盤上の対決、仕組まれた一手①
そこは月虹学園にある十器聖のみが入れる部屋。その部屋には現在、九人の十器聖が全知によって集められていた。だがその全知はというと、まだそこへは姿を現さない。
「全知は来ないのか?なら帰っても良いだろ」
十器聖の一人ーー冬無は呟いた。
それにつられるように、他の者たちもここへ長居する必要はないと部屋から立ち去ろうとする。
そこへ、扉が開いた。そこから姿を現したのは全知全夢。
「随分と遅い到着だな」
「すまないな。情報収集に手間取ってしまった」
「私たちを集めたのはその情報について話をしたいということか」
「察しの通り。では早速本題に入る。時間がないものでな」
全知は前置きはせず、本題へ入る。
「なぜ君たちを呼んだか。それは今一度君たちがこの学園の守護者であることを自覚してほしいと思ってな」
「それはここにいる数名が文月へ負けたことに対しての説教か?」
「違う。今は文月のことなどどうでも良い。問題はそれではない」
声を大にして言った馬暗は、全知の返答を受けて言葉に詰まる。そこへ全知は言う。
「暗黒と名乗った人物がこの学園を危機に脅かす何かを企んでいる。そこでだ、君たち十器聖には自分達がこの学園の守護者であると自覚してほしい。この学園を守るためにも」
「それは恐ろしいことになりましたね」
「こちらとしても手は打ってあるが、奴らは馬鹿ではない。我々天才と互角ではないものの、傷をつける程度のことはできるだろう」
「文月という異端者の入学、それに暗黒という者の登場、随分と面倒なことになったじゃないか」
「くれぐれもお前たちは堕とされるなよ。暗黒には」
全知はそう十器聖へと言った。
全知はその部屋を足早に後にする。
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気付けば快晴だった空が暗雲に埋め尽くされ、燦々と輝いていた太陽も闇夜の中に消えていた。
時計を見れば午後十時を過ぎている。
早く家へ帰ろうと月虹学園を後にする。いつものように大通りを進み、脇道へ入る。しばらく歩いていると、私をつけている足音が聞こえるのが分かった。
数は……二人か。
このまま追跡者の正体を見ないままでは帰れない。そう決めると、私はいつもは通らないような道を歩き、そして行き止まりを前に足を止め、振り返った。
やはりそこには、二人の男が立っていた。
「何の用ですか?」
「何の用って、別に俺たちも家に帰ろうとしているだけなんだけどな」
嘘は明白だった。
「ここは行き止まりへ続く無意味な一本道、そこをなぜあなた方が通る必要性がある。それも家へ帰ろうとしているあなた方が」
「道にーー」
「道に迷った、という言い訳はやめておいたほうが良いですよ。そういうの、現代人は見苦しい、と言うのですから」
男の言葉を遮り、私は強い口調でその言葉を彼の喉元へ突き刺した。
男たちは何の言い訳も思いつかなくなったのか、言葉に詰まる。
「ストーカーども。お前たちにはお仕置きが必要か」
私は携帯を取り出した。
だがその瞬間、男たちは猛獣の如く私へと駆ける。
私は壁に足をつけて男たちをかわし、男たちの背後へと回り込む。そのまま蹴りの一発でも入れてみたかったが、私は暴力は好きではない。そのまま走り、家へ帰ろうとする。
だがこの一本道の出口には、ゴリラの仮面をつけた男が道を塞いでいた。
「まだ仲間がいたか」
私は壁を走って逃げようとするも、そこで男は口を開いた。
「まあ待て。俺たちは君へ危害を加えるつもりはない」
「仲の良い友達が言っているのならともかく、見ず知らずの他人が、それもいきなり襲ってきたお前たちの言うことを信じられるか」
「それもそうだな。だがおとなしくついてきてもらう他ないのだが」
「どういうことだ」
「君の友達の紅という少女を、拐ったということさ」
「何!?」
「おとなしくついてきてもらおうか。文月京、君は天才なんだろ」
渋々、私はその男たちへついていくという選択肢を選んだ。紅が拐われている以上、私は迂闊に抵抗はできない。
だが思っていた以上に、この男たちは私へ何もしてこない。むしろ丁寧に扱っているようにも思えた。
この謎過ぎる男たちに、私は不信感を募らせていた。不審な点はいくつもあり、それが彼らに対する私の不信へも繋がっていた。
広々とした車に乗せられてから数十分、車は止まり、扉が開いた。私は促されるままに車から降りた。
「ここは……」
「ここはただの駐車場。用があるのはこの先だ」
私を囲むように、十人ほどの男たちが歩いている。
周りから見れば不審な光景だが、ここには誰もいない。この男たちが貸しきっているのだろう。
そんなことを考えている内に、目的地にはついた。
そこには黒色のマスク薄い金色と白色が混じったような髪色をしたまだ小学生ほどの少年が座っていた。その少年の前にはチェス盤が置かれている。
「なるほど。そういうことか」
少年の前に私は座る。
恐らくチェスでの勝負、それならば私に分がある。
私がチェスの策を練っていると、この部屋に取り付けられたテレビの電源が入る。そこに映ったのは、紅の姿。
「なぜ……!?」
「ではルールを説明しよう。互いの持ち時間は一手二十秒まで。これから行うのはチェス、だがただのチェスではない。君はあの少女が迷宮から脱出するまで決着をつけてはいけない。
だがもしこの戦いに決着がついた場合、それまでにあの少女が迷宮から抜け出せなかった場合、迷宮の出口を全て封鎖する。つまり彼女はあの迷宮へ閉じ込められるわけさ」
少年は笑みを浮かべる。不適な笑みを。
「さあ始めよう。先攻は僕からだ」




