策の激突、戸賀狂嫁VS霞ヶ崎小雪⑤
文月京が倒されたとも思ってもいない霞ヶ崎小雪は、電波障害が終わるまで辛抱強く待っていた。だが未だに終わらない電波障害に、霞ヶ崎小雪は頭を悩ませていた。
「文月……まさか倒されたんじゃないよな……」
霞ヶ崎のもとへ、生徒会補佐員の暁幹太が焦りながらやってきた。
「暁、何かあったのか?」
「文月さんが、梓沼によって倒されてしまいました」
「何!?」
霞ヶ崎は動揺し、言葉を失っていた。
「先ほど十人ほどの部隊と衝突したのですが、その際にその部隊の者たちが文月さんが梓沼によって倒されたと言っていました。だからもう俺たちの勝ちは確定だと……」
「文月……君がいないと……」
霞ヶ崎は未だ繋がらないトランシーバーを横目に、汗が滲み出る拳を強く握りしめた。
そこへ追い討ちをかけるように、暁は言う。
「それとなのですが……我々生徒会に協力してくれた十二名の生徒の内、七名が既に脱落しています。このままでは我々は完全に敗北します」
「そんな……」
「どうしますか?」
その問いに、霞ヶ崎は答えられないでいた。
そんな時、霞ヶ崎の目にはある物が目に入った。首に掛けていたペンダントがいつの間にか服の中から出ており、それが机を叩いてうずくまる彼女の視界に入ったのだ。
それを見て、彼女は思い出す。
「あの頃のような怖いもの知らずの私は、もういないんだな」
そう呟くと、彼女は過去に浸る。
それは彼女がまだ暴走族だった頃の話だ。
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霞ヶ崎小雪、私は小学五年生になり、暴力事件を起こした。
殴った相手は蒼青太郎という、私よりも二年も後輩であった少年だ。彼は家が少しばかり裕福である故、周囲に威張り散らかしていた。
彼は金があるというだけで、周囲からはもてはやされていた。別にそんなことはどうでも良かったし、関わらなければいいな程度に思っていた。
ーーだがある日、私は見た。
彼は同じクラスの少女をいじめていたのだ。それも、自分よりテストの点が上だったからという理不尽な理由で。
「何でお前が俺よりも上なんだよ」
彼がその少女を殴ろうとした時、私は彼を殴っていた。それも、骨が折れてしまうくらいに。
当然、私は先生たちに呼ばれ、事情を訊かれていた。私は黙秘し続けた。すると対応マニュアルでもあるのか、先生は親を呼んだ。親は事情も訊かず私を叱りつけ、私を連れて帰宅する。
そしてそれから私を殴った。愛の拳、などではない。ただ個人のストレスを発散させるためだけの、無慈悲な拳。その拳が私を痛めつけた。
「もう……全部大嫌いだ」
親も信じられず、いつからか私は暴走族のもとにいた。そこには男女分け隔てなく存在しており、皆仲良しであった。それも、皆親のもとから離れた者ばかり。
そんな彼らと過ごしていく内に、私は楽しくなっていた。
その楽しみの中に暴力があろうと、私は何も気にしなくなっていた。
十五歳になり、私は暴走族の総長となっていた。
それほどまでに私は破天荒に暴れていたのだ。
そんなある日、私たちの組織とほぼ互角の暴走族が衝突した。その戦いは激しさを増し、死傷者まで出す始末。一般人にまで被害が及び、火の手が街を襲う。
その戦いの中で、私はバイクで走っている際にタイヤに穴を空けられ、激しく転がって川沿いに落ちていった。周囲を敵に囲まれ、味方はどこにもいない。
「総長さえやっちまえば俺たちの勝ちだよな」
「死んでもらうぞ」
そんな状況下で、彼は現れた。
「おやおや。弱い者を多勢で痛めつけて、君たちは心が痛まないのか?」
そこに現れたのは、私が知っている人物。それも私が嫌悪していた人物であった。
「どうしてここにいる!?蒼青太郎」
「いちゃ悪いか」
「お前は私に恨みがあるはずだ。なのにーー」
「ーー関係ないね、そんなこと。君に殴られたおかげで僕は気付いたんだよ。親の力ばかりで威張っている自分がとんでもないクズだったってことに」
青太郎は変わっていた。良い方向に。
それに対して、私は正反対だ。正反対に変わっている。
情けない、本当に情けない。
「てめえから先にやっちまうぞゴラ」
「少女を痛めつけるなんて、君たちは本当に腐っている。性根まで腐り果てている。だから君たちは怒鳴ることしかできない。吠えることしかできない」
「黙りやがれ」
「そうやって話し合いから逃げていても何も変わらないよ。言葉よりも暴力が先に出るのって、本当にダサいね」
青太郎は襲いかかってきた男の拳をかわし、謎の銃を向けた。引き金を引いた瞬間、その銃口からは網が発射され、男に絡みついた。
「僕が相手をしよう」
だがその後、青太郎はすぐにボコボコにされ、川辺に倒れ込んだ。そして私たちへ男たちが目を向けた瞬間、無数の車が私たちの前に現れた。
その瞬間、男たちは一目散に逃げていく。
車の中からは、見知らぬ一人の女性が降りてきた。彼女は私を見つけるや、言った。
「君が霞ヶ崎小雪だね」
「なぜ私の名前を……」
「私は宿木糧波。既に君の学園への編入手続きは済ませてある。さあ、行こうか。私たちの学園に」
それから、私はこの学園に入学していた。
長い過去の記憶に浸り、霞ヶ崎は複雑な心境に立たされていた。
「霞ヶ崎さん、この後どうしますか?」
生徒会補佐員の暁幹太は霞ヶ崎へ問う。
しかししばらく過去に浸っていた彼女には、その質問に返答することはできない。そんな中、突如トランシーバーから声が聞こえる。
それは生徒会メンバーに協力していた生徒が倒されたトランシーバーからだ。
「お前たち、一体何者だ。今ここでは決闘が行われているんだぞ」
「知っているよ。そんなこと」
トランシーバー越しに聞こえた声に、霞ヶ崎は聞き覚えがあった。
「戦況を見て驚いたけど、まさか無勢に多勢で挑んでいるなんて、君たちって本当にダサいよね。それに僕を改心させてくれた大切な霞ヶ崎を相手にこんなことをして、僕が黙っていると思うなよ」
その声は確かに彼の声であった。
その声の主とはーー
「こっからが本番だ。この僕、蒼青太郎が来たからには教えてやるよ。ダサい君たちはここで大人しく倒れていろ」
「あの時の、少年が……!?」
「かつて霞ヶ崎に支えていた全ての暴走族よ。今ここで敵を一気に討つ。僕に続け」