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全問正解子ちゃん  作者: 総督琉
十器聖編
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咲き誇る紅の思い、天才VS優等生④

「木栖美入。教えろ。紅に、何があったのかを」


 私は胸ぐらを掴んで壁際まで追い詰めるかのように、木栖美入へ威圧感を放ち、強い口調でそう訊いた。


「知ったところで君に何ができる?」


「何かできるとか大層なことは言えない。ただ何も知らないままだったら、何もできない。それじゃ後悔するだけだ。後悔するのはもう嫌なんだ」


 私は自分の過去に浸りそうになるも、自分の頬を心の中でビンタし、今にとどまる。


「ではついてこい。これはあまり聞かせたくない話だ。だから人の少ないところへ行くぞ」


 感情的になり過ぎたあまり、ここがどこなのかを忘れていた。

 場所を変え、人気(ひとけ)のない場所へと移動した。そこで木栖美入は話し出す。


「紅橙霞、彼女は小学生の時から競泳を始めた。競泳界にとって、彼女は少し遅めのスタートだった。よっぽどの才能がない限り、彼女が競泳でトップを掴むことなど普通はできなかった。

 しかし、彼女には才能があった。先に入っていた上級生を次々と追い抜いて、いつの間にか彼女は"天才"と、そう呼ばれるようになっていた。

 それを嫌悪する者はいる。それが彼女の先輩たち。彼女は先輩たちからはいなければ良かった、そう思われていた。彼女はいとも容易く追い越してしまったのだから。かなうはずもない天才が現れたのだから」


「それで紅は辞めたのか」


「いいや。彼女は辞めはしなかった。それは彼女に親友がいたから。紅に親友がいなければ、もっと早く彼女は競泳の世界から姿を消していた。

 彼女も紅の先輩であったが、決して紅の才能へ嫉妬をすることはなかった。むしろ期待の後輩として慕っていたんだ」


「だが紅は辞めた。その先輩はいなくなったのか?」


「それは違うな。なぜ辞めたのか、理由はひとつ。紅は優しい奴だ。だからだよ」


「どういうことだ?」


「紅の親友の名前は(あおい)青明(せいめい)。そして現在、大学生の競泳界のトップに君臨している人物は蒼青明。

 文月、君は"優等生"だ。紅と同じ。同じ優等生なら分かるんじゃないか。そんな状況に置かれていた彼女の気持ちが」


 そう言うと、木栖美入は帰ろうとしているように私へ背を向けた。そして案の定、彼女は言う。


「あとは自分で考えた方がいいかもネ」


 木栖美入は私の前から去っていく。

 もう少し訊きたいことはあった。だがこれ以上彼女から訊き出すことはできない、そう悟った私は今の話を思い返すことにした。


 私は知った。

 紅がどのような人生を歩んできたのかということを。

 私は知った。

 紅がこれまで背負ってきたものを。

 私は知った。

 だからこのまま紅が悲しみ続けるのは嫌だ。


 紅が私のもとから去った時、、泣いているように見えた。

 過去で何があったのか、木栖美入が話さなかった部分に答えがあるはずなんだ。

 蒼青明という人物が何者なのか、彼女の過去にとっての部外者である私が、その過去へ無断で不法侵入しても良いのだろうか。


 天才ではなく優等生。

 なぜ木栖美入はそのようなことにこだわるのか、私には理解できない。

 きっと今も、どこかで紅は泣いている。それは嫌だ。


 私は探し回り、そして見つけた。場所はなぜか誰もいない飛び込み台の上、その下にはプールがあるも、そこには誰もいない。恐らく今開かれているであろう水泳大会の方へ行き、誰もここにはいなくなっているのだろう。


 私は二十メートルはある飛び込み台を上り、そこに座り込んでいる紅の前へ立った。

 それでもまだ紅は私へ気づいてはいない様子だった。


「紅、ようやく見つけた」


 第一声で、紅はようやく私へ気づいたようだ。

 紅は私を見るや、儚さと悲しみを纏いながら私へ言う。


「文月……私さ、やっぱ水泳大会には出れないかな」


 悲しい目をした紅は、真っ赤に染まった目でそう言った。


「紅、木栖美入から聞いたよ。なぜ競泳を辞めたのかということ、それと君の親友の蒼について」


「そう……なんだ。じゃあ、文月は私を嫌悪するでしょ」


「しないよ」


「嘘だよ。私は蒼を傷つけたんだよ。蒼を苦しめた。私が自分勝手な選択を選んだから。だから私は償いを受けた」


「蒼青明、紅は彼女よりも競泳が上手だった。だけど紅は蒼に報われてほしかった。だから自分が競泳を辞めることで、蒼にトップの座を渡した。それの何がいけない」


「でもさ、私は間違っていたんだ。私が逃げたことで、報われた。彼女は私から見れば報われているように見えた。けど違かった。間違っていた」



 その時、紅の脳裏には思い返された。

 遥か昔の記憶、捨てようと思っていたフィルムは巻き戻されて、再び彼女に過去を見せた。そこに映る記憶を、彼女はたった一人、孤独の劇場で眺める。



 ーー何度私は、この過去を見続けなければいけないのだろうか。

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