絆の証明、夕焼けの約束②
「霞ヶ崎先輩、私は多重人格者なんです」
霞ヶ崎先輩へ敬意を表し、私は今まで呼び捨てにしてきた彼女の名の語尾の先輩とつけて呼んだ。
それには反応を示さず、彼女は私が多重人格者だと知り、「なるほど……」と呟いた。私が多重人格者であるということに、霞ヶ崎先輩は驚いていた。
「では、これまで会ってきた全ての君が君ではないというのか」
「ええ。私自身も裏の人格が出てくるのがいつなのか分からないんです。だから怖いんです。私の中に眠るもうひとつの人格が、身近な人を襲ってしまうかもしれないから」
私はただひたすらに怖かった。
もしかしたら他人を傷つけてしまっているのではないか。分からないからこそ、私は怖かった。
「君はすごく苦しい思いをしていたんだね」
「私、先輩を傷つけたりはしていませんか」
「してないよ、全然」
「そうですか……」
「ねえ文月、どうして今まで誰にも相談してこなかったの?」
「この悩みは一人では抱えきれないくらいに大きく膨らんでいた。だから相談しようと思った。でも……これを相談しちゃったらさ、これまでいろんな人を傷つけきたことを全部もうひとつの人格のせいだっていう言い訳にみたいになっちゃうんだよ。だから私は誰にも相談できなかった」
私は言い訳をするような薄情な奴にはなりたくなかった。
だから私は今まで誰にも相談してこなかった。
「君は一人で苦しんでいたんだな」
「私は誰とも関わらない方が良いのでしょう。その方が皆幸せでしょうし。私なんかがいたって、誰の役にも立っていなーー」
「ーーそんなことないよ」
先輩は私の言葉を遮った。
「文月、多重人格で君は悩んでいるんだよね。でも私たちはこれまで君に救われてきた。助けられてきた」
「今まで傷つけてこなかったからといって、これから傷つけないとは限らないじゃないですか」
「君が苦悩してきた時間に比べれば、私は君と短い間しか関わってないだろう。それでも私は知っている。君がどれほど優しい存在なのか。君がどれほど頭のいい人なのか、君がどれほどに格好いい存在なのか」
「私が……格好いい……?」
「それがもうひとつの人格であろうと、私は君を憧れた。頭のいいところも、自ら先陣をきるその勇気も、私は君の全てに憧れた」
「そんなの……まやかしです」
「違う。君はこれまで私たちを支えてきた。それがもうひとつの人格であっても。それにさ文月、君はそのもうひとつの人格を恐れているって言ってるけど、私はそんなに恐れる必要はないと思うよ」
「え!?」
「もうひとつの人格が必ずしも悪い存在とは限らない。君から生まれた人格ならば、きっとその人格だって優しいはずさ。
文月、私は君に助けられたんだぜ。文月、私と一緒にいないか。私は君のもうひとつの人格を受け止めるから。たとえその人格がどれだけ悪いものであれ、私はその人格を受け止めるつもりだ」
「でも、きっと先輩を傷つける」
「私は君を信じている。そして君の中に眠る全ての人格を信じている。文月がその人格と向き合えるまで、私が文月の中に眠る人格と向き合うよ」
「私は先輩を傷つけたくないんです。それを分かってくださいよ」
私は先輩にそう叫んだ。
でも、先輩は私の側から離れようとはしなかった。
「先輩、私は……誰も傷つけたくない」
「分かってる。それでも私は文月が一人で傷ついているのを放っておけないからさ。だから私に文月を救わせてくれ」
「先輩……」
「これが私の意思だ。文月が私を拒んでも、私は文月を救いたいよ。私に文月を救わせる権利をくれないか」
「どうして……そこまで……」
「そんなの決まってんだろ。私が文月を好きだからだ」
私は目に浮かべた涙を隠すように夜空を見上げた。
今日の夜空は雲ひとつなく美しい輝きを放っていた。
「霞ヶ崎先輩、私を救ってください」
「お安いご用だ」




