咲き誇る紅の思い、天才VS優等生③
巨大なプール施設に、私は見上げるほどに巨大な驚きに丸のみにされていた。それはまるで巨人だ。
月虹学園は未だ未知数。計り知れないことだろう。
「ねえ。水泳大会が始まるまでまだ時間があるし、泳いでいこ」
天使のような眼差しで紅は私へ言ってきた。
久しぶりに水でも浴びてすっきりしたいところであるが、
「泳ぎたいが、私は水着を持ってきていない」
「大丈夫だよ。水着ならレンタルできるから」
「相変わらずだな……」
月虹学園の異常さにはもう驚きを通り越して呆れを抱き始めていた。
「ひと泳ぎ行くか」
私は水着をレンタルし、更衣室へ向かった。レンタルしたのはただのスクール水着、それを着て私はプールへと出た。
そこには百や二百ほどの人の群れができているわけだが、広すぎるせいかそれほど多いとは感じていなかった。
「どうした?蟻の巣を眺めているようだぞ」
「それは失敬。それよりも泳ぐぞ」
「泳ごっか。じゃあ手始めに勝負しよ。すぐそこに五十メートルプールがあるし」
「泳ぐのは久しぶりだな」
私は準備体操をし、プールの中へ足を入れる。冷たくない、ここのプールが温水であったことに心から感謝しよう。
「じゃあ行くよ。あの時計の秒針が12を指した瞬間にスタートね」
今、秒針が指しているのは11、五秒も経てば12を指すだろう。
1、2、3、4……
今だ。
私は壁を蹴り、大きく腕を動かしてクロールで泳ぎ始めた。だがその横を、紅はジェット機の如く追い越して見せた。
スタートが遅れた紅に見事に追い抜かれ、私が五十メートル泳ぎきった頃には紅はプールから上がり、足湯としてプールに足だけ浸かしていた。
「私の勝ちね」
自慢げに紅は私へ笑みを見せた。
今回ばかりは完敗だ。白旗が私の頭上で振られていることだろう。
「早いな。水泳得意なのか?」
「水泳は私がかなり幼い頃からやっていたからスポーツだからね。得意なのだよ」
紅はなぜか敬礼をしていた。その時の笑みは無邪気な子供のようだ。
「おや?もしかして君は、文月京かな」
私が紅を見上げていると、その背後には見知らぬ謎の女子生徒がゴーグルを首にかけて立っていた。
初対面であるはずなのに名前を知っている彼女を見て、彼女が何者なのかということを悟った。
「十器聖か?」
「私は木栖美入中琥。十器聖の一人かもネ♡」
「残念ながら決闘は受け入れることはできない。すまんな」
「私が挑むのは君ではない。最初はただ挨拶をしに来ただけであったが、君を見て勝負を挑みたいと思ったかもネ♡。紅」
「……私!?」
紅は固まっていた。
「でも、私じゃ……」
「あれは八年ほど前からだろうか。まだ小学生である少女が中学生相手に競泳で勝利したと。その上二秒以上も差をつけた。当然競泳界は彼女の登場に震撼した。
だがある日を境に、彼女は消えた。素性を追ってみれば、その人物はサッカーという全くしたことのなかったスポーツに移動しており、そしてこの学園へ入ったらしいじゃないか」
そんな天才がサッカーに移動?それは才能の無駄遣いというやつだ。
だがなぜその話を今……、
水泳が得意でサッカーができ、この学園に在籍している人物。私はそれに当てはまる人物を一人知っている。そしてその人物は……
「そうだろ。競泳界の天才児ーー紅橙霞」
「…………」
彼女は口を閉じたまま、何も喋りはしない。むしろその事はあまり話してほしくはなかったように思えた。
「紅……」
「紅、返答は?」
「……私は……私は、」
紅は何か言い欠けたように見えた。だがそれに反し、紅は突然走り出した。
追いかけようとプールから上がるも、既に紅は私の視界から姿を消していた。
「木栖美入、どういうことだ」
私は木栖美入へ詰め寄り、怒りを込めて言った。
てっきりわざと紅を傷つけるために言ったのかと思ったが、木栖美入も紅の行動には驚いているようだった。
「私も知らない。ただ……私は彼女にとっての逆鱗に触れてしまった。まさか彼女を傷つけてしまうなんて思っていなかったかも……」
ふざけているような口調は彼女にとっての公用語らしい。だがなぜ紅が逃げたのか。
「木栖美入。教えろ。紅に、何があったのかを」




