第30話 特訓と好景気
「「…………」」
「おぉぅ……何て言うか、お疲れ気味だな、2人共」
「ここんとこずっとだけどねー。大丈夫?」
「大丈夫……だと思うことにしてる」
「っす」
「割と微妙だな」
日も傾き始め、そろそろ終業時間、という時間。
第7特務部隊の事務室にて、自分達に割り当てられたデスクに突っ伏してぐったりとしているハルキとアキラを見て、ロイドとメリルは苦笑していた。
心配はするが、『どうした?』などと声をかけることはない。原因はわかり切っているからだ。
ここ数日ずっと続いている、シドによる鬼のトレーニングである。
ハルキ達の任官からずっと、2人を快く思っていなかったシドだが、それはあくまで『中途半端な気持ちで軍人をやっている、やった気になっているから』だった。
軍人がその身に負うべき責任というものを理解せず、『こうするしかなかったから』という理由で、なあなあで続けていれば、いつかどこかで取り返しのつかない失敗をする。そう思ったからこそ、ハルキ達が『レックス』という身の丈に合わない力を振るうことに、それしかないとは理解しつつも、反対の立場だったのだ。
だが、やる気を出すならそれも別であるらしい。振るう力に見合った地力をつける気が、そのために努力する気があるのなら、それに全力で協力する。2人の『指導教官』になったその時に言っていた言葉は、彼にとって心からの本音だった。
その結果、シドは見ている方が恐れおののくような勢いで、2人に稽古をつけていた。
軍人として必要な基礎体力をつけるための基礎トレーニング。幸いにして2人は最低限のそれはもっていたため、ハードではあったが、これはそこまで苦にはならなかった。
白兵戦の戦闘訓練。これに関しては毎度、ケガしない程度にボコボコにされている。
打撃、投げ技、武器格闘、さらには銃火器を使った射撃・狙撃等の訓練も並行して行っている。
2人が『地味にきつい』と語るのが、軍人に必要な知識を叩き込むための座学。
これはシドが教えている部分もあるが、彼だけでは流石に限界があるため、シドからそれを専門とする『教導隊』に要請して講師を出してもらい、空いた時間に詰め込む形で講義を実施している。
訓練校や士官学校で学ぶ基礎知識の中から、現場で使う機会の多い、優先度の高いものを選んで学んでいく。理解度を確認するため、提出課題も出されて、期限までにやって提出する形である。
そして最も過酷なのが、AWの操縦・戦闘訓練である。
基本的に2人は『レックス』に乗るため、普通のAWに乗る訓練をする意味は薄いし、元々2人はジャンク屋時代に旧型のAWに乗っていたため、ある程度は操縦技術を修めている。
だが、『ある程度できる』という程度で満足していては務まらないのが軍人、それも戦闘部隊という立場であり、もちろんシドに妥協するつもりなど毛頭ない。
メインで乗るAWである『レックス』に関しては、主に内蔵されているシミュレーターを使って訓練を行っている。外部の危機と接続して状況を外からモニターできるようにし、外部からシドが指示を出しながら、機体性能そのものではなく、2人の地力に由来する部分を見て指導を行う。
また、『レックス』ではない通常のAW……『ドルデオン』や『ブラムスター』、その他作業用の車両についても満遍なく、シミュレーター中心に訓練を行っている。
『レックス』とそれ以外、そのどちらにおいても、
『なぜ今のを避けられない! スペック上は2秒以上余裕をもって対応できるはずだ!』
『反応が遅い! 見てから動くんじゃなく、敵の挙動を見て次の手を予測しろ!』
『狙いが甘い! いちいち止まるな! 呼吸をするように狙いをつけて撃てるようになれ!』
『遅い! 被弾が多すぎる! 本当の戦闘なら中破あるいは大破で死んでるぞ!』
『なってない! 集中しろ! 最初からやり直しだ!』
大体連日そんな感じである。
それも、午前中は技術部で『レックス』の機能に関する調査や、それを利用した『インゴット』の作成、電力作成・提供などの別な仕事がある。
そのため、シド(と、教導隊の人員)による訓練メニューの数々は午後に集中している……というよりも、詰め込まれている。
なお、なぜ午後にやるのかといえば、それは単純な理由である。午前中にやると力を使い果たして午後仕事にならないからだ。
「まあ、きつくないって言ったらウソになるっすけど……私らもともと、こういう技能とか知識はロイドたちと違って全然っすからね……現場で通用するレベルまで追いつこうと思ったら、そりゃ多少は無茶しないと無理ってことっすよ」
「それにシドも、ペース配分は考えてくれてるからな。指導そのものも……実技も座学も中身があってわかりやすいし、その後しっかり休めば、翌日に疲れが残ることもほぼないし」
毎日限界近くまで指導・訓練をこなして、くたくたになって帰る2人を見ている他のメンバーからは、ちょっと詰め込み過ぎではないか、という意見が出たこともあったが、シド曰く、
「訓練の分仕事は減らしてるんだから十分許容範囲内だ。それに、翌日には極力影響が残らないようなペース配分は守っている」
とのこと。
実際、ハルキ達は、翌日以降に疲れが残って動きが悪くなることはなく、きちんと食べてきちんと寝ていれば継続可能な、適切なペースでの訓練メニューになっていた。
筋肉痛だけはどうしようもないが、実技分野はそれすら込みでメニューが組まれている。
そして苦労に見合っただけの力は、順調に身についてきている。そのことを本人達も実感している。それもまた、2人がトレーニングを続けるの力の一部になっていた。
「2人共すごいねー……こりゃ私達もうかうかしてらんないかな? 追い抜かれないように頑張らないとねー、ロイド」
「……割と真面目にそのへん危惧しないとダメかもな。先輩としての意地とかプライドが……」
苦笑しつつ言うロイドは、ハルキが机に開いて眺めている、座学のテキストと思しきものを横から覗き込む。
そこにかかれている内容は、なるほど、自分達は確かに『訓練校』で必修の内容として学んだことではあるが、一般には知られていないであろう内容のものばかり。中には、作戦行動中に少なからず必要になってくるであろう知識も含まれている。
その都度現場で説明しながらではロスになるだろう。2人がこの先、仮にも『軍人』として任務をこなしていくことを考えれば、これらの知識は遅かれ早かれ身に着けるべきものだと、ロイドにも理解できた。
(ってことは、隊長のことだから、折を見てこういうのを勉強する機会とか用意するつもりだったんじゃないかな? ハルキ達が自分からやる気出したから、前倒しで、シドを教官につけて、そのやる気を最大限生かす形にしただけで……)
声に出しはしないものの、何気に鋭い見方をしていたロイド。
しかしその頭が、ぽん、と後ろから、何かの書類を置くように叩かれた。
「うん? あれ、クリスか……どした?」
「どした?じゃねえよ。ロイドお前、こないだの経費申請、領収書の添付なかったぞ、さっさと出せ。精算の〆切今日中だから、間に合わないと自腹になるぞ」
「うえっ!? ごめん、すぐ出す……ってあと10分しかねーじゃんか!」
「他人の心配してる場合じゃないだろ。総務が閉まる前に早く持っていけ」
クリスからの指摘に、終業10分前、慌てて自分のデスクに戻るロイドを見て、ハルキ達は苦笑していたが、クリスは今度はハルキ達のところにそのままやってきて、
「ハルキ、アキラ、疲れてるとこ悪ィが、お前らもだ」
「え? えっと……私ら何か、出すもん忘れてましたっけ?」
「いや、忘れてたとかじゃなくて、今から出してもらう奴だけどな。お前らここんとこ、レックスの『捕食変換』で素材作って技術部とかに提供してるだろ? そういう通常業務外の特定の業務に関しては、内容に応じて基本給とは別に手当がつくから、それ関係の書類だ」
コレ書け、と差し出された書類をハルキが、その横からアキラやメリルも覗き込むようにして見ると、今クリスが言ったのと同じ内容が書かれていた。
既に内容は、作成した技術部の方で粗方埋められているようで、後はハルキ達が内容を確認して、署名・捺印して提出するだけのようだ。
「この上さらにお金貰えるんすか……すごいっすね軍隊」
「業務は確かにハードだけど、その分って言ったらいいのか、このへん恵まれてて未だに戸惑うな正直……」
「貰えるっつってんだから貰っときゃいいんだ、変に遠慮すんな。書いたら俺んとこ持ってこいよ」
そう言ってクリスは自分のデスクに戻ろうとして、ふと思いついたように立ち止まり、
「あー、多分だけど、お前らこれからこんな感じの仕事が増えてくると思うが……そうだな、何か人手が要りそうな儲け話……もとい、任務があったら言えよ? 分け前次第で手伝ってやる」
「クリスはホント、お金大好きだよねー」
「ふん、悪かったな守銭奴で」
茶化すように言うメリルに、ややぶっきらぼうな調子でそう言って返し、クリスは今度こそ自分のデスクに戻った。そのまま書類を慣れた手つきでさばき、電卓をたたき始める。
彼はこの部隊の経理担当でもあり、手当や経費の申請・管理を一手に担っている。
そう言った方面の知識が豊富で、数字にも強い。加えて本人の『金に細かい』『儲け話に敏感』という個人的な性格も相まって、そう言った方面に妙に信頼されて仕事を任されていた。
すると、今までアキラと並んで話していたメリルは、今度はクリスのデスクに行き、仕事を後ろから覗き込んで見始めた。すると少しして、
「あれ……? コレ、今月分の任務関係の収支の精算? 何か先月より額多くない?」
「……お前、意外とこういうのの理解力あるよな」
クリスにそう言われ、『意外とって何さー?』と少し面白くなさそうにするメリル。
お気楽で軽い感じ、というイメージを抱かれることが多く、現に本人もあまり物事を深く考えるタイプではない彼女だが、純粋で無邪気だからこそ、時に鋭い観察眼を発揮して、他の面々では容易には気づけないところにあっさりと気が付くこともあった。
今回も、クリスが処理している経理関係の書類を見て……簡潔に言えば、前月よりも大分、任務における利益が上がっている点に気づいたようだ。
ハルキ達もそれを聞いて『そうなの?』という視線を向けてくる中、クリスはきりのいい所まで計算を終えてから手を一旦手を止め、
「まあ、どっかの優秀な新人とその機体のせいってのが大きいが……それに加えて、交易商隊の護衛やら、危険なクリーチャーの調査・回収やら、報酬単価が高かったり、特殊な扱いで手当がつく業務も多かったからな。加えて、『インゴット』の件や、希少な『黒炭猪』や『オーガングリズリー』の素材回収・提出も点数として高かったし……それに……」
まだあるのか、と皆が見る中で、クリスはまた別な資料を見ながら言う。
「ここ最近は、色々なところとの交易やら何やらが全体的に上手く行ってて、フォート自体の景気が上向きになってるから、そのへんが反映されてんだろ。うちのボスはやり手だからな、そういうのを業務の中に取り込んだり組み込むのが上手い。おかげでいい商売させてもらってるよ」
「ボス、って……隊長っすか?」
「いや、総司令の方だ。後は、その下にいる各部門の責任者連中もだいたいそうだな」
「へー……私達のお給料も上がるかな?」
「さあな。まあ、使えると判断されりゃ、その分評価されて儲けが回ってくるかもしれねえな。だが……」
「だが?」
「……成果が上がって景気が良くなるのも、いいことばかりが起こるわけじゃねえからな……そのあたり、注意して見ておく必要はあるかも知れん。こういう時は必ずと言っていいほど、ろくでもないことを考える連中も出てくるもんだ」
「「……?」」
どういう意味か、とでも言いたげに首をかしげる、アキラとメリルの2人。
「…………」
一方でハルキはというと、ある程度クリスの言っていること、ないしは言いたいことを理解できた様子だった。
座学の中で学んだ知識の中にあった、『クリーチャー』の生態に関する項目。
一般にはあまり知られていない範囲の情報だが、『クリーチャー』は、『活動』と『休眠』を繰り返して生活している。
『活動』中に満腹になるまで餌を食べた後は、巣などに籠って『休眠』に入る。眠っている間に時間をかけて食べたものを消化・吸収し、それが終わるとまた『活動』を始める。
『活動』と『休眠』のスパンは種族によって違うが、基本的に『休眠』に入ったクリーチャーは、消化・吸収が終わり、胃袋が空になるまで起きてくることはない。
例外としては、地震や騒音などの外的要因によって無理やり起こされた場合がそれに該当する。
その場合も、腹が膨れるまで食べればまた『休眠』に入るが、それまでは非常に攻撃的になり、目につくものに手当たり次第に襲い掛かるようになったりする。
それを思い出していたハルキは、ここ最近のことを思い返し……
(こないだの『猪』と『グリズリー』、セリアの話じゃ『休眠』の最中だから襲ってくる可能性は低いと見られてたんだったな……その前のアルマジロの、タイミングの良すぎる出現もそうだし……なるほど、もうすでに『ろくでもない』奴がいるってわけか?)
「このご時世に……迷惑な話だな」
「ああ、全くだ。せめて金になる仕事に代わってくれることを祈るばかりだな」
「いや、金になったって嫌だわそんなもん」
ハルキとクリス、ある程度でも理解できた2人のため息交じりの会話。
それを、やっぱりまだ理解できていないらしいメリルとアキラが『?』な様子で見ている中で……終業時刻となったことを告げるチャイムが鳴り響き、その日の業務の終わりが告げられた。
☆☆☆
そこは、『ヴォーダトロン』ではないどこか……薄暗い部屋の中だった。
そこそこの広さがあるにも関わらず窓がないそこは、地下なのか……あるいは、外部から秘匿されるような場所なのか。あるいは、その両方か。
中央に円卓が置かれ、何人かの人間が席についている。
スーツのような服に身を包んだ者もいれば、民族衣装のようなものを纏っている者もおり、その格好には統一性がない。他にも、性別も、年齢も、異なる者達が同じ卓についていた。
人種や顔のつくりはやや似通っている者が多いようだが、それも、彼らが今いる、というか、住んでいる場所を考えれば特に不思議でもないことかもしれない。
「それで、調べはついたのか?」
その中でも年長の部類に入るのであろう髭面の男が、誰にともなくそう尋ねる。
すると、何人かがその場で立ち上がり、口々に報告を始めた。
「はい、どうやら偽情報や、単なるプロパガンダの類ではないようです。詳細となると流石にまだ不明瞭ですが……少なくとも、現在流通しているAWとは一線を画す性能を持っているものと」
「ワンオフの機体であるということを差し引いても破格の性能です。『オーガングリズリー』を単騎で相手取って、しかも正面からの戦闘で討伐に成功するとなると……そんな真似は第5世代、いや第6世代機でも不可能だ」
「さすがにどの部分かはフカシじゃないのか? 少なくとも、防壁を破壊する腕力を持つあの熊を相手に、仮にも精密機械であるAWで殴り合いで勝ったってのはあり得ねえだろ」
「それは私も思う。だが、経緯はどうあれ勝利したという事実は確かなのだろう? ならばその力の幾分かは本物だ。……我らが手にできれば、大きな力になる」
いつの間にか、報告がなされる場から議論が交わされる場となったそこ。
主題として上がっているのは、『レックスを奪い取る』という内容。その手段やリスクについて。
規格外の力を持ち、その機能・構造的にも大きな価値があるAWを、どうにかして自分達のものにしようと、堂々と窃盗、ないし強盗殺人の手口が話し合われていた。
この『災害世紀』を生きる者の中には、『他者から奪う』ということもまた、立派な手段として考えている者も少なくはない。
他者を慮っていては生きてなどいけない、上品にお行儀良く生きていくような余裕などない。奇麗事を謳っていては、今日を生き延びることもできない。
それを理解した者達が、かつての時代、蛮族やら略奪民族やら呼ばれていたような者達と同じような方法で日々の糧を得ることに、何の疑いも迷いも抱かなくなるまでに、時間も葛藤も、さほど必要なかった。
冷静に、文明的に、効率的に、彼らは略奪の計画を立てていく。
「かの機体の力、確かに魅力的ではある。だが、行動に移すにはまだ情報が足りんな。ことを急けば、無用な犠牲を生み出すだろう」
「では、今しばし情報収集のため、静観を?」
「ああ。だが、待っているだけというのもちと悠長な話だ……そうだな、少し、つついてみよう」




