園入れたね」
私立月虹学園、この学園は全ての科目のテストを満点で合格した者しか入れない。
「暁、体育のテストに剣術の何かしらが出ていないのか。それはそれでラッキーだな。一ミリも分かっていないのだから」
再び剣を吹き飛ばされ、額へ剣を向けられる。
「また私の勝ちだ」
ーー武芸十本勝負三本目、砲術
中に木製の何も貫けないような弾丸が込められた火縄銃を両者は構える。互いに二十メートルほどの距離をとり。
「ただ当てるだけだ。両者互いに動きはしない。それに火縄銃だから時間制限付き、一応残り十秒で発射するようにはしておいた」
「本当に動かないんすか」
「君のためにこのようなルールにしてあげているんだ。どこでもいいから当てれば良い」
暁は火縄銃を構え、小袖の胴体を狙う。
十秒後、同時に弾丸が放たれた。小袖の弾丸は暁の額へ直撃するが、暁の弾丸は小袖には当たらない。
「ここからはダイジェストで行こうか」
ーー武芸十本勝負四本目、杖術
暁は壁まで追い詰められ、落とした杖を拾われて二本の杖で首を挟まれる。
ーー武芸十本勝負五本目、弓術
おもちゃの矢は頭へ命中し、頭にくっつく矢がぶら下がる。
ーー武芸十本勝負六本目、鎖鎌術
鎖鎌を首に絡みつけられ、その上持っていた鎖鎌を落とし、何もできなくなる。
ーー武芸十本勝負七本目、含針術
知られているだけの体のツボの場所へ針を刺され、立ったまま身動きがとれなくなった。
ーー武芸十本勝負八本目、忍術
背後より奇襲を受け、後頭部を手裏剣で叩かれる。
ーー武芸十本勝負九本目、十手術
両腕を十手で突かれ、その痛みで十手を落としたところへ心臓へ十手を向けられる。
ーー武芸十本勝負十本目、柔術
「さあ最後だ。ここで負ければ君は私から鍵を得ることはできない」
追い詰められた暁。圧倒的過ぎる小袖に圧倒され、圧倒的な格差を思い知らされた。
小袖は十器聖、対して暁は生徒会メンバーとはいえ、あくまでも補佐員。
「ねえ暁、生徒会メンバーは確かに全員優秀だ。だけど補佐員は別だ。それに補佐員などという制度は霞ヶ崎が作ったもの、霞ヶ崎がいなければ君はここにはいなかっただろう」
「生徒会長が……」
「暁、君が選ばれたのはたまたまだ。強者だから、などという理由ではない。傲慢になるなよ」
小袖は拳を構えた。だが暁は拳を下ろした。
「君はさ、弱い。きっと他の生徒会メンバーなら既に私から一本とっていた。だけど君はどうだ?どうせこれまでの人生でそれほど努力してこなかったんじゃないのか?とりあえず、終わらせようか」
暁の目は死んでいた。小袖は躊躇なく暁へ走りかかる。そして暁の腕を掴んで一本背負いしようとしたその時、暁は小袖の腕を掴み返して片腕で吹き飛ばした。
マットの壁に足をつけ、床に足をつける。
「結城小袖、俺は負けられないんすよ。たとえ補佐員でも、生徒会長は俺を生徒会メンバーに選んでくれた。だったらその期待に応えなきゃいけないんすよ」
先ほどまで死んでいた暁の目に光が見え始めていた。
「小袖さん、普通、力は女よりも男の方があるんすよ」
「だから?」
「ここで勝つっすよ。これまでの敗北はここで勝つための長い長いフリなんすよ。だから、ここで勝つのは俺だ。最後の最後、俺は勝つ。生徒会長が選んでくれた、だから負けていられない」
暁は力強く拳を握りしめた。
「柔術か。それなら教わっているからな。母が特にその技を使いこなしていたからな」
「やっと面白くなってきたな」
「結城小袖、俺はお前を倒して生徒会長の恩人の文月さんを救う。だから俺は、全力以上を出さないといけないだ」
暁は拳を構え、小袖へ走りかかる。
「無駄だよ」
小袖は暁の顎を下から押し上げる、が、小袖の両腕を掴み、動きを封じる。しかし蹴りを顎へ入れられ、暁は後ろへ体勢を崩した。
「暁、柔術は力だけじゃない」
小袖は暁の腕を掴み、関節技を仕掛ける。
「まだぁぁああああ」
暁は小袖の腕から抜け出し、腕を掴んだまま一本背負いを仕掛ける。だが小袖は暁を後ろから膝の関節へ蹴りを入れ、曲げる。そこへ再び関節技を。
「終わりだよ」
暁は足掻くが、腕の中から抜け出せない。
ようやく抜け出せた、と思ったが、関節のあらゆる部位に激痛が走り、起き上がることもできない。
「暁、君は負けた。残念だったね」
最後、暁は側頭部に蹴りを受け、意識を失った。
「ごめんね。格が違いすぎた」
十器聖、結城小袖VS生徒会補佐員、暁幹太
勝者、結城小袖




