第45話 穢土の未来
「おい、聞いたかあの噂」
「ああ、近々このフォートを放棄して住民全員を引っ越しさせるってアレか? 本当なのかよ?」
「どうもマジらしいぞ。ここらへんの土地、だんだん汚染されてて、人が住めなくなってるって」
「今回『ヴォーダトロン』の人達を招いたのも、それ絡みらしいわよ。ということは……私達、ヴォーダトロンに引っ越しさせられるのかしら?」
「……っていう噂があちこちから聞こえてくんだけど、マジなの?」
「……マジみたい。私も、こないだ初めて聞いたんだけどね……」
士官用宿舎の一室……ハルキに割り当てられている部屋で、常とは打って変わって沈んだ様子のマリカが、ハルキからの質問に力なく答えていた。
彼女自身が『指令室』でそのことを聞かされた、今はその翌日である。
そのマリカの返答によって、部屋に集まっている、第7特務部隊の面々は……今、そこそこの頻度で耳に聞こえてくる『噂』の真贋を知り、驚きを隠せなかった。
このフォート『サラセニア』は、もってあと数年。それ以上は、土壌や水質の汚染や、資源の枯渇により、様々な面で人が住める環境ではなくなってしまう。
そのために、住民たちを逃がす『移住先』の選定が始まっている。その最有力候補が、この周辺にある――と言うには距離があり過ぎはするが――フォートの中でも、規模が大きく、昨今成長著しいとして知られるフォート『ヴォーダトロン』である。
司令部は現在、交易を通して有効な関係を築き上げつつ、近い将来、避難民の受け入れを打診する予定でいる。
彼らの耳に届いてきたのは、そんな話だった。
そしてそれは、根も葉もない噂話……ではないことが、今こうして明らかになってしまった。
「物資不足で交易相手を探していて、それで私は『ヴォーダトロン』に派遣された……っていうのは、別に嘘でも何でもないみたい。きちんと提示した条件で交易もするつもりみたいだし……ただそれと並行して、将来を見据えた、色々な交渉も進めるつもりなんだって……司令官が」
マリカのそんな言葉を聞いて、ロイドとセリアが、特にセリアには珍しく、驚きを隠せない様子で呟く。
「……またえらいことになってるんだな、このフォート……」
「長く見積もって10年以内、ですか……長いようで、しかし決して余裕があるとは言えない期間ですね」
「フォート丸ごと1つの引っ越しっすからね……やっぱ、10年でも短いんすか?」
「当たり前だろうが、家一件に住んでる家族が、ちょっと離れた町に引っ越すのとはわけが違う……10年でも短い、いや、そもそも期間以前の問題だぞ、こんなもん」
アキラの問いに、半ば呆れたような調子で、そう言い切るクリス。
「『サラセニア』が中小のフォートだとはいえ、そこに住む人数丸ごとを受け入れるだけの能力は……いくら『ヴォーダトロン』が大規模フォートだとしても、流石に、ない」
「あ、やっぱりねえの?」
「あるわけねえだろ……数千人の市民が暮らせるだけの土地、住居、ライフライン、食料、いったいこれらをどこから持ってくるつもりだって話だ。そんな余裕はうちのフォートにもない。少なくとも現状はな……仮に今後整備していくとしても、どれだけの労力と時間、資材、そして金が必要になるか……想像もつかねえよ」
「今の状態でも、町には、家や仕事がなくて、路上暮らしの人とかいるもんね……」
「うちのフォート、基本的に資本主義っていうか……豊かに暮らしたければ、自力で、頑張って稼げ、って感じの信条だもんな。そんなところに、数千人規模の、いわば難民か……厳しいよな」
「……やっぱり……難しい、のかな?」
「難しい、じゃねえ。無理だ」
マリカの力ない問いに、誤魔化す気はないとばかりにバッサリと切り捨てるクリス。
守銭奴で知られる、第7特務部隊の金庫番は、己の得意とする分野だからこそ遠慮せず、とりつくろわず言う。そうしても意味などないとわかっているからこそ。
「『サラセニア』の連中の受け入れ準備……最低限の生活基盤を整えるだけでも何十億ノールかかるかわかったもんじゃない。そしてそれに見合った利益がこちらにあるわけでもない以上……『ヴォーダトロン』が『サラセニア』のためにそこまでしてやる義理はない。恐らくは、この話が持ち込まれたとしても……総司令部も同様の返答をするだろうな」
「……ひょっとして、隊長達が今いないのって、それ系の話し合いとかか?」
部屋にいるのは、ハルキ、アキラ、メリル、ロイド、セリア、クリス、そしてマリカの7人。
『第7』の隊長であるファウーラと、副隊長であるシドの姿は、そこにはない。
「言ってみれば、隊長達は護衛部門の責任者だからな。情報共有と……あとは意見交換の意味も込めて、コレ関係の話をしていてもおかしくないだろうさ」
「そこでも、同じ意見かな?」
「多分な。それこそ……それらの問題を、『サラセニア』側が解決するか、あるいはそれに匹敵する何かを交渉材料として示すかしなけりゃ、この状況を覆すのは無理だろう」
「つまりそれ、無理ってことになるよね……それがそもそもないから、避難してくるんだし」
一向にネガティブな方向にしか進まない話に、マリカの顔色はどんどん悪くなっていく。
こうなるだろうとわかってはいたのだろうが、実際にこうして、自分達の住むフォートの未来が暗いものなのだと突きつけられるのは、やはり辛いのだろう。
願わくば、少しでも耳に優しい話を聞きたかったに違いない。
しかし、ここで耳聞こえのいいことを言ったところで、現実は変わらない。それをわかっているからこそ、クリスをはじめ、『第7』の面々は率直な意見を言うのみに終始し、マリカもそれに文句1つ言うことはない。
「けど、例えば……今クリスが言ったみたいな、『匹敵する何か』があるとしたら、何だと思う?」
「……難しいこと聞くな。個人的には……そんなもんねえと思うが。少なくとも俺には、すぐには思いつかねえよ」
「クリスがこういうんじゃ、ちょっと絶望的かもな……ここ数日、金目のものがないかってフォートを見て回ってただろ?」
「言い方」
確かにクリスは、交易に役立ちそうな特産品や取引ネタなどの『儲け話』を探して、ここ数日、フォートを見て回っていたが、色々と抜けているせいで少々あんまりな言い方になっていたロイドに、短くツッコミを入れていた。
ため息をつきつつも、気を取り直してクリスは続ける。
「まず、一次産業の特産品は論外。量も質もまるで足りてねえし、同じものを全く気候や土壌条件の違う『ヴォーダトロン』周辺で作れるとは思えないしな。同じ理由で、工業製品やら何やらの加工系もアウト……現状、『サラセニア』の保有資産の中で一番価値があるのは、軍が戦力として保有している航空機とその運用ノウハウだろうが……」
「それを差し出しても、まだ足りない?」
「価値がデカいのは認めるが、それを運用し始める設備投資にも金がかかることを考えれば……微妙なところだと言わざるを得ない。今のうちには滑走路もないからな」
「あー、たしかに……しかしそうなると、本格的に……どうやったら『サラセニア』の協力要請に応えられるのか、わかんなくなるな」
話せば話すほど、考えれば考えるほど悪い方向に進んでいく。
そんな中、マリカはふと、何かを思いついたように、
「……もしも、それだけの価値がある『何か』を提示できれば……望みはあるのよね?」
そう、クリスに向けて尋ねた。
その目には、何かを決心したかのような、強い意思n光が宿っていた。
「……そう言ってはいるが……何かアテでもあるのか?」
「なくはない、と思う。詳しくは話せないし……交渉の人達の領分だと思うけど」
「えっ……マジで?」
マリカの答えに、返事を返したロイドを含め、全員がきょとんとした目を彼女に向けている中……マリカは、今しがた思いついた、ある心当たりについて、機会を見て、フォート上層部に相談することを決めるのだった。
奇しくもその頃、マリカが話していた『上層部』による会合の中で、それは既に、交渉材料(の候補)として話題になっていた。
「『緑の箱』を対価として渡すだと!? バカを言うな、アレは我々『サラセニア』の民が、先代、先々代から受け継いできた、このフォートの宝……生命線なのだぞ!? それを……」
「そうです! アレがあったからこそ、このフォートは今までやって来れたと言っても過言ではありません! それを……いくら資金がないからと言って……」
「しかし、現在ではあれはもう、ほとんど機能を有していない、残り火のようなものなのだと聞いています……。このまま後生大事に持っていても、意味はないでしょう?」
「ならばせめて有効活用か……まあ、わからなくはないが……」
「でもあれ、結局我々も何なのか、どういう仕組みであんなふうになってるのかわかってませんからね……そもそも今、調子悪いんでしょう? そんなのを渡されても、向こうは向こうでかえって困っちゃうんじゃありません?」
「……まあ確かに、意味わかんないだろうからな――
――ただの水を、原油に変える謎の道具……なんて。実演も難しいならなおさらだ」
「ホント、扱い難しいですね……ああでも、あっちはあっちで『オーパーツ』らしきもの使ってますし……案外、我々じゃわからないことまでささっと調べられるかもしれませんよ」
「もしそうなら……ぜひともこっちにも、そのおこぼれを回してほしいもんではあるな」
☆☆☆
結局、『第7』の面々と話し合っても結論は出ず。
マリカは気が付くと、数日ぶりとなる、孤児院に顔を出していた。
彼女には珍しく、何もお土産を持たずに来ることになってしまったため、孤児院の子供達は『なーんだ』と少し残念そうだった。
しかし、マリカが来たことが純粋に嬉しかったのか、すぐに笑顔になって、いつも通り彼女を囲んできゃいきゃいと笑っていた。
少し一緒に遊んであげた後……その子どもたちを、この前と同じようにベンチから眺めているマリカ。
その様子がいつもと違っていることに、マリアはすぐに気づいた。
「何か、あったの?」
「……あった。わかる?」
「わかるわよ……あなた、自分が思ってるよりわかりやすいもの」
「そっかぁ」
姉が持ってきてくれたお茶を飲みながら、マリカはぼーっと、子供達を……いや、遊んでいる子供たちがいる、この孤児院の庭や、その背景になっている建物、敷地全体を見ていた。
「そして……何も言ってくれないってことは、私達に言えないこと。けど、何か自分の中だけで整理をつけることができなかったから、自然に足がここに向いちゃった……ってとこかしら」
「姉さんホントに、的確に私の頭の中見透かしてくるわよね……」
普段から、孤児院の職員として、子供達のことをよく見ているからだろうか。
具体的な内容までは流石にわからないようだが、それでも、隠し事が不可能だと思えるほどの精度でこちらの胸中を言い当ててくる姉に戦慄しつつ、手に持ったお茶を飲み干すマリカ。
噂レベルでは情報が出回り始めているとはいえ、まだこの話は内々に、しかも『案』の状態で進んでいる段階である。自分の口から、部外者である姉に伝えるわけにはいかない。
たとえそれが、思い切り姉や、弟妹達の今後に、彼ら彼女らを『当事者として』関わってくることなのだとしても。「
……いや、もとよりこの『サラセニア』に住んでいる者であれば、問答無用で全員『当事者』になるような案件ではあるのだが。
マリアは何も聞かず、気がすむまでゆっくり休んでいきなさい、と言って、仕事に戻っていった。
それを見送ったマリカは、再び遊んでいる子供達に視線を戻し……考える。もう何度も、頭をよぎった、この先の懸念を……嫌でも思い浮かべてしまう。
思い出されるのは、今日のハルキ達との、そして数日前のハルキとの話し合いで聞いたこと。
フォート『ヴォーダトロン』は、都市としては豊かだが、いわゆる資本主義に似た流れを汲む、独立独歩を信条とする都市だ。
努力すればするほど、仕事に励めば励むほど、色々なものが手に入るが、逆にそれができない者は何も手に入らない。ついて来れないものは、無情に置き去りにされる。社会のため、フォートのためにどれだけ貢献できるかがそのまま評価につながり、評価が地位や生活の豊かさにつながる。
……学もない、後ろ盾もない、司令部の援助でどうにか生活できているような孤児院や、そこに住んでいる子供たちのような者達にとっては……限りなく厳しい環境だ。
今でさえ、孤児院の、そしてその運営もとであるサラセニア司令部の庇護なしには生きていけない、血のつながりのない弟妹達。それが『ヴォーダトロン』のような場所で、しかも0から自分達の居場所を作って生きていかなければならない。
考えるまでもなく、マリカにはわかった。このままヴォーダトロンに引っ越しても、この子供達は満足に暮らしていけるはずがない。
そもそも、小さい子が、ここから『ヴォーダトロン』への超長距離の引っ越しも含めた、大規模な生活環境の変化にどれだけ耐えられるか、というのも不安だ。
その他にも、いくらでも不安に思える点は出てくる。
「……いや、それは何も子供たちだけの問題じゃないか……仮に『引っ越し』をできることになったとしても……私だって、その後の身の振り方とか考えないと……」
仮に、市民たちがそのまま『ヴォーダトロン』に引っ越したとして……彼らはそのまま、何らかの仕事を見つけて、何事もなく暮らしていけるだろうか? そんなわけがない。
数千人単位のよそ者を受け入れるだけの受け皿など、あらゆる意味であるわけがない。
そしてそれは、軍人にとっても同じだ。
引っ越した後、『サラセニア』で司令部に勤めていた軍人は、そのまま『ヴォーダトロン』の軍人に立場を変えて働き続けられるだろうか? そんなわけがない。
一部は、軍人としての技能・ノウハウを買われて立場を手にできるかもしれないが、その多くは職を失うだろう。そのうちのどれだけが、安定した職に再就職を果たせるだろう。
自分はどうだろうか。航空機のパイロットという、替えの利かない部類である技能を持ってはいるが……それも、『ヴォーダトロン』が今後、航空機を運用するようになればの価値でしかない。
航空機は確かに、軍事戦略的には強力で便利な手札になる。しかしその分、面倒も多い。
初期の設備投資やその後の維持に、恐ろしく金も人手も必要になる。『サラセニア』は、もともとそういう設備があったからこそ、今までそれを強みとして運用でいていたが……ノウハウも含めた全くのゼロからそれを用意するのは、今のご時世でどれだけ大変か。
コストパフォーマンスを考えれば、採用しないという選択肢も大いにありうるはずだ。
そうなった場合、自分は今の『パイロット』という立場を捨てて軍人を続けるのだろうか。いやそもそも、軍人を続けられるのだろうか。
……どんな立場から何度考えてみても、お先真っ暗としか言いようがない現状だ。
それこそ、『ヴォーダトロン』への避難が可能であったとしてもこうなのだから……クリスが言っていた通り、それ自体困難であるという今の状況が、どれだけ絶望的なのかがわかる。
幸いな点といえば、引っ越しまでに短くて6年、長くて10年という期間が空いていることだ。
公的な調整・準備にそれだけかかる。あくまで見通しであるし、何度も言うが、それすらも『上手くいけば』の話ではあるのだが。
(10年あれば、そりゃ……今いる子供たちも大きくなるし、大半は孤児院を出る年齢になる。生活する術も覚えて、何とかなるかもしれない。けど、孤児はこれからも入ってくるし、皆自分の生活を持つということでもある。孤児院がギリギリの運営になるのは、結局変わらない……そして、そのままにしておいたら、マリア姉さんや、あの子たちの未来は……いやそもそも、私自身も……)
「何とかしなきゃ……私に、何ができるだろう……? この孤児院がなくなったら、皆は……」
「孤児院がなくなったら、ってどういうこと?」
「……っ、おわぁ!? ね、姉さんいつの間に!?」
院の中に入って行ったはずが、いつの間にか隣に歩いてきていたマリアの声に驚くマリカ。
しかも、その言葉からして……独り言でつぶやいたことを聞かれていたらしい。マリアの顔には、わかりやすく不安そうな表情が張り付いている。
「ごめん、今の、聞こえちゃって……どういうことなの? この孤児院がなくなるって……」
「え、えっと、それはその……」
「……土地区画の整理の話でも上がってるの? それで、立ち退きとか? もしそうなら……その後、新しく子供達を受け入れる施設は設置されるの?」
先程は『言いたくなければ言わなくていい』と言う感じにしてくれていたマリアだったが、流石に聞こえて来た内容が内容だったため、聞かずにはいられなかったのだろう。矢継ぎ早にマリカに問いかけていく。
しかし、マリカはそれにこたえられない。
孤児院がなくなる。立ち退き。姉の懸念している内容は、それだけでも深刻な問題だろうが……実際にはもっと大ごとで、フォートが丸ごとなくなって、そこに住む全市民が立ち退くことになるかどうかの瀬戸際なのだから。知りもしない、行ったこともない、まったくの未知の地に。
「……話せないのね、それも」
「……ごめん……でも……」
……その時だった。
―――ウゥ~~~!! ウゥ~~~!!
「……ッ!?」
町全体に響いているのではないかと思えるような、大音量のサイレン。
それを聞いた彼女は、はっとして、ほとんど反射的に……跳ねるような勢いで立ち上がった。
(これって……非常事態の警報!? しかも、このパターンは……)
「クリーチャー襲来の警報……っ!」
突如聞こえ始めた不穏な音に、不安そうにしている弟妹達。それと同じように不安そうにしながら、マリアはマリカに問いかける。
「マリカ、これって一体……司令部が使う広域放送よね? 一体何なのかわかる!?」
「マリア姉さん、子供達を施設の中へ! 危ないから指示があるまで外に出ないで!」
そう言って、マリカはこの場を姉に任せ……自分は自分の職責を果たすべく、大急ぎで司令部へ向かって走り出した。




