第44話 突きつけられる事実
孤児院を後にしたマリカは、あらためて宿舎前で『第7部隊』の面々と合流、なじみの飲食店に案内した。
酒を扱っている店ではあるが、普通に食事するだけのメニューも十分に美味しく、飲めないアキラやメリルも楽しむことができた。
出てくるメニューも、酒の種類も、当然ではあるが『ヴォーダトロン』のそれとは大きく違う。
それでも、限られた食材を最大限生かすように工夫して調理され、あるいは作られた料理や酒は、ここに生きる者達の……恐らくは何代も積み重ねられた普段の努力を感じさせる味だった。
久しぶりに存分に飲む、故郷のの見慣れた酒を楽しみ、少し酔って気分がよくなっているマリカを見て、少しだけ羨ましそうにしていた。
未成年(『ヴォーダトロン』基準では20歳が成人)の飲酒は、法だけでなく軍規でも禁じられているため、場所が『サラセニア』だろうと、アキラ、メリル、それにセリアは飲酒はできない。
どうしても飲みたい、というわけではないが、興味はあるため、早く誕生日がこないかな、などと思いつつ、ジュースを飲んでいるアキラ達だった。
そんな3人の様子を見ながら、自分も少しだけ、静かに飲んでいたハルキだったが、しばらくしてからマリカが絡み出した。『ほらハルキもこっち来い! まざれ!』と腕を取って引っ張る。楽しそうに笑いながら。
それを見て、アキラ達は『なんかいつの間にか仲良くなってるな?』と、少し不思議には思ったものの、単純に自分達が知らなかっただけだろう、と納得していた。
もともと2人の仲は悪いわけではなかったわけだし、マリカはフレンドリーな部類の性格だ。別に不思議も不都合もない。
それから、数日後。
場所は、『サラセニア』の司令部。
その、士官用宿舎の一室。『ヴォーダトロン』から来た使節団の者達のために用意された部屋……の、1つ。
そこで、使節団の交渉役と、物資の管理役、両部門のトップである2人……ファティマとヴィルジニアが、向かい合って座っていた。
テーブルの上には軽食と、アルコールの入っていないドリンク、そして、仕事関係の書類と思しき紙が何枚か置かれている。
それを2人は無言で、代わる代わる手に取って読み進めていく。時折軽食やドリンクに手を伸ばしながら。
共に、いつもと同じ微笑を浮かべた表情だが、その目は真剣そのものだった。
「そちらの交渉や調査は順調のようだな、ヴィルジニア」
「まあね~、このフォートの市場規模やニーズ、それに将来性……だいたい把握できたわ。まあ……ほぼほぼ、事前の予想通りではあったけどね。次来るときは、もっと大きく利益を上げられるような交易ができると思う」
取引先の業者を探さなくっちゃね、と笑って言うヴィルジニアに、そうか、とファティマは短く返す。
そして、今度はヴィルジニアの方からファティマに問いかけた。
「今後ももし、ここと取引を続けるなら、有益な関係を築いていけるとは思うけど……それで、ファティマの方はどうだったの? これから先の見通しは立った?」
「……正直、難しいところだな」
言いながら、ファティマは書類の1枚を指さして言う。
「ここ数日、視察ということで、何カ所か見て回った。フォートの内部にある生産設備はもちろん、今回、交渉材料として提示されている『沈殿型油田』や、郊外にある農作業場などもな」
「ふうん……結果は?」
「芳しくない。設備はともかく……やはりこの町の周辺、土地の汚染が進んでいる」
予感は、元々あった。
まず、このフォートが遠く離れた『ヴォーダトロン』にわざわざ『救援要請』を寄こした点。
ここが救援を要する状態となった経緯は知っている。協力関係にあった付近のフォートが、クリーチャーの襲撃によって潰された。それゆえに、物資の取引ができなくなり、流通に穴が開いた。
その分の補填が、今回の『救援要請』の中身である。
しかし、一時的に急場をしのぐだけではなく、今後のことも考えて恒久的に関係を続けられるようなフォートとなると、この付近にはない。ゆえに、遠いのは承知で『ヴォーダトロン』を頼った……というのが、書状にかかれていた内容だった。
だが、これを見て、アルフレッドをはじめとした議員達や各部門の幹部は、皆すぐに『おかしい』と思った。
周囲のフォートは、援助をするだけの余裕がない。だから、遠いのは承知で『ヴォーダトロン』に人を寄こしたとあるが……いくら何でもここは遠すぎるのだ。
もっと近くにも、取引して食料を援助してもらえるような、余裕のあるフォートは他に存在している。直線距離で数百キロにもなる『ヴォーダトロン』にまで、わざわざ人を寄こす必要はない。
それこそ、最初は『一時的に急場をしのぐ』だけでいいから、付近のフォートを頼り、その間に『ヴォーダトロン』よりももっと近くにある取引相手を探す、でもいいはずだ。
つまり、おそらくは……遠いのを承知で『ヴォーダトロン』ではなければならなかった理由が、あるいは、他のフォートではだめだった理由が他にもある。当初から、そう睨んでいた。
それを見極めるのもまた、この遠征の目的である。
そしてもう1つ……それは、ここに来る道中のこと。
出現してきたクリーチャーの中にいた『マッドワーム』が、手掛かりだった。
『マッドワーム』は、芋虫と言うよりは、どちらかというとミミズに近い生態を持つクリーチャーだ。戦闘能力はクリーチャーの中では比較的低いが、住処が地中であるため見つけにくく、足元から奇襲をかけて人や家畜などを丸のみにしてしまう。
そして、その他にもう二つ、このクリーチャーには、戦闘能力以上に警戒すべき性質があった。
1つは、このクリーチャーは、汚染された土地に好んで住み着くというもの。
そしてもう1つは……住み着くことで、その土地の汚染をさらに加速させる、というものだ。
『マッドワーム』は地中に巣を作るため、見つけ出して根絶することは非常に難しい。ゆえに、『マッドワーム』が住み着いた土地は、ほぼ確実にそれ以降、徐々に人が住める土地ではなくなっていく。ペースは遅いが、数年かけて確実に。
恐ろしいのは、人や動物はが住めなくなるが、土地そのものが死ぬわけではない、という点だ。
『マッドワーム』が汚染した土地には、人間の体に有害な毒が含まれるようになる。
その土地では植物は普通に育つ。しかし、栄養と一緒にその毒を吸い上げて蓄えてしまうため、そこで取れた植物にはことごとく毒が含まれるようになり、人が食べれば体を壊し、最悪死ぬ。
その毒は土の中だけにとどまらず、地下水脈や湖といった、近くにある水源すら汚染するため、やがては水も飲めなくなる。毒は、煮沸しても無毒化はできない。
高性能の浄水設備を通せば飲めないことはないが、それも、水が含む毒素が濃くなれば叶わなくなる。完全には取り除くことができなくなる。
まるで、人間がここに、いかなる形であっても住み着くことを拒むかのようなその生態は、単純に戦闘能力が高いだけのクリーチャーよりも、場合によっては危険とすら言われるものだった。
救いだったのは、この種族がそれほど広い範囲には存在しておらず、また限られた条件下でしか発生しないため、その土地を棄てることができればその影響から逃れられるという点だった。
「……つまり、近々……かどうかはわからないけど、そう遠くない未来、このフォートには、人が住めなくなるってこと?」
「可能性は高い。加えて、問題はもう1つある……取引材料として提示された油田だが……思ったほどの規模ではなかった。あれでは恐らく、そう遠くない未来、枯渇するだろう」
「それは流石に聞き捨てならないわね~……つまり、ここの人達は、私達を騙そうとしてる、ってことかしら?」
交渉材料として提示されたはずの油田(の採掘権)。もし油田が、ファティマの言う通り、じきに枯渇してしまうのなら、その権利に価値などなくなってしまう。
空手形でこちらから援助・譲歩を引き出そうとしているなら、それは裏切り以外の何でもない……が、ファティマは首を横に振った。
「いや、そうでもないらしい。ここの代表たち……彼らは、それを特に隠そうとはしていなかったようだ。見ればわかることだとわかっていながら、現地の視察を拒まなかったし……そもそも、聞いたら正直に答えてくれた。……それにこの問題はな、一応、そこまで重要ではないんだ」
「? どういうこと? 嘘なのに、問題じゃないって……しかも、隠そうとしていない……?」
「彼らは別に嘘はついていないのだ。すまん、これは私の言い方も不正確と言うか、紛らわしかったかもしれんが……枯渇するとは言ったが、量を見る限り、ここ1年や2年ではない。この先10年ほどは採掘できるだろう。交易の分と、自分達で使う分を考えてもな。そして、もともと提示された採掘権の条件は期限つきのものだ」
「つまり……こちらと契約する期間の間は、条件通りに油が取れる、ってことか……それなら一応問題はないわね、そこだけは。けどそうなると、問題は……」
「ああ、どうしてそんな形で契約を結ぼうとしているか。そして、先に上げた『マッドワーム』の問題も含め……彼らが何を考えているのか、だ」
そうつぶやくように言ったファティマだったが、それについて考えこむような様子はない。
代わりに、何やら面白くない……あるいは、厄介なことがあると既にわかっているようで、眉間にしわを寄せていた。
彼女には、既にわかっていたのだ。この『救援要請』の件の裏にある、『サラセニア』の思惑が。
恐らくそれは、ファティマが気付かなくとも、数日中には『サラセニア』の首脳陣の口から告げられていただろう。
もちろん、『救援要請』による物資の補充と、『ヴォーダトロン』との関係の構築、カモフラージュの意味合いがあるとはいえ、大切な目的だ。だが……本命は、その先。
この山には『マッドワーム』が住み着いていて、数年か十数年以内に、人が住めなくなる。
そして、有用な資源である油田も、それとさほど変わらない期間で枯渇する。
それらに対する策として、彼らが考えていたことが、ファティマには既にわかっていて……少し考えて、ヴィルジニアもそこに思い至ることができた。
「……もしかして、この町を棄てるつもりなの?」
「ああ、そして恐らくは……『ヴォーダトロン』への移住を考えている」
☆☆☆
「それ……本当なんですか?」
ところ変わって、そこは『サラセニア』の司令部。
その『司令室』……その名の通り、このフォートの最高権力者である『司令官』が仕事を執り行う部屋に、マリカは呼び出されていた。
マリカだけではない、他にも数人……いずれも、行政や経済などの各部門のトップや、それに近い立場の者達が集められていた。
むしろ、マリカの立場ないし地位は、彼ら彼女らに比べて見れば……この場にいることが不釣り合いなものとすら言える。
にもかかわらず彼女がここに呼ばれ、そしてその事実を告げられた理由は……ヴォーダトロンの使節団と最も親しく、近い隊員だから。
そして、唯一その目で『ヴォーダトロン』のフォートを見て来た者だからだ。
おそらくは、これから先始まるであろう交渉において、少しでも向こうに襟元を開かせるために有用であると判断できたからこそ……その一助とするために、彼女にも告げられた。
(今後10年以内に、このフォートを放棄する……!? 土地の汚染や資源の枯渇で、住めなくなるから……その移住先として最有力候補になっているのが『ヴォーダトロン』……私は、その交渉のきっかけを作るために、あそこに派遣された……!?)
「事実だ、マリカ・キヴァリー少尉。最早、ここに我々が住み続けることはできない」
「……っ……」
告げられた事実の大きさに唖然とし、言葉も出ないマリカ。
彼女を待たず、他の会議参加者たちが矢継ぎ早に疑問を投げかける。この会議の席で、一番の『上座に座っている人物……フォートの『司令官』へ。
「ほ、本当に不可能なのですか!? 何か他に方法は……浄水設備の改良や、土を使わない、水耕栽培などのプラントをさらに整備すれば……あっ、でも結局水は必要になる……」
「私達は代々ここで暮らしてきました、ここ以外での暮らし方など知りません、どうすれば……」
「今までに培って来た、産業のノウハウがことごとく役に立たなくなる、ということですから……工業や軍事産業はともかく、農業や林業その他、第一次産業はことごとく1から、いや0から学び直しになります。従事する市民達が納得するでしょうか……」
「土地も家も、立場も全て捨てることになるものな……何より、フォート1つまるごと移住など、可能なのですか? いかにうちが中小規模で、『ヴォーダトロン』が大規模の中でも有力だとはいえ……いえ、だからこそ、何の対価もなく、我々を受け入れてくれるとは思えません」
次々に出てくる否定的、いや悲観的な意見。
突如としてフォートのトップから告げられた、自分達の住処に未来がない旨の宣告。あまりにも急だったそれに……彼ら彼女らは、抱き合わせて告げられた『解決策(案)』を聞きながらも、困惑のままに言葉を並べずにはいられなかった。
いきなり今までの生活を棄てることになるなどと言われれば、それも当然だろう。
それが例え数年先のことだったとしても、まずはそれをどうにかして回避できないのか、という方向に考えが向くことを、誰も責めることなどできないだろう。
時間をかけて考えていけば、かみ砕いて飲み込んで、もっと建設的に考えることができる者もいるかもしれない。しかし、聞いた直後では……これも仕方ない。
それがわかっていたからこそ、司令官は1つ1つの意見に丁寧に答えを返していき、1人としてその意見を、疑問をないがしろにすることはなかった。
もちろん、彼女に関しても。
「……移住は」
マリカが、震える声で尋ねる。
「移住は……もう、決定なんでしょうか」
「そうだな。『サラセニア』のフォートとしての機能が残せるかどうかは微妙なところだが……この決定が覆ることは、ないだろう」
もう既に何度も他の者が問いかけた内容だったが、特に気にすることもなく、同じ答えを返す。
「時期は、いつ頃から? フォートのみんなが一斉に移動することなんてできませんよね? それに、そもそもどうやってこの大人数を……何回かに分けたとしても……」
「人数が人数だ、なるべく早く取り掛かって、期間に余裕を持って進めたいとは思っているが……準備だけでも相応の時間を要するだろう。目途としては、6年後あたりからだな。手段は、大型の武装車両によるピストン輸送になるだろう。可能な限りまとめて、迅速に行うつもりだ」
「……移住した先で済む家は? 生活の保障は? は、働ける年齢の人はいいけど、町には老人や……まだ小さな子供もいますよね? そういう人達にも、全員きちんと、不足なく生活の場は……与えられるんでしょうか?」
「……それができるように、全力を尽くすつもりだ。そして、君達にもそのために……どうか、協力してほしい」
この通りだ、と頭を下げる司令官。
1つの都市の最高権力者が、将校とはいえいち軍人に頭を下げる。その意味を、マリカは理解できないわけではない。
けどそれが余計に、これが現実なのだと、マリカに突きつけていた。
都市一つ……そして、そこに住む民たちを、丸ごと移住させる。
それがどれほどの大ごとで、どれほど困難なことなのか、想像もつかない。
(私……これから、どうすれば……?)
再び言葉を失ったマリカの脳裏に、ハルキ達から聞いて、また自分でも直接目にしてきた、『ヴォーダトロン』という場所の現実が思い出される。
豊かだが……立場や力のない者にとっては厳しい場所。
そしてそれに続いて……大切な、孤児院にいる弟妹達や……姉の姿も。
(今すぐにどうこう、ってわけじゃない……けど、それにしたって……何をどうすればいいの……? 私は、どうすればあの子たちを守れるの……!?)
答えの出ない問いが、マリカの脳内をぐるぐるとめぐり続けた。




