最終話。訪れる王宮と、新たな風。
「夕べはお楽しみでしたね」
宿屋出がけ、主になんかニヤニヤしながら言われたので、
「睡眠をたっぷりと楽しんだぜ」
と礼代わりに切り返す。
「すみません。これを言える宿屋は、勇者の泊まった宿として繁盛する、
って業界ではまことしやかに言われてまして。言えると思うと嬉しくなっちゃって」
宿屋の主は、俺の態度にだろう苦笑いして、
わけのわからんことを言った理由を説明してきた。
「なるほどな」
てきとうに相槌を打っておく。
「それでは皆様、よい旅を~」
ゾロゾロと店を出る俺達に、主は明るく声をかけてきた。
「二人とも、けっこうな距離になるから、疲れたら言ってくれよ。
休憩するでも魔法で体力回復するでもするから」
「右に同じです。遠慮しないでいいですからね」
村の出口に向かいながら、提案する俺とシーオン。
「了解」
「オッケー、たよりにしとくね」
二人に頷く俺。シーオンは、はいと答えている。
「さて、と」
言うとシーオン、飛行状態に移動方法を切り替えた。
「昨日のうちに、長の皆さんには魔王無力化の件は伝えてありますから、
真っ直ぐハジマリーダに向かいましょう」
ご機嫌なのか、シーオンが俺達の先頭の位置に行っちまった。
「勇者行為の方は、あれで全部だったのか?」
「はい、大丈夫です。招集かけてからあなたを追ったので」
「抜け目のない奴……」
苦笑い。
そんなわけで。俺達はモンスターの気配に気を配りながら、
ハジマリーダに向けて歩き始めた。
*****
「激戦だったー」
「ハジマリーダ城、思ってたよりずっと遠かったんだなぁ」
ソルディアナとソルージャが疲労の混じった
ちょっとざらついた声で発した。
「メガハヤ使わないとこの早さじゃ着かなかったけどな」
「あたし、メガハヤ使った人におんぶされて運ばれるなんて経験初めてだった。
早過ぎて、酔った。だから、激戦だったんだよね」
「ぼくも。ここまで休憩なしで……危うく吐きそうだった」
宿屋を出たのは朝。今は夕方。
メガハヤの速度を利用した強行軍で、
強引に日暮れ前にハジマリーダ近郊に辿り着いた。
今は、軽い休憩時間中だ。
「癒しの鎧がなかったら、こんな手は使えなかったぜ」
ふぅと、言葉の後に一息つく。
「わたしは、ちょっとちょっと止まってキズナオスを自分にかけないと
駄目でしたからね。この速度で飛ぶと風力で、けっこう体力削られますから」
「たしかに、野営の準備なんてなにも持ってないもんね、ぼくたち。
でもだからってこんな手はないでしょう?」
少し苦しそうな声で、ソルージャが抗議してきた。
「これしかなかっただろ?「これしかなかったじゃないですか」」
「「平然と言わないでよね」」
平気そうだけど、実はソルディアナもわりときつかったらしい。
「そろそろ行くぞ、大丈夫か?」
「うん。おちついたよ」
「なんとか」
こんな、凱旋と言うにはあまりに日常的な雰囲気で、
俺達はハジマリーダ城への道を再び、今度は歩き出した。
「魔王がおとなしくなったって話、実感あるんだよね」
城が見えて来た辺りで、ソルディアナが突然こんなことを言い出した。
「なんだ、急に?」
「うん、最初はほんとかなって思ったんだけど、
こうやって外を歩いてみてわかったから、話したくなってね」
「そうなのか? ぼく、違いがわかんないんだけど」
ソルージャが困惑した様子だ。俺も違いがわかんなくて、
ソルディアナに目で続きを促す。
「魔王が勇者くんたちと戦い終わるまで、外ってね、
なんとなく空気が張りつめてたんだ。殺気ともちょっと違うんだけど、
ピリピリしてる感じ。でも今は、そのピリピリしてるのがなくなったの」
「そうか。それよりも地図を見い見い歩いてたせいで、
周囲の状況にしっかりとは気をまわせてなかったからなぁ」
「それでよく勇者できたね」「それでよく、勇者続きましたね」
「お……お前ら、同時に言うことないだろ」
女子二人にはっきりと言われ、少なからず心にダメージを受けた。
「だから、人の物を盗んで不安を紛らわせてたのか。
大変だったんだね、勇者」
ソルージャに同情の目を向けられ、俺は言葉が出てこなかった。
そんなこと、まったく考えもせず、冒険に必要だからと、
勇者行為を繰り返していた。
もしかしたら、無意識ではソルージャの言う通りだったのかもしれない。
「あーあ、考え込んじゃったよ勇者くん」
「え、ぼく、なんか悪いこと言ったのかなぁ?」
「そんなこと、感じてなかったんじゃないですか? だから、
自分の行動を検証し始めたとか」
「お前は人の心が見えるのか?」
「あなたが罪悪感を抱えながら、勇者行為をしてたって言ってましたから、
その行為を正当化するために、理由をこねくりまわしたり
するんじゃないかなーって、思っただけですよ」
「……そこまで考えませんでした」
なんだ、こいつらの人の人格の居ぬきっぷりは?
俺すらわからない、俺の部分を掘り起こすつもりか?
「あら、戸惑ってますね。わたし、
なにかまずいことでも言ったんでしょうか?」
「ある意味ではな」
「そうですか。めんどうな下着泥棒さんですね」
「せめて勇者にしてくれないか?」
「いやー、これだけ歩いてるのに痴話喧嘩ができるとは、
元気だねー」
「どっどこが痴話喧嘩ですかっ?」
「お? 顔がうっすら赤いなー」
「わざわざ横に来てまで確認しなくてもっ」
俺と同時に言ったシーオンだけど、動揺しっぱなしらしい。
「ほ、ほらっ、城門までもう少しですよっ、シャッキリしてくださいっ」
動揺誤魔化しにしか思えない感じで声を張って、
シーオンが飛行速度を若干上げた。
「そうだな。気、引き締めるか」
「勇者パーティの凱旋だもんね」
「あ、改めて言われたら、緊張してきた……!」
ゆるい雰囲気から、俺達の空気に緊張が走る。
いよいよ、ハジマリーダ城に到着だ。
***
「よく戻ったな勇者よ。無事の帰還、なによりである」
ハジマリーダ城、謁見の間。俺達を見た王の第一声。
他にも要人たち、王の横にはマリエッタ王女もいる。
王女は俺が戻って来たことには喜んでいるようだが、
しかし、なんだか腑に落ちない表情だ。
王女、腑に落ちてないことを王に言う気がないのか、
こちらに表情だけで伝えてきている。
「道中で仲間を増やしたのか、驚きだな」
本当に驚いた表情だ。
どうやら、ハーラストリアが瞬間移動魔法ってので
状況を伝えたりは、してないらしい。
「はい。あなたの勇者行為許可証のおかげで、
心強い仲間ができました。感謝しています」
一つ頷いてから、俺は事実の一部だけを伝えた。
勇者行為許可証は、全ての始まりだ。
これがなければ、今俺といっしょに行動してる三人とは出会ってないし
この早さでは、魔王との戦いにも突入してないからな。事故だったけど。
「ところで、一つ不可解なことがあるのですが」
王女が、俺の目を真っ直ぐ見つめて声を発した。
王が、何事だろうと王女に顔を向ける。
「なんでしょうか?」
「魔王は、どうやら倒れていないようですが。これはどういうことですか?」
「なんだと? どういうことなのだ?」
勢いよく顔を戻した王、その目付きが厳しくなった。
ぐ、なんて圧力っ。魔王より精神的な拘束力強えっ!
「ハジマリーダ王、それにマリエッタ王女。これを」
俺が密かに打ちのめされていると、
城に入ったところから杖から降りているシーオンが、
例の魔王直筆報告書を、懐から取り出して、差し出した。
「これは?」
「わたしの祖母ハーラストリアが、魔王に書かせた直筆の書類です」
「なんと、ハーラストリアとな。あの魔王を封印したと言う大賢者の」
冷静に見えるけど、何度もまばたきをしてるところから、
王は驚いてるみたいだ。王女も同じように、まばたき連打で驚いてる。
言葉が出ないようだけど、小さく口をポカンと開けている。
「はい。その書類は、わたしたちとの戦いの、その顛末を記した物です。
ご一読を」
「わ、わかった」
驚きが収まらないまま、王は魔王の直筆報告書を読み始めた。
王女も、王の横から眺めてるようだ。
固唾を飲んで見守る俺達。
「たしかに。魔王の城の方から感じる物と同じ物を、
この書類から感じます。これはいったい?」
「これが魔王が書いた物だと言う証明だそうです。
その気配は、魔王の魔力です。戦ったわたしが証人です」
シーオンが説明し、納得した王女。それに感心する王。
「流石マリエッタ、我が王宮でも魔に秀でるだけはあるな。
わしには魔を感知できるほどの魔力がなくてな。
その辺りの機微はまったくわからんのだ。
なんとなくは、わかるのだが」
当然のことのように言う王。そうだったのか。
心の中で密かに驚く。
「なるほど。常に感じていた重圧がなくなったのは、
メシアンドゥーさま、あなたさまが魔王の心を癒したから。
そういうことなのですね?」
「そうです。思ったように作用してくれてほっとしました」
俺が答えると、「それは、倒すよりも難しいのではないでしょうか」と
王女は信じられないと言う表情で、俺の言葉を問い返して来た。
「そうかもしれません。俺も魔王の心に癒しを与えられるかは賭けでした」
「それが癒しを齎したのは、きっとあなた様の心のおかげなのでしょうね」
「そう、信じたいですね」
「ふむ。倒してはおらぬが脅威は去った。そういうことなのか?」
読み終えて、王はそう書類の内容を読み解いた。
「そう思っていいと思います」
なるほどと、王は俺の答えに頷く。
「そうか。ならば、宴の準備をしようではないか。
魔王を制した勇者と、脅威の去ったこの世界を祝して」
「えらく冷静に言うんだな。あ」
「ちょ、ちょっとメシアンドゥーさんっ」
小声でシーオンに、軽い肘打ちと同時に怒られてしまった。
わかってる、と目で返す。
「下がってよいぞ、勇者たち。招集がかかるまで、自由にすごしてくれ」
「わかりました。失礼いたします」
俺の声を合図に、四人共に頭を下げた……はず、で謁見の間を後にする。
「いやー、緊張したなー!」
王宮を出た直後、歩きながらのびをしての俺。
「ほんとですね。体が縮む思いでした」
「なーんも喋れなかったよー」
「ほんと。二人はすごいなぁ」
「魔王戦より王と話してる方が緊張した。
どっちも王ってところは同じなんだけどなー」
「戦えばいいだけの相手と、戦っちゃいけない相手。
気を使わないでいい相手と、使わなきゃいけない相手。
その違いかなー」
「戦えばいいだけ、とは。ずいぶんな言いぐさだな」
ソルディアナの言葉に答えたのは、上空からのそんな声だった。
俺達は、一斉にそっちを見る。
「魔王。なんで!?」
「えっ?」
「あれが、魔王?」
「お前たちがこの対岸の城に向かっていると、下級の者どもから聞いた。
勇者、お前の言葉の実践に向けて行動してみようと思ったのだ」
「まずは人間と接する、か?」
「そういうことだ」と言いながら降下して来る魔王。
まるで、自分が魔王だと自覚していないかのように、平然と。
「お前なぁ。間ってもんがあるだろ」
頭を抱える。魔王が現れたとわかったことで、
にわかに騒がしくなったのだ。
「なんだ? なにか問題なのか?」
「城の人達はお前の見た目を、絵って形でではあるけど知ってるんだ。
まだ俺達との戦いの顛末は知れ渡ってない。その状態で魔王襲来だぞ。
混乱起きるだろうが!」
「知らんことを言うな。我にどうお前たちの状況を知れと言うのだ」
「しかたありません。魔王さん、あなたもメシアンドゥーさんと
和解した記念の宴に出てもらいます」
「ほう?」
「ちょっ、なに言ってんの?」
シーオンの提案に、ソルディアナもソルージャも仰天した。
「あなたが今、人間にとって無害であることを
そこで示せばいいんですよ」
「なるほど。なにをすればいい」
「なにもしなければいいんです。力を誇示したりしなければ問題ありません。
そうすれば、ハジマリーダ王も真の意味で納得すると思いますし」
「そうか。人間に混ざることも一歩か。よかろう」
シーオンの言葉をあっさりと納得した魔王に、
「あっさり……納得した?」
ソルージャが目を見開く。
「流石は、魔王を癒した二人だなー」
ソルディアナ、苦笑いしている。こいつの苦笑い、初めて見た。
「にしても。二人とも、ほんとに王様と話してる時より楽そうだね」
「魔王相手に友達感覚だよね、勇者さん」
「此度のことで、人間はめんどうだと思ったが、
本当にめんどうそうだな」
「気持ち、改めるなよ」
「たわけが。己で決意したこと、簡単に曲げると思うか」
「信じておくぜ」
「勇者殿、宴の準備が。おや、その方は……ん?」
魔王をマジマジと見る兵士。
「なんだ?」
「竜翼に漆黒の鎧騎士……まさか?」
「我は、貴様ら人間どもが魔王と呼ぶ者だ」
「、ひぃっ!? ま、まま、魔王っ!?」
兵士が魔王の姿を見て、腰を抜かしてしまった。
「ま、まおうが! 魔王が攻めて来た……」
「ほらな」
兵士を介抱しにかかったシーオンたちを見つつ、
呆れた目線で魔王を見やる。
「むぅ。ままならぬものだな」
「お前の行動が早過ぎるせいだ」
兵士をつれて、ついでに王宮に向かったシーオンたちを見送る
「いくか」
俺から見て左にいる魔王の右手首を、左手で掴む。
シーオンが俺の手首を掴んだように。
「なんのつもりだ?」
「かっこうだよ。魔王を引っ張って歩く。
そうすることで、魔王が制されたんだって見せるんだ」
訝しむ魔王に説明すると、「やはり、人間とはめんどうな物だな」
と溜息交じりに言った。
歩き出した俺。抵抗しないところを見ると、
その「めんどう」に付き合うつもりらしい。
「こういうことを『余興』と言うのだろう。初めてのことだな」
「武人のお前に、遊び心は似合わないしな」
こんな風に軽口を叩きながら、俺達は王宮内へと歩いて向かう。
周囲の怯えた空気を感じながら。
魔王を倒す勇者としての俺の旅は、まさかだらけだった。
だが、そのまさかは全部、いい方向に働いた。
そんな風に、いい方向に世界が向かうことをこっそり願う。
そのよさは、勿論魔王にとってもだ。
魔王に同情し、その胸の内を知る俺には、
こう願う権利は、あると思うんだ。
なんてことを考えながら、ちらっと魔王を見た。
「なんだ?」
「なんでもねえ」
答えをはぐらかして、
俺はニヤリと微小を返すのだった。
The End