第31話 襲撃
「そういえばさー、こないだ町に新しい服屋がオープンしたの知ってる? 今度皆で行かない?」
「そうなんすか? 知らなかったっすね……どんな店なんすか?」
「ちらっと見ただけだけど、結構おしゃれな店だったよ。そんなに大きくはないけど、普段着とかはもちろん、女の子向けのかわいい服とか、小物やアクセサリーなんかも置いてあったし」
「ほうほう……作業着とかは?」
「えっ? うーん……さ、作業着はなかった、かなあ……」
「なーんだ……今使ってるのもう結構ボロボロだから、新調しようかと思ったのに。こないだ遂にお給料入ったし」
「作業着でしたら、軍の売店でも扱っていたと思います。技術部の知り合いの話だと、安価で品質もいいと評判だったはずですから、そちらで見てみてはいかがでしょうか」
メリル、アキラ、セリアの間で、日常の雑談のような会話が交わされているが……今彼女達は、れっきとした任務中である。
さらに言えば、会話に参加していないだけで、第7部隊の他の面々もきちんと同行していた。
現在、隊長であるファウーラ含め、第7部隊の8人は、全員がAWに乗り、ヴォーダトロンから少し離れたところにある山道を進んでいた。
山道とは言いつつ、人が通るのにも苦労しそうな、獣道のようなそれというわけではない。道幅はかなりあり、『レックス』を荷台に積んだ輸送用トレーラーが楽に通れるくらいの幅はある。
また、舗装はされていない砂利道であるため、多少車輪はがたつくものの、地面そのものは硬くしっかりしているため、何台ものAWが列をなして進んでいくのに不都合もない。
今回の任務は、この近辺で目撃されたクリーチャー及びその痕跡の調査である。
以前、第7部隊が護衛したのとはまた別な商隊が、この付近のルートを通った際、付近にクリーチャーが、それも『つがい』で生息しているのが目撃された。
その時は、いち早くその存在に気付くことができたため、大回りして迂回するルートを行くことで、遭遇・戦闘は回避することができた。しかし、この近辺に巣があるならば、今後この近くのルートを使うのは難しくなる可能性がある。
そのため、そのクリーチャーの調査と、場合によっては『繁殖する前に討伐』という形で対処するために、第7部隊に声がかかったのだ。現在彼らは、そのクリーチャーが目撃された地点の付近を捜索している最中、というわけである。
とはいえ、数時間にもなる任務の間中、気を張りっぱなしというのも疲れる話であるため、目視で、及びレーダー機能によって周囲の警戒は続けつつも、気疲れしすぎないよう、他愛もない話題で雑談する程度には力を抜いている、というのが先程の場面である。
きちんとやることを理解し、実行してさえいれば、ファウーラやシドといった面々も、特にうるさく言うことはなかった。
そんな雑談に、ふと思いついたように、ロイドがさらに話に加わってきた。
「しかし、新しくオープンね……このご時世に景気のいい話だな、そりゃ……小物にアクセサリーとは、随分と娯楽色が強い店みたいだし」
「そのくらい、最近のヴォーダトロンは景気が良くなってきているということだと思います。他のフォートから移籍、あるいは支店の出店などを考えている話も最近は多いようですし」
「うちのフォートが1つの魅力的な市場だと見られ始めてるわけだ。結構な話じゃねえか、その分色々と儲け話も増えるってもんだ」
「お前そればっかりだな」
半ば呆れたように言いつつも、ハルキもまた、ここ最近のヴォーダトロンの景気が上向きである、という点は実感していた。
アキラが言ったように、つい先日、給料日を迎えて、今月1ヶ月分の給与が入った2人。
基本給である150万ノールに加え、任務ごとに出撃報酬や討伐報酬など、様々な手当が加算されていたそれは、事前にわかっていたとしても、実際に目の前にすると唖然とするような額だった。
ハルキもまた、アキラと同様に、近々それを使って色々なものを新調しようかと考えていたところだったのだ。具体的には、やはり作業着や工具などを。
長年使って手になじんでいる、あるいは着慣れているものに愛着はあるが、それこそ父親の代から使い続けているそれらの道具の中には、いい加減に性能的な面でガタが来ているものもあった。今まではなんとかだましだましやってきたが、この機会に、と考えていた。
しかし他にも、折角広い部屋があり、懐にも余裕があるのだから、少し贅沢に嗜好品に手を出したり、本や家具などを買ってみるのもいいかと思っていた。
この『災害世紀』、当然ながら物資は潤沢とは言い難く、全体的にモノが手に入りにくい時代となっている。食料品にせよ、雑貨類にせよ、手に入れるにはそれなりの金が必要であり、またそれがあっても、在庫や流通の問題で手に入らないものすらある。
ただしそれらは、全て『同じように』物価が高くなっている、というわけではない。
無論、一般市民からすれば、決して生活が楽ではない水準であるのは確かだが、その中でも食料品や生活必需品などは『比較的』安価に手に入る。
しかし、そうでない贅沢品、ないし嗜好品などになると、かなり高値になる。
それこそ、日々の生活を考えれば、一般市民では手が届かない……購入という選択肢がそもそもなくなってしまうほどに。
さらに、同じ食料品でも、大量生産ができないものや、品質がいいものになると、とたんに値段が上がる。
大量生産の安酒であれば市民にも手が届くし酒場でも飲めるが、いい材料を使い、雑味もなく常に安定した品質できちんと管理されて製作されているようなものになると、数倍、数十倍の値段の差が出てくる、などということは、珍しくもなんともない。
そういった点を鑑みて、大多数の市民は、そこそこの品質の食料や生活必需品を、少ない日々の稼ぎの中からどうにか捻出して買い求め、日々を暮らしている、というのが現状だ。
もっとも、これでもヴォーダトロンは、市場そのものがフォートの中では豊かな方だ。流通している品物の品質も比較的高く、そして安価で手に入る方だ。
他の中小フォートの中には、それより品質の悪いものが、より高値で売られている、ということも決して珍しくないのだ。この点もまた、ヴォーダトロンが他のフォートに比して魅力的に見られる理由の1つである。
ハルキ達も最近までは、間違いなく『どうにか暮らしている一市民』の側だった。
高級取りとなったからといって調子に乗る気はさらさらなかったが、それでも、今まで手が届かなかった、目で見るだけで店の前を通り過ぎるしかなかったものを、立ち止まって選ぶという選択肢ができたのだから、多少気が大きくなるのも、半ば仕方ないとも言える。
そんなわけで色々なものの購入を考えていたハルキは、休みの時間や仕事終わりなどを利用して時々町を見て回っていたのだが、そういう目線で見てみると、前よりも物が増えたな、いいものが扱われるようになったな、というのがわかってくるのだ。
なまじ、今までは目を向けることもなかっただけに。
(そういや、親方も仕事の量や種類が増えたって言ってたっけ。余裕ができた分、色んな業者が色んな事業に手を出し始めたんだろうって。ティマも、扱う商品が増えた……というか、増やさざるを得なくなるくらい、ニーズが出てきて忙しいって……)
町に出た機会を利用して、ムーアやティマといった、最近ではあまり会えなくなってしまった知り合いに会ったりもしていた。
軍に入ってからというもの、朝から夕方まで仕事がある。
それまでのジャンク屋稼業のように、『今日は疲れたからここまで』とか『ジャンクの採掘に行くから今日は休み』というように、好きなように仕事時間を設定できるわけではない。
仕事終わりの時間は、外に買い物に行くには微妙に、ないしギリギリ遅いくらいの時間になるし、買い物なら司令部の敷地内にある売店その他でほとんど揃う。
なので、ハルキもアキラも、食堂で食事をとった後は、宿舎に直行してその日はもう休む、という生活リズムに落ち着いていた。
町に繰り出すことがなくなったため、そもそも街中に住んでいた以前よりも、知り合いに会う機会が必然減っていた。
もっとも、コレは『以前の生活を棄ててもらう』という内容で、総司令・アルフレッドから事前に告げられていたことではあるのだが。
しかし、先に述べたように、最近では町に出ることも増えてきていたため、そのついでにティマやムーアの店に顔を出して、近況を話したり、世間話に花を咲かせたりもしている。
もちろん、2人共仕事中で忙しい身ではあるし、その邪魔にはならないようにしている。
また、仮にも『店』まで来て冷やかしだけで帰るのもどうかと思っていたため、その時丁度欲しいと思っていたものを買ったり、カタログを見せてもらったりもしていた。
ティマの店では、もともと引っ越し前に頼んでいた家財その他の売却の話の確認があったため、それも特に必要なかったが。
在庫のジャンクパーツ(修理済)を含め、順調に買い手がついており、もう少しで全て売れる見込みだそうだ。その後、手数料その他を引いて清算が行われることになる。
売れた時に都度、あるいは定期的に支払ってもいいとティマは言っていたが、『手間だろうし全部売れたら、あるいはこれ以上売れる見込みがなくなったらでいい』とハルキが言ったのだ。
一方、ムーアの店は土木関係の工事業者である。そのため、その場で気軽に買えるような何かを取り扱っているわけではない。
ただ、資材の発注・仲卸や、AWや各種機材、武器の購入仲介なども行っているため、ハルキがお世話になるとすればもっぱらそちらだ。軍の技術部には大体のものはそろっているが、仕事外で使うなら個人的に持っていた方がいい。
もともとジャンクいじりや家具・家電の修繕(時にはゼロから手作りすらする)は、半ば趣味的に、日曜大工のような感覚でやっていた部分もある。以前の家で使っていた家具・家電の一部は、自力で『調達』したものだったのだし、壊れたとしても業者要らずだったのだから。
最近取り扱っているもののカタログを見せてもらい、よさそうな機材や資材をいくつか注文していたのだが、その時も同様に、『モノ増えたな』と思い、それを話題にしてムーアと色々話したりもしていた。彼もまた、流通に携わる者として、最近の好景気ははっきりと感じていたようだ。
そんなことをハルキが思いだしている間に、アキラたちの世間話の話題は次に移っていた。
「そういや、これも噂で聞いた話なんすけど……なんか技術部の人達が、近々新型のAWが配備されるかもしれないとか何とか言ってたっすね。もしそうなるなら、その整備のための設備とか整えなきゃ、って」
アキラが思いだして告げたその内容は、メリルやロイド、セリアだけでなく、シドやクリスも興味を示したようで、何も言いはしなかったが、先程よりも意識して耳を傾けていた。
残るファウーラは、それについて既に聞いて知っているのだろう。耳は傾けつつも、特に驚いてはいない様子である。
「新型? つい最近『ブラムスター』が配備されたばっかだってのに、もう?」
「え、何々新型って? えーと、『ブラムスター』が第5世代だから……第6世代ってこと?」
「いやいやいや、第6世代ってメリルそんな……そんなん多分『大連合』の研究機関でも開発段階っすよ、聞いたことないし。依然として世代としての最新区分は第5世代っす。『新型』ってのは、その同じ第5世代の中で新たに開発された機体ってこと」
「世代が1つ違うと、AWはかなり性能違うからな……そう簡単には新世代機なんて出てこないだろ。今回入るっていう新型は確か……『ファンハウンド』と『ディーロガット』だったな」
「『ファンハウンド』……高い機動力と悪路走破性を生かした連絡機または輸送機として最近実用化された機体ですね。『ディーロガット』はそれとは逆で、機動力はないものの、非常に高い馬力で、戦闘はもちろん、硬い岩盤の破砕などにおいても力を発揮する準大型機だったかと」
「セリア、お見事。聞いた話じゃ、今月中には入ってくる見込みだとかで、突貫でドックの用意進めてるとこだよ。どこの部隊に配備されるかまでは、まだわからないけどな」
「新型かあ……いーなー、私乗ってみたいかも」
「やめとけってメリル。そういうのって大抵、性能はいい分扱いはピーキーなもんだって相場は決まってんだから。それに俺達特務部隊は何でも屋だし、何かに特化してるよりは汎用性のある機体に乗ってた方がいいだろ?」
今乗ってる『ドルデオン』とかさ、とロイド。次いでハルキとクリスも、
「『ファンハウンド』はともかく『ディーロガット』はどっちかっていうと、作業タイプの機体だしな。そういう関係の任務がメインで入る……工兵部隊とか、輸送隊とかに入るんじゃね?」
「そもそも、新型なんだから入ってくる数も限られてるだろ。『ブラムスター』の時にそうだったみたいにな……末端の隊員にまで回ってくるかよ」
「なーんだ……ちぇー、私接近戦の方が得意だから、馬力ある機体ってのに興味あったのにぃ」
「新型だし、戦闘には使わないで作業だけさせておくってのも考えづらいっすけどね。その配属先のエース級の人の乗用機としてでも配備されるんじゃないっすか?」
「エース級、ねえ……いるかな? 技術部に」
「え、いねえの?」
ハルキが聞き返すと、ロイドは『多分』と言って続けた。
「エース級パイロットなんてさ、本来はそうそういるもんじゃないんだって。普通だと、1つのフォートに1人いるかいないか……1人もいないフォートも珍しくないらしいぞ? まあうちは……恵まれてるって言えばいいのか、何人もいるけど」
「それでも、そういった人材は、特務部隊や戦闘部隊に優先して回されますから。お2人もそうですしね。技術部にもなかなかいない腕を持っているというのはもう有名ですが、技術部ではなく、特務部隊に配属になっているでしょう?」
「いや、俺らの場合はパイロットの腕じゃなくて機体の性能だっての、何度も言うように」
「今んとこは、っすけどね」
「おう、なるほど。現状はともかくやる気ってわけだな」
「もち。そのためにシドの地獄の特訓にも耐えてるっす」
「だってよ、やる気のある生徒でよかったな、教官。教えがいもあるだろ」
「……知るか」
「でもそれならなおさら、うちに回してくれてもいいのになー……だってうちの部隊……」
と、まだ未練があるというか、残念そうなメリルが、ため息交じりに言いかけた……その時。
「……待て。レーダーに反応アリ、何かいる」
先程まで世間話をしていた時とは違うトーンで、息を吐くように短く、ハルキが言った。
通信に乗って全員に届いたその声に、即座に全員が頭を切り替え、次の言葉を待った。
捜索していたクリーチャーだろうかと、ハルキ自身も予想しつつ、全天モニターを見ていたが、
「……? これは……クリーチャーじゃない。AWだ」
「何?」
怪訝そうな声で、呟くようにシドが言う。他の面々も『え?』と意外そうにしていた。
一拍置いて、ファウーラがセリアとクリスに確認を取る。
「セリア、クリス、今日現在、この近辺で友軍による作戦行動に関する情報は何かありますか?」
「いいえ隊長、そういった予定はありません」
「標的のクリーチャーを極力刺激しないためという理由で、今回の任務は俺達の単独だったはずだ。一応、後詰めの部隊が待機状態になってはいるが、エリア内に入ってすらいないはずだしな」
「そうですか……ハルキ、アキラ、その未確認のAWに関して他にわかる情報は?」
最近、幾分か距離が縮まったか、ハルキ達のことも名前で呼ぶようになったファウーラが問う。それを受けて、先程から色々とレーダーの解析機能をいじっていた2人だったが……通信の向こうで、表情はそろって怪訝なものになっていた。
「……100%敵っすよコレ」
「……具体的に報告しろ。何か怪しい点でもあったのか」
「怪しい点しかねえ。数が16……こちらの倍以上だ。識別信号が細工、ないし偽装されてて、所属はもちろん機体の特定もできなくなってる。何機かはステルス系の隠蔽機能も使ってるみてえだな……おまけにご丁寧に前後から挟み撃ちにする形で向かって来てるときた」
「……なるほど、『罰当たり』がとうとう出たってわけだ」
クリスが呆れたように言った直後、ファウーラが全員に告げる。
「全機、戦闘態勢に移行。以降の連絡はコールサインで行います。広域通信でまずは呼びかけを行い、その際の返答に応じてこちらも対処します。話は私が。それまでは決して攻げ……」
―――ガゥン、ガゥン、ガゥン!
―――ヒュルルル……
その音が聞こえた瞬間、アキラは『レックス』に搭載されている拡散レーザー(トレーラー搭載時でも使うことができる武装である)を発射。1発1発は細く威力も低いが、数は数十発にもなるそれらが弾幕を形成して上空へ飛んでいく。
放物線を描いて飛んできた、グレネード弾と思しき物体に接触し、誘爆させて撃ち落としていく。
空気を振わせて盛大に響く爆音。その余韻が消えるよりも早く、再度通信で確認が交わされる。
「……シャドー6よりシャドーリーダーへ。敵の方が先制攻撃してきた場合はどうすれば?」
「全機、散開! 各個撃破を警戒しつつ……戦闘の意思アリとみなし、応戦します。一応同時進行で呼びかけは行いますが……このまま問答無用で戦闘になる可能性が高いので、警戒を」
グレネードは、飛んできた範囲が広すぎたために全ては落としきれていない。
それでも直撃弾と至近弾は全て迎撃したが、離れたところに落ちた何発かが前後の崖面を崩して落石を起こし、道を塞いでしまった。
その土煙の向こうに、何機ものAWと思しき影が見え始める。
影だけではあるが、今の先制攻撃からして、それら全てが敵に回るのは明らかだった。




